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第十五章

母親-03

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 サーニスとアメリアの間を抜け、リンナがマジカリング・デバイスを、クアンタが第四世代型ゴルタナを取り出して、構える。

 マジカリング・デバイスの頭頂部にある電源ボタンを押しながら左手で前面へ押し出したリンナが〈Devicer・ON〉の機械音声と共に、右手の拳を引いた上で、叫ぶ。


「変……身ッ!」

〈HENSHIN〉


 爆風と共に、変身を行ったリンナ――災滅の魔法少女・リンナが今、風で揺らめく黒髪を振るって目元から避けさせると、腰に備えた長太刀・滅鬼を抜いた。

  先日変身した際とは異なり、彼女の内包している虚力量は、確かにマジカリングデバイスによる増幅によって増しているが、それでも先日の三分の一程度にまで抑えられている。

  しかしその量が常に使用できる状態で、さらには虚力の放出にも対応できる災滅の魔法少女としての特性があれば、餓鬼の置換能力は彼女に適用させる事が出来ず、純粋な戦闘技術が問われることになるだろう。


「ゴルタナ、起動」


 対して、リンナとは異なり魔法少女に変身するのではなく、マジカリング・デバイスと同じ要領で使用する事が出来る第四世代型ゴルタナの展開を行ったクアンタ。

  それは最初こそスマートフォンに近い形状をしていたが、ドロリと形を溶けさせ、クアンタの身体に展開されていく。

  頭部はまとわず全身を覆う黒い装甲、ゴツゴツとした印象のそれとは反対に、クアンタは打刀【カネツグ】を抜き、リンナと並んだ。


「ほう、くあんた殿は本調子で無いと見える」

「その通りだ。だが貴様は私が止める」

「全く、己も甘く見られたものであるな」


 言葉とは裏腹に、楽し気な笑いを浮かべる斬鬼と、リンナへと向けて殺意の視線を向け続ける餓鬼が、鼻で笑う。


「あん時とは虚力の量が全然違うね。やっぱあん時限りの実力ってワケ?」

「うっさい。アンタみたいなガキにアタシは負けないよ」

「アハハッ、アンタもガキじゃん! ――まぁ、そんなガキにやられたのがヤだったから、やり返そうと思ってたんだけど」


 四者による視線と言葉が交わり、緊張が双方を襲う中、サーニスとアメリアが足止めでもある二者へと声をかける。


「シドニアを回収次第、すぐ戻るでな。その間、リンナを任せるぞクアンタ」

「リンナさん、決して無理なされず、相手の動きをしっかりと見ての戦いを」


 その横を抜ける形で、サーニスとアメリアが駆け出すが、しかし斬鬼も餓鬼も、それを見逃した。


「良いのか」

「さぁにす殿と、あめりあ姫についてであるか?」

「そりゃ、アンタらの最終目標はアタシかもしれないけどさ、シドニアさんの無事を確認したら、すぐにこっち戻ってくるかもよ?」

「ソッコーで殺せばいいだけっしょ? なら、アンタらの根城に攻め込んでるこっちの方が有利ってモンじゃん」


 それぞれの言い分は理に適っている。

  クアンタやリンナには災いを討滅し得るだけの力があり、仮に個々の実力で勝れなかったとしても、例えばシドニアと合流したサーニスと、四人で協力して斬鬼と餓鬼を叩く事が出来れば、実力的にも戦力的にも優位に働くという計算である。

  だが、餓鬼と斬鬼のいう、現状は災い側の方が有利、というのも確かにその通りで、なにせ現状クアンタは実力を完全に引き出す事は出来ず、能力値が下がるゴルタナで戦う他無い上、リンナを必ず守らねばならないという条件を抱えている状態だ。

  さらには敵の頭であるマリルリンデ、まだ姿を見せていない暗鬼と、クアンタたちは不確定要素も抱えている。


  ――だが、一度戦いが始まってしまえば、そうした戦いの先にある思考を巡らせる暇もないのが、死闘というものだ。


  変身して認識力が高くなっているリンナで、ようやく追いかける事が出来るようになった、クアンタと斬鬼による斬り合い。

  ゴルタナを展開し、基礎能力が底上げされているクアンタの振り込む斬撃に、斬馬刀という取り回しが刀に比べ難しい武器を用いて払い、横薙ぎでクアンタを後ろに誘導、距離が開いた所で素早くも鋭い突き出しと展開、だが機動性の勝るクアンタがその一突きを寸での所でジャンプして回避、上段から強く斬りつけようとする刃を、斬馬刀から手を離してバスタードソードを展開する斬鬼……。


  そうした攻防を、三秒という時間もかけずに行った二者に驚嘆しつつも、リンナはただ滅鬼を構え、汗を流す。

  その手を拳にし、両手に炎を纏わせる餓鬼。

  彼女の放つ熱には、刀匠であるリンナでも慣れぬ高温。恐らく、その火に触れただけでも相当の威力がある事は間違いない。


「昨日は世話になったもんね。じっくり焼いてやるよ、覚悟しな」

「――ッ!」


 振り込まれた炎を纏う拳、しかし変身する事で強化された反射神経故、大きく身体を動かす事で避けたリンナは、ホッと息をつく暇もないまま、地面を蹴って接近を仕掛けようとする餓鬼へと向け、刀を振り込んだ。

  横薙ぎに振り込まれた一閃を、地面を蹴って身体を浮かす事で避け、上空から腕を振るう。

  その手にまとう炎を投げつけた餓鬼に合わせ、リンナが刀を振り、炎をかき消した。炎自体は虚力で生み出されたが故に、リンナの振るう滅鬼にまとわれた虚力によってかき消された。


「っ……、!」


 だが刀はリーチがある分、小柄で接近するスピードにも長けた餓鬼を斬る事が難しい。リンナは一応父であるガルラから刀の訓練を受けているが、しかしあくまで護身術の範疇である。災いという人智を超えた者たちを相手取る為に鍛えられたわけでは無いと、リンナは思っている。


「アハハッ! どうしたのさリンナ! 昨日みたくアタシを殺す位にかかってきなよっ」

「ああ、そう! それがお望みなら――!」


 滅鬼の刃を床へと突き刺し、固定させると、リンナは左手を前面に出しながら、構えた。長いリーチを活かしにくい相手であれば、素手の方が疾く動けるという判断である。

  そして、実際にその判断は正しい。

  餓鬼の用いる置換する能力は、リンナに対しては常に放出している虚力の関係で通用しない。つまり身体を炎に置換される危険性を鑑みる必要がないのだ。

  それに加え、恐らく彼女の皮膚表面を炎に置換しているのだろうが、常に燃え盛っている炎に触れても、同様に放出している虚力でかき消す事が出来るし、かき消すより前に感じる熱にも、一瞬であれば耐える事が出来る。

  だが問題は、彼災いであるが故に持つ、常人を超えた餓鬼の戦闘能力である。

  ニヤリと笑みを浮かべながら振り込まれる餓鬼の拳を、全て寸での所で避けつつ、虚力を纏わせた拳でカウンターにかかる。

  だが、当たれば一撃で敵を殺し得る拳であっても、かすりもしなければ意味は無い。拳であれば手首から受け流され、その体にはダメージすら与えられず、今餓鬼がカウンターに対するカウンターとして放った左拳の一撃が、胸部へ。

  幸い無意識に虚力を展開していた事もあり、熱を感じる事もなく数歩分後ずさる程度で済んだが、グッと押し寄せる痛みに、リンナは咳き込みそうになった。


「チックショウ……、やっぱ強力ってだけじゃダメか……!」

「そだね、暗鬼も言ってたよ。アンタの力は強力だけど、強力なだけなら対処は幾らでも出来るって!」


 キャッキャとはしゃぐように笑う餓鬼に舌打ちをしながら、リンナは隙を無くすために構える。力量として勝る事が出来ないのであれば、せめてより状況を悪化させまいという判断だ。
  

  そして、その近くで絶える事のない斬り合いを続ける斬鬼とクアンタの攻防もある。

  刃と刃の弾き合う音が常時耳に響く程に、斬鬼から振り込まれる刃も、クアンタから振り込む刃も、相手に対して有効ではない。

  だが有効ではないと出し惜しみをすると、すぐに敵の猛攻に晒される事となる。

  故に互いが互いに絶え間なく攻撃し合い、戦いを意図的に継続させることにより、いわゆる大打撃を防ぐのだ。

 しかしクアンタは本調子ではない。マジカリング・デバイスを用いて斬心の魔法少女へと変身しているわけではなく、能力値の劣るゴルタナを展開し、何とか斬鬼からの鋭くも重たい攻撃に対処出来ている、といった形である。


「弱いっ!」


 絶叫と共に振り込まれる大振りの一撃。ほんのコンマ秒の隙を作ってしまったが故に放たれる上段からの一撃は、そのリーチも相まって避ける事が出来ぬと踏んだ結果、刃に合わせて棟へと左掌を当て、受ける事によって絶えるクアンタだが、はじき返す事が出来ず、後退する事によって衝撃を殺し、急ぎ空いた距離を埋める為に前へ出ようとしても、突き出される一撃が早く、詰め切れない。


「甘く、浅いぞくあんた殿! 本調子でない貴殿、実に弱弱しい乙女よな!」

「乙女かどうかはともかく、肯定。しかし戦い方は幾らでもある」


 そう、斬鬼の強みは何よりもその身体能力に加えて敵の持つ兵器をコピーする能力だ。だが、その兵器は以前アルハット領で手合わせした際に行われ、身体能力自体は、対処法など幾らでもある。

  柔を持って豪を制す、と言わんばかりに、彼の放つ突きに刃を擦り合わせ、鍔で抑え込むようにして斬馬刀の動きを止めると、そのまま床を蹴りつけて身体を回転させ、斬鬼の首元を両足で挟みつつ身体を前へ倒し、そのまま力の限り、彼を投げた。

  空中で受け身を取ろうとする斬鬼に、追撃と言わんばかりに足元で転がっていた、警兵隊装備のバスタードソードを蹴り付けて弾き、それに気を取られる一瞬の隙を見逃さないと、空中へ追いかける。


「ッ!」

「オォオッ!」


 互いに全力で振りこむ刃の一閃同士が交わり、強く弾き飛ばされる。

  こうした攻防を繰り返しているだけで、進展がないのだ。


「お師匠、無事だろうか」

「、当然! お師匠の戦い、しっかり見ときなさいよクアンタ!」

「常に警戒はしている。が、油断は禁物だ」

「おうよっ」


 両者ともに敵との距離が開いた所で、クアンタとリンナが背中を合わせて行う会話。

  短い意思疎通の中で互いが無事である事を確認した二者は、また敵の懐へと潜り込むために、それぞれが思考を巡らせて戦う。


  ――そう。今は状況の有利不利を気にする事が出来るような、生易しい環境ではない。
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