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第二十章

餓鬼とアルハット-02

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 日の光が差し込む早朝。

  リンナ刀工鍛冶場の庭にて、クアンタとリンナの二人はリンナの用意した木刀を構え、人ひとり分の距離を開けて、ただ立ち尽くしていた。

  短く呼吸をするリンナと、全く呼吸をしないクアンタ。

  だが、互いに視線を交らわせると同時に踏み込み、互いに軽く振るった木刀を弾き合う。

  弾き合うだけで終わるわけはない。

  リンナはそこから、弾かれた衝撃を利用して左足を軸に身体を回転させ、勢いよく木刀を横薙ぎに振るうが、クアンタは冷静に軌道を読み、身を屈める事で避ける。

 同時に、軸が左足一本になっているが故に崩しやすい、彼女の足を払う事で、お尻から地面へ落とした。


「いたっ」


 地面に落ちたリンナの首筋に突き立てられる、クアンタの木刀。切先の冷たい感覚を受け、リンナはムスッと頬を膨らませる。


「……今のって剣技ぃ?」

「剣技かどうかは分からん。しかし戦いというのは型にはまった戦術だけではなく、どんな方法とて許される。剣技でなくとも取り入れることは必要である筈だ。……しかし、お師匠の場合は先ほどのような戦い方ではなく、型にはめた方が好ましいだろう。もう一度だ」

「もう一度?」

「ああ、今度は刀匠・ガルラから教わった事だけに集中してみてくれ」


 クアンタがなにを言っているか、それは理解できなかったが、しかしリンナは頷きつつ短く呼吸を行い、再び開けられる距離を確認、柄を両手で握ると、そのまますり足でクアンタへと近付いていく。


(やはり、足の使い方は綺麗だ)


 足の使い方が非常に繊細だった。前後左右、どちらにもすぐに動かせるように、迷う事なく置かれている。

  故に――クアンタが今、リンナの脳天に向けて木刀を素早く振り下ろしても、リンナは僅かに身体を左に避けさせると、振るわれた一振りを木刀で防いだ。

 真剣であったなら鍔で相手の刃を抑え込めるように、クアンタの振るう木刀を地面に向けて受け流した後、すぐに木刀を持ち上げ、クアンタの額に向けて短く、しかし確かに威力を有する一打を叩き込む。

 その動きは実に素早く、また隙が無い。


「っ、」

「あ、ゴメンねクアンタ! 大丈夫!?」

「ああ、問題無い」


 確かに打たれた額は多少赤くなっているが、肌の表面を再現している流体金属が肌の赤みを再現しただけで、痛みは大した事ない。再生も一瞬で終える事が出来た。


「でーも! クアンタってば手を抜いたでしょ? 真剣な訓練なんだから、手ェ抜いたらダメでしょ?」

「否、手は抜いてない。条件を付けただけだ」

「条件?」

「可能な限り型にはまった方法を取るという条件だ。そして、この条件ならば私よりもお師匠の方が強い可能性は十分に高いと考え、実施しただけに過ぎない。いわば検証だ」

「どういう事?」

「お師匠の腕は悪くない。むしろしっかりと基礎を含めて覚えている事で、私の攻撃を冷静に抑え込み、隙を見つけて打ち込む事も出来た。恐らく刀匠・ガルラの教えが良かったと思われる。……問題はそうした技能を実戦で扱う事が出来るか否かなのだが」


 リンナの戦闘は、これまでクアンタが数えているだけでも三回。


  マジカリング・デバイスを手にして、初めて変身を遂げた五災刃との戦い。

  そして収容施設にて行われた餓鬼との戦い。

 源の泉で襲い掛かる、姫巫女達の亡骸との攻防。


  その中でクアンタが注目したのは、姫巫女達の亡骸からアルハットとカルファスを守っていた戦いだ。

 姫巫女の亡骸達は技能に優れていた。だがリンナはその動きを冷静に見極め、反撃の機会を伺い、実際に打ち込む事も出来ていた。


「お師匠は決して弱くない。今は格上の相手がどう動くかを予測する経験値が少ないだけだ。これでは如何に実力や能力に長けても、技能で負けてしまう」


 クアンタは、バケモノ揃いの皇族や災いと、これまで果たし合ってきた。

  シドニアとの戦い、イルメールとの戦い、サーニスとの戦い、暗鬼や斬鬼との戦闘経験……だが全ての状況において、クアンタがその者たちに勝っているところがあるとすればどこか、思考せずとも分かる。


「私は人間よりも若干優れた処理能力を有するが故に、視界から入ってくる情報だけでも相手の行動を多く予測できる。だから、対応経験が少ない相手の対処もある程度は可能だ」


 そして多く経験を積むという事は、例え違う相手との戦いであろうと、近しい状況になれば対応しやすくなる事に他ならない。

  イルメール、シドニア、サーニスの三人が優れている点はまさにここで、確かに優れた技能はあるが、その技能をどう生かすべきかを経験から解へと瞬時に導く事が出来る。

  故に彼らは、これほどまで謎に包まれている災いとの戦いに、勝利こそないが、敗北もせずに生き残り続けているのだ。


「だから今後、お師匠への訓練は主に二つ」

「うん」

「まずはお師匠の現在覚えている型の精度をより高める事だ」

「新しい型を覚える、とかじゃないんだ」


 それも悪くないが、とクアンタも一部肯定はしつつ、首を横に振る。


「現在の災い騒動に関しては、短期決戦になる事が予想される。故に練度の低い型を増やしていくより、今ある型を強化した方が効率的だ」

「そっか……もう一つは?」

「私が再現できる限り、これまで戦った者たちの戦い方を再現する。それに対応できるようにする訓練だ」


 クアンタは庭に用意されていた、予備の木刀をもう一本掴んだ。片方は打刀程度の寸数、もう片方は脇差程度の寸数で、構えはシドニアの型に似ている。


「流石に奴の速度そのものを再現は難しいが」

「そういう色んな人との戦い方を経験する事で、今後どんな状況になっても対応できるようにしとくって事だね」


 頷き、しかしそこでクアンタは木刀をしまう為にまとめ始めた。


「とはいえ、今はここまでにしよう。続きは夕方以降か、明日だ」

「え、なんで? アタシまだ出来るよ?」

「就業時間だ」


 太陽の位置、そして遠くから聞こえる人の声を聴き、時刻を認識したクアンタの言葉に、リンナが納得した。

 少しだけ不完全燃焼、と言った様子で頬を膨らませながら家宅へと戻っていくリンナを見据えながら、クアンタが蔵へ木刀をしまいに行った後。


「サーニス?」


 一頭の馬に乗り、リンナ刀工鍛冶場まで現れたサーニスに、クアンタが首を傾げた。


「おはよう、クアンタ」

「アメリアも連れず、どうしたサーニス」


 近付いてきたクアンタに気付き、朝の挨拶をしたサーニスへ当然の疑問をぶつけると、彼は少し話しづらいと言った面持ちで、彼女に手招きをする。

 それが近付き、小声で話そうという合図だと気付いたクアンタは、聴覚機能を最大にした上で、サーニスに隣接。


「……アメリア様が、餓鬼によって消された」


 クアンタは大きく混乱こそしなかったが……一瞬だけ、思考を巡らせることが出来ず、サーニスの放った言葉を自分で繰り返して言葉にする事で、ようやく理解を果たす。


「……お前が、居ながらか?」

「言い訳も出来ない。自分が未熟だった……それだけだ」


 クアンタとしてもサーニスを責めているわけではない。そもそも明確にどういう状況かを説明していないので、それを判断できる材料がない。

  だが――そうした考えよりも前に、そもそもアメリアが被害に遭ったという事実そのものが、クアンタを動揺させていた。


「ここに来るまでの間は、リンナさんにも説明はするべきと考えていたのだが……やはり、クアンタへ意見を伺うべきであろうと……ここに来て少し、臆病風に吹かれてしまっている」


 恐らく、リンナはクアンタよりも大きく動揺すると予想出来る。

  以前カルファスが暗鬼によって殺された所を知っていれば、彼女がどれだけ「他人の事を想う事が出来る」人物なのかが分かるであろう。

  故にリンナへは知らせないという事も――不誠実ではあるが、選択肢としてはある。


「お師匠には伝えるべきだろう」

「やはりな。……いや、お前にそう言って貰えれば、自分としてもホッとする」

「ホッとする?」

「自分は頭もよくないし、なによりお前の方がリンナさんを知り得ている。故にお前がそう判断したという事は、伝えないよりも伝えた方が有用だと考えたためだろう? なら、自分の判断も間違いではないという証明になる」

「……有用?」


 キョトン、とした表情で首を傾げたクアンタに、サーニスは思わず目を開いて、一瞬言葉を出す事が遅れてしまう。


「もしや、クアンタは」

「……お師匠は、アメリアになついていた。だから伝えるべきと……判断しただけだ」


 クアンタらしからぬ、感情を優先した言葉だった。

  以前までの彼女も、別に感情的な部分を蔑ろにしていたわけではない。ないが――しかし、感情的な部分と理知的な考えを両立させ、どちらが優先されるべきかを検討していた筈だ。

  しかし今の彼女は、有用という言葉に思いがけないと言わんばかりの反応していた事から――彼女へ伝えた場合にある悪影響などよりも、アメリアやリンナの事を何よりも考えて、思考をかなぐり捨てて結論を導き出した、という事に他ならない。


「……私は随分と……愚かになったものだ」


 サーニスに言われた事で、確かにそうした「アメリアの消滅」を伝えるか否か、それを彼女の性格や今後の事も含めて吟味しなければならない事であったと認識を改めたクアンタが、唇を僅かに噛みながら、自分の至らなさを悔しがる。


「いや、そう卑下するな。……昨日も言っただろう。そうした機械的なお前よりも、今のお前の方が、自分としては好ましい」


 それは確かに、何時だって理知的な思考を回せる者というのは重要で、何事においても判断を誤る危険性を減らせるという利点はある。

  だがそうした「お利口な理屈」ではなく「人としての義理人情」で動く者は、サーニスとしても嫌いではない。


「ではもう一度、今度は考えて欲しいのだが……リンナさんに伝えるのは、やはり必要だと思うか?」

「……ああ、伝えるべきだ」


 反省しつつ、思考を回すクアンタが頷く。

  確かに短期的な部分からするとマイナスな面が強く出る危険性はある。アメリアがもし死亡したと仮定しても、リンナはアメリアを姉のように慕っていた。心理的な影響を考えれば塞ぎ込んでしまう等の可能性も十分にあり得る。

  だが、長期的に見た場合は更に問題が深刻化しかねない。リンナがもしアメリアの消滅を意図せぬ所で知った時、彼女がその事実の重さに加え、真実を隠されていたという不信感が合わさって爆発する可能性は非常に高い。

 それだけ彼女は正直であり、また純粋だ。


「分かった。……それと、お前たちの護衛任務も同時に承っている。故に今日から世話になるが、構わないだろうか」

「構わないが」

「……尋ねた自分が言うのもなんだが、乙女が男の寝泊まりを二つ返事で了承するんじゃない……!」


 ため息をつきつつ、サーニスがリンナ宅へと上がっていく。

  そこからリンナとクアンタへの説明は、詳細に行われた。
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