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序章
第1話 聖女の慈悲は拳で
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――私の名はヴェルメリア・ゲルレム。皇帝陛下より信任を受けた聖女の一人ですわ。聖女の役目は国家に祝福を与えること……帝国中を行脚して慈愛の女神の慈悲をあまねく臣民に施すのが使命です。
では具体的にどのような慈悲を施しているかと申しますと――。
ここはとある地方領にある商人の別荘、その裏庭です。ただの商人の別荘にしては贅が尽くされていて、庭の中に高そうな椅子やテーブルが置かれ野外で宴が出来るようになっている造りです。本日は私が供の二人を連れてこの庭園にお邪魔しています。お忍びですので私は上衣と下履きという旅装束です。
庭園のテーブルに居た二人の男性。「なんだこやつらは」と言ったのは貴族風の身なりの口ひげを生やした中年男性で「侵入者だ始末しろ」と言ったのが背の低い脂ぎっ――失礼。少しふくよかな中年男性です。この領に行脚に来た時に挨拶したはずですが、覚えてないのですね? まあまさかこんな所に聖女の私が来るなんて思っても無いのでしょうけど。
「ヴェル様、髭の男がこの領の代行官でもう一人が商業ギルド長です。聖女様の行脚で領内外の人流が活発になることを利用し、不当に穀物の相場を操作して農民たちや市民を苦しませて金儲けをしている連中です」
この短く整えた黒髪のスラリと背の高い侍女「セッテ」は冷静沈着で事情通なので彼女にはいつも情報収集などをお願いしています。頭部しか肌の露出は無いけれど、身体の線が出ている黒い軟質皮鎧を着ています。
「とんでもない奴らですね。ヴェル様、懲らしめましょう!」
この鼻息が荒いのは「ユイ」という同じく侍女です。私よりも背は低くく、癖のある髪を後頭部で結んでいます。丸みのある女性的な体つきに厚手布製の旅装束姿です。素直で優しいですが馬鹿力――失礼。人並み外れた腕力があり、正義感が強く武芸にも秀でています。
そうしていると、兵士……とは言い難い荒くれた傭兵のような風体の男たちに取り囲まれました。
「このふざけた賊を逃がすな!」
小太りの商業ギルド長が傭兵たちに命じました。傭兵たちは私たちを取り囲むように広がります。そして代行官の「始末しろ」という言葉で一斉に剣で斬りかかってきました。
まず、セッテは腰の後ろに差していた金属製の棒状武器を取り出します。長さは五〇センチ程度で長短の二股に分かれています。そのまま打撃武器としても有用ですが、武器を受けたり絡め取ったり防御にも使えるものです。その武器を使って剣を受け流しながら頭部を狙って打撃を加えて昏倒させていきます。
ユイは傭兵が突いてきた槍を奪い取り、持ち手である柄の部分を長い棒の様に使って傭兵たちを叩きのめして行きました。二〇名程いた傭兵たちも、立っている者は数名程度になりました。
「もう観念して悪事を認め、罪を償っては如何ですか?」
わたくしは代行官と小太りギルド長に向かって指を差しました。小太りギルド長は「ひぃ」と代行官の後ろへ隠れます。残った傭兵たちはこの二人を護るように立ち塞がります。しかし、代行官は不敵な笑みを浮かべ右手を前に差し出します。
『……拘束』
代行官の右手の人差し指にはまっている指輪が淡く光ると、私たちの立っている場所それぞれの足元に光る魔法陣が現れて、そこから光る鎖の様なものが手足に巻き付きました。指輪は恐らく魔術師が身に着けている杖などの魔法発動体の一種ですね。
「これは……魔法!?」
セッテは面を喰らって振りほどこうとしますが、手足は動きません。ユイは身体中に光る鎖が巻き付き藻掻いています。私の手足も完全に拘束されてしまいました。
「ふははは! 馬鹿め……私が魔術を嗜んでいる事は考えもしなかったようだな。何処の手の者かじっくり聞き出すとしようか? 拷問の替わりに、傭兵共に好きにさせてみるのもいいかもしれんがな――」
代行官は下卑た笑みを浮かべました。小太りギルド長も「流石代行官様!」とさっきまでの恐れおののいていた表情とは打って変わって、ねっとりとした下品な目で私たちを見ています。そして傭兵たちがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら私に近づいてきました。
「はあ……致し方ない、これは致し方ない事ですね。穏便に罪を認めて償って頂こうと思いましたが――」
私は大きくため息をつきそう言うと、男たちは怪訝な顔をしました。
「何言ってんだこのアマ、気でも触れたか?」
「いいからやっちまおうぜ?」
などという傭兵たちの言葉に、そろそろ頃合いかと私の心は踊……いえ、慈愛の女神の慈悲を与えねばという使命感に溢れました。
『魔法解除……破ぁっ!』
私は深く息を吸い、魔法解除の詠唱と共に気合一閃し、全身に力を巡らせます。すると私を拘束していた光の鎖は「バリン」という破壊音と共に粉々に砕け散りました。そしてもう一度深く息を吸い込みながら腰を軽く落として息を止め、左足で地面を力強く踏み込みます。
「ズン――」と地面の石畳が割れると同時に「バシ」っという破壊音と共に足元の魔法陣も光の粒子となって砕け散ります。
「ば、バカな?! 私の拘束をそんな力づくで――魔法解除だと?!」
『……鋼鉄の護り……身体能力向上……疾風……魔法障壁――行きますわよ?』
私はいつも通り自分に補助魔法を唱え、最後に魔法障壁を施します。身体の外側を防御膜で覆うこの魔法は、一番最後にしないと自分の肉体への補助魔法でも弾いてしまいますからね。
「補助魔法?! 治癒魔術師か? まさか神官? それもかなり高位の……殺せ、やってしまえ!」
代行官が傭兵たちに命じると四名の傭兵が私に向かって一斉に襲い掛かってきました。先程は私たちを手籠めにしようとして武器をしまっていましたが、武器を抜いて襲いかかってきました。
まず一番最初に私に「死ねぇ」と剣を振り下ろしてきた傭兵の剣を左手の旋回運動で払いながら折ります。そしてその流れで腰の横に添えていた右の拳を傭兵の顔面に叩きこみました。傭兵は鼻血を噴き出して後方に数メートル飛んでいきました。
次に右側から斧を振り下ろしてきた傭兵の斧の柄を左手で掴み、重心を低くしてから右腕の肘で脇腹をねじ込む様に打つと「ぐえ」と言いながらうずくまります。
更に後ろから剣を振り下ろしてきた傭兵は、しゃがみながら地面を薙ぐような蹴りで転倒させて仰向けになった所を踏みつけました。金属製胸当てが「ミシ……」と音を立て傭兵は「がは!?」という悲鳴を上げ気を失います。
一人残った傭兵は怖気づいたのか剣を構えたまま後ずさりしていました。
「さて、どうしますか?」
私が傭兵にそう訊ねているとその後ろにいる代行官は「おのれ……」と言いながら右手を前に出しました。
『砕け散れ……光の矢!』
代行官の突き出した右手の周囲に光球が五つ浮かび、それは光の矢となって私を狙って飛んできました。そのうちのひとつは傭兵に命中して「バン」と破裂し、傭兵は昏倒します――味方ごと巻き添えとは本当に下衆ですね。
残り四つの光弾が私目がけて飛来しますけれど、お構いなしに私は代行官に向かって走ります。光の矢は私に命中しますが身体を覆う魔法障壁の光膜が全て打ち消しました。
「ば、馬鹿なあ!?」
「効きませんわその程度の魔力で――」
後ずさる代行官と小太りギルド長をずかずかと歩いて追い詰めて行きます。
「お、お前は何者だ!?」
「この領に来た時にご挨拶申し上げましたのに、私の顔をお忘れとは残念ですわ」
私は右手を突き出して精神を集中します。すると右手の前に慈愛の女神の紋章が赤く光って浮かび上がり、それを見て代行官も小太りギルド長も驚愕しました。
「そ、そ、そ、それは聖女様の紋章!?」
小太りギルド長が声を震わせて驚愕しています。
「な、は、な、何故聖女様がこんな……こんなことを?!」
代行官は怖れおののきながら問いかけてきます。
「聖女は帝国臣民に遍く慈悲を施す為にこうして行脚しているのです。さあ、降参してくださ――」
私が話しているその時、胸に衝撃が伝わりました。それは弩弓の矢でした。
「だ、代行官様、こんな所に聖女様が来られるわけありませんよ……ひひひ」
小太りギルド長はいつの間にか懐から小型の弩弓を取り出して私を撃ちやがった様です。
ここまでやるとは予想外でした――っていうか、こんな事クソ狡い事されたら聖女様口調じゃなくて地が出てしまいそうになるじゃない?
弩弓の矢は私の身体には刺さらず、身体を覆う物理防御魔法、鋼鉄の護りが防いでいるけれど……ああ、こいつら一線超えやがりましたわね?
「あなた方には格段の”慈悲”をお与えしなくてはいけませんね――拳で」
私は慈愛の女神に祈りを捧げます。そして微笑みを浮かべながら弩弓の矢を片手で握りしめて折り、その場に捨てました。
「ひぃ」と短い悲鳴を上げて抱き合いながら腰を抜かしている代行官と小太りギルド長に向かって両手を握り指をポキポキと鳴らしながらゆっくり近づいて行きます……。
――暫く後、私に"聖女の慈悲"を受けて人相が分からない程顔面を腫らして倒れている代行官や小太りギルド長や傭兵たちをセッテとユイが縛り上げていると、正規兵の装備を付けた兵士たちがやってきました。兵士たちはこの様子を見て驚き、私たちを警戒しました。しかし、すぐ後ろから現れた上級騎士鎧を着た人物が私に気付きます――この領の領主様です。
「せ、聖女様! これは一体……」
領主様は私の前に跪かれました。それを見て周りの兵士たちも慌てて跪きます。
「領主様、この度の事――私の書簡をお読みいただけましたでしょうか?」
私は殊更恭しく淑女の礼をします、もうスッキリしたので気分もすっかり聖女モードに戻りました。
「はい、この代行官と商業ギルド長が結託して私腹を肥やしたばかりか聖女様にまでとんでもない不敬を……法に基づいて厳罰に処します。しかし領主として気付かなかったのは私の責、どんな処分も甘んじて受けます――」
領主様は平身低頭謝罪しておられますわ。
「私はただの聖女……怖れ多くも、ご領主様を処分する権限などありません。然るべき所へ報告させて頂きますので、またお話があると思います」
「ははっ、承知致しました。では先に、こ奴らを……引っ立てよ!」
――といった様に、私は帝国中を行脚し慈愛の女神の慈悲を与えて周ることが使命と信じているのでした。決して悪人を探し出して拳で制裁しようなどとは思ってはいません……いませんよ?
では具体的にどのような慈悲を施しているかと申しますと――。
ここはとある地方領にある商人の別荘、その裏庭です。ただの商人の別荘にしては贅が尽くされていて、庭の中に高そうな椅子やテーブルが置かれ野外で宴が出来るようになっている造りです。本日は私が供の二人を連れてこの庭園にお邪魔しています。お忍びですので私は上衣と下履きという旅装束です。
庭園のテーブルに居た二人の男性。「なんだこやつらは」と言ったのは貴族風の身なりの口ひげを生やした中年男性で「侵入者だ始末しろ」と言ったのが背の低い脂ぎっ――失礼。少しふくよかな中年男性です。この領に行脚に来た時に挨拶したはずですが、覚えてないのですね? まあまさかこんな所に聖女の私が来るなんて思っても無いのでしょうけど。
「ヴェル様、髭の男がこの領の代行官でもう一人が商業ギルド長です。聖女様の行脚で領内外の人流が活発になることを利用し、不当に穀物の相場を操作して農民たちや市民を苦しませて金儲けをしている連中です」
この短く整えた黒髪のスラリと背の高い侍女「セッテ」は冷静沈着で事情通なので彼女にはいつも情報収集などをお願いしています。頭部しか肌の露出は無いけれど、身体の線が出ている黒い軟質皮鎧を着ています。
「とんでもない奴らですね。ヴェル様、懲らしめましょう!」
この鼻息が荒いのは「ユイ」という同じく侍女です。私よりも背は低くく、癖のある髪を後頭部で結んでいます。丸みのある女性的な体つきに厚手布製の旅装束姿です。素直で優しいですが馬鹿力――失礼。人並み外れた腕力があり、正義感が強く武芸にも秀でています。
そうしていると、兵士……とは言い難い荒くれた傭兵のような風体の男たちに取り囲まれました。
「このふざけた賊を逃がすな!」
小太りの商業ギルド長が傭兵たちに命じました。傭兵たちは私たちを取り囲むように広がります。そして代行官の「始末しろ」という言葉で一斉に剣で斬りかかってきました。
まず、セッテは腰の後ろに差していた金属製の棒状武器を取り出します。長さは五〇センチ程度で長短の二股に分かれています。そのまま打撃武器としても有用ですが、武器を受けたり絡め取ったり防御にも使えるものです。その武器を使って剣を受け流しながら頭部を狙って打撃を加えて昏倒させていきます。
ユイは傭兵が突いてきた槍を奪い取り、持ち手である柄の部分を長い棒の様に使って傭兵たちを叩きのめして行きました。二〇名程いた傭兵たちも、立っている者は数名程度になりました。
「もう観念して悪事を認め、罪を償っては如何ですか?」
わたくしは代行官と小太りギルド長に向かって指を差しました。小太りギルド長は「ひぃ」と代行官の後ろへ隠れます。残った傭兵たちはこの二人を護るように立ち塞がります。しかし、代行官は不敵な笑みを浮かべ右手を前に差し出します。
『……拘束』
代行官の右手の人差し指にはまっている指輪が淡く光ると、私たちの立っている場所それぞれの足元に光る魔法陣が現れて、そこから光る鎖の様なものが手足に巻き付きました。指輪は恐らく魔術師が身に着けている杖などの魔法発動体の一種ですね。
「これは……魔法!?」
セッテは面を喰らって振りほどこうとしますが、手足は動きません。ユイは身体中に光る鎖が巻き付き藻掻いています。私の手足も完全に拘束されてしまいました。
「ふははは! 馬鹿め……私が魔術を嗜んでいる事は考えもしなかったようだな。何処の手の者かじっくり聞き出すとしようか? 拷問の替わりに、傭兵共に好きにさせてみるのもいいかもしれんがな――」
代行官は下卑た笑みを浮かべました。小太りギルド長も「流石代行官様!」とさっきまでの恐れおののいていた表情とは打って変わって、ねっとりとした下品な目で私たちを見ています。そして傭兵たちがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら私に近づいてきました。
「はあ……致し方ない、これは致し方ない事ですね。穏便に罪を認めて償って頂こうと思いましたが――」
私は大きくため息をつきそう言うと、男たちは怪訝な顔をしました。
「何言ってんだこのアマ、気でも触れたか?」
「いいからやっちまおうぜ?」
などという傭兵たちの言葉に、そろそろ頃合いかと私の心は踊……いえ、慈愛の女神の慈悲を与えねばという使命感に溢れました。
『魔法解除……破ぁっ!』
私は深く息を吸い、魔法解除の詠唱と共に気合一閃し、全身に力を巡らせます。すると私を拘束していた光の鎖は「バリン」という破壊音と共に粉々に砕け散りました。そしてもう一度深く息を吸い込みながら腰を軽く落として息を止め、左足で地面を力強く踏み込みます。
「ズン――」と地面の石畳が割れると同時に「バシ」っという破壊音と共に足元の魔法陣も光の粒子となって砕け散ります。
「ば、バカな?! 私の拘束をそんな力づくで――魔法解除だと?!」
『……鋼鉄の護り……身体能力向上……疾風……魔法障壁――行きますわよ?』
私はいつも通り自分に補助魔法を唱え、最後に魔法障壁を施します。身体の外側を防御膜で覆うこの魔法は、一番最後にしないと自分の肉体への補助魔法でも弾いてしまいますからね。
「補助魔法?! 治癒魔術師か? まさか神官? それもかなり高位の……殺せ、やってしまえ!」
代行官が傭兵たちに命じると四名の傭兵が私に向かって一斉に襲い掛かってきました。先程は私たちを手籠めにしようとして武器をしまっていましたが、武器を抜いて襲いかかってきました。
まず一番最初に私に「死ねぇ」と剣を振り下ろしてきた傭兵の剣を左手の旋回運動で払いながら折ります。そしてその流れで腰の横に添えていた右の拳を傭兵の顔面に叩きこみました。傭兵は鼻血を噴き出して後方に数メートル飛んでいきました。
次に右側から斧を振り下ろしてきた傭兵の斧の柄を左手で掴み、重心を低くしてから右腕の肘で脇腹をねじ込む様に打つと「ぐえ」と言いながらうずくまります。
更に後ろから剣を振り下ろしてきた傭兵は、しゃがみながら地面を薙ぐような蹴りで転倒させて仰向けになった所を踏みつけました。金属製胸当てが「ミシ……」と音を立て傭兵は「がは!?」という悲鳴を上げ気を失います。
一人残った傭兵は怖気づいたのか剣を構えたまま後ずさりしていました。
「さて、どうしますか?」
私が傭兵にそう訊ねているとその後ろにいる代行官は「おのれ……」と言いながら右手を前に出しました。
『砕け散れ……光の矢!』
代行官の突き出した右手の周囲に光球が五つ浮かび、それは光の矢となって私を狙って飛んできました。そのうちのひとつは傭兵に命中して「バン」と破裂し、傭兵は昏倒します――味方ごと巻き添えとは本当に下衆ですね。
残り四つの光弾が私目がけて飛来しますけれど、お構いなしに私は代行官に向かって走ります。光の矢は私に命中しますが身体を覆う魔法障壁の光膜が全て打ち消しました。
「ば、馬鹿なあ!?」
「効きませんわその程度の魔力で――」
後ずさる代行官と小太りギルド長をずかずかと歩いて追い詰めて行きます。
「お、お前は何者だ!?」
「この領に来た時にご挨拶申し上げましたのに、私の顔をお忘れとは残念ですわ」
私は右手を突き出して精神を集中します。すると右手の前に慈愛の女神の紋章が赤く光って浮かび上がり、それを見て代行官も小太りギルド長も驚愕しました。
「そ、そ、そ、それは聖女様の紋章!?」
小太りギルド長が声を震わせて驚愕しています。
「な、は、な、何故聖女様がこんな……こんなことを?!」
代行官は怖れおののきながら問いかけてきます。
「聖女は帝国臣民に遍く慈悲を施す為にこうして行脚しているのです。さあ、降参してくださ――」
私が話しているその時、胸に衝撃が伝わりました。それは弩弓の矢でした。
「だ、代行官様、こんな所に聖女様が来られるわけありませんよ……ひひひ」
小太りギルド長はいつの間にか懐から小型の弩弓を取り出して私を撃ちやがった様です。
ここまでやるとは予想外でした――っていうか、こんな事クソ狡い事されたら聖女様口調じゃなくて地が出てしまいそうになるじゃない?
弩弓の矢は私の身体には刺さらず、身体を覆う物理防御魔法、鋼鉄の護りが防いでいるけれど……ああ、こいつら一線超えやがりましたわね?
「あなた方には格段の”慈悲”をお与えしなくてはいけませんね――拳で」
私は慈愛の女神に祈りを捧げます。そして微笑みを浮かべながら弩弓の矢を片手で握りしめて折り、その場に捨てました。
「ひぃ」と短い悲鳴を上げて抱き合いながら腰を抜かしている代行官と小太りギルド長に向かって両手を握り指をポキポキと鳴らしながらゆっくり近づいて行きます……。
――暫く後、私に"聖女の慈悲"を受けて人相が分からない程顔面を腫らして倒れている代行官や小太りギルド長や傭兵たちをセッテとユイが縛り上げていると、正規兵の装備を付けた兵士たちがやってきました。兵士たちはこの様子を見て驚き、私たちを警戒しました。しかし、すぐ後ろから現れた上級騎士鎧を着た人物が私に気付きます――この領の領主様です。
「せ、聖女様! これは一体……」
領主様は私の前に跪かれました。それを見て周りの兵士たちも慌てて跪きます。
「領主様、この度の事――私の書簡をお読みいただけましたでしょうか?」
私は殊更恭しく淑女の礼をします、もうスッキリしたので気分もすっかり聖女モードに戻りました。
「はい、この代行官と商業ギルド長が結託して私腹を肥やしたばかりか聖女様にまでとんでもない不敬を……法に基づいて厳罰に処します。しかし領主として気付かなかったのは私の責、どんな処分も甘んじて受けます――」
領主様は平身低頭謝罪しておられますわ。
「私はただの聖女……怖れ多くも、ご領主様を処分する権限などありません。然るべき所へ報告させて頂きますので、またお話があると思います」
「ははっ、承知致しました。では先に、こ奴らを……引っ立てよ!」
――といった様に、私は帝国中を行脚し慈愛の女神の慈悲を与えて周ることが使命と信じているのでした。決して悪人を探し出して拳で制裁しようなどとは思ってはいません……いませんよ?
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