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七天聖と受付嬢
第1話
しおりを挟む次の日、シルヴィアは王都の商店街通りを歩いていた。周りの人の種族は様々で、シルヴィアと同じ人間族だけではなく、ドワーフや龍人など他種族の姿も見受けられる。エステリア王国は基本的に人間族の国だが、他種族の移住もある程度は受け入れているためだ。
なので他種族の郷土料理や置物などが魅力的に見えるが、シルヴィアはそれらを素通りして通りを進んでいく。今回の目的は、マスターのおつかいなどではないのだ。
「マスター、朝です」
「………ぉはよ……ってぇぇえええ?!どうしたその目?!」
今朝方、いつも通り彼女が裸のグレイを起こすと、グレイは一瞬で起きてベッドから転げ落ちた。いつもはベッドから出るのに5分ほどかかるのに、今日は一発で起きたのでシルヴィアは少し気分が良い。
彼女は昨日、ギルドに帰ってお風呂に入り、すぐに自室に戻ったのでグレイと会う機会はなかった。なので顔を合わせたのは依頼に行った朝ぶりなのだが、グレイは久々に会った同居人の目が無くなっていたので、寝起きで心臓が飛び出そうになる。
「だ、誰かにやられたのか?!まさか、虐められてたり…?」
「違います」
「安心しろ。シルヴィアを虐めるやつは、この俺が土に還してー」
「マスター、落ち着いてください。近所迷惑です」
シルヴィアは朝から父親のように騒がしい同居人を落ち着かせ、とりあえず朝食の場へと連れて行った。
「なるほどね…まさか爆破機能があったとは」
トーストを齧りながら、グレイは安堵のため息を漏らした。シルヴィアの左目には未だに黒い眼帯が貼られ、海賊船の女船長のようになっている。
「それなら、あいつにまた造ってもらうか」
「どなたですか?」
「まぁ…少し変わったやつがいてな」
義眼はグレイの友人が造った物で、シルヴィアは完成品と使用方法が記された紙をグレイから受け取っただけで、製造者とは会った事がなかった。
グレイはシルヴィアの午前中の仕事を休みだと決めると、彼女に製造者の住む家までの地図を渡した。
「ここ…でしょうか?」
裏路地を抜けたシルヴィアは、地図と現れた家を交互に何度も見た。地図の指定された場所にいるのだが、目の前にはかなり古びた家が1軒だけしかなかった。
二階建ての家は昼間なのにカーテンが閉められており、中の様子が全く伺えない。入り口の扉の横には看板が置いてあるが、風化しているせいか文字が消えかけていた。
シルヴィアは最後に一度だけ地図を確認し、扉をゆっくり開けて中に入った。
家の中はやはり薄暗かったが、狭いフロアにはいくつもの棚があった。棚には本や飾り物、魔石などが並べられており、この店のコンセプトがつかめない。
「あら、いらっしゃい」
シルヴィアが棚を見ながら歩いていると、奥の方から女性の艶かしい声がした。視線を向ければ、カウンターに頬杖をつく長い紫髪の女性が1人。女性は煙管を片手に煙をはくと、妖艶な笑みを浮かべた。
「可愛らしいお客さんね。何の用かしら?」
「マスターが、義眼を新調するならあなたに頼めと言っていたので、ここに来ました」
「義眼…?」
女性はシルヴィアを上から下まで眺め、事を理解したのか再び妖しい笑みを浮かべる。男性がそれを見たら一瞬で心を奪われるのかもしれないが、シルヴィアは瞬きをしただけだった。
「思い出したわ。あなた、あの時の子ね」
「あの時とはどの時でしょうか?」
「こっちの話よ。新しいの持ってくるから、適当に待ってなさい」
女性はそう言い残し、煙と共にカウンターの奥へと姿を消した。
雑貨屋の店主《ヴィオラ・アメジスト》は、倉庫の備品を漁りながら昔の事を思い出していた。
それは全てを流してしまうような凄まじい雨が降る日の事、店の扉が力強く叩かれる音でヴィオラは目を覚ました。
寝起きで煙管をふかしながら扉を開ければ、そこには友人のグレイが青白い顔で立っていた。そしてグレイの手には、彼のコートを被せられた1人の女性もいる。
「ど、どうしたの?顔色が悪いわよ」
その気迫に、さすがのヴィオラも少し面子を食らうが、グレイは息を切らしながら女性に被せていたコートをそっとめくった。
その女性は左目から血を流しており、よく見たら右腕と左足も無くなっていた。
「彼女に…シルヴィアに、魔義眼を与えてくれないか?お前の店にあったはずだ」
「それはいいけど…その子、誰なのよ?あなたの知り合い?」
その言葉に、グレイが一瞬顔を歪ませたのをヴィオラは見逃さなかった。彼のそんな表情を見たのは初めてだが、今はとりあえず義眼を探す事にした。
数分して、ヴィオラは義眼の入った箱を店の中で座るグレイに渡した。女性の方はグレイの肩にもたれかかり、静かに眠っている。
2人ともヴィオラが暖炉の前に案内したおかげか、だいぶ顔色が良くなっていた。
「ごめんなさい。青を希望してたけど、金色の瞳しかなかったの。それでもいいかしら?」
「構わん、使えればなんでもいい」
「説明書も入れてあるから、起きたら彼女に伝えておいて」
「突然来て悪かったな」
「…いいのよ、気にしないで」
ヴィオラは色々聞きたい事があったが、彼の背を見て聞くのをやめた。その後ろ姿は随分悲しいものに見えて、ここで聞くのは地雷を踏みに行くような物だと、女の勘が告げていた。
なのでヴィオラはそっとグレイの背中を優しく抱きしめ、傘を渡してその姿が見えなくなるまで黙って見送った。
場所は変わってとある南の島。島は龍人たちが暮らしており、『灼熱島』と言われている。
その名の通り、島を囲む海は温泉並みに水温が高く、島の年平均気温は30度を簡単に超える。熱に耐性がある龍人族以外が住むには、過酷な環境だった。
だがそんな島の中心にある火山の頂上付近で、1人の龍人が冷や汗を流していた。オロオロする龍人の元に、別の登山をしていた顔見知りの龍人が姿を現す。
2人の前には、ボコボコと空気の泡が吹き出るマグマの池があった。
「お、おい。どうした?大丈夫か?」
「それがまずいんだよ!さっき、この池に男が1人潜っていっちまったんだよ!」
「はぁ?!そいつ死んだな…」
「しかも人間だったんだぜ?!あぁ~…あれだけ忠告したのに!」
「んな馬鹿なー」
そんな2人の近くに突然、池から何かの生物が飛び出してきて地に倒れた。恐る恐る視線を向けると、それは島でも恐れられている池の主の《ヒートアリゲーター》だった。体長は10mを超えており、全身がマグマに包まれている。
((く、喰われる…!))
2人は泡を吹いて倒れそうになるが、いつまで経っても主は動かない。ゆっくり眼を開けてみれば、主は首を斬られ既に絶命していた。
「なっ…!」
「う、嘘だろ…」
2人が眼を見開いていると、続いて池から1人の男性が飛び出してきて2人の近くに着地した。紅髪の男性はズボンだけしか履いておらず、手にはかなり長い太刀の様なものを抱えている。
男性はポカンとする龍人に気づくと、深く頭を下げてその顔に満面の笑みを浮かべた。
「先程の龍人殿、無事であったか!」
「あ、あんた生きてたのか!」
「あぁ!潜る前の忠告、感謝する。お陰で主とも楽しく殺りあえた!」
「こ、これあんたが仕留めたのか?!」
「そうだ!」
男性は近くに置いてあった真っ赤なコートを肩に羽織り、主の体に腕を突っ込み魔石を取り出した。そしてそれをポケットにしまうと、その場を去ろうとする。
「ま、待ってくれ!あんた何者なんだ…?」
「俺とした事が、初対面の者に名乗るのを忘れてしまっていた!嗚呼…なんたる不覚!」
男性は肩に太刀を乗せ、親指で自分を指して分厚い胸を張った。
「俺は《ヘリオス・ソーレ》。七天聖が1人、火天聖改め、《陽の聖》を司る者だ!」
「「は…?」」
2人はポカンとしたが、ヘリオスは気にせず太陽の様に眩しい笑顔を見せた。
「では俺はこれから国に帰る!大事な会議があるのでな。またどこかで会おう!」
それだけ言い残し、ヘリオスは高笑いをしながら姿を消した。
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