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第二章

52 出仕 ト 出世 ~或る庶子の悔恨~

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人生に分岐点があるとすれば、自分のそれは12歳に訪れた。

端的に言ってしまえば強盗に押し入られたのだ。

『強盗に押し入られる』

何ともまあ強烈な一言だろうか。
しかし、安心して欲しい。誰も死ななかったし、怪我もなかった。

言葉ほどの被害ではないのかもしれない。

単に自分も母も出かけているタイミングで家宅に押し入られたのだ。

戻ってきた時の荒れようは凄まじかった。
クローゼットや物入れの類は全て物色され金銭や金目の品はもちろんの事、備食や日用品に果ては敷物やカトラリーに至るまで尽く運び出されていた。
更には隠し金庫や財産でも探したのだろうか、壁や床まで壊され見慣れた内装が思い出せなくなるほどだった。

家の惨状を見るなり自分も母も立ち尽くした。
普通に寝起きしていた家が、次に見た時には廃墟になっているなんて想像できるだろうか?

聞けば強盗はかつて名を馳せた冒険者だったそうだ。

そう、ダンジョンに入り魔物と戦い、レベルを上げれば強くなり、強ければより強い魔物と戦い、より良いアイテムを得て人々に糧を与えてくれる、子供の憧れの職業ナンバーワンの、あの冒険者だ。

しかし、そんな花形職業の冒険者サマが野盗強盗に成り下がる事態が頻発していた。

原因はダンジョンの減少。

ダンジョンにはダンジョンコアと言うダンジョンを形成する宝玉と、それを守るダンジョンマスターと呼ばれる強力な魔物が存在する。

ダンジョンマスターに挑めるほど強い冒険者は羨望の的であり、ある種の地位と名誉が約束される。
故に腕に覚えのある冒険者はダンジョンマスターに挑み、勝利の証としてダンジョンコアを持ち帰った。
被害者も多いが、それだけ達成者の誉は限りない。

当然ながらコアを失ったダンジョンはその機能を維持できない。
洞窟型ダンジョンはあなぐらに。洋館型ダンジョンは廃墟に。森林型ダンジョンは雑木林にと危険も魅力もない場所へと変わってしまう。

結果、ダンジョンは減少し、それに伴い冒険者たちは職場狩り場を失って行った。
収入を得られない腕自慢の未来は揃えたように犯罪者だ。

彼らにとっては、倒して物品を得られるのならヒトも魔物も変わりないのかもしれない。

自分も母も生命は助かったものの、多くの物を失った。

備蓄も金品もなく、家も住めたものじゃない。
あるのは身に付けた衣服とポケットに入ってた僅かな硬貨。

そんなどうしようもない時に手を差し伸べてくださったのも父であるアーガスタイン伯爵だった。

曰く「金銭を援助しても良いが、この機会に伯爵家に嫁ぐのはどうか?」と。

ありがたかった。
非常にありがたかった。

母も自分もただひたすらに感謝した。

しかし母は頷かなかった。
「過去に断っておきながら今更娶って貰おうなど厚かましい」「伯爵家の名をいただかずとも忠誠は揺らがない」と。

結果、我ら親子は伯爵家の使用人として住み込みで雇って頂くことになった。

この期に及んで輿入れを辞退した母を正妻である公爵夫人はとても気に入り、公爵にねだって自身の専属侍女とした。

家長夫人の専属である。
伯爵家の使用人の中でも確立した立場となり、その息子である自分も勿体ない待遇をしてもらった。

その一つが王宮への登用である。
さすがに平民を宮仕えさせる訳にもいかないので、伯爵自らが後継人となって下さりアーガスタインを名乗る事を許された。

しばらくは下働きとしてあらゆる雑用をこなしていたが、元が平民だけに伯爵の後ろ盾がありながら雑用を嫌がらない事や、何より『あの』アーガスタイン伯爵の紹介なら人間性も信用できるだろうと、なんと王太子殿下の側付きへと大抜擢していただいたのだ!

そうして、殿下に付き従い今に至る訳である。
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みんなの感想(1件)

八神 風
2019.08.15 八神 風

照応(しょうおう)

照合(しょうごう)

四葉
2019.08.15 四葉

照応:二つのものが互いに関連し、対応すること。

照合:照らし合わせて確かめること。


コメントありがとうございます。
なるほど、日常会話では『照合』を使う方が断然多いですね。耳慣れない照応という単語には強い違和感を覚える事と思います。

恐れ入りますが、この場合は照応という言葉を使わせてください。
私自身、事務作業でデータ照合を行いますので照らし合わせて正しいか確かめるという意味の照合という言葉を使用する発想がありませんでした。

尚、一般的ではありませんが照応という言葉には繋がりを示す魔術用語の側面もあります。
像を写す鏡、者を象る人形、対象者に繋がる髪の毛や爪など、全て魔術的照応と言われます。

もっとも、魔法の才能に恵まれないリナがそんな事を理解して発言したとは到底思えませんが上記のような設定も一緒に楽しんで貰えたら嬉しいです。


改めて、読んでくれて本当にありがとうございます。

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