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第十二章

進化-04

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「では、もう一つの方だな」

「うん、今回の本命」


 黒の塗装がされていた第四世代型ゴルタナとは違い、全面が純白の物。それがマジカリング・デバイスをベースにした、ゴルタナではなく全く新しい戦闘用デバイスである。


『クアンタちゃん、分かる?』


 霊子端末を用いての無線通信が、今度はアルハットからではなくカルファスから届く。クアンタも『確認できる』とだけ送信し、彼女も頷いた。


『リンナちゃんには言えてないけれど、これはリンナちゃんでも自衛用に使用できるように、ゴルタナとは違う物にしようとしてるって話は、アルちゃんから聞いてるよね?』

『肯定だ』

『それと同時に、虚力っていうのがどういうエネルギーなのかを知る為の研究にも一役買ってると思ってくれていいよ。

 ――ヤエさんが残した資料によると、どうもクアンタちゃんが持ってるマジカリング・デバイスは、虚力によって能力を変化させることが出来る機能がついているみたいで、その機能に検査ツールを噛ませた形だね』

『私の機能に合わせて形態が変化する機能、というのは、虚力によって能力を変化させる機能の事だったのか?』

『そういうのも含めた、って意味合いみたい』


 そもそも、クアンタは自身が持つマジカリング・デバイスについて、全機能を把握しているわけではない。

  勿論基本的な使用方法などは理解できるが、その内部でどのような処理が行われて起動されているか、どのように戦闘能力を付与しているか、それを理解するためにはフォーリナー本体との通信が断絶された状況では解析能力が足りていないのである。


  ――菊谷ヤエという人物は、こうしてゴルサという、異世界ともいうべき他の星へとクアンタを転移させ、その世界でこの技術が活用されることも想定し、このマジカリング・デバイスをクアンタに与えたとも考える事が出来るのだ。


『ヤエさんが、クアンタちゃんにやらせたい事って何なんだろうね』

『不明だ』

『少なくともさ、クアンタちゃん本人にもそれなりの機能があるじゃない。にも関わらず、ゴルタナよりも強力な……それもクアンタちゃんが使用するかどうかも分からない、魔術的、錬金術的な観点からも……それに加えて虚力を用いた観点からも優れたデバイスを渡す理由って、何?』


 分からないからこそ思考を回すカルファスの懸念は最もであるが、しかしそうして考えていても答えが出ないのであれば、現在出来る事からやっていくだけだろうと、クアンタは4.5世代型デバイスを手に取った。


「では始めよう」

「あ、うん! 解析上はクアンタちゃんに異常なさそうだけど、大丈夫? クアンタちゃんはフォーリナーだから、人間と同じ解析だと問題があるかもしれないからさ」


 それに加え、今回のデバイスは虚力の調査・研究が出来るように、その能力を定めるツールを付与していると言う。ならば、先ほどの第四世代型ゴルタナとは違い、意図しない挙動が起こる可能性も鑑みなければならない。


「問題無い」

「よし、じゃあ――テスト開始」


 デバイスの頭頂部にあるボタンを押す。

  クアンタのマジカリング・デバイスと同じく、その画面に表示されるのは文字列。

  だが文字は、皇国語文字では無く――英語だった。


〈Magicaring Device Priestess・MODE〉


「……プリステスモード?」


  表示されている文字の意味が分からず、クアンタが画面に目をやった瞬間の事である。

  ――クアンタは「こふっ」と一回咳き込むと、膝から力が抜けたかのように床へ崩れ落ちたのだ。


「クアンタちゃん?」


  カルファスが声をかけ、クアンタも身体に力を入れようとするが、しかしそれは叶わない。


「っ、――っ」


  急遽、4.5世代型デバイスを投げ飛ばす。白い床にコンと落下すると共に転がっていくそれを視線で追いかけたカルファスと、地面へとうつ伏せに倒れたクアンタの姿を目で追ったリンナ、アルハット。


「ク――クアンタッ!」

「アルちゃん! デバイス外装緊急停止、外部から信号受け付ける!?」

「はい、停止させます!」


 クアンタが投げ飛ばした為、テスト自体は中断されていたが、デバイスの電源は切れていない。電源が切れていない場合、クアンタにどのような影響を及ぼすかも分からないため、外部から通信を送る形で、4.5世代型デバイスの電源を緊急停止させる。

  クアンタの下へ駆け、彼女の身体を抱き寄せたリンナに続き、カルファスとアルハットが続いた。

  呼吸はしているようだが、どうにも顔色が悪い。目を閉じ、荒い息遣いで呼吸するようにした彼女へと「クアンタちゃん、大丈夫っ?」と声をかけながら、その頬を軽く叩く。


「はぁっ、カ……カルファ、ス……っ」

「クアンタちゃん、意識あるね? どこが辛いとかあるかな?」

「くぅ……ッ! あ……アレは……ダメだ、っ……誰も、使うな……ッ!」


 胸元を押さえながら苦しむクアンタの姿を見て、リンナが「クアンタッ、クアンタッ」と名を叫ぶが、彼女はそのまま気を失い、ぐったりと身体をリンナに委ねる。


  ――だが、異変はそれだけに留まらなかった。

  僅かに、そのリンナが抱えるクアンタの身体が、ぶにょりとした感触に包まれる。

  それはヒトの有する身体の柔らかさではなく、まるで固いゼリーを掴んでいるような、そんな不明瞭な感覚でしかない。


「な……なに、これ……っ」

「肉体が形を保てなくなって、流体金属に戻ろうとしている……っ」


 クアンタの体表が、段々と銀色の液体になろうとしている。その姿は水銀の様にも見えて、アルハットは有毒性を考慮した結果、リンナを無理矢理クアンタから引きはがす。


「アルハット、放して! クアンタが、クアンタがッ!」

「リンナ、落ち着いてっ!」

「落ち着けるかってのっ! クアンタがヤバいじゃん、明らかにっ!」


 取り乱すリンナもそうだが、しかしアルハットでさえ冷静ではいられない。何が起こり、どうなっているのかを思考しようにも、リンナを放置も出来ず、かと言って手をこまねいていると、クアンタがどのようになってしまうかも分からない。


  ――そうした思考をしていた時、固定空間魔術と現実世界を繋ぐ扉が、爆ぜた。


  ゴォン、と爆発音にも似た音を奏でつつ、飛んでいく扉へと視線を向ける三人。

  しかし三人と違う人物が、煙草を口に咥えながら歩み寄って、クアンタに触れた。


「チッ……虚力がほぼ空っぽじゃないか」

「か、神サマ……?」

「久しぶりですね、リンナさん。……失礼」


 菊谷ヤエ(B)は、そうしてリンナに一言挨拶をすると、人差し指を彼女の唇にピトッと押し当て、その指をクアンタだった流体金属へ押し込んだ。

  瞬間、一つの丸まった流体金属になろうと変形しかかっていたクアンタが段々と形を戻していき、いつもの彼女へと戻った事を確認し、ヤエも一息ついた。


「全く……この世界の魔術師も大したものだな。私の観測し得ない空間を作り出す事が出来る等考えてもみなかった」

「ヤエさん、今、何をしたのぉ~……?」

「クアンタの流体金属が虚力によって形作られているのは知っているだろう? その虚力がほとんどなくなっている状態だったから、リンナさんの虚力を少し、クアンタへと移植した。これで身体機能は保持出来るだろう」

「つまり――クアンタはもう少しで身体を維持する事が出来ずに、死んでいたかもしれない、という事ですか?」

「その通りだ」


 今は、穏やかな寝息を立てて倒れるクアンタに、アルハットとカルファスがホッと息をつき、事態を把握できていないリンナがヤエに首を傾げる。


「少なくともクアンタが死ぬ事態は避けた、という事ですよ」

「そ……そっか……神サマ、クアンタを助けてくれたんだね、ありがとうっ」


 涙ぐみながらもホッと息をついたリンナに微笑み返しながら、ヤエは先ほど破壊し、破った筈の扉を片手で持ち上げながら、カルファスとアルハットを、睨むように見据えた。


「それよりカルファスとアルハットには、ここで何があったか聞かせて貰おうか」
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