上 下
8 / 20
偽りの聖女編

第8話 聖女、一件落着する

しおりを挟む
――私が深呼吸をしていると外が騒がしくなってきて、兵士を連れた身なりの良い青年……というより少年に近い貴族が入って来た。

ふと気配に気づくと、私の横にはいつの間にかセッテが片膝をついて控えていた。

「領主様をお連れしました」

「……ありがとう、いいタイミングだわ」

ユイも傭兵たちをみんな叩きのめしてニセ聖女……レリンを連れてこちらにやってくる。

兵士たちは傭兵たちを捕縛して連行していった。領主様は私の目の前にやってくると貴族の最敬礼をして頭を垂れた。

「聖女様。私はノイマイン・モンティア伯爵、当地の領主にございます。此度の件はそこの聖女様のお付きの者に全て伺いました。これは私の領主としての不手際、どう申し開けばよいのか……」

セッテは領主様の言葉に片膝をついて頭を垂れたまま小さく会釈した。

「聖女様、領主様は前領主様で在らせられたお父上を亡くされて、歳若く継がれたのですが一部の良からぬもの達に謀られていました」

セッテの調査で分かったのは、どうやら司祭長は一部の貴族をそそのかして領主様には都合のいい報告しかしておらず辻褄を合わせて好き勝手に振舞っていたという事だった。

「私が若輩の身、そして病弱なのをいい事に好き勝手にされていた様子――これも私の不徳の致すところ、どのような処分でも受けます」

年下の貴族青年に平身低頭させる趣味は無いので、表情には出さないけどちょっと困ってしまう。

「領主様、私は聖女です。遍く民の苦しみを微力ながら取り除く為に行脚あんぎゃしているだけです。領主様をお裁きするなどとんでもございません。然るべき所へご報告申し上げるのみです」

私は表情を変えずに涼やかにそう答えた。

「は、承知いたしました……」

そんなやりとりをしていると、ユイがニセ聖女――レリンとタムを私の前に連れて来た。レリンとタムは額を地面に擦り付ける様に平伏していた。

「聖女様……私は決して許されない事をしてしまいました。どのような罰でもお受けいたします――」

すると、タムが顔を上げた。その表情は真剣そのものだった。

「ヴェルねえ……じゃなかった、聖女さま。レリン姉ちゃんは俺たち孤児に自分の力で生きる方法を教えてくれました。聖女様だってウソをついてたのも、あの司祭長に騙されてたからで……だから!」

「タムの気持ちは嬉しいけれど……聖女様を騙ったことはいかなる理由があっても許されないわ。聖女様、どうかお裁きを――」

二人とも額を地面に擦り付ける様に頭を下げている。

「領主様、もともと彼女は我が教団の治癒魔術師ヒーラーですから、処分は私にお任せして頂いてもよろしいでしょうか?」

「分かりました、お任せいたします。ただし、この司祭長ゾラーニは我が領の法に基づいて身柄を預からせて頂きますが宜しいでしょうか?」

「はい、追って教団からも連絡があるでしょう」

領主様は司祭長と傭兵達を捕らえて去っていった。

「――さて、レリンさんでしたか、タムも顔を上げてください」

「は、はい……聖女様」

タムとレリンは平伏していた上半身を起こす。

「騙されていたとはいえ、聖女を詐称して人々に偽りの儀式を行った事はこの領の人々にどう捉えられるか分かりません」

「はい……」

レリンさんは、うな垂れながら私の話を聞いている。

「しかし、貴女は孤児たちに一時的な施しではなく生活する術――自活していく手段を教えた、これはとても素晴らしい考えだと、私は感嘆しました」

「聖女様……」

レリンさんが顔を上げて私を見る。

「共に教団本部へ戻り、貴女の教育法を取り入れた孤児院を設立するように働きかけます。貴女にも是非その件で働いて頂きたいのですけれど――」

「わ、私などに勿体ないお言葉、有り難う存じます……ううう」

「この街の孤児たちは聖堂に保護するようにお願いしますから、みんなの所へ戻りましょうか?」

私はタムに向けてウィンクをした。タムの表情は明るく、本来のタムの笑顔に戻っていた。

「ありがとう……えっと、聖女さま?」

「ヴェル姉ちゃんでいいわよ?」


大粒の涙を流して嗚咽するレリンさんにタムが寄り添っていた――。






――ひと月後、モンティア領での後始末を終えて私は帝都の大聖堂にあるマギアス神官長の執務室に居た。


「――というわけでご報告申し上げた通り、新たな孤児院とそれを作る制度をお願いしますわ、マギアス神官長様?」

「貴女はまた何をやらかしてきたのかと思えば――聖女ヴェルメリア殿」

マギアス神官長は特大の溜め息をついてから、執務机に両肘をついて手を組んで額に当ててしかめっ面をしている。

「"たまたま"行脚した地方領で、"聖女が癒しを与えている"と聞きまして、他の聖女が来られているならご挨拶せねばと思ったのですが、なにやら私の存じ上げない方でしたので――現地の司祭長様に事情を伺っただけですわ」

私は顔色一つ変えずにご説明申し上げた。

「教団も規模が大きくなり、今回のゾラーニ司祭長の様に本分を忘れて私利私欲に走るものが出て来ているのは我ら教団の問題であり、厳しく罰せなければいけません。ですが、それは聖女である貴女の行うべきことでは――」

マギアス神官長は眉間にしわを寄せながら私を見据えて言う。

「分かりました……では、悪漢に孤児が理不尽に殴られていても、健気に暮らす孤児たちの家が放火されて逃げ遅れていても、騙されて利用された上に殺されようとしている人を見ても、マギアス神官長のお言葉に従ってただ見ている事に致します……」

私はさめざめと涙声で言う。

「あ、いや……そ、そういう事では無くてですね、ヴェルメリア殿?」

「帝国の繁栄の影で泣く弱き者たちを救いたいという思いで、読み書き算術や職業訓練を伴う孤児院は素晴らしいと思ったのですが……教団の要であるマギウス神官長が見て見ぬふりをせよと仰るのであれば致し方――」

私は沈痛な面持ちで声を震わせて喋ってみた。

「そんな事は言っていません! その孤児院の案も素晴らしいと思います――」

「マギウス神官長、ご理解頂けるのですね?! 有難う存じます、ではよしなにお願い申し上げます……では瞑想の時間ですので失礼します」

孤児院の事に触れた今が好機と強引に話を切り上げる。

「あ、ちょっとヴェルメリア殿お待ちなさい!」


――まあ、こんな感じで私は帝国中を行脚して悪党たちにも聖女の慈悲を与えるのよ……拳でね。



「偽りの聖女編」終
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。 両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。 そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった… 本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;) 本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。 ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

処理中です...