Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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綺麗な土と水に美しい花

第11話

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 ソイルが目を覚ますと、目の前に誰かの優しい笑みがあった。それが姉のものだと気づくのに、そう時間はかからない。
 近くには、シルヴィアを背負ったアクアもいた。少女の方はずぶ濡れで心配になったが、声をかけようとしても上手く声が出ない。

「やっと起きたのね。心配したのよ?」

 そう言って笑う姉の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいて。そこでようやく、自分の体が宙に消えかかっているのを察した。既に下半身はなく、腹部も小さな砂になって砂浜にサラサラと静かに崩れ落ちている。
 ソイルは腹に力を入れ、精一杯の声を絞り出した。

「騙してて……ごめん、なさい……」

 出てきた声は消え入るような弱々しいものだったが、エルマは小さく頷くと彼の頬にそっと触れた。こうして触れられると、姉の手はとても暖かい。

「バカね…気づいてないとでも思った?」

「「え?」」

 当たり前のように言われ、ソイルだけでなくアクアも驚きの声を漏らした。

「お姉ちゃんだもん。弟の事くらいわかるわよ」

 ソイルは『……そっか』と呟き、姉の手に自分の手を重ねた。この暖かさだけで、もうすぐ触れる事も叶わなくなるのに、こんなにも心が安らぐのは何故なのかと思う。

「……ご飯、食べれなくてごめん」

「うん」

「……家に帰れなくてごめん」

「…うん」

 エルマの瞳からこぼれた涙が、ソイルの顔にポタポタと落ちていく。涙は彼の頰を濡らし、彼の体へと沁み込んでいった。
  ソイルは姉の手を震える手で握り、もう片方の手で姉の瞳に浮かぶ涙をそっと拭った。

「泣かないでよ……。俺、姉ちゃんの笑った顔が…好きなんだ…」

「…ないてないわよっ…!」

 エルマの表情が初めて崩れ、握られた手に力がこもった。
 ソイルは最期に小さく笑い、ゆっくりと目を閉じた。会えなくなってしまうのは寂しいが、最期に会えて良かったと心の底から思える。

「俺さ、ちゃんと代わりをー」

 ソイルが言い終わる前に、エルマは彼の唇に指を当ててそれを遮った。目に映る姉の顔は、今まで見た中で1番の笑顔が浮かんでいる。

「あなたは…私のたった1人の弟よ。ありがとう」

「…良かっ、た」

 彼は最期に一筋の涙を流し、光り輝く砂となって消えていった。
 エルマは砂浜の砂をすくって胸に抱き、静かに涙を流した。




 数日後、シルヴィアとアクアは港で帰りの船を待っていた。2人の胸元には、この国の王国が発行するバッジが付けられている。これは昨日、被害を最小限に食い止めたお礼として、国王から直々に与えられたものだ。
 2人の隣には、見送りに来たエルマもいた。彼女の胸元にも、同じバッジが太陽に照らされて光り輝いている。これはソイルのもので、エルマは時折バッジをそっと撫でた。

 シルヴィアはまだ腕しか再生できていないので、松葉杖をつきながらアクアに肩を貸してもらっている。

「申し訳ありません、アクア様」

「別にいいわよ。魔力を貰った借りもあるしね」

「そうですか」

 少しは打ち解けた2人を見て、エルマは気付かれないように小さく笑った。1週間前は話すのも嫌といった感じのアクアが、今では年頃の妹のように見えてしまう。
 だがそれもほんの僅かの事で、シルヴィアの一言で微笑ましい空気は簡単に壊れた。

「トイレは済ませましたか?」

「はぁ…?」

 アクアの肩からひょっこり顔を覗かせ、シルヴィアは凛とした声で船に乗る前に確認をした。アクアのこめかみに青筋が立つ。

「船に乗るまでトイレには行けません。先日、マスターも心配されていました」

「え!グレイさんが?……ってそこじゃないわ、あんた私をなんだと思ってるのよ!」

「まぁまぁ。あ、船来てるよ!」

 エルマはアクアを宥めながら、遠くに見える大型船を指さした。2人が荷物を持ったところで、エルマはずっと隠していた小さな箱をシルヴィアとアクアに渡した。

「これは?」

「開けてみて」

 言われた通り開ければ、中には銀の花びらをつけた花が一輪。髪飾りのようで、花びらの後ろに小さなピンが付いている。アクアの方には、水色の花が入っていた。

「シルビアの花っていうの。私と弟のお気に入り花で、あのお花畑で買ったのよ。良かったら使ってね。アクアちゃんのは、アメリアの花よ」

「わかりました。使わせていただきます」

「ありがとう…ございます」

 シルヴィアは花びらをそっと撫で、小さく頰を綻ばせた。その笑みは、彼女の視界に映る花のように可憐で、エルマは初めて見た彼女の笑顔に嬉しくて息を呑んだ。
 シルヴィアは箱を丁寧に鞄にしまうと、小さく頭を下げた。

「色々ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとね。また良かったらいつでもこの国に来てね」

「はい。それでは、また今度お会いしましょう」

 エルマに見送られ、2人は船に乗り込んだ。
 船もかなり進み、エルマはずっと振っていた手を下ろした。ここ1週間でかなりの事があり、身の回りの変化も大きかった。それでも、彼女の仕事は今日も変わらない。

「よし…行きますか!」

 胸につけたバッジをそっと撫で、エルマはギルドへと向かった。その笑顔は太陽に照らされ、とても眩しく輝いているようだった。




 数時間後、シルヴィアは甲板で1人、貰った花の髪飾りを眺めていた。風に長い銀髪がなびき、制服の裾がフワリと揺れる。
 それから数分経ってもそのまま花を眺め続けていると、外の空気を吸いに来たアクアがとことこと歩いてきた。

「あんた、ずっといないと思ってたらこんな所にいたのね」

「…はい」

 短い会話は終わり、アクアはどこまでも続く海を眺めた。その髪には、既に貰った髪飾りがつけられている。青い綺麗な髪に、水色の花がよく似合っていた。

「つけないの?それ」

 ずっと花を眺めるシルヴィアを見て、アクアは流石に気になったのか彼女の顔を覗き込んだ。いつもと変わらない無表情だが、何処か影があるように見えたのは気のせいだろうか。
 シルヴィアは箱の蓋を閉じると、ポケットに閉まって視線を遠くの方へと向けた。

「…帰ったら、つけます」

「ふーん。そう」

 アクアは興味を失ったのか、伸びをしながら部屋へと戻っていった。

 残されたシルヴィアは、虚ろな瞳に映る海面を見て、砂浜での事を思い出していた。
 あの時、ソイルの最期を見てエルマは悲しみ泣いていた。それを見たアクアも、我慢はしているようだったが瞳にうっすら涙が浮かんでいた。
 だがあの場で1人、自分だけがその様子を何の感情も出さず、ただ眺めていた。それはまるで、自分にはやっぱりー。

 そこで船の汽笛が鳴り響き、シルヴィアは瞬きを1つして部屋へと戻っていった。



 受付嬢は初めて、大切な人と別れる悲しみに触れ、同時にそれを完璧に理解できない悲しみを知ったー。
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