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第二十五章

侵略-02

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 突き放すように、アルハットはただリンナへ「受け入れろ」とだけ伝える。そうした彼女に溢れ出る涙を堪える事無く、彼女はブンブンと頭を振った。


「……そんなの……そんなの、受け入れられないよ……っ」

〔リンナ〕

「クアンタはこれまで、アタシたちの世界を守る為に、一緒に戦ってくれた……守りたいって、願ってくれた……フォーリナーのクアンタが、アタシたちの為に! なのにアタシたちは、クアンタの為に何もしてあげる事が出来ないの……? そんなの、そんなの絶対おかしいッ!」


 嘆く彼女の言葉は、子供の理屈だ。それはリンナだって理解している。

  今生きる命を、狙われるかもしれない命を、守らなければならないというアルハットの言葉が正しい事も、彼女がクアンタを見捨てる気は毛頭なく、ただ優先順位の問題であるのだという事も、理解はしている。


  ――それでも、リンナは一刻でも早く、クアンタを何とかしてあげたいと感じていた。


「……アル、ハット様……っ」

「サーニス、だから貴方は」

「大丈夫だと、言っているだろう」


 そこで声を上げたのはサーニスだ。治癒魔術を受けて何とか立ち上がれる程にまで復帰したか、彼はゆっくりと立ち上がってワネットの肩を借り、真っすぐにアルハットを見据えた。


「自分も……リンナさんに、賛成です」

〔サーニスさん〕

「認めたくは、ありませんが……自分は、自分たちは……これまで、クアンタに多くを、助けて貰った。故にここにいる……自分は、その義を……忘れたくない、忘れる位ならば……人類は、災いやフォーリナーに、滅ぼされても仕方のない、生物なのではないかと……そう思います」


 リンナのもとへと歩みより、彼女にコクリと頷いたサーニスと、そんな彼に涙しながら、嬉しそうに頭を下げるリンナ。

  ワネットは、そんなサーニスにため息をつきながら、カルファスとアルハットを交互に見据えた。


「……お二方も、何か策は練っておられる……という表情ではありますが?」


 ワネットの言葉に、アルハットは視線を逸らし、カルファスは苦笑を浮かべながら、ため息をついた。


「全然策じゃないよぉ~。アルちゃんも考えてはいるケド、なんも思いつかないんだよね? だってアルちゃんはこの星と地球の知識を備えてはいるけど、フォーリナーに関する知識なんて持ってないもん」

〔……その通りです。私だって、クアンタを助けたい心は一緒です。けれど、方法がなにも……何も思い浮かばないんです〕


 アルハットとて、クアンタを助けたいと言う気持ちが無いわけではない。

  むしろサーニスの言う通り、これまでアルハットはクアンタに多く助けられている。今度は自分がクアンタを助けたいと言う気持ちは、誰にも負ける事は無いだろう。


「……こんな時に、アメリアがいてくれれば……っ」


 シドニアの嘆きに、カルファスがピクリと反応を示したが、しかしアルハット以外は反応しない。

  アルハットは僅かに期待するようにカルファスへ視線を送ったが、しかし彼女は首を横に振る。


〔……なんにせよ、やるべき事は変わりません。勿論クアンタへの対処は別で考えますが、まずは救える人命を、正しく対処しなければなりません〕


 リンナとサーニスを納得させる為に、アルハットはそう口にする。


〔まずは侵蝕の危険性がある為、リュート山脈に近しいアメリア領及びイルメール領の領民を避難させましょう〕

「そちらは、私が動こう。……サーニス、ワネット、手を貸してくれ」

「……かしこまりました」

「ええ、お役に立てるかはわかりませんが、尽力いたします」


 まだ、僅かに不満が残るといった様子ではあるが、シドニアに声をかけられた事で、彼の下へと向かうサーニスとワネット。


〔ではシドニア兄さまには、アメリア領の方をお願いします。……それと、可能ならばで構いませんが、警兵隊や皇国軍の指揮も、お願いします〕

「イルメール領は私が行けばいい?」

〔ええ。他の領土の方も避難指示を。各子機は対処を終え次第、対空戦闘をお願いします〕

「りょーかい」

〔それと――直に、フォーリナーとの交戦は避けるようにお願いします。攻撃は必ず、虚力の伴う攻撃、つまりリンナの刀での応戦をお願いします。でなければ、こうなりますから〕


 アルハットがどこかから取り出したのは、右手の前腕である。しかし肌色ではなく綺麗な銀色で、シドニア達には銀によって形作られた、腕の像か何かに見える。


「それは」

〔クアンタと交戦し、彼女の頬を殴った際にこうなりました。触れるものと同化し、根源化していく――コレが、フォーリナーの恐ろしい所です〕


 人程度の質量ならば、三十秒も掛からずに同化する事が可能だろうとしたアルハットの言葉に、一同がゴクリと息を呑んだが、ジッとしているわけにはいかないと、霊子転移準備を開始。


「リンナさん」

「……はい、サーニスさん」

「クアンタを見つけたら、捕縛が出来ないか、試してみます。……リンナさんも、何か出来る事から実施し、クアンタを助ける事を、諦めないでください」


 サーニスが残した言葉を胸に、皆がどこかへと消えていく様子を見届けたリンナは、残るアルハットと、アルハットの姿を模した彼女の子機を見据え、グッと顎を引く。


「……アルハット、アタシは何をすればいい?」

〔その前に――まだお呼びしていない人を呼び出しましょう〕


 パチン、と。

  アルハットが指を鳴らすと、三人の眼前に人ひとりが通れる程度の穴が出現した。

  穴の先は真っ暗だったが、しかしその向こう側からヒョッコリと、スーツ姿の女性が現れ、咥えた煙草に火を付ける。


「神さま……っ」

〔コレで良いの? ヤエさん〕

「全く、シドニア兄さまたちには貴女の事を伝えるな、なんて面倒なお願いされたものね」

「ああ、助かったよアルハット。……二人いると面倒だなぁ。どっちかに (仮)って名前つけて良い?」

〔お断り〕

「します」


 クククと笑いながら、その場にドッシリと座り込んだヤエ。

  今、二人のアルハットが放った言葉をまとめると、この緊急事態にも関わらず、シドニア達にヤエの事を伝えるなと指示していたように聞こえる。


「状況は私の方でも把握している。……しっかし、今のクアンタでも本体との接続を完全に閉ざす事が出来ないとは思わなかった。まぁ、ガルラが関わった時点でもうこの次元は私の観測対象外だしな。私は悪くねぇ~っ!」


 状況を把握している、と言った割には余裕そうなヤエに、リンナが駆け寄って彼女の肩を掴み、強く揺らす。


「ねぇ神さま! クアンタをどうにかする方法無いの!?」

「落ち着いてください、リンナさん。私とてこのまま、この星がフォーリナーによって侵略されては困ります。だから手を貸す事もやぶさかではありませんが、その前に少しお話を」


 慌てるリンナを落ち着かせるように、頭を撫でたヤエは、自分の腰を据えている床に、リンナも腰を下ろすように指示をした。


〔まず、カルファス姉さま達に、貴女の事を内緒にしろと指示された理由を教えてくれないかしら〕

「簡単だ。――正直、私が知恵と手を貸しても、クアンタを助けられるかどうか、微妙な所だからな。直接キレそうなサーニスはともかく、シドニアやカルファスは表面上で平静を保っていても、内心に影響を与えかねない」


 だからこそ、あえて多くの情報を与えない為にヤエの存在を秘匿した、という事だ。


〔けれど、モチベーションの維持という事を鑑みれば、リンナにも内緒にした方が良くないかしら〕

「いや、リンナさんにも全てを知ってもらう。……リンナさんには、その資格がある」


 ヤエの隣に腰を下ろし、上目遣いでヤエの表情を見据えるリンナの頭を、頬を、そっと撫でる。


「……リンナさんとクアンタが出会ったのは、本当に偶然だった。そもそも私は、ゴルサについての情報を、最初はほとんど知り得ていなかった。シドニア領首都のミルガスへと送った事も、ただの偶然だったんだよ」


 もう、何ヶ月も前の事。

  クアンタが地球へ降り立ち、確保してから、この偽りのゴルサへと送りつけたその日から――ヤエの思惑を越えた所で、リンナとクアンタの運命は動き出していたのだろう。


「最初は、フォーリナー本体との接続が途絶えた状況で、人間と多く交流を図る事により、次第に感情を芽生えさせていく事が目的だった。感情を芽生えさせていけば、奴はこの星を、人間を守る為に戦う事を選ぶという未来が視えた」

〔でも、貴女が出会った時、クアンタは人としての感情を有していなかったのでしょう? なのに何故、そうした未来を〕


 と、そこでアルハットが口を閉じた。


「そうだ。私には……というより神霊【コスモス】の能力には、未来を観測する力もある。私は初めてクアンタを見た時、感情を芽生えさせたクアンタが『責任感が強く、怖がりな性格』になる理解したんだ」


 ヤエいわく、未来観測に大きく分けて二種類の観測があるという。


「未来観測には、五感から入る全ての情報を数学情報として蓄積・計算をする【予測】能力と、測定範囲は狭くなるが、特定事象の未来をそのまま視る【識別】能力の二つがある。私の能力は、色々と制限はあるが後者だな」


 予測能力は五感から入る情報を逐一アップデートしなければ正確な情報たり得ない。故に正確性と言う点においては識別能力よりも劣ると言う。

  しかし識別能力を持つ者も、その便利な能力と同時にデメリットを抱えている事が多いらしく、一長一短なのだと言う。


「以前にも軽く説明をしたと思うが、私の識別能力には二つ、観測対象外になる事象が存在する。『私以外の神霊が関与する場合』、『私が存在する空間とは別の次元層が関与する場合』だ。後は観測した内容をそのまま、他言する事が難しいという欠点もあるが、今は無視していいだろう」


 それはこれまであった出来事から理解は可能だろう。

  リンナの未来を識別する事が出来なかったのは、幼い頃から神霊と人間の同化体であるガルラに育てられ、彼の影響を強く受けていたから。

  4.5世代型デバイス――リンナのマジカリング・デバイスについてを識別できなかったのは、固定空間という異なる次元層において製造されたから。

  加えて、今回の災い騒動においてはガルラやリンナが関わってしまった事を皮切りに、彼女が未来識別を行えぬ程に混沌としてしまった。


  ――だが、クアンタが地球へと訪れた時はまだ、彼女の能力は使えていた。

  クアンタにこれから訪れる未来の全貌は視えず、リンナやガルラが関わってしまった事で、内容も異なってしまったが……彼女がフォーリナーの本体との通信が切断された状況でどう言った【個】を有するようになるかは視えたのだ。


「私が、この星でクアンタにして欲しかった事は、なんて事は無い、ちょっとした事だった。オマケとして、この星が守られるという結果はついてくるが、な」

〔それは、何なの?〕

「カルファスには語ったが――クアンタには、愛を知る【人間】になって貰う事だけが、目的だったんだ」


  それこそ、ヤエがクアンタをこの星に送り、感情が芽生える様に仕組んだ、ただ一つの目的。

  そう告げる彼女の瞳は、輝きに充ちていた。
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