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エピローグ

最後の想い-07

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 カメラのシャッターを切る音が聞こえる。


「私は死ぬ予定だった」


 オースィニ――エミリー・ハモンドさんは、風でなびく金髪を押さえながらカメラのレンズを調整し、再びファインダー越しに私を見ます。


「死ぬ予定、とは?」

「私はどこかで四六に殺されて死ぬだろうと、シロサカ・シューイチは予測していたらしい。ヴィスナー君も同じように言っていた」

「でも、貴方はこうして生きて――カメラマンになるべく勉強をしているではないですか」


 エミリーさんは、現在藤堂敦さんに弟子入りし、戦場カメラマンとして活動をしています。

  まだ覚束ないカメラの使い方を一度一度藤堂さんに指導されている姿は、本当に私達を幾度も苦しめたエースパイロットだったのか疑わしいのですが……。


「けれど、そうだね。多分彼が望む通り歩んでいたら、何時かは死んでいただろう」

「城坂修一はどんな風に未来を想定していたと?」

「結論は変わらないよ。AD総合学園へ侵攻して占拠し、統合国家の設立を提言するという流れも含めてね。

 ただ、ミハリちゃんとコズエちゃんの二人を彼が有していて、私とリントヴルムさんも彼の下で戦う事を想定していた筈だ。

 そして私はきっと……子供たちの学び舎へ満足に攻め入る事が出来ず、自責の念にでも駆られて、きっと自ら死にに行った事だろう」


 それが私の弱さだ、と彼女は言った。


「私は理想を叶える強さを持たない、弱い人間だ。

 シューイチの様に、世界から糾弾されようとも願いを叶えるという心を持てなかった。

 リントヴルムさんのように、ただシロサカ・オリヒメという強敵を願う狂気を持てなかった。

  その弱さを、あの二人は……シューイチとヴィスナー君は、分かっていたのだろうな」

「それは弱さなんかじゃねェよ」


 彼女の撮った写真に一つ一つダメ出しをして、彼女を唸らせる藤堂さんが、話に加わる。


「オレからすりゃあな、お前みたいに色んな戦場を当事者として渡り歩いてきた奴が、こうしてそれ以外の道を歩んでるって方が、よっぽど強いと思うぜ」

「それは強さの基準が違うからでは?」

「その基準を決めんのは誰だよ。一人ひとり、自分で決めんだろうが」


 カメラのシャッターを切る音が聞こえる。


「……そうかもしれない。例えばシューイチは、私の様にADを操縦する技量に優れているわけでもなければ、先導者として優秀だったわけでもない。ただ、機械工学だけで言えば天才であっただろうし、その理想への強い願いは、誰にも劣らなかった」

「リントヴルムだってパイロット能力は人類最強格だとしてもよ、可愛い姫ちゃんを機体の外で口説く方法は知らなかったろ」

「ならば師匠は、私のどういった部分が強いというのです?」

「師匠って呼ぶな。オレはまだお前を弟子にしたつもりはねぇぞ」

「え、そうだったんですか? エミリーさんが『ようやく師匠が私を弟子と認めてくれた』と仰っていたのに」

「違うよ。周りをうろつかれて邪魔だから、着いてきたいなら着いてこいって言っただけ。それにオレもまだ未熟者なのに弟子を作れるかってんだ」


 電子タバコを取り出した藤堂さんが、再びカメラを構えるエミリーさんの事を見ながら、先ほどの問いに答えます。


「お前さんは、子供の未来を守ろうとした」

「そうだ」

「結果がどうかはさておき、その願いはブレなかったろ? それはお前の強さだ」

「結果が伴わなければ、それは強さにならないさ」

「なるに決まってんだろ、アホかお前は。じゃあ理想に手が届かなかった城坂修一は弱いか? 大切な息子を助ける為にテメェの命を捨てたガントレットの野郎が弱いってか?」

「……いいや、強いよ」

「誰にだって自分に出来る事があって、出来ない事がある。

 例えばオレは写真を撮るしか能のねぇオッサンだが、お前さんは色んな伝手を使って色んな戦場を回れるだろ?

 そんなオレとお前が組むことで、もっと戦場を撮る事が出来る。これだって立派な強さであり、強みだよ」

「『一人ひとり、出来る事をやっていく。その為に手を伸ばす。それ以上の事はしちゃいけないし、する事は出来ない』……ですね?」


 そう言葉を足しながらエミリーさんの撮った写真を見て「あら可愛い」と声を漏らすのは、何時の間にか訪れていた天城幸恵先輩だ。


「よう幸恵ちゃん。元気してた?」

「ええ。さっきまで久世くんとデートしてたんだけど、彼ってば退屈な男なものですから」

「久世先輩と天城先輩って、デートするような間柄でしたっけ?」

「うーん、ワン・ナイト・ラブ的なカンジ」

「おやっ、その話詳しくお聞きしたいなぁ」

「オレもオレも」

「冗談です。久世くんは趣味じゃないし、彼も今は恋人とか作らない主義らしいよ? ただ単に、到着の遅れた私を出迎えてくれただけ」


 天城先輩は久世先輩と同じく防衛大学へと進学し、背広組への進路を着実なものとしています。

  けれど、その進路を後押ししたのは、間違いなく藤堂さんでした。


「私はあれから何も変わっていないもの。むしろ変わっていこうとするエミリーさんの方が強いって意見には同意ですよ」

「私は変われるだろうかねぇ。既に成人し、思考も何もかも固まった堅物の私が」

「全て基礎でがんじがらめになって、正しさ以外を認めなかった私が、正しさだけに惑わされる事無く未来へと進めるように藤堂さんが応援してくれた。そんな風に、貴女も変われますよ」

「何言ってんだよ幸恵ちゃんは。君の意見にオレの意見が反映されてるとして、それは二パーセント位だとも言ったろ?」

「その二パーセントに後押しされたんですよ」


 ふふふ、と笑う彼女の表情は――確かに以前の彼女とは、違う様にも感じられました。


「…………所で」

「どうしたのかな、クスノキくん」

「なぜ私が被写体になっているのか、お伺いしたいのですが……」

「いや私まだ連邦同盟規約で取材許可されていないから、撮れるとしたらADの映ってない写真か人物写真だけだからね」

「何故私なのかと聞いてるんですが!?」

「私が撮るとしたら可愛い子かイケメンしかないね!」

「あ、じゃあ楠ちゃん。二年前にした約束、今果たして欲しいなぁ」


 天城先輩がカバンから取り出したモノ……それはセーラー服の様な柄をした、ただの下着か水着だ。


「ほらほらコレ着てコレ! 姫ちゃんにもいつか着てもらうから、楠ちゃんが妹ちゃんとして先払いっ!!」

「ほうほうコレはコレは……いいねぇ、実にいい! 私の意欲が掻き立てられる……っ!!」

「ちょいまてハモンド、それはオレが撮るッ!!」

「え、いやちょ、今ここで脱がさないでよ!? ちょ、まぁ――っ!」


 前言撤回。

  この人の笑顔は、何ら変わっていない。
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