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第二十一章
生きる意味-04
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バルトー国とレアルタ皇国アルハット領の境に存在するバリス火山の噴火は、すぐにシドニアへ伝わった。
否、その重要性に関しては詳しく伝えられる必要も無かった。火山性地震はシドニアも感じ、遠くの景色から爆発のようにも、火災のようにも思える火柱が立つと同時に水蒸気噴出も確認できたからだ。
故にシドニアは手早く対応を行った。
まずは何にせよシドニア領における人的被害の確認だったが、これは特に大きな問題は起こっていない。火山性地震による震度や範囲は大きかったものの、シドニア領における家屋の倒壊は、(貧困街等の違法建築が乱立する場所は別として)少なくとも起こり辛いと専門家による見解があった為、確認を急がせると共に議題を終了。
続いてアルハット領政府との緊急会談の制定、及び今後の被災状況確認に至るまでを終わらせた後の義援金・支援物資などに関する緊急議題を早々に終わらせた彼は、会議室を出て自室のデスクに腰かけながらも積み重なる各諸問題……それもアメリア不在の状況で、アメリア領にどう動いて貰うべきかを指示しなければならない事を考え、頭を抱えるのである。
「アメリアなら、どう動く……?」
アメリア領における現在に至るまでの政策や情勢は全て頭に叩き込んでいるシドニアであっても「アメリアであればこう動く」という明確な断言が難しい。
例えばまともな国土運営を行う者であれば、近隣領土及び国家の大災害となれば支援を行わぬという考えはまずない。
だがアメリアならこの場合、事態の把握を行っていない段階での支援策を早急に打ち出すのではなく、実情を把握した上で最も効率的かつ財政を痛めない形での支援策を打ち出す事は間違いない。
しかしそれは、言うだけならば誰にでもできる。ようは「状況が分からないから保留にし、状況が分かり次第支援にかかる」という言葉を小難しく着飾っているだけだからだ。
そうした実情を悟られる事が無いよう早々に事態を把握するという努力こそはしていただろうが、しかしそれにしても今回は事態が事態故に、アメリアがどう動くかも予想が難しい。
「せめて、事態を誰よりも早く把握できれば……っ」
そう考えながら唇を噛んでいた、その時。
ドアのノック音が部屋内に響き渡り、シドニアはほぼ反射的に「どうぞ」と返事をした。
「シドニア兄さま」
ノックからの返事、返事からの入室は極めて早かった。
彼女の入室を他の者に悟らせない為かどうかは分からないが、入室するとすぐに扉を締め、鍵までかけた少女は、事態の把握に努めようとするシドニアへと歩を進めながら、言葉を連ねていく。
「今回のバリス火山の噴火に関しては、餓鬼による災厄が放出された結果です。源の泉へと現れた彼女と私による戦闘の折、彼女が自身の持つ虚力を放出し、引き起こされました。申し訳ありません」
彼女の言葉を、シドニアはただ聞き続けている。
源の泉とは、シドニアも知識だけしか聞かされていないが、マナを生み出すとされる【源】より溢れ出た力の泉で、アルハットがその管理を任されていた筈だ。
そこに現れた餓鬼とアルハットによる戦闘の後、餓鬼は災いの本質――つまり災厄を引き起こした結果、少なくとも記録上は初めてとなるバリス火山の大規模噴火が行われたというわけだ。
「時間が惜しいので結論から申し上げますと、火山の噴火自体はかなり大規模なものですが、噴火による被害そのものは抑え込む事が出来ています。災害用の土砂を用いてマグマの進行ルートに壁を錬成して塞ぎ、現在はマグマの冷却による溶岩化を待っている所です」
彼女が懐から取り出したのは霊子端末だ。彼女の認証コードを入力してセキュリティ解除も行い、表示した画面に映し出された写真を見て、バリス火山の下降付近から天高く突き出し、マグマを塞き止めている壁の姿を確認した。
「餓鬼からアメリア姉さまが消されたとの事も聞いております。シドニア領よりも前に、アメリア領へ事態の報告と支援策の指示、その後に続く形で、シドニア領が支援策を打ち出せば」
「君は、誰だ」
シドニアが、思わず口にした言葉。
その言葉で、彼女――アルハットであろう少女が浮かべた表情は、実の妹である筈だと認識されぬ悲しみというよりも、何故そうした言葉を、という疑惑から湧き出る困惑にも似ていた。
「いや、違う。……違うんだ」
シドニアも、何故自分がそうした言葉を口にしたのか、自分自身で理解していたわけではない。
ただ……アルハットと同じ顔、同じ声、同じ体の存在が……彼女の名を語っているように、肌で感じてしまっただけの事。
「君は、アルハットだ」
シドニアの声は、震えていた。
彼は恐る恐る立ち上がり、デスク一つ分の距離を埋めるために、迂回しながらゆっくりと彼女へ近付き、アルハットの柔らかく、白い頬を、彼女の小さな顔よりも大きい掌で、撫でる。
「君は、アルハットなんだ……アルハットだと、分かっているのに……何故なんだろう……君が、君じゃない、というか」
そうした彼の言葉を聞いていたアルハット――否、既に人では無くなったアルハットが作り出した、もう一つの彼女は、呆然とした。
アルハットの子機。
その思考も、姿も、声も、ありとあらゆる全てを自分自身がデザインし、作り上げた生体魔導機である筈の彼女は、自分の頬に触れたシドニアの手に、自分の手を重ねる。
「……どう、して……そう、思うんですか……シドニア、兄さま……っ」
シドニアの、兄の手から感じる体温を受けて。
彼の心から零れた言葉を聞いて。
ボロボロと、涙を流す。
「ああ……そうだ。やっぱり、君はアルハットなんだ。ちょっとした言葉で、感情を強く動かしてしまうと言うか、皇族なのだが、皇族らしからぬというか……」
そうしたアルハットの姿を見て、シドニアはアルハットの身体を強く抱きしめながら、そう言葉を続けていく。
しかしそうして抱きしめる彼の力は、どこか弱弱しい。
「けれど、それでも、何を言っているか、私も……いや、僕も分かっていないけれど……でも君は、僕達の知ってるアルハットじゃないんだ……僕が、姉達が愛した、いつもの君とは違って……どこか、遠くに行ってしまった君……というか」
彼は、アルハットがどうした変化を経て、どういう存在になったか等は知らない。知る術もない。
アルハットは子機を作り出す時、髪の毛の一本からつま先まで、体細胞の一つとってもオリジナルのアルハットと同じ姿にした。
故にオリジナルのアルハットを構成する物質まで把握しているであろう、クアンタでも騙しとおせると思っていた筈なのに――
シドニアは、彼女の事を一目見て、彼女の言葉を聞くだけで、彼女がオリジナルとは違うアルハットなのだと、見破ったのだ。
「君も……僕から遠ざかっていくのか……?」
「……いいえ。私は、私のままです。シドニア兄さま」
「違う……君を、このアルハットを、否定したいわけじゃない。きっと、君なりの事情があるんだろう……分かるよ、分かるんだ……でも、君は今まで……私にとっても、僕にとっても……ずっと近くにいて、僕が守るべき、愛おしい妹だったんだ……」
シドニアにとって、アルハットという存在は、確かに自身が皇族になる為には避けて通れぬ敵であった。
だが彼女は他の姉たちとは違い、何よりも――臆病で、自分に自信が無くて、それでも他人の為に何かをしたいと、その強大な才能を有していながらも自分の才能を自覚せず、少しずつ前へ進んでいく少女だった。
だから、本来は皇族候補全員が彼女を敵視しなければならぬのに――イルメールも、カルファスも、アメリアも、シドニアも、彼女の事を、敵と思えなかった。
守ってあげなければならない、普通の少女だったんだ。
そう思い出して、溢れ出す感情を、シドニアは抑えることは出来なかった。
アルハットの涙で濡れる肩、しかしシドニアも涙を流して、アルハットの頬をより濡らす。
「でも、今の君は違う……今の君は、小さな肩には重すぎる位の重責を背負って……その末に生まれたんだろう……?」
「……どうして、分かっちゃうんですか、シドニア兄さま……」
「分からない……分からないけれど……そんな気がしたんだ……本当にどうして……僕の、身近な人は……僕を置いて、遠くへ行ってしまうんだ……っ」
母であるルワンの気持ちを、これまでの人生を、シドニアは理解できたのに、彼女は暗鬼に殺され、二度と手が届かない場所へと旅立った。
イルメールは最初から規格外の女性だった。シドニアがどれだけ追いつこうとしても、シドニアが一歩先へ進めば、彼女は五十歩は先へ進んでいるような。
カルファスも最初から規格外の能力を持ち得ていたが、知らない内に【根源化の紛い物】という……ある種、進化の到達点に辿り着き、人ならざるモノになっていた。
アメリアもイルメールと同じく、彼女へと近付きたいとシドニアが願い、追い続けていた筈なのに、彼女もシドニアを置いて、先へ行く。そして今や、シドニアの手が届かない場所へと送られてしまい、もう二度と会えないかもしれない。
そうした家族に置いていかれる疎外感を、自分は遠くにいるのだと感じていた中で――アルハットは唯一、彼が「近しく、愛おしい家族である」と認識していたのにも関わらず。
今の彼女は、シドニアの手が届かない、果てしなく遠い場所に、辿り着いた。
――辿り着けて、しまったのだ。
「すまない……君が、アルハットが悪いのではないと、分かっている……分かっているけれど……近くにいた筈の家族が、遠く離れてしまう事が、僕は……何度経験しても、耐えられないんだ」
「分かってます……ええ、分かってます……ごめんなさい……ごめんなさい、シドニア兄さま……っ」
「謝るな……謝らないでくれ……っ」
アルハットは、正しい事の為に、力を手に入れたと、自分自身は納得をした。
そして自分の力が、誰かの命を、誰かの願いを救うのだと、信じていた。
だが――その力は、何時も近くで、アルハットの事を想い続けてくれていた、家族の心を、傷つけてしまった。
「私は……アルハットは、ずっとシドニア兄さまの妹です。……人ならざるモノになってしまっても……この事実だけは、絶対に変わりません」
シドニアの心は、これからも傷ついたまま、生き続けていくのだろう。
大切な家族を失う事を嫌う彼の……今ある形で、願った形でと祈ったシドニアの願いは、もう二度と叶わないのかもしれない。
――アルハットが手にした力を以てしても、そうなってしまった過去を変える事など、出来はしない。
(ああ……なんて皮肉)
人としての生を捨て、神如き力を手にしたアルハットが新たな生に辿り着き、守りたかった世界。
それは、アルハットが――人であり続ける事によって、守れる世界だったのだ。
(この世は本当に……どれだけ大きな力を手に入れても……上手くいかない事ばかりなのね)
泣いてばかりではいられないと、分かっているけれど。
今この時だけは泣かせて欲しいと、シドニアもアルハットも、ただ静かに涙を流し続けた。
否、その重要性に関しては詳しく伝えられる必要も無かった。火山性地震はシドニアも感じ、遠くの景色から爆発のようにも、火災のようにも思える火柱が立つと同時に水蒸気噴出も確認できたからだ。
故にシドニアは手早く対応を行った。
まずは何にせよシドニア領における人的被害の確認だったが、これは特に大きな問題は起こっていない。火山性地震による震度や範囲は大きかったものの、シドニア領における家屋の倒壊は、(貧困街等の違法建築が乱立する場所は別として)少なくとも起こり辛いと専門家による見解があった為、確認を急がせると共に議題を終了。
続いてアルハット領政府との緊急会談の制定、及び今後の被災状況確認に至るまでを終わらせた後の義援金・支援物資などに関する緊急議題を早々に終わらせた彼は、会議室を出て自室のデスクに腰かけながらも積み重なる各諸問題……それもアメリア不在の状況で、アメリア領にどう動いて貰うべきかを指示しなければならない事を考え、頭を抱えるのである。
「アメリアなら、どう動く……?」
アメリア領における現在に至るまでの政策や情勢は全て頭に叩き込んでいるシドニアであっても「アメリアであればこう動く」という明確な断言が難しい。
例えばまともな国土運営を行う者であれば、近隣領土及び国家の大災害となれば支援を行わぬという考えはまずない。
だがアメリアならこの場合、事態の把握を行っていない段階での支援策を早急に打ち出すのではなく、実情を把握した上で最も効率的かつ財政を痛めない形での支援策を打ち出す事は間違いない。
しかしそれは、言うだけならば誰にでもできる。ようは「状況が分からないから保留にし、状況が分かり次第支援にかかる」という言葉を小難しく着飾っているだけだからだ。
そうした実情を悟られる事が無いよう早々に事態を把握するという努力こそはしていただろうが、しかしそれにしても今回は事態が事態故に、アメリアがどう動くかも予想が難しい。
「せめて、事態を誰よりも早く把握できれば……っ」
そう考えながら唇を噛んでいた、その時。
ドアのノック音が部屋内に響き渡り、シドニアはほぼ反射的に「どうぞ」と返事をした。
「シドニア兄さま」
ノックからの返事、返事からの入室は極めて早かった。
彼女の入室を他の者に悟らせない為かどうかは分からないが、入室するとすぐに扉を締め、鍵までかけた少女は、事態の把握に努めようとするシドニアへと歩を進めながら、言葉を連ねていく。
「今回のバリス火山の噴火に関しては、餓鬼による災厄が放出された結果です。源の泉へと現れた彼女と私による戦闘の折、彼女が自身の持つ虚力を放出し、引き起こされました。申し訳ありません」
彼女の言葉を、シドニアはただ聞き続けている。
源の泉とは、シドニアも知識だけしか聞かされていないが、マナを生み出すとされる【源】より溢れ出た力の泉で、アルハットがその管理を任されていた筈だ。
そこに現れた餓鬼とアルハットによる戦闘の後、餓鬼は災いの本質――つまり災厄を引き起こした結果、少なくとも記録上は初めてとなるバリス火山の大規模噴火が行われたというわけだ。
「時間が惜しいので結論から申し上げますと、火山の噴火自体はかなり大規模なものですが、噴火による被害そのものは抑え込む事が出来ています。災害用の土砂を用いてマグマの進行ルートに壁を錬成して塞ぎ、現在はマグマの冷却による溶岩化を待っている所です」
彼女が懐から取り出したのは霊子端末だ。彼女の認証コードを入力してセキュリティ解除も行い、表示した画面に映し出された写真を見て、バリス火山の下降付近から天高く突き出し、マグマを塞き止めている壁の姿を確認した。
「餓鬼からアメリア姉さまが消されたとの事も聞いております。シドニア領よりも前に、アメリア領へ事態の報告と支援策の指示、その後に続く形で、シドニア領が支援策を打ち出せば」
「君は、誰だ」
シドニアが、思わず口にした言葉。
その言葉で、彼女――アルハットであろう少女が浮かべた表情は、実の妹である筈だと認識されぬ悲しみというよりも、何故そうした言葉を、という疑惑から湧き出る困惑にも似ていた。
「いや、違う。……違うんだ」
シドニアも、何故自分がそうした言葉を口にしたのか、自分自身で理解していたわけではない。
ただ……アルハットと同じ顔、同じ声、同じ体の存在が……彼女の名を語っているように、肌で感じてしまっただけの事。
「君は、アルハットだ」
シドニアの声は、震えていた。
彼は恐る恐る立ち上がり、デスク一つ分の距離を埋めるために、迂回しながらゆっくりと彼女へ近付き、アルハットの柔らかく、白い頬を、彼女の小さな顔よりも大きい掌で、撫でる。
「君は、アルハットなんだ……アルハットだと、分かっているのに……何故なんだろう……君が、君じゃない、というか」
そうした彼の言葉を聞いていたアルハット――否、既に人では無くなったアルハットが作り出した、もう一つの彼女は、呆然とした。
アルハットの子機。
その思考も、姿も、声も、ありとあらゆる全てを自分自身がデザインし、作り上げた生体魔導機である筈の彼女は、自分の頬に触れたシドニアの手に、自分の手を重ねる。
「……どう、して……そう、思うんですか……シドニア、兄さま……っ」
シドニアの、兄の手から感じる体温を受けて。
彼の心から零れた言葉を聞いて。
ボロボロと、涙を流す。
「ああ……そうだ。やっぱり、君はアルハットなんだ。ちょっとした言葉で、感情を強く動かしてしまうと言うか、皇族なのだが、皇族らしからぬというか……」
そうしたアルハットの姿を見て、シドニアはアルハットの身体を強く抱きしめながら、そう言葉を続けていく。
しかしそうして抱きしめる彼の力は、どこか弱弱しい。
「けれど、それでも、何を言っているか、私も……いや、僕も分かっていないけれど……でも君は、僕達の知ってるアルハットじゃないんだ……僕が、姉達が愛した、いつもの君とは違って……どこか、遠くに行ってしまった君……というか」
彼は、アルハットがどうした変化を経て、どういう存在になったか等は知らない。知る術もない。
アルハットは子機を作り出す時、髪の毛の一本からつま先まで、体細胞の一つとってもオリジナルのアルハットと同じ姿にした。
故にオリジナルのアルハットを構成する物質まで把握しているであろう、クアンタでも騙しとおせると思っていた筈なのに――
シドニアは、彼女の事を一目見て、彼女の言葉を聞くだけで、彼女がオリジナルとは違うアルハットなのだと、見破ったのだ。
「君も……僕から遠ざかっていくのか……?」
「……いいえ。私は、私のままです。シドニア兄さま」
「違う……君を、このアルハットを、否定したいわけじゃない。きっと、君なりの事情があるんだろう……分かるよ、分かるんだ……でも、君は今まで……私にとっても、僕にとっても……ずっと近くにいて、僕が守るべき、愛おしい妹だったんだ……」
シドニアにとって、アルハットという存在は、確かに自身が皇族になる為には避けて通れぬ敵であった。
だが彼女は他の姉たちとは違い、何よりも――臆病で、自分に自信が無くて、それでも他人の為に何かをしたいと、その強大な才能を有していながらも自分の才能を自覚せず、少しずつ前へ進んでいく少女だった。
だから、本来は皇族候補全員が彼女を敵視しなければならぬのに――イルメールも、カルファスも、アメリアも、シドニアも、彼女の事を、敵と思えなかった。
守ってあげなければならない、普通の少女だったんだ。
そう思い出して、溢れ出す感情を、シドニアは抑えることは出来なかった。
アルハットの涙で濡れる肩、しかしシドニアも涙を流して、アルハットの頬をより濡らす。
「でも、今の君は違う……今の君は、小さな肩には重すぎる位の重責を背負って……その末に生まれたんだろう……?」
「……どうして、分かっちゃうんですか、シドニア兄さま……」
「分からない……分からないけれど……そんな気がしたんだ……本当にどうして……僕の、身近な人は……僕を置いて、遠くへ行ってしまうんだ……っ」
母であるルワンの気持ちを、これまでの人生を、シドニアは理解できたのに、彼女は暗鬼に殺され、二度と手が届かない場所へと旅立った。
イルメールは最初から規格外の女性だった。シドニアがどれだけ追いつこうとしても、シドニアが一歩先へ進めば、彼女は五十歩は先へ進んでいるような。
カルファスも最初から規格外の能力を持ち得ていたが、知らない内に【根源化の紛い物】という……ある種、進化の到達点に辿り着き、人ならざるモノになっていた。
アメリアもイルメールと同じく、彼女へと近付きたいとシドニアが願い、追い続けていた筈なのに、彼女もシドニアを置いて、先へ行く。そして今や、シドニアの手が届かない場所へと送られてしまい、もう二度と会えないかもしれない。
そうした家族に置いていかれる疎外感を、自分は遠くにいるのだと感じていた中で――アルハットは唯一、彼が「近しく、愛おしい家族である」と認識していたのにも関わらず。
今の彼女は、シドニアの手が届かない、果てしなく遠い場所に、辿り着いた。
――辿り着けて、しまったのだ。
「すまない……君が、アルハットが悪いのではないと、分かっている……分かっているけれど……近くにいた筈の家族が、遠く離れてしまう事が、僕は……何度経験しても、耐えられないんだ」
「分かってます……ええ、分かってます……ごめんなさい……ごめんなさい、シドニア兄さま……っ」
「謝るな……謝らないでくれ……っ」
アルハットは、正しい事の為に、力を手に入れたと、自分自身は納得をした。
そして自分の力が、誰かの命を、誰かの願いを救うのだと、信じていた。
だが――その力は、何時も近くで、アルハットの事を想い続けてくれていた、家族の心を、傷つけてしまった。
「私は……アルハットは、ずっとシドニア兄さまの妹です。……人ならざるモノになってしまっても……この事実だけは、絶対に変わりません」
シドニアの心は、これからも傷ついたまま、生き続けていくのだろう。
大切な家族を失う事を嫌う彼の……今ある形で、願った形でと祈ったシドニアの願いは、もう二度と叶わないのかもしれない。
――アルハットが手にした力を以てしても、そうなってしまった過去を変える事など、出来はしない。
(ああ……なんて皮肉)
人としての生を捨て、神如き力を手にしたアルハットが新たな生に辿り着き、守りたかった世界。
それは、アルハットが――人であり続ける事によって、守れる世界だったのだ。
(この世は本当に……どれだけ大きな力を手に入れても……上手くいかない事ばかりなのね)
泣いてばかりではいられないと、分かっているけれど。
今この時だけは泣かせて欲しいと、シドニアもアルハットも、ただ静かに涙を流し続けた。
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