男しか存在しない世界に女として転生した私の幸福な毎日。

ココナツ信玄

文字の大きさ
上 下
6 / 35

赤子転生6

しおりを挟む
 藁ベッドにダシュトを寝かせると、村長はマレルも赤ん坊も含めて火を囲みなおした。

「マレル、一の村から来たお前なら魔獣のことは聞いているな? 詳しいことをお前は聞かされていたか?」

 村長に尋ねられ、藁ベッドの方をチラチラ見ていたマレルは慌てて背筋を伸ばした。

「山から魔獣が下りてきたことと、俺とダシュト以外の男達で討伐隊が組まれたことしか教えられていません!」

「……」
 
 村長の表情がしょっぱいものになる。

「……マレル、お前は……狩りに参加できないことがいかに不名誉なことなのか分かっているのか……?」

「え? でもオレの子を孕んでるダシュトと離れたくなかったので別に」

 マレルの顔には欠片も悔いる様な感情が見えない。
 今時の若者とジェネレーションギャップを感じたのだろう。村長も三の村の男達もしょっぱい顔になっている。

「……まあ、今はいい。アルファのことはアルファの長が取り仕切るのだから。しかし! 今現在、お前は三の村に厄介になっている身だ。魔獣討伐に協力しなければ村から追い出すからな」

「わ、わかっています」

 ならば良い、と頷いて見せて、村長は改めてアシュターの方を振り返った。

「偵察中に一の村か二の村の討伐隊は見たか?」

「いいえ。しかし二の村の方角でいくつか狼煙のろしが上がっていたので、討伐隊は複数に分かれているかと思われます」

「魔獣を見た方角、距離は?」

 アシュターは集会所の丸い天井を見上げながら記憶を辿る。

「俺が魔獣を見たのは一の村と二の村の間、山側の物見砦の近くです。一の村、二の村へは人の足で一時間、三の村には二時間はかかるほど離れています。しかしあいつは黒熊ですし、追い立てられて走られたらすぐ三の村に現われてもおかしくないかと」

 前世日本の熊は臆病だとか、物音を立てたら熊の方が逃げていくとか聞いたことがあるが、こっちの世界の熊はどうなのだろうか。人の味を覚えた熊ほど怖いものはないと言うし、魔獣だとか格別怖いカテゴリ名をつけられているし、討伐に行くタウカのことを想うととても不安だ。
 せっかく良い父を持てたのに、死に別れなんて嫌だ。
 行かないでください、と言う意思を込めてふにゃふにゃぐずっていると、タウカがぎゅっと抱き締めてくれた。

「……村長、俺、ティカも一緒に連れていきます」

「阿呆。みすみす我が子を魔獣の餌にする気か?! それが父親のすることか!」

 間髪入れずに村長が叱りつける。しかしタウカは尚も追い縋ったおいすがった

「父親だからこそ! ティカを一人には出来ない! 俺が一緒にいてやらないといけないんです!」

 私も一人置いて行かれてタウカを失うくらいなら一緒に死んでしまった方が寂しくない。
 私も一緒にいたい、という意思表示にタウカの平たい胸板に顔を擦り付けてみせた。

「我が子の側にいたい思いは分かる。しかし状況を理解出来ない赤ん坊が息を潜めるべき時に泣きだしたらどうするのだ。お前は三の村の人間皆の命を危険に晒すのか」

「それは……」

「黒熊は鼻が利く。赤ん坊の排泄物のにおいを嗅ぎつけて襲い掛かって来るぞ」

「……」

 成人女性としての自我を持つ私ならば状況を把握して息を止めることも泣かないようにすることも出来るはずだが、残念ながらおむつが取れていない身体だ。
 排泄のコントロールが出来ない己の不甲斐なさに、私は諦めて目を瞑った。

「それでも! ティカを臨月の人間と赤ん坊だけの場所に置いておけない! 俺が一緒に居てやらなきゃ」

 必死に言い募るタウカの姿に、村長は白い眉を八の字にして苦笑する。

「自分の子と離れたくないと思う親心は儂にもわかる。しかし親として子を守るには戦わねばならない。何も儂らは死にに行こうとしているのではない。一人では敵わない魔獣相手に生き残るため、集団で戦うのだ」

「分かっています! でも、でも……」

「討伐隊は赤ん坊と守るべきものを中心に円を描いて動く。三の村がそうすることは他の村の人間も織り込み済みだ。昔からそう決まっている。一の村も二の村も赤ん坊を守ろうと動いてくれる」

「……」

「お前の伴侶が誰かはもう聞くまい。お前はもう成人しているのだしそれを選んだのはお前だ。だが子を産んだ方だけが親なのではない。三の村に入れなくとも父親という立場は変わらないのだ。きっとティカを守ろうとしてくれているだろう。それだけは信じてやれ」

「っ!!」

 タウカは何か言い返そうとして、止めて口を閉ざした。
 私は捨て子なので、タウカしか父親はいないのだけれど。おそらくタウカも伴侶などいない、と言いそうになったのだと思う。しかしそれを言ってしまえば私がみなしごで拾われたということが露骨に露わになってしまう。
 いや、村の人間の誰が誰と子作り的な行動をしたかがバレてしまうような村に住んでいるのだ。自分で産んだのだというタウカの言葉を信じている人間は少ないだろう。それでもそう言うことにしてくれているのは、タウカの想いを尊重してくれているからなのだと思う。
 それほどに拾い子という立場は喜ばしくないのか。

「今回、臨月のダシュトもいることだし、村には医療師のトールを置いていく。子供の世話も手慣れているからいつもより安心できるだろう」

 村長の言葉に、弾かれたようにタウカが緑髪の人を振り仰ぐ。
 緑髪の人、おそらくトールというらしい人は、にっこり微笑んで頷いてみせた。

「タウカ、安心して狩りに行け。お前の子はちゃんと守るから」

「それはっ!」

「なんだ? 他に何が心配なんだ?」

「絶対、絶対! ティカのおむつ替えするなよ!」

「へ?」

「ティカの……じ、純潔を汚すなよ!」

「タウカ……ティカは赤ん坊だぞ」

「関係あるか! ティカの裸を見るなんて絶対許さないからな!」

「……」

 トールを含めた村の男達が仕様のない人を見る様な目でタウカを見ている。なんとマレルすらそんな目で見ていいた。

「オレのじい様がそんなこと言ってた時あったわー」

「親馬鹿が被害妄想的だな」

「ティカは伴侶を見つけるのが難しいだろうなあ」

「ふっるい考えですね」

 村長は焦っているタウカの肩を、宥めるようにポンポンと叩く。

「トールは親の気持ちが理解できる男だ。お前の意思を尊重するだろう。これで心置きなく狩りに行けるな」

「それは、だから……」

「……村に住まうものならば、村の存続のために行動するのは義務だ。いくら自分の子供が心配でも、皆自分の子を想っている。お前だけが子供の側に居たいと思っているわけではない。皆がそう思っている。しかし狩りに出るのはやめないだろう? それが村人の義務であり父親の義務であり人の権利だからだ」

「……はい」

「そろそろ儂らも討伐に出なければならない。黒熊相手に後手に回りたくないからな」

「はい」

 村長の手に優しく背中を押され、タウカ含めた赤ん坊を抱きかかえていた男達が藁ベッドの上、ダシュトの横に赤ん坊を置いた。
 村の男達は武器を取り上げ、列をなして集会所の外へと出ていく。

「トール! 絶対に俺が戻るまでティカに触るなよ!」

「わかった」

「いくら泣いてもおむつを外すなよ!」

「……わかった」

「ティカの裸を見るなよ! 絶対だぞ!」

「はいはい。わかったから、さっさと行け」

 タウカ何度も何度も念を押してから出ていった。
 集会所の扉が閉じ、人のざわめきが遠ざかって行くのを聞いていると、トールが小さく息を吐いた。

「まったく……タウカはとんでもない親馬鹿だな」

 声は呆れ果てていたが、トールは優し気な笑みを湛えていた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

処理中です...