Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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逸れ者と受付嬢

第9話

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「あなたに会えて…本当に良かった…」

 足元の水面に映る記憶の映像を見て、シルヴィアはシロナの言葉をなぞる様に1人呟いた。
 泉に足を踏み入れてからすぐに、シルヴィアは自然と泉の底に落ちて溺れた。だがそこに苦痛は一切なく、気がつくとシルヴィアはどこまでも続く水面に立っていた。どこまでも水面が続くいているだけで、それ以外には何もない。
 しばらくそこで待っていると、水面にクロカの過去の記憶が映し出され、耳に水音の様にクロカやシロナの声が響いた。泉はシルヴィアにクロカの記憶を見せ、しばし静かな時が流れる。

「こんにちは」

 しかしその静けさを壊す様に、凛とした声が泉に響き渡った。シルヴィアがそちらに視線を向ければ、今足元に映る女性がそこに立っていた。だがそれは、彼女が幻夢こちらの世界の存在で、現実あちらの世界にはもういないという事。

「少し、話し相手になってくれる?」

 言葉に困るシルヴィアを見て、シロナはそんな事を気にさせない様な笑みを見せた。




「そっかぁ…クロカがあなたを」

「はい。シロナ様に会いたがっておられました」

 泉に並んで座り、シロナはそっと水面を撫でた。シルヴィアの下にはうっすらと影があるが、シロナにはそれがない。それは近くにいるはずなのに、とても遠くに感じさせる様だった。

「…クロカ、怒ってなかった?」

「いえ。何故そんな風にー」

 シルヴィアの言葉を遮るかの様に、シロナは水面を指差した。そこには今までの暖かい記憶が霧散し、薄暗い靄が集まっていた。



 大地を揺らす様な爆発音がして、クロカは身を起こした。窓の外はまだ薄暗いが、遠くの森が紅く燃えているのがわかる。
 隣で寝ていたシロナも何か不吉な予感がした様で、いつもは優しい目を細めていた。心なしか、彼女の身体から魔力の冷気が漏れ出している気もする。

「…シロナ」

「クロカはここで待ってて。お父さんに話を聞いてくるから」

 シロナはこちらを見る事もせず、薄手のコートを羽織って足早に部屋を出ていった。
 クロカはその背に手を伸ばしかけて、諦めて下ろした。それが、最後に見る彼女の姿とも知らずに。


 数分後、外が村の者達で慌ただしくなるのと同時に、部屋の扉がノックされた。

「シロナ!一体何が…」

「待って」

 ドアノブに手をかけたところで、シロナの声がしてクロカはピタリと止まった。たった一言なのに、そこには何も言わせぬ冷たい感じが滲み出ていた。
 扉の前で固まるクロカに、シロナは普段よりトーンの低い声をかけた。

「何も言わずに聞いて。今、大陸の至る所で魔物が湧き出てるみたいなの。それも百単位なんかじゃない、全部でおそらく……100万以上」

「…っ!そんなに…」

「確実にここにも魔物の大群がやってくる。だから私は森の入り口に行くけど…クロカはここにいて」

「は?」

(今、ここにいてって言ったのか…?は?何で?)

 言われた事を自分の中で反芻し、クロカは混乱した。エルフは自分の家を大樹の上層に造る。当然、それはシロナの家もそうで、彼女は長の娘という事もありこの森で最も太い樹の、周りの家より高い場所に造られていた。そのため、この家を落とすのは魔物にはほぼ不可能だ。
 
「ま、待てよ…。何で私だけ待機してなきゃいけないんだ…?シロナが行くなら私もー」

「あなたはここにいて」

「…ふざけるなよ、いくらお前の命令でもそんなの…!」

 クロカは怒り、扉を開け放とうとした。だがそれよりも早く、扉が氷漬けになり慌てて手を引っ込める。

「私の言う事が聞けないの?」

「当たり前だろ!理由もなしに待機とか、ふざけるのも大概にしろ!」

「そう…。理由があればいいのね」

 クロカは氷の扉を何度も叩いたが、ハイエルフの魔法によって出来たそれはびくともしない。

「おいシロナ!開けろ!早くしないと森がー」

「迷惑なの」

「……は?」

「魔力の乏しいあなたに来られると、足手まといだから迷惑なの。それに、私以外の人はあなたを信用してないだろうから、連携や伝達がとどこおったりすると困るのよ」

「シロナ…?お前何言って…」

「あと、私やっぱりあなたみたいなダークエルフは嫌い。あなたと一緒に戦うなんてごめんだわ。ひょっとしてこの魔物達も、あなたに惹きつけられているのかしら?」

 シロナの言葉とは思えない、しかし彼女の声でなぞられる言葉を耳にしてクロカは膝から崩れ落ちた。

「じゃあそういう事だから。さよなら」

 別れの挨拶と共に家全体を凍らせ、シロナは気配を消した。クロカは何も言う事が出来ず、ただ頬を涙が伝っただけだった。



 シルヴィアが泉に入ってから数十分、泉の中心に小さな泡が浮いてきて弾けた。そしてクロカがハッとなったのと同時に、泉の中心からシルヴィアが飛び出した。
 戻ってきたシルヴィアは額に張り付いた髪を整え、泉のそばにいる2人に向き直った。

「ただいま戻りました」

「はぁ……良かった。異常はないずら?」

 ネムリの問いかけに、シルヴィアはしばし考え込む様な素振りを見せてコクンと頷いた。

「…シロナに会えたのか?」

「はい、彼女から伝言を承っております。続きはギルドで話しましょう。ネムリ様、ありがとうございました」

 シルヴィアは礼を言ってカバンを持つと静かに森を出て行き、クロカも慌ててその後を追う。

 そして2人が森を出たところで森は霧の様に消えていき、ネムリの姿もなくなっていた。



 
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