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第十七章

戦いの前に-06

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「睦ちゃん」

「……聞いていました」

「AD総合学園に突入・占拠の後、君が使用していた試作UIGを利用して量産型風神の建造を進める」

「パイロットは、どうするのですか?」

「ヴィスナーが二機あればサブパイロットは十分だからね。量産にあたって生体認証システムは廃止する」

「……修一様、貴方は、子供の学び舎を、戦場にするおつもりですか?」

「君だって、雷神プロジェクトを推し進める為に学生を使った」

「それは、織姫様にとって、それが一番であると考えたからであって」

「冗談だ。僕だって子供を殺したいわけではない。突入と共に警告し、占拠は穏便に済ませる予定さ」


 既に彼らが今乗り込んでいる風神は、自動整備システムにおける最終チェックを済ませている上、明宮哨の整備技術をある程度模倣した整備班が全力を投じて修理を行っている。

 勿論、哨の技術には遠く及ばないが、それでも機体のスペックを最低限引き出す事は可能だろう。


  そしてあくまで、この機体は象徴だ。


  圧倒的火力と、圧倒的超機動を有するこの機体があるだけで、見る者が見れば委縮する程の性能を有している。

  量産型アルトアリスでAD総合学園を占拠し、風神と言う機体を象徴として世界へ「レイス」という組織の理念を発する。

  AD総合学園を占拠したというビックニュースと共に発する理念は、一瞬の内に全世界へ伝播する事だろう。


「占領にあたっての作戦は、既に全ヴィスナーへ送信が終わっている。君は、僕の隣で見ているだけでいい」


 そう言っても、睦はコックピット内で、膝を折って顔を埋めるだけだ。

  何が彼女をそれほどまでに気落ちさせるのか、それがわからずに修一は、思わず彼女の両頬に触れ、自分の目と彼女の目を無理やり合わせる。


「大丈夫。僕は、君も夢見た平和を勝ち取ってみせる。もう二度と、君や織姫、楠のような子供が、二度と生まれない世界を、作ってみせるよ」

「……貴方は、ずっと変わっていないんですね」

「え」

「遠藤二佐から聞いたんですけど、お父さんが言っていたそうです。

 貴方は、頭が良くて無駄に思考をこねくり回しちゃうから、もっとバカになれば良いのに、って」

「……そうだね。彰は僕にそう言っていた。『お前さん、頭でっかちになってんだよ』って。『もっと頭柔らかくしないとハゲるぞ』って」


 でももう遅いんだよ、と。

  修一は思わず呟き、そして止まる事のない言葉を、睦へと浴びせる。


「僕はもうこんな体を有してしまった。

 君も、織姫も、楠も、ヴィスナーも、リェータもズィマーも、君以外に死んでしまった風神プロジェクトのテスター九十九人も、既に生み出され、死ぬ者は死んだ。

 そんな世界にしたのは、一体誰だ? 僕や、彰や、ガントレットや、勉だ。

 そして僕達に影響されて、中京の連中も、ヴィスナーのお父様までが、子供の命を兵器とした。

  それなのに、今までの事は間違いでしたって、平和を作り上げる事は不可能ですって、泣き言を言って立ち止まれる筈が無い。

 だってそうしてしまったら、今までの犠牲はどうなるっていうんだ?


  ……彰の死が、無駄になってしまうじゃないか……ッ!!」


  彼の目に、涙は流れない。

  冷却水は男性器を模した器官から排出されるし、眼球はあくまで多目的カメラ機能でしかない。瞳を濡らす機能がある必要は無い。

  けれど、それでも――彼は、涙を流すように、鼻を鳴らし、肩を震わせ、睦の小さな体を、目一杯力を込めて、抱きしめる。

  痛みと共に、修一の想いが、量子データである筈の彼が持つ想いが、伝わってくるような気がして、睦は思わず、彼の頭を撫でてしまう。


「……ゴメン、痛いよね。ちょっと力を緩める」

「大丈夫です」

「でも、僕は君とこうしていたい。……ううん、違うな。本当は、聖奈や楠、織姫と家族の抱擁をしたいんだ」

「織姫様は、貴方の事を、もう父親なんて、思っていないでしょうね。話す事は何もないと、言っていましたもの」

「拒絶されたよ。お前なんか父親じゃないって。……楠に、触るなって」

「修一様、それが貴方の背負うべき業です。

 人としての肉体を失った事じゃなく、貴方が一番愛した子供に、拒絶される事が、貴方の背負うべき業なんです。

  それでも――貴方は世界の平和を望むのですか?」

「ああ――望むよ」


 彼女の体から離れ、涙を拭うモーションをした所で、苦笑を浮かべて機体ハッチへと身を乗り出す。


「修一様」

「なんだい」

「貴方は二度と、子供から愛情を受け取る事は出来ません。……けれど、私は貴方へ、愛情を捧げます」

「それは」

「勝手な恋心です。例え貴方が機械でも、貴方へ御心を捧げる女がいてもいいでしょう?」


 彼女の言葉を聞いても、修一は睦の目を見る事は、出来なかった。

  風神のハッチから飛び降りて、自分がしなければならない最後の仕事をしようと、通信端末を手に取り、施設内放送回線と繋げる。


『――作戦準備発令。各員は所定作業に取り掛かれ』


 言葉に、熱は無い。
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