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第五章

青春の始まり-06

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「……そうか。彼女か」

「ほ、欲しい?」

「よく、分かんないよ。今までそんな事、考えた事も無かった」


 でも、と。オレは声に出す。


「そう言うのも青春……って奴なのかもな」


 今までオレが、知らなかった事。オレはこの場所で、家族を知る事が出来た。新たな仲間を得る事が出来た。

  なら今度、オレが知るべき、成すべき事は何なのだろう。そう考えると、確かにそれは――【恋人】という存在なのかもしれない。


「も……も、もし、お、お兄ちゃんが、良ければ、なんだけど……っ」

「ああ」

「や、やっぱり、わ、私がなってあげても、いいよ……? 彼女」

「え」

「だ、だってお兄ちゃん、友達少ないじゃない!? 女の子の友達だって……!」

「いやそうだけど……なんか悲しいな」


 楠の事は、そりゃ嫌いじゃない。可愛い妹だし、その外見はオレなんかに似合わない綺麗さも持っている。

 しかし、オレの中で楠は妹と言う括りであるので、それを押し退けて彼女にするというのは、何となく違う気がする。


「れ、練習だよお兄ちゃんっ!! 本当に好きな人が出来るまで、私がお兄ちゃんの彼女になってあげるっ!! いい考えじゃないかな!?」

「あのさ、じゃあもう一ついいか?」

「う、うんっ! 何かな!?」

「楠は、どうしてオレの事をそんなに、慕ってくれるんだ?」


 日本に帰ってくるまで、出会った事も無いオレ達だからこその疑問。

  兄妹なのだから、そう言うものなのかもしれないけれど、少なくともオレは家族――姉や妹と言う存在を、最初は訝しんでいた。

 そんなオレにとって、楠がオレに向けてくれている無償の愛情と言うものは、正体が見えぬ存在に他ならないのだ。

 そこで一旦冷静になったのか、楠は静かな口調で語り掛けた。


「えっとね。お兄ちゃんは忘れちゃってると思うんだけど……私たち、四歳の頃に一度、会ってるんだよ」

「そ、そうなのか?」


 まったく覚えがない。四歳の頃で覚えている思い出は、専用のポンプ付きを乗り回していた事だけだ。


「お兄ちゃんが、アメリカで国際AD免許を取るって時に、血縁者の許可が居るって事で……お姉ちゃんと私は、一度だけアメリカに行った事があったの。

 その時にお姉ちゃんは、お兄ちゃんの事を日本へ連れ戻そうとしてたみたいだけど、失敗したみたい。

 ……で、その時、四歳だったお兄ちゃんを見て、その」

「その?」

「……一目惚れ、しちゃったの」

「え」

「そ、それ以来、お兄ちゃん以外の男の子には興味が無いの! も、文句あるぅ!?」

「な、ないよ別に」


 再びオレの事を叩いてくる楠をやり過ごしながら、思いもよらなかった言葉に、少しだけ驚いていた。

 楠もリンゴのように表情を真っ赤にさせながら、掌で顔を隠していた。


「……でも、ありがとう。楠」

「え?」

「嬉しいよ。――オレも、楠の事は好きだぞ」


 せめて、精一杯の返事を返そうと、オレがそう言って微笑むと。オレ達の背後から、二人の少女が顔を出した。


 ……殺気と共に。


「姫ちゃんってば、ボクの告白にはちゃんと返事を返してくれなかったのに、妹ちゃんの告白には返事するんだー? へぇー?」

「全くです。私も想いを告白したにも関わらず、答えを貰っておりません。これは何とも不公平ではありませんか?」


 明宮哨と、神崎紗彩子だ。


「あ、アンタら、聞いて……!」


 楠が、二人の登場に目を見開きながら、ワナワナと震えている。かくいうオレも顔面を蒼白にさせながら、二人の事を見据えていた。


  ――正直に言うと、ゴタゴタが有り過ぎて、二人から告白され、返事をしていない事を、完全に忘れていたのだ。


「でもさー、やっぱり妹ちゃんが彼女じゃ、流石の姫ちゃんもかわいそうじゃない? 倫理的にキスもエッチな事もできないし。

 ならやっぱ同級生の、遠慮なく付き合える彼女じゃないと。そう考えると結論はボクじゃないかな?」

「いいえ。織姫様はまだまだ精神的に幼いですからね。年上の女性がリードをすべきと考えます。

 となれば唯一の先輩である私が、織姫様の彼女となるのが相応しいかと」

「は、ハァ!? ば、バッカじゃないのアンタら! お兄ちゃんはアンタらみたいな女に興味はないんだから!

 私からお兄ちゃんを奪わないでよ、このドロボーネコ共っ」

「えー、でも姫ちゃんと一番付き合いが深いのはボクだもん。ねー姫ちゃん」

「うーん、確かに時間なら哨が一番か」

「重要なのは時間ではありません! 何時でも頼りになる存在こそ相応しいのではありませんか!? となれば、一番は私である筈です!」

「あー確かに神崎はパイロットスキルも日常生活も頼りになるけど」

「で、でもお兄ちゃんと共にいて、雷神のスペックを誰より引き出せるのは私だもんっ!

 そもそも私と一緒じゃないと、雷神を操縦できないもーんっ!!」

「むぅ。た、確かに雷神は、楠と一緒でしか使えないし、性能を引き出せないけれど」


 三人の言い分にはそれぞれ正当性があるような気がしてならない。だがADに関する技能などで彼女を決めていいのだろうか、よく分からん……!

  オレが腕を組みながら彼女たちの言葉を噛み締めていると、楠が力強く叫んだ。


「こうなったら――これからは戦争!」

「は? 戦争……?」

「望むところです! 一番彼に相応しい女性が誰なのか。その戦争、受けて立ちます!」

「絶ー対っ! 負けないからっ!」


 三人が三人、それぞれ自身の想いを口にすると、そのままオレへと手を伸ばしてきた。

  楠はオレの右腕を掴み。神崎は反対に左腕を掴み。哨はオレの背中に飛びついてきた。


『誰が一番最初に落とすか、戦争!』


  ――オレ達はこれからも、戦い続けていく。


  ――その先に何があるかは、まだ分からないけれど。


  ――少しでも、その中で【青春】を繰り広げられたらいいな、と。


  ――そう思う事が出来たのだ。
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