43 / 67
綺麗な土と水に美しい花
第11話
しおりを挟むソイルが目を覚ますと、目の前に誰かの優しい笑みがあった。それが姉のものだと気づくのに、そう時間はかからない。
近くには、シルヴィアを背負ったアクアもいた。少女の方はずぶ濡れで心配になったが、声をかけようとしても上手く声が出ない。
「やっと起きたのね。心配したのよ?」
そう言って笑う姉の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいて。そこでようやく、自分の体が宙に消えかかっているのを察した。既に下半身はなく、腹部も小さな砂になって砂浜にサラサラと静かに崩れ落ちている。
ソイルは腹に力を入れ、精一杯の声を絞り出した。
「騙してて……ごめん、なさい……」
出てきた声は消え入るような弱々しいものだったが、エルマは小さく頷くと彼の頬にそっと触れた。こうして触れられると、姉の手はとても暖かい。
「バカね…気づいてないとでも思った?」
「「え?」」
当たり前のように言われ、ソイルだけでなくアクアも驚きの声を漏らした。
「お姉ちゃんだもん。弟の事くらいわかるわよ」
ソイルは『……そっか』と呟き、姉の手に自分の手を重ねた。この暖かさだけで、もうすぐ触れる事も叶わなくなるのに、こんなにも心が安らぐのは何故なのかと思う。
「……ご飯、食べれなくてごめん」
「うん」
「……家に帰れなくてごめん」
「…うん」
エルマの瞳からこぼれた涙が、ソイルの顔にポタポタと落ちていく。涙は彼の頰を濡らし、彼の体へと沁み込んでいった。
ソイルは姉の手を震える手で握り、もう片方の手で姉の瞳に浮かぶ涙をそっと拭った。
「泣かないでよ……。俺、姉ちゃんの笑った顔が…好きなんだ…」
「…ないてないわよっ…!」
エルマの表情が初めて崩れ、握られた手に力がこもった。
ソイルは最期に小さく笑い、ゆっくりと目を閉じた。会えなくなってしまうのは寂しいが、最期に会えて良かったと心の底から思える。
「俺さ、ちゃんと代わりをー」
ソイルが言い終わる前に、エルマは彼の唇に指を当ててそれを遮った。目に映る姉の顔は、今まで見た中で1番の笑顔が浮かんでいる。
「あなたは…私のたった1人の弟よ。ありがとう」
「…良かっ、た」
彼は最期に一筋の涙を流し、光り輝く砂となって消えていった。
エルマは砂浜の砂をすくって胸に抱き、静かに涙を流した。
数日後、シルヴィアとアクアは港で帰りの船を待っていた。2人の胸元には、この国の王国が発行するバッジが付けられている。これは昨日、被害を最小限に食い止めたお礼として、国王から直々に与えられたものだ。
2人の隣には、見送りに来たエルマもいた。彼女の胸元にも、同じバッジが太陽に照らされて光り輝いている。これはソイルのもので、エルマは時折バッジをそっと撫でた。
シルヴィアはまだ腕しか再生できていないので、松葉杖をつきながらアクアに肩を貸してもらっている。
「申し訳ありません、アクア様」
「別にいいわよ。魔力を貰った借りもあるしね」
「そうですか」
少しは打ち解けた2人を見て、エルマは気付かれないように小さく笑った。1週間前は話すのも嫌といった感じのアクアが、今では年頃の妹のように見えてしまう。
だがそれもほんの僅かの事で、シルヴィアの一言で微笑ましい空気は簡単に壊れた。
「トイレは済ませましたか?」
「はぁ…?」
アクアの肩からひょっこり顔を覗かせ、シルヴィアは凛とした声で船に乗る前に確認をした。アクアのこめかみに青筋が立つ。
「船に乗るまでトイレには行けません。先日、マスターも心配されていました」
「え!グレイさんが?……ってそこじゃないわ、あんた私をなんだと思ってるのよ!」
「まぁまぁ。あ、船来てるよ!」
エルマはアクアを宥めながら、遠くに見える大型船を指さした。2人が荷物を持ったところで、エルマはずっと隠していた小さな箱をシルヴィアとアクアに渡した。
「これは?」
「開けてみて」
言われた通り開ければ、中には銀の花びらをつけた花が一輪。髪飾りのようで、花びらの後ろに小さなピンが付いている。アクアの方には、水色の花が入っていた。
「シルビアの花っていうの。私と弟のお気に入り花で、あのお花畑で買ったのよ。良かったら使ってね。アクアちゃんのは、アメリアの花よ」
「わかりました。使わせていただきます」
「ありがとう…ございます」
シルヴィアは花びらをそっと撫で、小さく頰を綻ばせた。その笑みは、彼女の視界に映る花のように可憐で、エルマは初めて見た彼女の笑顔に嬉しくて息を呑んだ。
シルヴィアは箱を丁寧に鞄にしまうと、小さく頭を下げた。
「色々ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとね。また良かったらいつでもこの国に来てね」
「はい。それでは、また今度お会いしましょう」
エルマに見送られ、2人は船に乗り込んだ。
船もかなり進み、エルマはずっと振っていた手を下ろした。ここ1週間でかなりの事があり、身の回りの変化も大きかった。それでも、彼女の仕事は今日も変わらない。
「よし…行きますか!」
胸につけたバッジをそっと撫で、エルマはギルドへと向かった。その笑顔は太陽に照らされ、とても眩しく輝いているようだった。
数時間後、シルヴィアは甲板で1人、貰った花の髪飾りを眺めていた。風に長い銀髪がなびき、制服の裾がフワリと揺れる。
それから数分経ってもそのまま花を眺め続けていると、外の空気を吸いに来たアクアがとことこと歩いてきた。
「あんた、ずっといないと思ってたらこんな所にいたのね」
「…はい」
短い会話は終わり、アクアはどこまでも続く海を眺めた。その髪には、既に貰った髪飾りがつけられている。青い綺麗な髪に、水色の花がよく似合っていた。
「つけないの?それ」
ずっと花を眺めるシルヴィアを見て、アクアは流石に気になったのか彼女の顔を覗き込んだ。いつもと変わらない無表情だが、何処か影があるように見えたのは気のせいだろうか。
シルヴィアは箱の蓋を閉じると、ポケットに閉まって視線を遠くの方へと向けた。
「…帰ったら、つけます」
「ふーん。そう」
アクアは興味を失ったのか、伸びをしながら部屋へと戻っていった。
残されたシルヴィアは、虚ろな瞳に映る海面を見て、砂浜での事を思い出していた。
あの時、ソイルの最期を見てエルマは悲しみ泣いていた。それを見たアクアも、我慢はしているようだったが瞳にうっすら涙が浮かんでいた。
だがあの場で1人、自分だけがその様子を何の感情も出さず、ただ眺めていた。それはまるで、自分にはやっぱりー。
そこで船の汽笛が鳴り響き、シルヴィアは瞬きを1つして部屋へと戻っていった。
受付嬢は初めて、大切な人と別れる悲しみに触れ、同時にそれを完璧に理解できない悲しみを知ったー。
0
お気に入りに追加
2,043
あなたにおすすめの小説
【追放29回からの最強宣言!!】ギルドで『便利屋』と呼ばれている私。~嫌われ者同士パーティーを組んだら、なぜか最強無敵になれました~
夕姫
ファンタジー
【私は『最強無敵』のギルド冒険者の超絶美少女だから!】
「エルン。悪いがこれ以上お前とは一緒にいることはできない。今日限りでこのパーティーから抜けてもらう。」
またか…… ギルドに所属しているパーティーからいきなり追放されてしまったエルン=アクセルロッドは、何の優れた能力も持たず、ただ何でもできるという事から、ギルドのランクのブロンズからシルバーへパーティーを昇格させるための【便利屋】と呼ばれ、周りからは無能の底辺扱いの嫌われ者だった。
そして今日も当たり前のようにパーティーを追放される。エルンは今まで29回の追放を受けており次にパーティーを追放されるか、シルバーランクに昇格するまでに依頼の失敗をするとギルドをクビになることに。
ギルドの受付嬢ルナレットからの提案で同じギルドに所属する、パーティーを組めば必ず不幸になると言われている【死神】と呼ばれているギルドで嫌われている男ブレイドとパーティーを組むことになるのだが……。
そしてそんな【便利屋】と呼ばれていた、エルンには本人も知らない、ある意味無敵で最強のスキルがあったのだ!
この物語は29回の追放から這い上がり『最強無敵』になった少女の最強の物語である。
落第錬金術師の工房経営~とりあえず、邪魔するものは爆破します~
みなかみしょう
ファンタジー
錬金術師イルマは最上級の階級である特級錬金術師の試験に落第した。
それも、誰もが受かるはずの『属性判定の試験』に落ちるという形で。
失意の彼女は師匠からすすめられ、地方都市で工房経営をすることに。
目標としていた特級錬金術師への道を断たれ、失意のイルマ。
そんな彼女はふと気づく「もう開き直って好き放題しちゃっていいんじゃない?」
できることに制限があると言っても一級錬金術師の彼女はかなりの腕前。
悪くない生活ができるはず。
むしろ、肩身の狭い研究員生活よりいいかもしれない。
なにより、父も言っていた。
「筋肉と、健康と、錬金術があれば無敵だ」と。
志新たに、生活環境を整えるため、錬金術の仕事を始めるイルマ。
その最中で発覚する彼女の隠れた才能「全属性」。
希少な才能を有していたことを知り、俄然意気込んで仕事を始める。
採取に町からの依頼、魔獣退治。
そして出会う、魔法使いやちょっとアレな人々。
イルマは持ち前の錬金術と新たな力を組み合わせ、着実に評判と実力を高めていく。
これは、一人の少女が錬金術師として、居場所を見つけるまでの物語。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。
ダラダラ異世界学校に行く
ゆぃ♫
ファンタジー
「ダラダラ異世界転生」を前編とした
平和な主婦が異世界生活から学校に行き始める中編です。
ダラダラ楽しく生活をする話です。
続きものですが、途中からでも大丈夫です。
「学校へ行く」完結まで書いてますので誤字脱字修正しながら週1投稿予定です。
拙い文章ですが前編から読んでいただけると嬉しいです。エールもあると嬉しいですよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる