53 / 67
逸れ者と受付嬢
第9話
しおりを挟む「あなたに会えて…本当に良かった…」
足元の水面に映る記憶の映像を見て、シルヴィアはシロナの言葉をなぞる様に1人呟いた。
泉に足を踏み入れてからすぐに、シルヴィアは自然と泉の底に落ちて溺れた。だがそこに苦痛は一切なく、気がつくとシルヴィアはどこまでも続く水面に立っていた。どこまでも水面が続くいているだけで、それ以外には何もない。
しばらくそこで待っていると、水面にクロカの過去の記憶が映し出され、耳に水音の様にクロカやシロナの声が響いた。泉はシルヴィアにクロカの記憶を見せ、しばし静かな時が流れる。
「こんにちは」
しかしその静けさを壊す様に、凛とした声が泉に響き渡った。シルヴィアがそちらに視線を向ければ、今足元に映る女性がそこに立っていた。だがそれは、彼女が幻夢の世界の存在で、現実の世界にはもういないという事。
「少し、話し相手になってくれる?」
言葉に困るシルヴィアを見て、シロナはそんな事を気にさせない様な笑みを見せた。
「そっかぁ…クロカがあなたを」
「はい。シロナ様に会いたがっておられました」
泉に並んで座り、シロナはそっと水面を撫でた。シルヴィアの下にはうっすらと影があるが、シロナにはそれがない。それは近くにいるはずなのに、とても遠くに感じさせる様だった。
「…クロカ、怒ってなかった?」
「いえ。何故そんな風にー」
シルヴィアの言葉を遮るかの様に、シロナは水面を指差した。そこには今までの暖かい記憶が霧散し、薄暗い靄が集まっていた。
大地を揺らす様な爆発音がして、クロカは身を起こした。窓の外はまだ薄暗いが、遠くの森が紅く燃えているのがわかる。
隣で寝ていたシロナも何か不吉な予感がした様で、いつもは優しい目を細めていた。心なしか、彼女の身体から魔力の冷気が漏れ出している気もする。
「…シロナ」
「クロカはここで待ってて。お父さんに話を聞いてくるから」
シロナはこちらを見る事もせず、薄手のコートを羽織って足早に部屋を出ていった。
クロカはその背に手を伸ばしかけて、諦めて下ろした。それが、最後に見る彼女の姿とも知らずに。
数分後、外が村の者達で慌ただしくなるのと同時に、部屋の扉がノックされた。
「シロナ!一体何が…」
「待って」
ドアノブに手をかけたところで、シロナの声がしてクロカはピタリと止まった。たった一言なのに、そこには何も言わせぬ冷たい感じが滲み出ていた。
扉の前で固まるクロカに、シロナは普段よりトーンの低い声をかけた。
「何も言わずに聞いて。今、大陸の至る所で魔物が湧き出てるみたいなの。それも百単位なんかじゃない、全部でおそらく……100万以上」
「…っ!そんなに…」
「確実に村にも魔物の大群がやってくる。だから私は森の入り口に行くけど…クロカはここにいて」
「は?」
(今、ここにいてって言ったのか…?は?何で?)
言われた事を自分の中で反芻し、クロカは混乱した。エルフは自分の家を大樹の上層に造る。当然、それはシロナの家もそうで、彼女は長の娘という事もありこの森で最も太い樹の、周りの家より高い場所に造られていた。そのため、この家を落とすのは魔物にはほぼ不可能だ。
「ま、待てよ…。何で私だけ待機してなきゃいけないんだ…?シロナが行くなら私もー」
「あなたはここにいて」
「…ふざけるなよ、いくらお前の命令でもそんなの…!」
クロカは怒り、扉を開け放とうとした。だがそれよりも早く、扉が氷漬けになり慌てて手を引っ込める。
「私の言う事が聞けないの?」
「当たり前だろ!理由もなしに待機とか、ふざけるのも大概にしろ!」
「そう…。理由があればいいのね」
クロカは氷の扉を何度も叩いたが、ハイエルフの魔法によって出来たそれはびくともしない。
「おいシロナ!開けろ!早くしないと森がー」
「迷惑なの」
「……は?」
「魔力の乏しいあなたに来られると、足手まといだから迷惑なの。それに、私以外の人はあなたを信用してないだろうから、連携や伝達が滞ったりすると困るのよ」
「シロナ…?お前何言って…」
「あと、私やっぱりあなたみたいなダークエルフは嫌い。あなたと一緒に戦うなんてごめんだわ。ひょっとしてこの魔物達も、あなたに惹きつけられているのかしら?」
シロナの言葉とは思えない、しかし彼女の声でなぞられる言葉を耳にしてクロカは膝から崩れ落ちた。
「じゃあそういう事だから。さよなら」
別れの挨拶と共に家全体を凍らせ、シロナは気配を消した。クロカは何も言う事が出来ず、ただ頬を涙が伝っただけだった。
シルヴィアが泉に入ってから数十分、泉の中心に小さな泡が浮いてきて弾けた。そしてクロカがハッとなったのと同時に、泉の中心からシルヴィアが飛び出した。
戻ってきたシルヴィアは額に張り付いた髪を整え、泉のそばにいる2人に向き直った。
「ただいま戻りました」
「はぁ……良かった。異常はないずら?」
ネムリの問いかけに、シルヴィアはしばし考え込む様な素振りを見せてコクンと頷いた。
「…シロナに会えたのか?」
「はい、彼女から伝言を承っております。続きはギルドで話しましょう。ネムリ様、ありがとうございました」
シルヴィアは礼を言ってカバンを持つと静かに森を出て行き、クロカも慌ててその後を追う。
そして2人が森を出たところで森は霧の様に消えていき、ネムリの姿もなくなっていた。
0
お気に入りに追加
2,042
あなたにおすすめの小説
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。
小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします
藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です
2024年6月中旬に第一巻が発売されます
2024年6月16日出荷、19日販売となります
発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」
中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。
数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。
また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています
この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています
戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています
そんな世界の田舎で、男の子は産まれました
男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました
男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます
そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります
絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて……
この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです
各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます
そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます
カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる