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第二十四章

愛-09

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 愚母からは見えない位置、つまりクアンタの正面にある地面から生える様に現れる数本の浸蝕布。だが虚力を取り込んだクアンタならば、動き出す前にリュウセイを一閃するだけで消し去れる。


「人類など意に介さず、ただ災いだけで生きる世界を構築し、そこに住まえばいい! 災いが七十億程の数がいると言うのなら確かに暮らす土地も必要となるだろうが、貴様らの絶対数はそほど多いと思えない!」

「人類は愚かで稚拙よ! 故に生かしておいても価値などないわ!」

「分からなくはないが、その標的が人類全体に及ぶとなれば、スケールがあまりに大きいぞ!」


 左腕の再生が完全に終えた事を確認。クアンタは刃の壁を拡散させながら愚母を見据える。

  一斉に襲い掛かる収束布、だが今度は既に束ねてある布も同時に飛来、虚力放出と共に宙を舞う刃を操り、全てを切り裂きながら、愚母へと駆け出す。


「ッ!」

「愚かで稚拙でも、貴様らにとっては虚力の補給路だ! 滅ぼす理由などあるまいに!」

「フォーリナーである貴女がそれを言うの!? ヒトどころか星を丸ごと取り込み、侵略をするしか能の無い、外宇宙の獣が!」


 束ねた槍状の浸蝕布を手に持った愚母が、クアンタの振るうリュウセイへと振るった。元々浸蝕布の持つ虚力に加えて彼女が手に取った事で虚力濃度が増したのか、一閃を合わせただけでは切り裂く事が出来ず、クアンタと愚母は幾度も斬り合った。

 その間、幾多も飛来する浸蝕布は、全てクアンタが操る刃が宙を舞い、切り裂いていく。

  愚母との斬り合い、会話、そして刃の操作と、彼女の思考能力は圧迫されているが、しかしエクステンデッド・ブーストが刃の魔術操作処理を肩代わりしてくれているので、出来ない事ではない。


「貴様は私に愛を知らないと言ったな、しかし私には今の貴様が愛故に行動しているとは思えない!」

「それはそうでしょう! わたくしの愛は既に過去のモノ、愛した者を失った悲しみ故に、わたくしは人の世を全て破壊すると決めたのです!」

「愛する者を失った復讐か――下らないとは言わないが、しかし巻き込まれる人類は堪ったものじゃない!」


 斬り合いとなれば、クアンタの方が技量は上だ。

  幾度か斬り合った後に前面へ虚力を放出、僅かに愚母の動きが止まった隙を見計らい、収束布を弾いてがら空きとなった大きな腹を、深い一閃が切り裂いた。


「が――ぐぅっ!」


 だが虚力量故か、彼女は消滅する事なくクアンタの身体を薙ぎ払うように、腕を振るった。彼女の腕がクアンタの首を殴打し、よろめいた隙を突く様に、収束布の先端が迫る。


「チッ!」


 追加で急遽、三本の刃を錬成、僅かに縮む背と共に迫る収束布の寸前に刃が生み出され、愚母の攻撃を防いだ。


「既に貴様は、人間と同じ思考を抱いている。貴様程の思考が、感情があれば、人間社会との共存も不可能では無かった筈だ!」

「ええ、わたくしの愛した殿方も、わたくしにそう願いを抱いておりました!」


 三本の刃が宙を駆け、彼女の周囲へ展開されたが、しかし同様に伸びた三本の浸蝕布が刃を弾き、また刃も交戦を開始、愚母とクアンタも姿勢を戻し、再び斬り合った。


「ならば何故そうしなかった? 貴様は私に愛の必要性を説いた癖に、愛を知るお前が、愛する者の言葉を拒絶したのか!?」

「その愛した者を殺した人類に飼い慣らされてる貴女が、ほざく言葉ではありませんッ!」

「ほざいているのは貴様だ、愚母……!」


 左腕を錬成開始、彼女の腕に取り付けられるように展開される三本の刃が、回転してドリルの様な突貫力を有すると、彼女はそのまま彼女の腹部へと刃を押し付け、彼女の表情を苦痛で歪ませる。


「愛する者が貴様に、人類との共存を願っていたのなら、貴様はその願いを叶えるべく行動をすべきじゃなかったのか!?」

「それが、子供の考え方だと言うのよ……ッ!」


 腹部を貫くクアンタの左手、しかしその腕を飲み込むように、彼女の腹部から影が伸びた。急いで引き抜いたクアンタだったが、しかし左手はまるで酸によって溶かされるように黒ずみ、ボロボロと焦げ落ちていく。

  双方ともに再生を開始している間に振り込まれる浸蝕布を切り落とすと、クアンタは顔面を強く蹴りつけられた。


「愛とは複雑な感情! 愛するが故に信仰する者もいれば、愛するが故に反する者もいて、わたくしは愛するが故に、彼の願いから離反したのです!」

「余計に、愛が分からなくなる……っ」


 蹴り付けられた顔面を気にする事無く、クアンタは逆手に持ったリュウセイの刃で愚母の右足を切り裂き、立ち上がる。

  すぐに再生され、地面に両足をつけた愚母の背後へと周る。

  彼女の髪に隠れるようにして、一本の浸蝕布が地面と繋がっている事を確認したが――その視線を覆うように、無数の影がクアンタを襲う。


「私とて……お師匠を失う悲しみを考えれば、復讐を誓うかもしれない……っ」


 伸びる影――浸蝕布による猛攻。消費虚力は多くなるが、通常の全面放出よりも虚力量を増して放出する事で影を一掃したが、結果としてクアンタは消耗を余儀なくされ、地面に片膝をついてしまう。


「だがそれは、失う結果となってしまった【個】に対してであり、人類という【全】に対しての恨みを抱くなど、出来ないし、してはならない……!」

「それは貴女がフォーリナーでありながら、個として目覚めてしまったが故の考え方よ」

「そうかもしれない。だが貴様ら災いだって、本来は私たちフォーリナーと似たような存在だろうに……っ」


 虚力が無ければ生き残れない存在、故に他の有機生命と分かり合う等、到底成し得ない存在。

  だが、クアンタは人間と、リンナと言う少女と分かり合い、共闘を、そして共に未来を願い合う存在となった。

  であるのに、愚母や他の災いが……感情を有する者が、そうなれないと悲観する理由にはならないと、クアンタは叫ぶ。


「貴様達、名を有する災いには人類を愛せる素養がある、人類と共に歩める素養があった……暗鬼と餓鬼はともかく、斬鬼も豪鬼も、貴様だって強く自分を動かす感情があるではないか……!」

「……わたくし達は人類よりも優れた存在よ! わたくし達が人類と共に歩む理由などない!」


 クアンタの叫びを聞き、愚母はより怒りを強く表現し、叫び散らすが――しかしその言葉に、今地下室へと入ってきた者が、否定した。


「……そォでもねェだろ、愚母」


 満身創痍、と言った様子のマリルリンデが、今地下室へと降りる階段に腰かけながら、言葉を発した。

  クアンタと愚母はそちらへ視線を向け、彼へ各々言葉をかける。


「マリルリンデ。……まさか、シドニアは」

「死ンじャ、いねェよ……オレが、負けたモンでなァ……」


 クク、と笑いながらも、全身を構成する虚力が少ない為か、その場でピクリとも動かないマリルリンデ。

  しかし、もしマリルリンデが敗北したという言葉を信じるなら、何故シドニアは彼を追ってここまでこれぬのか、それは彼が気を失う等の負傷をしているに外ならぬだろう。


「……何が、そうでもないと言うのです? マリルリンデ様」

「聞いてたがよォ……オレも、クアンタに賛成だヨ愚母……オメェは、オメェ等災いは……人間を超えた存在、なンかじャねェよ」

「貴方がそれを言うのですか? ルワン・トレーシーと共に、わたくしの愛する熊童子を葬った、貴方がッ!!」

「熊童子……ねェ……ルワンも、相当アイツにャ手を焼いてたぜ……何せ最後まで……人間との共存を、叫ンでたモンだからよォ……」


 熊童子。二十年前にルワン・トレーシーが率いていた対災い部隊と争った名有りの一体で、彼は……というより彼らは本来「人類との共存」を目指す者たちだった。

  だがルワンが皇族に取り入った事で、皇族が対災いに戦力増強をする可能性も鑑み、彼らは早急な行動が必要となってしまった。

  結果として、二十年前はルワンという一人の姫巫女と、虚力を用いて戦う事の出来るマリルリンデという存在によって、一団は敗れ去ってしまった。


  しかし、二十年前に争った者たちは、誰が悪かったという訳ではない。

  災い達は、自分たちの生命が生き残る為に最善の行動をせざるを得なかっただけだ。

  そしてルワン達も、人類の脅威となる災いを滅するために、戦わなければならない立場だっただけ。


  ――誰にも、何にも救いがない戦いだったと、マリルリンデは語る。


「勿論……オレァあの時、そう大した事、考えちャいなかッた……だがルワンは……生きたいと願う、災い達の……想いに、気付いていながらも……戦わなきャ、ならないコト……悔やんでた……っ」

「黙りなさい……黙りなさい黙りなさい黙りなさい――ッ!!」


 愚母の周囲を埋め尽くす程の浸蝕布が、今地面から飛び出して、マリルリンデを襲うようだった。

  だがそんなマリルリンデの前に飛び出し、マジカリング・デバイスの画面を突き出した、一人の少女がいる。


「お――お師匠ッ!!」


 リンナだ。

  彼女はマジカリング・デバイスを突き出した状態で、自分の前面へ虚力を放出。

  あまりに強大な虚力を受けて、無数の影たちは一瞬で姿を消した。

  マリルリンデは呆然としながらも、リンナの虚力を受けて「イテェ……」と呟く。


「ねぇ、マリルリンデ、教えて」

「なンだ……リンナ」

「母ちゃんは、災いと戦うの……ヤだったの?」

「……人類に仇成す奴と……戦うのは躊躇わなかッたケド……進化を望ンだ奴を……ただ生きたいと願うヤツを、殺さなきャならねェとなッた時は……ボッロボロ泣く程、弱虫だッたゼ」

「……そっか。強いだけじゃなくて、優しい母ちゃんだったんだね」

「アァ……オメェは、アイツにも、ガルラにも似てるヨ」

「父ちゃんも、そう言ってた。……アタシもそう在れて嬉しい」


 疲れた様子も無く、リンナは僅かに赤い目のままクアンタへと近付き、彼女の手を取る。

  起き上がったクアンタは、彼女の手から感じる温もりに若干の安心感を抱きつつも、危険ではないかと彼女を遠ざけるか思考する。


「クアンタ、愚母を止めよう」

「お師匠……?」

「話は全然聞いてないし、何があったのかは分からない……でも、アタシには愚母の、悲しみが伝わってくる」


 愛した熊童子を亡くした彼女の嘆き、人類への強い怨み、それによって膨大な虚力までをも生み出す事となった彼女の想いが、リンナの肌をピリピリと焼くようだった。

  だが、だからこそ、リンナは涙を流しつつ、彼女を睨む。


「愚母。アンタの願いは、もう否定しないよ。でも、アンタは止めなきゃならない」

「わたくしが何よりも怨んでいるのは、貴女と貴女の母である、ルワン・トレーシーなのですよ、リンナちゃん」

「うん、分かってる。だからこそ、アタシはアンタの恨みを否定しないって言ってるんだ。……アタシは、アンタを止めるだけ」


 マジカリング・デバイスの電源ボタンを押したリンナ。


〈Devicer・ON〉


 放たれた機械音声に合わせ、幾多もの浸蝕布が彼女を貫く為に放たれたが、全てリンナの放出する虚力により、弾かれ、消えていく。


「変……身ッ!!」

〈HENSHIN〉


 暴風と共に、リンナの姿が姫巫女のフォームへと彩られていく。放出される虚力はあまりにも膨大で、愚母は表情を歪めながらも眼前に腕をやり、虚力の風を受け流す。


「クアンタ、コレ使って」


 滅鬼を抜き、その柄を彼女へと手渡す。

  リンナの膨大な虚力によって形作られた滅鬼は長く、打刀であるリュウセイが脇差に見えてしまう程の差があった。


「お師匠は、どうするんだ?」

「アタシは、愚母をぶん殴る――ッ!!」


 地面を蹴りつけるリンナと、彼女へと向けて放たれる浸蝕布、だが既に聖道衣を展開しているリンナを、浸蝕布が貫ける筈もない。

  全て彼女の肉体を抉るより前に弾かれ、リンナは愚母の顔面を、強く殴りつけた。


「が――はぁッ!」


 変身したリンナの攻撃は対災い特攻兵器に等しい。

  彼女が一殴りする度に、ただ名有りの災いであれば消滅する程の高純度な虚力が込められていて、愚母も一撃を受けただけで、貯蓄していた虚力に手を付けなければならない程に負傷を余儀なくされる。


 そして、その隙を見計らって、クアンタも動いた。

 リンナと愚母の真横を通り過ぎるように駆け抜けるクアンタ、リンナへ浸蝕布による攻撃は不適切と判断し、浸蝕布を幾多にも展開した拳でリンナへ応戦する愚母、それでも尚拳での猛攻を止めないリンナの三人。
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