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第9章
第150話
しおりを挟む「…か!陛下!」
「…ぁ、フロストか。どうしたの?」
「とても魘されていました…。大丈夫ですか?」
明朝、ベットのそばでフロストは心配そうにテオスの様子を伺った。テオスは大量の汗を流し、顔色も優れない。
「随分昔の夢を…もう、15年近く前だね。」
「あの時の事が?」
「…そうだね、でも大丈夫。先生の夢は僕が必ず。」
テオスは虚ろな目で呟きながら、首から下げていたロザリオを握りしめた。
「とりあえず 鎖の事は わし知らん」
「じゃあなんでヨシノさんを…」
「この国の 陛下について 話させる」
じいさんの言葉に、ヨシノは少し悲しそうな表情で俯いた。
「あの、無理に話さなくても…」
「いや、うちしか知らん話だから構わんぜよ。この国の皇帝…テオスは昔、うちと同じ捨て子だった。」
ヨシノが語った話は、残酷で悲しい1人の少年の話だったー。
15年程前、エスト皇国のある村に小さな孤児院があった。
孤児院は村の教会に併設されていたもので、そこにはテオス・フローリア・カナ・フロスト・ルーク・スナッチ・ヨシノと、現皇帝と八将神のメンバーが数人いた。
そして孤児院の子供達の世話は、教会の若い唯一のシスター・アリエスが担当していた。子供達は面倒見のいいアリエスが大好きで、アリエスもまた、元気で優しい子供達を愛していた。
「先生!見てーお花!」
「本当、キレイね!」
「ヨシノとスナッチも見つけたんだよね!」
「わ、私は別に…」
「うちのはその黄色いのぜよ。」
「3人ともありがとう。」
カナ達は花を見つけてはアリエスに渡し、スナッチとヨシノは礼を言われて頰を赤らめた。
「あ、テオス!」
「あら、おかえりなさい。」
カナの視線の先には、釣竿を持ったテオスと沢山の魚が入ったカゴを持つフローリア、その後ろにフロストとルークもいた。
フローリアはカゴをアリエスに渡し、3人を前に出した。
「みんなが釣ってくれたんですよ。」
「ぼ、僕はそんなに…!」
「私もテオスさんの作った釣竿がなければ、殆ど釣れませんでした。」
「テオス君、ありがとね。」
「僕は、何も。それよりせっかく釣った魚をダメにしないでくださいね?」
テオスの言葉に、アリエスは顔を真っ赤にした。
「そ、そんな事ないわよ?!最近は私もー」
「昨日のスープ、野菜に火があまり通っていませんでしたよ。」
「うそ?!お、おかしいわね…。」
「先生、私が手伝いますよ。」
フローリアは苦笑しながらアリエスの手をとり、教会へと歩いて行った。
みんなが帰っていく中、テオスはその後ろ姿を見て自然と頰が緩んだ。自分と姉のフローリアは親に捨てられたが、この孤児院に来てむしろ良かったと思っていた。前の家では、毎日暴力をふるわれ、姉と一緒に毎晩寝る前に涙を流した。だがら、この特別なことなど何もない、されど暖かいこの日常をテオスは大切にしていた。
そんな孤児院を、村の住人達も気にかけ畑で採れた野菜などを分けたりしていた。村は、平和だった。
ある日、みんなで川遊びに出かけた時だった。アリエスは木陰でみんなを見守り、テオスも座って足を拭いていた。
「ねぇ、テオス君はなんで色んなものを作るの?趣味とか?」
「えっと…姉と僕はあまりいい環境で育たなくて、少しでもそんな状況を変えようと思ったのがきっかけですかね。昔から得意なんです。先生は、なんで孤児院を?」
「私も、小さい頃は別の孤児院にいてすごい寂しい思いをしたの。だから、もう私みたいな人が増えて欲しくないし守ってあげたいから、かな。」
「そうだったんですね…。」
辛い表情をするテオスの頭を、アリエスは優しく撫でた。
「でもね、みんなとこうやって過ごせて今はすごく嬉しいの。テオス君も、ありがとね。」
目の前でニコッと微笑まれ、テオスは自分の方が熱くなるのを感じた。
「そ、そんな事ないです…。」
「ふふっ、あなたもたまにはわがままを言っていいのよ?」
「僕は別にー」
「せんせーい!」
声のした方に視線を向けると、ヨシノが大きなカエルを捕まえて掲げていた。可愛い見た目に反して、かなり大胆なその行動に、2人は思わず笑ってしまった。
「さぁ、今日はもう帰りましょうか。」
「そうですね。」
2人も川へと向かい、みんなを連れて孤児院に帰った。
だが、そんな平和な日々は突如終わりを告げる事となる。
「先生、こんな所にキレイなお花です!」
「そうね、でももう直ぐ暗くなるから早く帰りましょう。神様に怒られちゃうわよ?」
「わかりましたっ!」
その日の夜、教会のそばの物置小屋に咲く花を見て喜ぶカナを、アリエスは微笑みながら孤児院に連れて帰った。
「先生、今日の夜はお祈りするんですか?」
孤児院で、テオスはカナを部屋へと連れて帰り、アリエスに尋ねた。
「今日の夜は、村の集会に呼ばれてるの。だから今日はなしね。」
「この前あったばかりなのにまたですか?それなら僕も行きます。先生1人だと、心配です。」
「なんでも、話しておきたい事があるらしいの。お願いしたいところだけど、テオス君はまだ子供だから…。」
「それなら、私が行きますよ。」
「そうね、じゃあお願いしようかな!ごめんねフローリアちゃん、すぐに終わると思うから。」
「大丈夫ですよ。」
会話を聞いていたフローリアが名乗り出て、その話は終わった。
テオスは少し残念な気がしたが、フローリアになだめられ布団で眠りについた。
「……あれ?」
真夜中、テオスはトイレに行きたくなり目が覚め、ある異変に気がついた。同じ部屋にいるはずの姉の姿が、どこにも見当たらないのだ。
足音を立てないように孤児院の中を探しまわったが、姉の姿はどこにもない。それどころか、アリエスもいなかった。
「テオスさん?」
「あ、ごめんね。起こしちゃったかな?」
廊下をひっそり歩いていると、背後にフロストと眠そうなジークがいた。
「どうかしましたか?」
「姉さんと先生がいないんだ。」
「確か集会があったんでしたよね?」
「でも、もうこんな時間だし…。」
3人はその後も院の中を探したが、一向に2人は見つからない。
だが途中で院の廊下から、外の物置小屋に明かりがついているのが見えた。いつもならあそこは夜の間、消灯されているはずだ。
「あそこかな。」
眠そうだったジークを寝かせ、テオスとフロストは物置小屋へと向かった。
「なぜ、このような時間に…。」
「わからない…。」
小屋に近づくにつれ、テオスは何か悪い予感がした。それがなんなのかはわからなかったが、それはテオスの心の中にジワジワと広がっていく。
小屋の扉に近づき、2人は耳をすませて中の音を聞いた。何人かの声がする。
「テオスさん…。」
「………。」
心配そうなフロストをよそに、テオスはゆっくりと扉を開けた。
そして、中の光景を見て愕然とした。
アリエスとフローリアは、村の男達に拘束され蹂躙されていた。
2人とも目に光を失い、抵抗する気力も失いかけている。
「な、なんで…。」
フロストが信じられないといった表情で尻餅をつく隣で、テオスは目の前の光景に己の中の何かが広がっていく感じがした。
それは、今までの思い出を闇のように浸食して壊し、テオスの心を黒く染めていった。
「おい、ガキがきてるぞ!」
「ちっ、邪魔しやがって…いつも世話かけてやってんだからこんくらい見逃せよな。」
「テオスさん…!」
男の1人が近づいてくる中、テオスは無意識に体が動き、側にあった鍬を手に取った。
そして無心で走り出し、男の頭に鍬を突き刺した。
「ぐぎゃぁぁぁぁあああ!」
のたうちまわる男に鍬を何度も振り下ろし、絶命してもそれをやめることをしなかった。周りの男達はその光景に怯み固まっていたが、すぐにテオスを取り押さえようとした。
だが、テオスは鍬を振り回して男達の息の根を確実にとめていった。
あとでフロストに聞いた話だが、男達を殺している時のテオスは、嗤っていたー。
ものの数分で小屋の中は血の海となり、立っているのはテオスだけになっていた。そしてテオスも、返り血で全身が真っ赤になっている。
「先生、姉さん…。」
だが、すぐに我に返って2人のもとに駆け寄った。2人の首には手で締められたような跡があり、フローリアはまだ呼吸が安定していたが、アリエスは意識を失いかけていた。
「テ、オス君…。」
「先生…!」
「…ごめんな、さい…あなた達を、守ってあげられなかった…」
「違います、僕が…僕があの時止めていれば…!」
「…泣かないで…あなたは、悪くないわ…私のお祈りが、たりなかったのかもね…」
アリエスは涙を流しながら小さく笑い、震える手でテオスにロザリオを渡した。
「…あなたなら…この国を少しでも良くできるわ……だから、お願い……ね…。」
「先生……」
アリエスは眠りにつき、テオスは声を殺して泣いた。
小屋のそばに咲いていた花は、踏みにじられていた。
アリエスは亡くなり、フローリアも事件のショックで憔悴しすぐに亡くなった。
事件は闇に葬られ、村から人はいなくなったというー。
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