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第十七章

神霊-04

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 混戦していた状況だが、しかしイルメールが場をかき乱してくれた結果として、現在リンナやアルハット、カルファスの面々を狙っていた骸を倒す事は出来た。

  となれば――後はクアンタとイルメールの二者で、数えると十六体に及ぶ亡骸を破壊すれば良い。


『リンナ、ちょっとの間、アルハットとカルファスを頼むぜ』

『う、うんっ! 任せてっ!』


 今回の敵は長太刀の扱いに長けた姫巫女の亡骸であり、刀による戦闘に慣れていないカルファスやアルハットでは、対処が難しいだろう。

  その点リンナは、一応義父であるガルラから刀の扱いの教育は受けている。故に今回はリンナが二者を守る方が有効だろう。


  ――というのは、イルメールがリンナを後方へ下げる方便だ。


『イルメール』

『何だ?』


 通信機での会話を、イルメールとクアンタに限定して発信する。

  彼女もそれを分かっているから受けつつ、クアンタと共に襲い掛かろうとする骸への対処を行う。


『今、お師匠を後ろに下げておく為に、ああした言い方をしたな』

『おう。じャねェとリンナは「アタシも一緒に戦う」ッて言い出すしな。アレなら角立たねェだろ?』


 リンナは今まで「誰かに守られてばかりの自分」という状況に嫌悪していた。

  災滅の魔法少女となる事が出来るようになってからは、特に顕著だ。

 今の彼女には「アタシにも戦う力があるんだ」と、戦いの場で刃を抜く事に対しての抵抗を、無くしてしまっている。


『前回、ルワンの一件で感情がねェお前は、リンナが戦う事を良しとしちまッたモンな』

『一生の恥だ』


 今斬り結んだ相手の刃を弾き、もつれ合った所で相手の恥部を蹴り付けたクアンタが、ガラガラと崩れる足を蹴り飛ばして頭蓋に錆びた刀を刺し込むと、そこで動きを止めた事を確認。

  背後からもう一体の骸が迫っていたが、イルメールが振り込んだ回し蹴りによって近付いていた別の骸二体に向けて蹴り飛ばすと、その衝撃によって全体が倒れたので、イルメールが跳んで、踏み潰す。


『リンナは、オメェと肩並べて戦う事を望んでンだよ』

『私と、か』

『アァ。オメェが戦う時ッつーのは、何時だってそれが必要だからだ。でもよ、その必要な時に自分は見てるダケッつーの、けっこー寂しいンだぜ』


 クアンタもリンナも、皇族の人間ではない。レアルタ皇国という国を率先して守る理由もない。


  ――全ては、自分たちが不利な状況に陥らない為に必要だから、戦うだけ。


『クアンタ、オメェにはずっと前から言いたかッた』

『何だ』

『オメェがリンナを本気で守りてェと思うなら、お前も守られる側になれ』

『それは、お前たち皇族や、皇国軍や警兵隊に守られていろ、という事か?』

『本来はそれが当たり前だし……マァ、そもそもオレ等皇族が前に出て色々とすンのが可笑しなコトだわな』


 イルメールの言う通り、皇族……それも次期皇帝候補となる五人が、災いという脅威に率先して相対する事態と言うのがおかしいのだ。彼女達は本来、守られる立場にいるべき人間だ。


『なら、なぜお前たちはそうして戦おうとする?』

『ンー、ここ最近の出来事は全部成り行きッて言っても違いはねェケド、それでもやっぱり「それが出来ちまうから」と「オレ等以上がなかなかいねェから」……だろうな』

『出来てしまう、お前たち以上がいない……か』

『アァ。何度も言うが、この国にャオレ以上に強いヤツがいねェ。昔ならサーニスがオレ以上になれただろうが、今のアイツはダメだ、鈍ッちまってる!』


 苛立ちをぶつけるかのように、今ラリアットで首を吹き飛ばした骸がガシャリと力無く倒れ、落とされた長太刀の柄を足で持ち上げ、構える。


『シドニアも同じだ。自分以上に出来る奴が全然いねェから、自分より強いサーニスやワネットさえ連れてりャ良いだろうと、自分で戦おうとする。そのクセ自分は才能ねェと勘違いしてるから困ッたちゃんダゼ。アイツ、本気で武にだけ注力してりャ、それこそオレ以上にもなれただろうに』

『奴は武にだけ注力するわけにはいかないと言っていたが』

『なら大人しく守られるべきだ。それが出来ねェなら前に出たらダメだ。……なまじ戦えちまうから、やっちまうンだよ』


 元々の刀がどれほど強固だったのか、それは分からない。だが海風によって錆び付き、刃もボロボロとなった現状で、イルメールの力によって勢いよく振り切られた長太刀は、その根元から折れた。

  だが、折っただけではない。同じく刀を構えてイルメールが振り切った刃を受けようとした骸の長太刀も同様に折れ、イルメールは折れた長太刀を投げ放ち、適当な敵に当てつつも、右腕の肘を叩きつけ、今手持ちの刃を叩き折った骸の頭蓋を叩き割る。


『カルファスもアルハットも率先して前に出る奴じャねェケド、戦闘が出来ちまうからする。さらに護衛を嫌うからシドニアより困ッたちゃんだよ。ウチの姉弟で唯一まともな皇族っつったら、それこそアメリア位だ』

『だが、私たちとて戦いたくて戦うわけではない。災いという脅威に対し、ただ防衛をしているだけでは非効率だ。故に、私がお師匠を守る為に戦うとしているだけで』

『だから――言ッただろ? そうするとリンナは、お前と一緒に戦いたがるッて』

『ならば、どうすればいい?』

『方法は二つだ。一つはさっきも言ったが、お前も含めて守られるダケに従事しろ。そうすりャ少なくとも、リンナはお前と共に戦いたいッて願望を消すだろォよ』


 イルメールが身を屈めた。それに気づいたクアンタは彼女の背に足を乗せると、イルメールは力いっぱいに身体を起こし、クアンタの身体を跳ねさせた。

  宙へ跳ぶクアンタが骸数体の群がる後方へと降り立つと、陣形を組むようにクアンタへ刃を向ける二体と、イルメールに刃を向け直す二体があったが、戦力が分散されれば二者の敵ではない。

  振るわれるそれぞれの刀を避け、応戦するクアンタとイルメールだったが――

 残る一体がリンナ達の方へと向かっていき、クアンタが思わず身体を強張らせてしまう。


『クアンタ、もう一つはな』

『お師匠が』

『黙って聞け、ンで見てろ』


 クアンタやイルメールを相手にすると敵わないと察したのか、リンナが守るアルハットとカルファスへと向かっていく一体の骸。

  だが、リンナはグッと息を呑みながらも、冷静に刃の軌道を読み、長太刀・滅鬼の鞘で防ぎつつ、骸の足を払って転げさせた後、腹を踏みつけて動きを抑制させつつ、滅鬼の持ち手を変え、その棟で頭蓋を叩き割る。


『ハァ……ハァ……っし!』


  一連の流れは鮮やかで、しかし彼女は敵を倒したという高揚感からか嬉しそうに唇を結び、だがそれを表に出してはならないと言わんばかりに小さくガッツポーズをした。


『もう一つは、オメェがリンナを鍛えて、アイツも一緒に戦える力を与える事だ』

『……それでは、敵に狙ってくれと言っているようなものだ』

『アァ、賢い選択じャねェかもしれねェ。だがな、災いを相手にするならリンナの力は本来絶大のハズだ。けど今はリンナの力量が未熟だし、リンナの刀しか有効な戦術がねェから、災い有利のまま状況が悪化し、アイツ等は容赦なく戦いに来る』

『いくらお師匠の力量が増しても』

『だーから黙って聞け。……ならクアンタ、お前は戦争を無くすのに必要な手段ッて、何か分かるか?』

『……無くす、それはムリだろう?』

『アァ、無くすのは無理だ。アメリアやシドニアさえ勘違いしてるがな、そもそも「戦争をしていない期間」なンざねェンだよ。今のレアルタ皇国は確かに他国と直接戦争はしてねェ。だが、それは「次に起こりうる戦争の準備をしている期間」に過ぎねェンだ。……言っちまえば、仮初の平和……ッてヤツだ』


 何を以て戦争とするか、それが一種の戦争論と呼ばれるものであり、これは度々、どの国でもどの星でも議論がなされる。

  争っている事を戦争というか、次なる争いに向けて準備をする事も含めて戦争というか――クアンタは、そしてイルメールの考え方としては、後者である。


『災いとの戦いも一緒だ。今は奴らも襲い掛かってきてねェが、次に奴らがどんな争いを持ち掛けてきても対処できるようにする準備期間が、今だ』

『お師匠が戦えるようになることも、立派な準備であるという事か?』

『それも一つだけど、一番重要なのはそもそも「奴らの最終目標はリンナだ」ッて所が重要だ。もしそのリンナが、オレやオメェに匹敵する技能を持って、その上で姫巫女として虚力の扱いに長けたら、どうなると思う?』

『……相対するべき災いも、どう手出しをするべきかを検討せざるを得なくなり、闇雲な襲撃は減る……という事か』

『アァ、戦争を回避する手段じャねェ。戦争を無くす手段じャねェ。――戦争を抑制する為の手段だ。軍事力ッつーのは、そうした力の拮抗を相手にチラつかせ、いざという時に動かせるようにする事で、少しでも被害を抑える為にある』


 オレが何時だって鍛えてンのはソレが理由だ、と言ったイルメールが最後、クアンタと鍔迫り合う骸の頭蓋を殴り、破壊した事で、戦いは終わる。

 そうして皆の無事を確認した後、クアンタに微笑みだけを残したイルメールが、リンナの元へと向かう。


『リンナ、今の動きは良かったぜ! アルハットとカルファスを守ってくれてサンキューな』

『え、えへへ。あ、アタシだってやりゃ出来るんだもんね!』


 リンナの頭を優しく撫でて彼女の戦いを褒めるイルメールと、そうして戦いによって褒められた経験が初めてであるからか、表情を綻ばせ嬉しそうにするリンナを見て、反するクアンタは表情を僅かに俯かせる。


「クアンタはイルメールの意見に反対か?」


 そんなクアンタに話しかけるのは、これまで傍観に徹していたヤエである。


『……いや、反対ではない。分からない、が正しい』


 イルメールの意見は正しい。しかしそれは一側面から見た正しさでしかない。

  確かにリンナの技量が向上すれば、敵である災いとの戦いにおいて奴らを抑制する手段にはなり得、最終的にリンナの安全をある程度保証する手段となり得るだろう。

  だが、結局は彼女が戦う事による危険性は残り続ける、という事なのだ。


「お前は本当に成長した。その成長は私にとっても嬉しいよ」

『成長? 何を言って』

「何にせよクアンタ、ずっと変身していると気が滅入るだろう? ホレ、変身解除しろ」

『……了解』


 クアンタが変身を解く。するとマジカリング・デバイスが空中に姿を現し、今クアンタの手に収まろうとした――


  が、そのマジカリング・デバイスを手に取ったのは、クアンタではなく、ヤエである。


 さらに彼女は、ヤエにマジカリング・デバイスを取られると思っていなかったクアンタの腹部を強く蹴りつけ、彼女をイルメール達の下へと転がした後、ニヤリと口角を上げた。


『っ、神さま、何を』

「あー、聞けお前ら。源の泉に至る最終関門はただ一つ。


 ――私を倒す事だ」
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