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第9章
第161話
しおりを挟む「此度の前皇帝の暴走、止めて頂いき誠にありがとうございます。」
「礼なら、私の国の兵士達に。」
城の近くにある講堂で、ロン爺がダライアス陛下に礼をしている。
あの日から2日が経ち、ロン爺は皇帝の座に帰ってきた。最初は嫌そうにしていたが、国のみんなの帰ってきて欲しいという言葉に押されて結局戻ってきたのだ。
雨の日にテオスが撒き散らした毒には、催眠作用をもたらす効果もあったらしく、疑心暗鬼になっている人々はより噂を信じ込んだらしい。
それを魔法で完全に取り払い、胡蝶組の人達が真実を知らせてまわった結果がこれだった。
街は助かった国民達が修復をしている最中で、うちの国の兵士達も参加している。
他にもテオスの部下だった者達の処分なども色々面倒事があったようだが、ロン爺は「全く…やりがいがあるわい。」と何だかんだ嬉しそうに言っていた。
皇国の事情は俺がそこまで関わる事ではないのでそれくらいしか知らないが、一番大事な問題が残っていた。
「あれ、見送りに来てくれたのかい?」
「うるせぇ。」
俺の前には、小さめの船に荷物をつむテオスがいた。フロスト・カナ・スナッチ・ジークも一緒にいる。
テオスと八将神の何人かは、国外追放の刑になった。あれだけの事をしておいて死刑にならなかったのは、俺がお願いしたのとロン爺がこいつらの事情を知っているからだろう。
アルガリスはヨシノ達の願いで頭領に戻り、サナとナナは胡蝶組で面倒を見ることになった。
「レイさん、いろいろごめんなさい…。」
「申し訳ありませんでした。」
「いえ…。」
船の上のカナとフロストが申し訳なさそうに謝り、俺は頭をガシガシとかいた。
「起きたんだね。」
テオスの視線の先には、俺の隣に立つ少女がいた。相変わらず無表情で俺の手を握っている。
「その子の事、頼めるかい?」
「言われなくてもな。あと、名前はお前の姉さんから貰った。」
「…そうか。」
テオスは少し微笑んで、船に乗った。これでようやくこいつともお別れだ。
そのまま出航するかと思ったら、テオスは振り返って俺をまっすぐ見据えた。
「本当に君は変わってるよ。」
「は?」
「僕らを殺さないなんて、お人好しにも程がある。それは、今の皇帝も同じだけどね。」
「…そうかもな。」
俺は胸ポケットから手紙を出し、テオスに渡した。
「これは?」
「出航したら必ず読め。仲間はいいけど、他国の奴には絶対見せるなよ。」
「なんだか君がそれだけ言うと、少し怖いね。」
「いいから早く行け。俺もいろいろ用事があるからな。」
「はいはい。」
テオスは何故か嬉しそうにしながらロープを外し、5人は出航した。
「また会える日を楽しみにしてるよ。」
「そんなのゴメンだ。」
「あははは!」
別れ際、テオスは初めて心の底から笑ったように見えた。
船の姿も小さくなり、俺はフローリアを連れて街に帰った。
皇国を離れて1時間ほど経ったところで、テオスはレイから貰った手紙を読んだ。
「テオスさん、まずは何処に向かい…大丈夫ですか?顔色が悪いですよ。」
近くにフロストは、テオスの顔を見て心配そうに尋ねた。フロストの言う通り、テオスの顔色は良くなく少し震えている。
「…ゴメン、ちょっと酔っただけだよ。」
「そうですか…もし体調が優れないようなら、中に入って休んでくださいね。」
「ありがとう。」
テオスが礼を言うと、フロストは船室に戻っていった。
「確かに…これは誰にも見せられないね。」
テオスは手紙を見て、震えながら笑った。冷たい汗が頬を流れている。
「ここまでの恐怖は…あの日以来だよ。」
首から下げていたロザリオを握り、テオスは海の彼方を眺めた。
「え、何があったの…。」
街に戻って、俺はヨシノを見て思わずそう漏らしてしまった。
普段は凛としたクールなイメージのヨシノが、作業中のスサノオにベッタリくっついている。目はとろんとして、女の顔になっているとも言えるかもしれない。
「なんだか、惚れられてしまったようですよ。」
「あ、そう…。」
近くにいたロゼッタが、少し呆れながら教えてくれた。恋をすると女性は変わるとはこの事か。
「マスターはどこの現場の手伝いに行くんですか?私も一緒に…」
「あー…ちょっと陛下の所に行ってくるから待ってて。それと、フローリアがどこか行かないように見ててくれ。」
「?わかりました。」
フローリアをロゼッタに預け、俺はダライアス陛下のいる所へ向かった。
「陛下。」
「お!どうした?」
近くの現場で、陛下は上半身裸でムキムの体に汗をかきながら丸太を運んでいた。一国の王とは思えない格好だが、最近体が鈍ってると言って自分から参加したらしい。
「お前もここの手伝いか?」
「いえ、少しお話が。」
「なんだ?忙しいから手短に頼む。」
「わかりました…。」
暑そうにタオルで汗をぬぐっている陛下より、俺の方が汗をかいているかもしれない。だが、意を決して口を開いた。
「魔道士団副団長を辞めさせていただきます。」
「…は?」
陛下は顎が外れたかのように俺を見て、タオルをパサッと落とした。
皇国から遠く離れた場所に、大陸の殆どが木々で覆われた国がある。
木の上層部には木造の家がいくつもあり、耳の長い男女が暮らしている。世界でも有名な、エルフの国である。
そしてその国の地下に、罪を犯した者を捉える牢があった。
さらに牢の奥には、何重にも石の扉で閉ざされた部屋があった。限られた者しかその部屋の存在を知らず、部屋の中には1人のエルフが収容されている。
「誰か…私を殺してください…。」
牢の中のエルフの聲を聴いた者は、誰もいなかった。
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