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第10章
第169話
しおりを挟むペダルデス島で、男は繭に手を触れて目を閉じた。繭からは規則正しい鼓動が聞こえ、男の鼓動と調和してそれは実に気持ちの良い物だった。
「…綺麗ですねぇ♫」
男の背後から、十字架に縛り付けられたジョーカーの声が響いた。全身血だらけだが、ジョーカーは痛みが気になっていないのか、暗い中で妖しい笑みを浮かべている。
男は目をゆっくり開き、繭を眺めた。
「僕の…僕達のいた世界を、君はどう思う?」
「そうですねぇ…終わりへと歩みを進める、くだらない世界でしたねぇ。」
「…そうだね。」
男は近くの椅子に座り、本を読みながら口を開いた。
「あの世界は醜い。人々は争い、自然を壊して自分勝手に領地を拡大しようとしていた…。いろんな欲望や憎悪が社会を埋め尽くし、便利なはずなのにどこか生きづらい世界だったね。」
「私はそれより前の人間ですからよくわかりませんがぁ…生命は繰り返しますからねぇ♬」
「僕は、この世界に可能性を見出していた。魔法はあれど、発達した文明はない。調和のとれた世界のはずだと思っていたんだが…。」
男は本をパタンと閉じ、再び繭を見つめた。繭は辺りをエメラルド色に照らし、今にも孵化しそうだ。
「先進国の人間は、食事中の画面に貧民の姿が映し出されると食欲を失う。たが、貧民達の目の前に食べ物を落とせば、周りの人間を殺してでもそれを奪いにかかるだろう。人間の常識は、時と場合によって随分変わるものだ。」
「…では、あなたの常識は?」
ジョーカーの問いに、男は腕を組んで考えるそぶりをした。
「どうだろうね…ただ、この美しい世界を壊す生命は一度滅んだ方がいい。そのためなら、僕は悪魔に魂を売っても構わない。」
「…狂っていますねぇ♫」
「君にそれを言われるとは、心外だね。」
男は冷たい視線を向けたが、ジョーカーがその笑みを崩す事はなかった。むしろより嬉しそうにしている。
「まぁあなたが何を望んでも、それを止めてしまう存在がいる…。」
「君の言っていたレイ君、だったかな?さしずめ、君の切り札と言ったところか。」
「どうでしょうかぁ♬」
ジョーカーの反応に男はふっと笑い、繭が孵化する瞬間を待った。
「でも、具体的にどこを探せば…。」
フリーエル・フローリア・天翼族の護衛の4人で街中を歩き回っているが、長に似た魔力はまだ感じ取れない。
俺たちと真反対の辺りを、エレナとウヴァも探してくれてるいるが、特にこれといった情報はない。
何か有益な情報が欲しいのだが、エルフの民達は話したくないオーラ全開でなかなか聞きづらかった。
「森に行ってみませんか?」
「…そうですね。」
とりあえず街の捜索を一旦やめ、この国の大半を占める森へと向かった。
「エレナさん、で間違いありませんか?」
「へ?」
エレナとウヴァと護衛が街を歩いていると、エルフの男性が声をかけてきた。顔に優しそうな笑みを浮かべている。
「そうだよ?何か用?」
「これを、貴方に。」
そう言って、男性はカバンから一冊の黒い本を差し出した。タイトルも何もない本で、ページも全て真っ黒だ。
「レイさんが、この本を貴方にと。」
「ふーん…わかった、ありがと!」
エレナは男に礼を言い、捜索を再開した。
エレナの後ろ姿を眺め、男は頰を緩ませた。その笑みは、先程のものとは別のようだった。
「作戦とは、ただの作戦である…実際に行動すれば、予想外の事で狂う事など普通にあり得る。レイ君、君はどれくらいの予想外なのかな…?」
男はそう言いながら踵を返した。
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