Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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鍵と記憶と受付嬢

第6話

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 体の底から湧き上がる力に、シルヴィアは足を止める事なく戦場に辿り着いた。

「……殲滅」

 リベルタスの力で周囲の土を操り、魔獣たちを土の縄で拘束して引き締める力を最大にした。

「あは、アハハハ……次…!」

 尚も襲い掛かる魔獣を目にしたシルヴィアは、両手を土のグローブで武装した。そして飛びかかってきた魔獣を殴り、粉々にして弾き返していく。
 だがどんなに強い攻撃を受けても魔獣の勢いが止む事はなく、むしろシルヴィアを倒そうと遠い所からも魔獣が集まってきた。
 シルヴィアは不吉な笑みを浮かべながら魔獣を駆逐していったが、隙を着いた魔獣が彼女の右肩と左足の付け根に噛み付いて牙を立てた。

「……邪魔」

 シルヴィアは2匹を無理やり引き剥がし、遠くへと投げ捨てた。だが無理に引っ張ったのと魔獣が牙を立てていた事が相まって、シルヴィアの右腕と左足は投げた魔獣に持っていかれてしまった。
 当然立っていられるはずもなく、シルヴィアは崩れるように倒れ、傷口から大量の血が大地へと流れていく。魔獣たちは血の匂いにつられて飛びかかって来たが、シルヴィアはそれを何処か他人事のように眺めていた。

「コレを滅ぼす力を」

『わかりまぁした』

 頭の中にリベルタスの声がした瞬間、傷口からプシュッと血が吹き出たがすぐに流血は止まった。その代わりに、緑色の蔦が伸びて元あった腕と脚の形へと変わっていく。
 シルヴィアは出来上がった新しい足で立ち上がると、蔦の右手を上げた。

「……蔦監獄リエール・プリズン

 呟くような詠唱を唱えた途端、右手が分裂して辺りにいる魔獣の胴体に絡み付いていく。1匹に絡みつけば近くの魔獣へと伸びていき、シルヴィアの周りの魔獣は蔦に絡まって身動きが取れなくなった。

「『永遠に眠りなさい』」

 大地に小さな声がこぼされた瞬間、シルヴィアは右手に少しだけ力を入れた。
 一瞬で蔦は引き締まり、魔獣たちは破裂して辺りは血の海へと姿を変えた。



「こんな事が本当に…?」

 血の海の中心に立つ自分を見て、私はただ困惑した。圧倒的な力で人を喰らう獣を葬り去ったはずなのに、ソコには喜びや達成感などは微塵もない。あるのは、ただの恐怖と嫌悪感だけだった。

『シルヴィア!』

 門の方から声がして振り向ければ、体のあちこちに包帯を巻いたマスターと、それを支える聖女エステリアの姿があった。

『もうやめてくれ!あの禁忌書は、対価としてお前の大事な物全てを奪う物だ!』

『見てェグレイ…ぜんぶ…全部私が、倒したァよ…?』

 戦いが終わっても昔の私が止まる様子はなく、血に塗れた顔はマスターを支えているエステリアへと向けられた。その瞳は、スッと細められて殺意のような何かが渦巻いている。

『……殲滅』

『聖女様下がってろ!』

『きゃっ?!』

 マスターはエステリアを弾き飛ばし、飛びかかった私を掴み地面に押さえつけた。

『離してェ…まだ…終わって、ないから』

『もうやめろ!戻ってきてくれ!』

『ムリだぁよ。この体、もうすぐ私が貰うかぁら』

 契約した悪魔に体の中まで乗っ取られている私を見て、マスターは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに私の左目の辺りに手を添えた。

左目ここか…!シルヴィアのじゃない、淀んだ魔力を感じる』

『貴様ッ…!やめてあなた、私を傷つけないで!』

『くだらねぇ真似事はよせ。アイツは俺の事を名前で呼ぶんだ。聖女様!力を貸してくれ!』

 マスターはニヤリと笑うと、聖女様を呼び戻して彼女の手を悪魔が宿る左目に近づけさせた。

『今から俺の魔力《消失ロスト》で悪魔ごとシルヴィアの目を弾き飛ばす。聖女様は悪魔の魔力が体に残らないよう、同時に最大火力の浄化魔法を頼む!』

『わ、わかりました!』

『ムダだぁよ!私を消せば、私が乗っ取ったこの女の人格も消しとんじゃうのヨォ?!』

『お前に体を全て乗っ取られるよりはマシだ』

 マスターは乗っ取られかけている私の左目に指を近づけ、一気に魔力を高めていった。

『頼むシルヴィア…!帰ってこい!』

『シルヴィアさん!今たすけます!』

『人間フゼイが!お前には地獄を見せてー』

 悪魔は最後まで醜くもがいたが、左目が弾け飛んだ瞬間、糸が切れたかのように辺りは静かになった。
 マスターはすぐに眠る私の首元に手を当て、脈があるのを確認して胸をで下ろした。

『良かった…!あとは起きるのを待つだけだな』

『ひっ?!』

 だが安心するマスターの隣で、聖女様は何かに驚いてその場から飛び退いた。何かと思えば、左目から血を流して眠る私に、何かあり得ないものを見るような視線を向けている。

『聖女様…?』

『グ、グレイさん!この血塗れの方は一体…?』

『は?何言ってるんだよ…シルヴィアだろ』

『シルヴィア、さん…?どなたかは存じませんが、この方をすぐに教会へ運びましょう。早く手当てをしないと…』

 応援を呼ぶために戻ろうとする聖女様を、マスターは慌てて掴んで引き留めた。

『ちょ、ちょっと待ってくれよ!シルヴィアだぞ?ギルドの冒険者で、よくあんたとも楽しそうに話してたじゃないか!』

『そ、そんな事急に言われても、そんな覚えはありませんよ。多分グレイさんも疲れるんです。一緒に教会に行って治療を受けてください』

 駆け足で去っていく聖女様を、残されたマスターはただ呆然と眺めていた。


 後でわかった事だが、リベルタスは消えかける寸前、悪あがきなのかマスター以外の他者に宿る私自身の存在をも奪ったそうだ。
 そして私は右腕と左足と左目、記憶と心と存在を失くして長い眠りについた。


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