Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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七天聖と受付嬢

第5話

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 次の日、ギルドの前には冒険者や街の者たちで人だかりが出来ていた。年に1度だけのSランク冒険者の集まりという事もあり、押し寄せた者たちは皆、彼らの登場を待ちわびていた。
 今日は『天聖集会』でギルドが貸切のため、珍しくギルドの扉は閉ざされている。


「遅いですわね…」

「全く、みんな何してるのよ」

 そんなギルドの一階で、ユキノとアクアは椅子に座って他のメンバーが来るのを待っていた。肝心のマスターは今、『ヤバイ…お腹痛すぎて死にそう…』と言ってトイレにこもっている。余程彼らと会うのが嫌なのだろう。
 いつも冒険者達が馬鹿騒ぎをしている一階には、大きな机と7色の椅子が置かれている。アクアは青色の椅子に座っており、ユキノは灰色の椅子に座っている。

 そして外から聞こえてくる歓声を聞いて数十分、急にその声が大きくなったと思ったら1人の男性が現れた。

「すまない、寝坊をした!」

「…大丈夫です。アクアさん以外、皆遅刻ですわ」

「なら良かった!」

「良いわけないでしょ」

 陽の聖・ヘリオスは安心したように笑うと、アクアの向かいにある赤色の椅子に勢いよく座った。

「アクアも1年ぶりだな!相変わらず水々しい!」

「私はあなたの熱さで溶けそうなんですけど…」

「うん!相変わらず海のように冷たいな!」

 外の歓声をかき消すような声量でヘリオスは豪快に笑い、2人は黙って耳を塞いだ。もうこの暑苦しい男を何とかしてくれと思っていると、ギルドの天井に突然灰色の雲が発生した。

「な、何ですの?!」

「この雲…あいつか!」

 ユキノが驚いていると、雲からギルドが冠水するような豪雨が降り出した。それと同時に、ギルドの玄関が開き丸められた布団が転がり込んできた。布団の中では、頭に狐のような耳が生えた女性が1人、スヤスヤ眠っている。
 ヘリオスは降ってきた雨を全て蒸発させながら、布団を縛っている縄を解いた。

「ネムリ、久しぶりだな!」

「…う~ん…うるさいずら…」

「いつ見ても眠そうだな!再会と眠気覚ましを兼ねて、一杯どうだ?」

「それよりこの雨を何とかしなさい!」

 アクアの怒号が響くと、ネムリは欠伸をしながら目を覚ました。すると雲は一瞬で消え去り、降っていた雨や床に出来ていた水溜りも全て失くなっていく。

「はぁ…し、死ぬかと思いましたわ」

 ユキノが机にへばっていると、扉をノックする音が数回。来たかと思いヘリオスが扉を開ければ、扉の向こうには黒い狼を連れた茶髪の少女が1人立っていた。赤い頭巾を被った少女は、ヘリオスの迫力に怯えている。

「遅刻だぞ、ウルフェル!」

『済まない。姫が道中で俺の側から消えて迷子になってしまってな』

「ご、ごめんなさい…!」

 姫と呼ばれた少女はヘリオスに視線を向けられ、怯えながら闇天聖改め、影の聖《ウルフェル》の背後に隠れた。ウルフェルは慣れた動作で姫を背に乗せ、ゆっくりとギルドに入った。


 ウルフェルは用意されていた黒い椅子に飛び乗り、ようやく7人中3人と1匹が揃って残るはあと2人となった。

「あれ、おじさんは?」

『あの男なら、手紙を預かっている』

 ウルフェルが口を大きく開けると、真っ暗な喉から封筒が一通零れ落ちた。ユキノは封を開けて文書に目を通し、呆れた表情で頭を抱える。

「ふぁ~…どうしたずら……?」

「あの方は、二日酔いで頭痛が酷いので欠席だそうですわ」

「またか!去年も同じ理由で休んでいたな!だが酒は美味いから仕方ない!」

『最年長とは思えんな』

 各々自分の聖を示す椅子に座って談笑していると、水の流れる音と共にトイレの扉がゆっくりあいた。

「む!長殿の方は便秘か!」

「…お前らのせいでな」

 最後の1人、ギルドマスターにして無天聖《グレイ・ロイヤード》はお腹をさすりながら、ユキノの座っていた灰色の椅子に腰かけた。


 グレイは気怠げな表情で頬杖をつきながら、他の天聖の顔を眺めた。やはり特に変化はなく、見慣れた顔ぶれにため息が漏れる。

「まぁ知ってたけど…元気そうでなによりだ」

「こうして天聖が特に変わる事なく揃ったというのに、長殿は相変わらず元気がないな!」

「あんたのせいよ、ちょっとは自覚なさい」

「……眠い」

『少し静かにしてくれないか?姫が泣いてしまう』

 あまりのまとまりのなさに、グレイとユキノは再びため息を漏らす。

「だから嫌だって言ったのにな…。まぁいいや、今日はとりあえず飯食って休め。明日は忙しいからな」

『何かあるのか?』

「王国聖騎士団の副団長様から、七天聖俺たちに依頼だとさ」

 その言葉に、全員目を見合わせた。王国聖騎士団が依頼をしてくる事など、過去に前例がない。

『して、依頼の内容は?』

 ウルフェルが尋ねれば、グレイは胸ポケットから依頼書を出して机の真ん中に置いた。

「むむ…!例の闇ギルドの掃討作戦とは、確かに人手が要るな!」

「でも、それなら私達じゃなくても…」

「…水溜りちゃんの言う通り、少しは休ませて欲しいずら…」

「誰が水溜りよ!ってあんたはいつも寝てるでしょうが!」

『…恐らくだが、力を誇示したいのだろう』

 ウルフェルの言葉に、全員の視線が一気に集まり、椅子の後ろに隠れていた姫がビクッと震える。

「なるほど!そういう事か!」

「ちょっと、どういう意味よ?」

『簡単に言えば、悪さをすればどうなるかを他の闇ギルドや闇商人に知らしめるのだろう。ここ最近、彼等が起こす事件が多発していると聞いている』

「まぁそうだろうな。俺たちの仕事は、聖騎士団あいつらの道を作る事で、手柄は全部持ってかれるんだろ」

『それで、受けるのか?』

 グレイは依頼書を手に取り、自分のしたサインを眺めた。

「聖騎士団の依頼を断る訳にもいかないし、既に報酬も前払いされてる。だから今日はここの食堂のメニューを全部タダにする」

「本当ですか?!」

「少し早いが、それが達成報酬って事で」

 ギルドマスターの言葉に、全員喜びの声をあげた。グレイはひとまず集会を終わらせようとしたが、ヘリオスがビシッと手を挙げてそれを遮る。

「なんだよ、まだ何かあるか?」

「長殿、終わる前に1ついいだろうか?」

「はぁ…手短に頼む」

「ここ数年、木天聖は空席のままだ!そこで提案なんだが、俺の知り合いを推薦したい!」

「それってー」

 嫌な予感がして話を終わらせようとした所で、二階の廊下から誰かの足音がした。

 その人物が階段に差しかかった瞬間、集会の席からヘリオスとウルフェルの姿が消えた。
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