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第八章

アルハット・ヴ・ロ・レアルタ-06

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 五十クルス札を百枚でまとめた束を四つを取り出したサーニスの手を止めるようにして、リンナが思わず叫ぶ。


「いやいやいやッ!! そんなお金受け取れませんってばっ!」

「しかし妥当な額だと考えるがね」

「一束だけでも原価超えるんすよ!?」

「私は原価で考えるのが好かないんだ。こうした刀一本一本に労力と技術が詰まっている。それだけ金を払う価値があると踏んだのだ。事実、刀は大量生産に向かないにも関わらず、今後はそうした無理をお願いしなければならない。故にこれでも足りないと考えるが、如何かな」


 サーニスから束を受け取ったシドニアが、ちゃぶ台の上にバサリと束を乗せ、スススとリンナへと押し出し、リンナはグッと息を呑みながら、クアンタへ駆け寄る。


「ね、ねぇクアンタ、どうしたらいいと思う……?」

「どうするも何も、向こうがそれだけの価値があると踏んでいるのだから、それを頂戴する事に問題は無いだろう」

「そ、そうかもしれないけど、職人としては、客に金吹っかけてるみたいで何かヤだっていうか……」


 難儀な職人気質だと考えつつも、しかしクアンタが顎に手をやり、ふむんと思案し、シドニアと目を合わせると、彼は僅かに微笑みながら、軽く札束の入ったケースに触れるようにした。

  そこで彼の真意に気付き、クアンタは頷きながらリンナの肩に手をやる。


「お師匠、こうした契約、マネジメントというのは一定の危険性やリスクを背負わなければならないという事を知っているだろうか」

「ま……まねじめんと? ……き、きけんせー、りす……?」

「その通り。例えば今後お師匠は皇国へ売る為、刀の製造に注力しなければならないが、そうなると他の買い手に対する依頼を受ける事が出来ない状況になる。

 今は良いが、今後皇国へ売る分を作り終え、契約を解除された場合、皇国軍から入る金が無く、しかもそれまでに離れた顧客の再度確保にかかる時間までを考慮しなければならないんだ。ならば今、独占契約料として多めの金を受け取るのは悪い事ではない」

「え、あー……そ、そう、なの、かな……? アレぇ……? よくわかんなくなってきた、頭こんがらがってくる……っ」


 上手く理解や計算が出来なかったのか、首を傾げて目を泳がせるリンナに、シドニアが続けて一束取り出す。


「それ以上考えるようならばもう一束追加するぞリンナ」

「うぇ!? い、いえ四束で良いです四束で! ね、良いんだよねクアンタ、ね!?」

「ああ。今後のリスクを考えた妥当な金額設定だと思う」


 適当に小難しい事を並べ立てて説明したらリンナの頭はついてこれない作戦が成功、頭を抱えて悩むリンナの代わりに、クアンタが合計二万クルスを受け取る。


「うー、なんか言いくるめられた感じがするのなんでだろ……っ」

「言いくるめとは失礼だなお師匠」

「で、でもでも、それだけあれば玉鋼にかかる費用とかに結構充てられるし……うん、必要経費必要経費……っ」

「ちなみにリンナ刀匠鍛冶場を指定文化保護機関に正式制定した暁には、玉鋼にかかる関税はシドニア領にて負担する他、アルハット領には玉鋼製造にかかる費用の助成も制定する為、原価はさらに低くなるぞ」

「お師匠、嬉しい事尽くめじゃないか。何故頭を抱える」

「何かみんなしてアタシにお金押し付けようとしてるようなカンジ……っ!」

「まぁ確かにイチイチ反応をするリンナは面白いが、これはただ金を押し付けようとしているわけではない。こうした金が製造業に行き、そこから設備投資金等に回るという事は、国としての発展に繋がるから、そうした助成金は多く出すに限るのだ」


 これが経済というものだよ、と笑うシドニアが、まだ多くの札が入っているケースと、今売買契約が無事に済んだ刀六本をサーニスに預ける。


「ではサーニス、国防省への届けと、成績優秀者への配分を君に一任する。今日中に配分までを終わらせ、アメリア領でのアメリア護衛任務に着任してくれ」

「かしこまりました」


 一台の馬車でリンナ宅から遠ざかるサーニスの事を見届けた後、シドニアは「さて」とリンナへ向き直った。


「では一度リンナとクアンタは私の皇居に」

「へ? アタシとクアンタがシドニアさんの皇居に……? な、なんでです?」

「着替えだよ。これからアルハット領に向かう。しかし今回は以前のアメリア領への視察などとは違い、双方にとって公的な記録が残る会談となるから、それなりに整った格好を、とね」

「え、色々と突然すぎてアレなんですけど、まずアタシらこれからアルハット領に向かうんすか? しかも着替えってなんすか? マジで、ねぇシドニアさん、シドニアさんっ!?」


 騒ぐリンナを無理矢理馬車に乗せるアルハットとシドニア、そして三人に付き添う形で馬車に乗り込んだクアンタ。

  走り出した馬車の中で、クアンタが「色々と説明を頼む」とシドニアへ言うと、彼も頷く。


「また説明するが、色々とレアルタ皇国全土で問題が発生している。クアンタとサーニスが相対した五災刃もそうだが、例えばカルファス領では先鋭の皇国軍人が三人殺され、アルハット領はスラム街が謎の火災により全焼、死者は三百六十人にも及ぶ。

 それらが五災刃の仕業か、はたまた違う要因かは確認されていないが、何にせよ今後の玉鋼搬入に関する問題を解決し、リンナ刀工鍛冶場を早急に指定文化保護機関に定める必要が出てきてね。その為にアルハット領へ向かう、というわけだよ」


 なるほど、と顎に手をやるクアンタと、先ほどまでの流れからずっと頭を抱えているリンナという異なる反応に、シドニアはクククと笑いながら「大丈夫かなリンナ」と尋ねる。


「しょ、正直全然大丈夫じゃないっす……アタシ全然学ないし、政治とか経済とかも全然わかんないから……」

「そうした教育統制をレアルタ皇国全土で行っているのだから仕方がないわ」


 一応シドニアが濁していた筈の、教育統制に関する事をサラリと言ってのけたアルハットに、クアンタが「意外だ」と率直に述べる。


「皇族はそうした教育統制を行っているとしても、公言はしないものと思っていたが」

「勿論おっぴろげて言うつもりはないけれど、でもそれが事実なのだから仕方が無いわ」

「あの、アタシなんかは一人一人がしっかりと勉強をした方が、そういう社会貢献って奴がしやすくなるように思うんすけど」

「勿論一定の知識水準が上がる分、それだけ産まれてから死ぬまでの間に芽生える個々の才能、技能等は芽生えやすくなるでしょう。そうした社会貢献・発展の為に、知識というのは確かに必要よ。

 けれど、国家運営という立場になるとまた別で、知識というのがある分、自分の意にそぐわない者や意見を排斥しようとする輩が現れ、足並みが崩れ、いざという時に迅速な政策を打ち出す事が出来ないという問題点が出てくるわ。

 なまじ知識を付けているから『必要な手続きを踏んだ上で』行動を起こすし、なおさら質が悪い」
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