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第十三章

災滅の魔法少女-07

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「よぅしクアンタや。主はどこの誰じゃ?」

「第五十七宇宙郡団二十七銀河太陽系第三惑星地球部隊所属のフォーリナー、クアンタ」

「どこに住んでおる?」

「レアルタ皇国シドニア領首都・ミルガス三番街外れ貧困街道リンナ刀工鍛冶場」

「んー、普段と変わりないように見えはするが、確かに退屈な女になり果ててもうたのぉ。では次の質問じゃが吾輩と一夜を裸で共にしたいと思うかのぉ。吾輩は思う」

「否定」

「否定!? 普段の主が吾輩をどう思ったのか気になるのじゃが!?」


 イルメール領皇居が餓鬼の手によって炎へと置換されてしまった為、行き場の無くなった皇族一同が、リンナとクアンタを連れて向かった先はカルファス・ファルム魔術学院、その研究棟にあるカルファスの自室兼研究室だ。

  既に夜も更けてはいたが、アルハットの持つ霊子移動技術で転移した面々が、用意された椅子などに腰かけながら行った事は二つ。

  リンナの体調チェックと、クアンタの状態チェックである。


「リンナ、ちょっとだけチクッとするわよ」

「うん……てっ」


 今リンナの浮き上がらせた血管から注射器で血を抜いたアルハットが、二の腕に巻き付けていたベルトを外しながらアルコール消毒を行った後、用意された試験管に入った検査液へ、リンナの血液を一滴入れる。

  それが次第に朱色から青に変わっていく様子を「ほぇ~」と見届けたリンナは「これで何が分かるの?」と尋ねた。


「血液内に問題がないかという検査ね。一応魔術的な外装として展開されてるゴルタナを装備していたシドニア兄さまやサーニスさん、そしてマナによる身体補助を受けていた私と違って、リンナは直に災いと接触しているし、そもそも変身した貴女の身体に異変が起こっていないとは限らないもの。

 強いて言えば、変身前と変身後でデータが欲しい所だけれどね。ただ貴女はクアンタと違って普遍的な人間であるはずだし、平均検査値から異常を割り出す形でも特に問題は無いわ」

「んと、よくわかんないけど健康診断的な?」

「ふふ、そうね。ついでに色々と病気が無いかだけでも調べてあげる」


  先ほどの検査液に投じられた血液から読み取れる情報は多岐に渡るが、全て数値化がなされて霊子端末に送信されるシステムとなっている。それを信じる限りでは、特に異常性は見受けられない。


「何か体調的に問題とかはある?」

「ううん、むしろスッキリした感じかなぁ。何かグルグルーってなってた感情が吐き出せて、このまま寝れたらグッスリ寝れると思う」

「ごめんなさいね、もう少しだけ付き合ってもらうわ。クアンタの事もあるし」


 アルハットとリンナが視線を移した先には、一つの椅子に腰かけさせられたクアンタが、前に座るアメリアとシドニアへ瞬き一つ見せず、その無表情さを全面に出している。


「元々感情表現は豊かな子じゃなかったけど……」

「虚力の欠如はそれほどまでに問題という事ね」


 リンナの印象として、クアンタという少女を一言で表すならば「クール」である。

  常に先を見据えた思考能力と、それに加えて周りの状況を見据える判断能力を持ち得、何時如何なる時も冷静に行動する事が出来るように自分を制している、という印象があり、そこには僅かながらでも、彼女の感情が反映されていたと思う。

  否、違う。感情を以て選択をするのだと、リンナやシドニア、アメリア達が言い聞かせて、それを彼女は実践したのだ。

  自分自身に芽生えていた、ほんの僅かな感情に戸惑いながらも、クアンタは理論を装備した上で自分の正しさや時に過ちを自覚しながらも、自分なりの選択を果たしていた。

  だが、今のクアンタは違う。必要であれば計算を行う計算機でしかなく、今の彼女がする選択に、恐らく感情は伴わないだろう。


  ――恐らく今、彼女がリンナの事をお師匠と呼んでも、その言葉は彼女がお師匠と呼びたいから呼ぶのではなく、あくまで自分の中で今までそうしていたという情報があるから、それを実施するだけの事だろう。


『クアンタちゃん、一つ質問良い?』


 そんな中、ジジジと音を鳴らして現れた、一人の人物が、カルファスだ。

  暗鬼に胸を一突きされて、心臓を抜き取られて殺された筈のカルファスの身体は、霊子移動で現れた時にはそうした痕跡が一切なく、リンナは改めて彼女が本当に死んでいないのだと、理解する。


「クアンタちゃんの中にある虚力は循環して増えていく?」

「肯定。この身体を構成する虚力は私の中で確かに循環し、微弱ながらも増えてはいる。だがそれは身体活動に必要量を生み出しているに過ぎず、このまま経過しているだけでは戦闘等に必要な虚力量の確保は出来ない」


 不意に現れるカルファスの姿に驚く事も、何かいう事も無く返答をしたクアンタに「そっか」とだけ端的に介したカルファスは、皆の注目が自分に集まっている事を理解すると、ニッコリとほほ笑む。


「やっほーみんな。というより、リンナちゃんには心配かけちゃったみたいでゴメンねェ」

「ホントですよ! なんか、よく理解してないけど……えっと、カルファス様って複数人いる的なカンジ、なんですか……?」

「んー、きっとイル姉さまが説明したなぁ? 具体的に言うと全然違うんだけどまぁそんな感じそんな感じ」

「後で色々と聞かせてもらうぞカルファス。何故そうした情報を私に教えていなかったのか、等な」


 シドニアが短く吐き捨て、サーニスはそんな彼とカルファスに挟まれ、顎を引きながら冷や汗を流す。


「サーニスさんもごめんなさい。私の事全然教えてなかったもんね」

「いえ、自分は構いません。自分もリンナさんと同じく理解できているとは思いませんし、詳しく伺っていても理解できるかはまた別であります」


 そんな皆から少し離れた場所で立ちながら寝ていたイルメールが、僅かに目を開けて「帰ったか」とだけカルファスの帰還に声をかける。


「イル姉さま、私が殺された時もっと怒るかと思ったのに」

「殺されるオメェが悪ィんだよ。なよなよした身体作りやがって。オメェもその……せーたいまどーき? って奴ならもっと良い筋肉の身体にしときゃよかっただろうがよ」

「私筋肉ダルマはヤだなぁ」

「とにかく、死者は無しの状況で今回を乗り越えられたのは幸いじゃ」


 そう場をまとめたのは、クアンタの頭を撫でながら観察を行うアメリアだ。


「カルファス、リンナとクアンタの寝床はどうすれば良いと思う?」

「一旦、どこかの皇居に移せないかな? 災いがどれだけ短時間で移動できるかはともかく、カルファス領にいるままじゃちょっと危険かも」

「同感じゃ。では一旦、吾輩の皇居に向かうとするのかの」


 カルファスが合流できたという事は現状を理解し得る面々が揃った事にも繋がる。

  カルファスとアルハットの二人が霊子端末を持ち、現在いる八人の霊子移動を開始する。

  時間は三十秒から一分ほど必要であったが、リンナが目を塞いで目を開けた次の瞬間には、一度訪れた事もある、アメリア領皇居のエントランスが。


「――よし。サーニス、よいかの?」

「ハッ」

「リンナとクアンタを以前用意した客室へ。黒子を厳戒態勢で見張らせる他、サーニスも護衛じゃ」

「かしこまりました!」


 サーニスへと目をやる事なく淡々と命令を下したアメリアと、サーニスも慣れていると言わんばかりに背筋を伸ばして、リンナとクアンタを連れて二階客間へと彼女達を誘導する。


「あの、アタシらもういいんですか?」

「良いのじゃ良いのじゃ。話は明日以降すれば良い事じゃて。今はしっかりと休み、英気を養うが良い」


 別れ際、自分たちが席を外していいのかと問うリンナに、アメリアがニッと笑いかけながら返答し――その別れ際、リンナの頭を軽く撫でる。


「今日は、本当にすまんかったの、リンナ。色々と助かったでの」

「いえ、アタシはそんな、結局誰かを守るとか、出来なかったし」

「良いかリンナ。主は今日確かに、災いを誰一人も倒しておらんかもしれん。

 ――じゃがしかし、主が戦った結果として、今がある。それを努々忘れる事無く、次の糧とするが良い」


 アメリアの言葉がどれだけリンナに届いたかは分からないが、彼女もそんなアメリアの言葉を受け取って、僅かに口角を上げてほほ笑んでくれたので、心で理解はしてくれたであろう。

  クアンタとリンナがサーニスへと連れていかれて、率先して皇居の会議室へと進んでいくのは、シドニアだ。


「説明と状況の確認が必要だ。早く会議室へ」

「じゃから主は焦るで無いと、何時も言うておろうが……」

「姉上は私よりカルファスの事であったり、多角的な情報を知っていたからこそ、そうして冷静でいられるのでしょう? こちらとしては今後の状況を判断する上で必要な情報を隠匿されていたのだ、気分が良い筈もない……っ!」

「一つだけ褒めてやるぞ愚弟。主はその憤怒をリンナの前で見せなんだ。

 ……もしリンナの前でそう激高していれば、吾輩もそろそろ堪忍袋の緒が切れておったやもしれんな」
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