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第四章

感情-09

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 窓に足をかけ、何も履物もない状態で、彼女は跳んだ。

  三階建て程の高さから跳び、地へと落ちていくクアンタを目で追うために窓まで駆け寄ろうとするリンナを押さえつけたアメリアは、しばし時が経過し、窓際に黒子を三人配置し、安全を確保した状態で、リンナを離す。


「すまんのリンナ。主の気持ちもわかるが、安全第一じゃ」

「な、なにが……あの、クアンタ、どこ行ったんすか?」

「賊……と言い訳したい所ではあるが、今のところ仮説が正しそうな所はある故、お前にも話すこととする」


 先ほど窓にいたモノは、人ではなく災いと呼ばれる怪物で、女性を狙う存在だという事。

  今は何も正体がわからぬ状況ではあるが、しかし伝承によると【刀を持つ巫女】が関わっているらしいという事。

  災いが発生する件数のバラつきから、何者かが災いを使役している可能性があるという事。

  結果として『刀の作り手』であるリンナと『刀の使い手』であるクアンタ、及び女性であり皇族であるアメリア、男性ではあるが皇族であるシドニアを襲う可能性を鑑み、誘い出す形でこうした就寝場所となった事。


「あー……つ、つまりアタシたちを、本気で抱くつもりは、無かったと?」

「いんや? 災いさえ来なければ抱くつもりはあったし、今まさに抱けというなら抱くが?」

「黒子たち見てるじゃないですか! ていうかアンタら屋根裏で見てたの!?」


 騒ぎ声に頷く黒子、顔を真っ赤へさせるリンナ。カカカと笑うアメリアという面々の中で、リンナは少々、残念そうな顔を浮かべたので「どうしたのじゃ」と問うてみる。


「……あの子、アタシに抱かれたくなったのかなって。いや、さっきのは、その災いって奴からアタシを助ける為ってのは、わかってるんすけど……なんか、そう言う風に、邪推しちゃって」

「んなわけないじゃろ。お主に抱かれるなら女として本望じゃろうよ」

「あの、言っていいかわかんないんすけど、クアンタはただの女の子じゃ」

「分かっておる。吾輩を誰と思っておるのじゃ? 会話の度に奴が人ではないと気付いておる。

 ……しかし、じゃからと言って、奴が普通の考え方をしておらんわけじゃないし、主に抱かれたくないと考えるわけがない」

「どうしてそう言えるんです?」

「あ奴、主の事好き過ぎじゃ。シドニアめがお主を呼び捨てにしとっただけで、指摘はせんかったがムスっとしておったぞ。さっき先に主らが抱き合えと命じたのも、もしかしたら吾輩が先に主の初めてを貰ったら、殺されるかもしれんと考えたからじゃ」

「え、いや流石にそこまで独占欲強くないとは思いますけど……」

「それくらい愛されとるんじゃ主は。もっと自信を持て」


 リンナの頬をムニムニと弄りながら、アメリアがニッと笑みを浮かべた。

  その笑みを受け、リンナも僅かに笑みを浮かべ、黒子の姿でよくは見えないが、外へと視線をやる。


「……無理しないでね、クアンタ」


 彼女の言葉は、アメリアにしか聞こえていないが。

  その言葉を聞いたアメリアは、彼女の肩を抱く手の力を、強めるのだった。
  
  
  **
  
  
  履物もなく森を疾走する女の姿が目に入り、青年――眼鏡をかけた男であるサーニスは女に近づき、並走する。


「クアンタ!」

「サーニスか。お前も早いな」

「災いは!」

「前方数百メートル先――だと思われる。夜に加えて植生が濃い故、視認し辛い」

「了解。先に行く――!」


 既に早い速度で駆ける彼が、足に力を込めてより速度を増した。クアンタも追いかけようとするが、しかしサーニスが先に駆け出した理由がわかり、スピードはそのまま。

  サーニスが駆け付けた先。そこは森を抜けて首都・ファーフェへと続く一本道だ。

  先んじてそこに辿り着いたサーニスが、その先に行かすわけにはいかないとでも言うように、備えていたレイピアを抜き放つと、懐より黒色のゴルタナを取り出し、放り投げる。


「ゴルタナ、起動――!」


 溶けだすゴルタナ、彼の身を覆っていく、ゴツゴツとした装甲。

  全身を覆った鎧を身にまとったにも関わらず、彼はより速度を増したように、レイピアの一突きを、虚空に見える暗闇へ向けた。

  眼前に向けて駆けつけてきた災いに向けて放たれる一突き。しかしそれが避けられることはわかっていたので、身体を捻らせて回し蹴りを、恐らく頭部と思われる場所へと叩き込んだサーニスは、レイピアをその場で放棄して、姿勢を正し、その素早い掌底を二撃、災いの胸部と顎に向けて叩き込む。

  人間ならば恐らく胃液を吐き、舌を噛み切って死んでいるであろう二撃を受けた災いは、しかしまだ消滅することなく、両腕を振るおうとする。


  その前に駆け付けたのがクアンタだ。


 駆けながら胸部よりマジカリング・デバイスを排出した彼女は右手でそれを取り、先端のボタンを押しながら投げ放ち、地を蹴って跳びながらそれへ触れた。


「変身」

『HENSHIN』


 画面より放たれる光。放出された光に包まれながら変身を終えた残心の魔法少女・クアンタは、カネツグの刃を抜き放ちながらサーニスへと両腕で襲い掛かろうとする災いを切り裂き、消滅させる。


「無事だな」

「礼は言わんぞ」

「素直ではないな」


 二者は決して、ゴルタナの展開を、魔法少女としての外装を解除しない。

  殺気ではないが、何かこちらを狙う者の存在に感づいているからだ。


「クアンタ」

「認識出来るだけでも数は二十四。多いぞ」

「ふん。――数だけではな」


 クアンタとサーニスは、決して目を合わせることなく左右に散らばって駆け出した。

  レイピアを拾い、鞘に戻しながら三体の災いが蔓延る下に向かったサーニスが、その三体に囲まれるような形で腰を下げ、常人では認識出来ぬ速度によって叩き込む肘打ち、掌底、蹴り。

  三体の動きを止めたサーニスは続けてレイピアを抜き放ち、打撃によってよろめく災いの頭部へ正確に放った一突きずつが刺し込まれる。


「クアンタ!」


 消滅する三体の確認を終えたサーニスが、今刃を振るいながら一体の災いを消し去ったクアンタに向けて、乱雑にレイピアを投げ放つ。


「!」


 空中を舞うレイピアに視線をやる事なく、ただそれの柄を取ったクアンタは、レイピアで強く災いの頬と思われる個所を殴打、続けて振るう刃の一閃が肩から腰にかけてを切り裂き、消滅。


「礼は言わん」

「お前も素直ではないじゃないか!」


 投げ返されたレイピアを受け取ったサーニスと合流し、次々に災いの襲撃を切り、突き、いなしていく二者は、決して手を緩める事無く言葉を交わす。


「シドニアは」

「シドニア様は――」


 サーニスが放つ、シドニアの居場所。

  それによってクアンタは、表情をしかめるのであった。

  
   **
  
  
  男が一人。

  アメリアの住まう皇居の納屋近くで身を隠しながら、チッと舌打ちを溢した。

  黒一色の貫頭衣、鋭い三白眼、そして白い短髪が月明かりに照らされるも、しかし鮮やかさを感じさせぬ、歪んだ表情が印象強い、二、三十代程度の男性。

  彼は手に持つ一冊の本に二本指をかざし、小さく何かを唱えるようにして、黒い、人の形をした何かを取り出した。

  取り出された存在――災いは、その場で倒れるようにしていたが、やがて立ち方を覚えた幼子のようにヨタヨタと立ち上がり、歩き出す。


「リンナだ。リンナの虚力を奪え。そうすりゃ、オレたちに敵う奴ァいなくなる」

「ほう。狙いはリンナだったか。私はてっきりクアンタかと思ったのだがね」


 声に返事があった。

  男はギロリと視線を向けて、返事をした者の姿を見据える。

  輝かしい金髪、鋭くも麗しさの残る目つき、そして何より、両手に握る二本の長剣と短剣を振るい、災いの一体を難無く切り伏せた、その男。


  シドニア・ヴ・レ・レアルタの姿を。


「……シドニアじゃねェか。お前さんやアメリアにゃ、用がねェンだがな」

「用がないとは、寂しいことを言うな。君に無くとも私にはあるのだよ」

「オレがナニモンかも知らねェで」

「ああ、知らぬさ。何せこれから知る事になる」


 襲い掛かる災いは三体。

  しかし災いが振るう腕を、足を、タックルする身体を、全て寸での所で躱し、剣で軌道を変え、そのすれ違いざまに強く一閃を振り込んで、消滅させていく彼の姿は、見事な舞と言わざるを得ない。


「私はゴルタナが苦手でね。出来れば穏便にお話をさせて欲しいと思っているのだが」

「それが出来ると思ってンのか? お坊ちゃん」

「――お坊ちゃんと言ったな、屑風情が」


 一瞬で、それまでの優雅さを感じさせなくなったシドニアの言葉を受けた男が、僅かに冷や汗を流す。

  シドニアはポケットから一つ、金色に輝くキューブを取り出すと、それを地面へと落とし、囁くように言葉を唱えた。


「ゴルタナ、起動」
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