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絵本と少女と受付嬢と
第9話
しおりを挟む魔義眼が爆発した瞬間、爆風が吹き荒れ空を覆っていた灰色の雲がトレントと共に吹き飛んだ。空を夕陽が茜色に染めて、これ以上のない夕焼け空に変わっている。
「お嬢様、あまり下を見ない方がよろしいかと」
「へ?……ひぃ?!」
トレントは消え去ったが、ルーシーは下を見てギョッとした。2人はちょうど山の頂上の真上に浮いており、下には頂上に先ほどの雨で出来た湖が見える。このまま湖に落下しても、2人とも助からないのは明白だった。
「しっかり掴まっていてください。落ちますので」
「え?!」
シルヴィアの言う通り、どんどん湖が近づいているのがわかる。正確には、落下している自分達が近づいているのだが。
「し、死んじゃう…」
「大丈夫です、あなたを絶対死なせたりはしません」
死を悟って絶望の表情になっているルーシーを抱きしめながら、シルヴィアは肩から蔦を出して自分の上半身に巻きつけた。そして更に魔力を流し、背中のあたりの蔦を分岐させて伸ばしていく。
「シルヴィア…!」
ルーシーは不安な声を出してシルヴィアの顔を見るが、当の本人は相変わらずの無表情のままだった。
だが湖まであと10mという所で、ルーシーは不思議なものを見た。シルヴィアの背中から伸びるたくさんの蔦が、みるみる他の蔦と絡み合っていたのだ。絡み合った蔦はやがて、大きな蝶の羽のような物へと姿を変えていく。それはまるで、絵本の妖精のように綺麗なもので、こんな状況にも関わらず見惚れてしまうほどだった。
「飛びます」
「え…?」
そして水面がまで残り僅かになった瞬間、突然落下のスピードが落ちた。そっと目を開ければ、ルーシーは湖の上を妖精の様にヒラリと舞っていた。
「わぁ…!すごーい!」
腕の中ではしゃぐルーシーを見て、シルヴィアは小さく頰を緩ませた。
しばらくして、シルヴィアは湖のほとりにルーシーをそっと下ろした。ルーシーは背中にある羽を輝く瞳で見つめていたが、羽が砂の様に消えていくと少し落ち込んだ。
シルヴィアはそんなルーシーに頭を深く下げた。突然の事に、ルーシーは目を点にしてしまう。
「お嬢様、先程は護衛を離れてしまい申し訳ありませんでした。さぞ怖い思いをされた事でしょう」
「そ、そんな…。私の方こそ、ごめんなさい。シルヴィアにひどいこと言っちゃった…」
「問題ありません。それと、かなり荒い方法にはなりましたが到着しました」
そう言われてルーシーは湖の方に視線を向けた。雨で出来た後にしか見れないその景色は絶景で、オレンジ色の空が湖に反射している。
「きれい!絵本そっくり!」
「はい。これが…綺麗というものなのですね」
2人はしばしその景色を並んで眺めていたが、ルーシーがある事に気付いてシルヴィアの手を引っ張った。
「シルヴィア、あれ何?」
「…少し、ここで待っていてください。もう1つの特別依頼を開始しますので」
「え?」
シルヴィアはルーシーをその場に座らせ、自身は湖へと歩いて行った。
夕陽に照らされながら、ルーシーは蔦の毛布にくるまりボーッと目の前の光景を眺めていた。綺麗な湖に、美女が右手の蔦を伸ばして目を閉じている。かなり不思議な光景で、何をしているのかさっぱりわからなかった。
先程ルーシーが尋ねたのは、湖に生えている一本の樹だった。樹はポツンと寂しく湖の中心にあり、夕陽と綺麗に重なっている。本来なら樹が一本あるだけなのかもしれないが、雨のおかげで偶然にもこの幻想的な景色が生まれたのだろう。
「とくべついらいって、何だろう…」
シルヴィアは膝まで水に浸かりながら、蔦を水面下に伸ばして何かをしている。水質の調査でもしているのかと思っていると、シルヴィアは動きを止めて腕を引き寄せた。
そして蔦が完全に元に戻ると、シルヴィアの手にはクッキーの箱のようなものがあった。シルヴィアはそれを慎重に確認すると、ルーシーの元へと戻った。
「お嬢様、お待たせしました」
そう言って渡された箱を見て、ルーシーはじっと箱を眺めた。絶対に自分のものでもないし、見たこともない物だ。
「これ何…?」
「あなたの物です。中身はご自分でご確認ください」
ルーシーは恐る恐る箱を物色し始め、シルヴィアは左目に眼帯を貼り、隣に座って眼前の景色をじっと見つめた。
すっかり錆びて年季の入った箱を開けると、そこには何かを包んだ袋があった。袋の中身を取り出してみれば、それは1冊の本のようだった。
「これ…絵本?」
ルーシーはそっと絵本に触れて、表紙を見た。表紙には『愛するルーシーへ』と母の字で書かれており、驚きながらもゆっくり表紙をめくった。
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