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綺麗な土と水に美しい花
第5話
しおりを挟むシルヴィア達のいる地域は、数ある都市の中でも被害が少ない場所だった。そのため、4日目ともなるとギルドに来る依頼者の数もかなり減っていた。それに比例して壁に貼られる依頼書も減っていき、シルヴィアも受付に座っているだけの時間が増えた。
そこでエルマの提案により、午後はこの国の観光の時間となった。アクアは睡眠不足なので昼間から寝ており、ソイルもボランティアのため不参加だ。
「シルヴィア見て!あのお店、もう営業再開してるわ」
「そのようですね」
エルマは嬉しそうに笑うと、シルヴィアの手を引いて店へと入っていった。
店は雑貨屋のような所で、棚には小物や飾りなどが並べられている。そのどれもが、ドワーフの土魔法で作られた物で、シルヴィアのいる大陸にはないものばかりだった。
終始黙って商品を眺めるシルヴィアに、エルマは何と声をかけるか悩んだ。目の前の女性が、何を感じて何を思っているのかイマイチ把握出来ない。
「シルヴィアは…何か欲しい物とかないの?」
「欲しい物ですか?」
「そう。化粧品とかお洋服だったり…。何かない?」
「欲しい物、と言うよりは気になるモノなら…多分、あります」
「そうなの?良かったらお姉さんに教えて」
気になって少し食い気味に尋ねれば、シルヴィアは眼を伏せて右手を胸の前で握った。
「…心が、気になります」
「心?」
「はい。それがどういったモノなのか理解はしていないのですが、だからこそ気になります。様々な本を読んでも、特に進展はないので諦めていますが」
「なるほどね…」
買えないものを所望しているとは思ってもおらず、エルマは少し返事に困る。しかしシルヴィアの記憶や受付嬢になった経緯などは、本人から既に聞いているのですぐに今日の予定を決めた。
「それなら、今日は私のおススメスポットに連れていってあげる」
「何故ですか?」
「きっと自分の眼で見れば、何か感じられるものがあるはずよ。本を読むだけでは感じられない、何かがね」
「そうなのですか?」
「多分ね」
多分と言うわりに自信ありげにウィンクをするエルマを見て、シルヴィアは首を傾げるだけだった。
エルマが連れていったのは、ギルドから馬車で20分ほどの場所にある小さな植物園だった。国の私有地で常時解放されているそこには、土で出来た施設の中に様々な種類の花が植えられている。施設は所々ひび割れていたが、観賞する分には問題がないようだった。
エルマは園内の廊下を、ゆっくり歩きながら案内した。花の名前を記した看板はないので、代わりにエルマが説明をする。
「あれが、ナランキュラスの花よ。花言葉は確か…《幸福》だったわね」
「随分と詳しいのですね」
落ち着いた声で指摘され、エルマは少し照れたように笑った。
「昔、ソイル…弟とよく来たせいかしら。お父さんが仕事で忙しかったから、2人で遊ぶ時間が多かったの」
「ご両親は、今どちらに?」
「お母さんは元からいないの。お父さんはこの前の地震で亡くなったわ…。仕事場で火事が起きて、それに巻き込まれたって」
少し俯きながらも、いつもの笑顔で話すエルマを見てシルヴィアは頭を下げた。エルマが何を感じているのかハッキリとは分からなかったが、少なくとも喜ばしくない感情を抱いていると判断したからだ。
「申し訳ありません」
「い、いいのよ!気にしないで!」
「ですが…」
エルマは慌てて顔を上げさせ、シルヴィアの手を取って先へと歩いていく。
「お父さんは休みの日も仕事ばっかりで、正直あまり想い出はないの。あるとしたら、土人形を必死に調整する後ろ姿だけで、それ以外には殆どないわね。だから死んだって聞かされても、泣く事もなかったわ」
シルヴィアは黙って話を聞いていたが、不意にエルマが足を止めた。何かと思えば、彼女の前には花で出来た扉があった。
「さぁ、ついたわよ」
エルマは扉をそっとを開け、シルヴィアの手を引いて外に出た。するとシルヴィアの視界に、どこまでも花で埋め尽くされた景色が飛び込んできた。
花は災害の事など忘れさせるように逞しく咲き誇り、色鮮やかな蝶が自由に舞っている。風が吹くたびに、彼女を優しい香りが包み込んだ。
その景色を見て固まるシルヴィアに、エルマはいたずらが成功した子供のような表情になった。
「どう?凄いでしょ?」
「…申し訳ありません。私には、これを見て何と口にしていいのかわかりません」
「…そっか。じゃあ今度はー」
「ですが…」
エルマはしょんぼりと小さく俯いたが、声がして顔を上げればシルヴィアは透き通った瞳を目の前の景色に向けていて。
「前にある山の頂上の景色を見た際に、今みたいに胸の内が…何と言うのでしょう。少し、熱くなる様な事がありました」
その言葉にエルマは微笑み、シルヴィアと同じように花畑を眺めた。もう何度も見た景色だが、いつ見てもその光景は色褪せない。
「それは多分、あなたの心が動かされているのよ。この景色に心を奪われているとも言えるわね」
「そうなのですか?ですが、私にはー」
「あるわよ。あなたには、ちゃんとあるわ」
シルヴィアは言葉を遮られ何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めて暫し眼前に広がる景色を眺めた。
ベッドに横になり、アクアはじっと天井を見つめていた。既に外はオレンジ色に染まっているが、気にせずその場から動こうとはしない。
忙しかったのは最初の2日だけで、それ以降はアクアの仕事もかなり減ってきていた。何度かエルマに外出を誘われたが、あまり行く気がなく断っていた。睡眠不足で気分が悪いのもあるが、シルヴィアと行動するのはお断りだった。
「はぁ…何してんだろ、私」
本来なら旅行で来たはずなのに、ここ数日を振り返れば『依頼をこなす』か『寝る』しかしていない。
少しは旅行らしい事もしたくなり、どこか再開しているレストランを探そうと部屋の扉を開けた。だが扉の前には、ちょうど帰ってきたシルヴィアがいて、タイミング悪く鉢合わせしてしまう。シルヴィアの腕には、沢山のお菓子や雑貨が抱えられていた。
「…何してんの?」
「ちょうど帰ってきた所です。アクア様は寝ておられたのですか?」
「寝たかったけど眠れなかったのよ」
「そうですか」
他人事のような返事をすると、シルヴィアは鞄の側に持っていたお土産を置いて漁り始めた。ゴソゴソと物音が凄いので、さすがのアクアも気になって足を止める。
「ていうか、そのお土産は何?もうお店も再開してるの?どこか開いてるなら教えなさいよ」
「これは先程、街の方々から頂きました。受付の手伝いをしてくれたお礼だと」
「…そう」
アクアはそう言って部屋にあった鏡に目を向けた。休暇のはずなのに顔は疲れており、その手には何もない。
自分の姿に思わずため息をついていると、いつの間にかシルヴィアが背後に立っていた。驚いて振り返れば、彼女の手には白い花束が握られている。
「何?」
「アクア様に、花束を買ってきました。ミルズの花というらしく、この花の香りは睡眠促進の作用があると聞きました。眠れないのでしたら、お使いください」
「は…?」
「それと、この前渡し損ねたゼナンの草も買ってありますので、良かったら食後にー」
「いい加減にして!」
淡々と語るシルヴィアを見て、アクアは怒りのこもった声を上げた。しかしそんなアクアを見ても、シルヴィアは何故怒っているのか分からい様な表情を浮かべているだけで、それが更に少女を怒らせる。
「私を馬鹿にしてるわけ?!眠れてないのはあんたのせいよ!」
「…申し訳ありまー」
「言葉だけの謝罪なんていらない!良いよね、受付嬢は愛想よくしてるだけでみんなに認められて感謝されるんだから!」
「私は…」
シルヴィアは何か言いかけたが、アクアがそれをかき消すように声を張り上げる。
「もう最悪よ…。あんた何なの?いっつも無表情で何考えてるのかわかんないし、その腕も足も意味わかんないし、それなのにグレイさんに気に入られて…」
アクアは思った事が全て溢れ出たが、不意に貧血のせいか足に力が入らなくなりドサッと座り込んだ。顔色は悪く、目の焦点も定まっていない。
ずっと黙っていたシルヴィアは、手を貸そうと右手を伸ばした。
「アクア様、大丈夫ですか?」
『アクア、大丈夫かい?』
その姿が、あの人と綺麗に重なりアクアは目を見開いた。アクアがずっと忘れようとしていた、最も嫌う人物。
「…触んないで!」
アクアはシルヴィアの手を弾くと、その場から逃げるように走り出した。
《少し文字数が増えてしまい、申し訳ないです>_<。この章もあと数話ですので、お付き合い頂ければ幸いです!》
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