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第7章
第127話
しおりを挟む翌朝、訓練所には再び解放された奴隷たちが集まっていた。昨日は俺の街の宿に泊まってもらい、朝に再集合するように言っておいたのだ。
アリヒと部下の2人は投獄され、あの奴隷商は解体となった。
ユイトにつけられていた手錠は、装着者の魔力を吸収する特殊な手錠で魔道士団に回収された。
「じゃあ頼めるか?」
「「了解です。」」
ゾルタとシンディに頼むと、団員たちはみんなに小さな袋を配り始めた。中には金貨と大銀貨が数枚ずつ入っている。
「えっと、その袋に入ってるお金は宿とか生活費にでも使ってください。」
俺はみんなに手を向けると、奴隷たちの首輪は全て砂になって消えた。
「皆さんはもう自由の身なので、これから好きに生きてください。冒険者になったり、街で働いてもいいです。あー…何か質問ある人いますか?」
みんなしーんとして固まっており、どうすればいいのかわからない。そんな中1人の女性が手を挙げた。
「あの、本当にいいんでしょうか?開放してもらうだけでなく、こんな大金をもらってしまって…。」
「大丈夫です。それがあれば、最初は困らないと思うので。でも出来れば、俺の街の宣伝でもしてくれれば助かるかなー…なんて。」
「わかりました。本当にありがとうございます!」
女性は泣きながら喜んでくれて、俺も嬉しかった。他の人たちもやってきてお礼を言ったりして、訓練所を出ていった。俺の商会で働きたいなんて人もいたりした。
みんなが出ていったと思ったが、1人だけ隅っこの方に女性が立っていた。褐色の肌をもつ美人は、無言で俺を見つめている。
「あの…どうかしましたか?」
「……………。」
近寄って声をかけたが、女性は特に何も言わない。不思議に思っていると、女性が口を開いた。
「なぜ、奴隷の方を開放してお金を渡したのですか?」
「なぜって…そうしたいと思ったからかな?売人に拉致されて無理やり売られた人もいたみたいだし。」
「奴隷とはそういうものではないのですか?こんな大金を渡すなんて…自分を虐めるのが好きなんですか?」
「虐めるって…。」
女性は本当にわからないといった表情で聞いてくるので、答えにとても困った。
「俺は奴隷制が気に入らないからってのもある…かな。お金はあんまり使わないけど貯まっていくし。」
「他の奴隷の方から聞きましたが、あなたは貴族の方なんですよね?奴隷制が気に入らないとは変わった方ですね。」
「まぁ他の貴族は買う人が多いらしいね。」
「私にはわかりません。奴隷を開放してお金を渡すなど、こちらに何のメリットもない…。」
「メリットとかどうでもよくね?ヒロアカのデクくんも助けるためなら体が勝手に動いてるし。別にヒーローになりたいわけじゃないけど…。」
「何の話ですか?」
「いや、なんでもない。まぁそういうことだから、好きなように生きてください。それじゃ。」
その場を去ろうとしたが、肩をがっしり掴まれた。見かけによらず力が強い。
「本当に変わった方ですね…。これはお返しします。」
女性は持っていたお金の袋を俺に返し、至近距離に顔を近づけてきた。やだ、照れる。
「え、でもー」
「その代わり、私をあなたの下で働かせてください。こう見えて、腕には自信があるので。」
「………は?」
女性が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
ちょうどそこへ、ルナがやってきて女性を引き離した。
「何してるんですか?!」
「魔道士団の方ですね。本日付で配属される予定のー」
「待て待て待て!まだ認めてないんですけど?!」
「では、どうすれば良いのでしょうか?」
「基本は実技と面接を受ければ良いんだけど、明日試験あるからなぁ…。本当に入りたいなら、今日済ませようか。」
「わかりました。」
「えぇ?!」
「じゃあちょっと着替えてくる。あ、そういえば名前は?」
女性は少し考えるようなそぶりを見せ、ゆっくり答えた。
「…ベルベットです。」
「わかった、ちょっと待っててくれ。」
驚いているルナをよそに、俺は家に転移した。
「失礼します。レイ様、お手紙が。」
「ん?」
着替えていると、シュティレが1通の手紙を渡してきた。差出人の名前はない。
「誰だ…?」
だがすぐに俺の疑問は解決された。手紙には綺麗なアンジュさんの文字が書かれていた。
「そっか…もう街を出たのか。最後に一言、言ってくれればよかったのに。」
「レイ様、いらっしゃいますか?」
ちょうどそこに、今度はリゼが入ってきた。リゼも1通手紙を持っていて、俺に渡してきた。こっちには可愛らしい字で「ユイト」と書いてある。
「……なるほどね、あの人達らしい。」
俺は手紙を引き出しにしまい、一冊の本を取り出した。そしてある場所に転移してから、訓練所に向かった。
アンジュは王国を出て、1人あてもなく旅をしていた。
迷った挙句、ユイトはレイたちに頼むことにした。今回の件は自分に責任があるし、旅は危険なのでユイトをこれ以上危ない目にあわせたくない。そう思って、宿にユイト宛の手紙を置き早朝に出てきたのだ。
「なんだか懐かしいな、1人で旅をするのは…。」
寂しい気もしたが、ユイトのためだと思いそのまま道を進んで行こうとした時だった。
「ま、待って…!」
振り返ると、肩で息をするユイトがいた。
「何故ここに?!手紙にも書いただろ、お前は私といない方がー」
「…嫌です。お母さんと一緒に旅をしたいです!」
「だか…。」
ユイトがわがままを言ったのは初めてだったので、アンジュは一瞬たじろいだ。だがやはりダメだと思い、あの話をすることにした。
「…ユイト、ずっと黙っていたが私はお前のー」
「本当のお母さんじゃ、ないんですよね…?」
「お前っ…!」
ユイトはまっすぐアンジュを見据えて呟いた。
「知ってました。4年前くらいに、全部思い出して。あの日、マ…お母さんが村の人に殺されてお父さんが怒ってやり返した事とか、お母さんがお父さんを…倒した事も。」
「そ、そんな前から…何故だ?!何故私を殺さなかった!どんな理由であれ、私はお前の父を殺したんだぞ?!」
ユイトは俯き肩を震わせた。瞳から小さな雫がこぼれ、地面を濡らしている。
「だって…あなたは僕の大切なお母さんだから…!お母さんと一緒に居たいから…!」
「私は魔法を教えてやる事も出来ないし旅も危険だ。私1人でお前を守りきれないかもしれない…。」
「僕、強くなりますから!だから、一緒にいたらダメですか?!魔族の血が入った血の繋がってない僕では…お母さんの子になれませんか…?」
ユイトは大粒の涙を流し、アンジュも自然と瞳から涙が溢れていた。
アンジュはそっとユイトを抱きしめ、耳元で囁いた。すでに答えは決まっていた。
「すまない、お前の気持ちを聞かずに1人で決めてしまっていたな。お前は私の息子だ…種族や血なんて関係ない。一緒に過ごして楽しんで笑ったり、たまに怒って泣いたり…そんな思い出を一緒に作っていこう。…なんだが恥ずかしいな。」
慣れない言葉に、アンジュは身を離して顔を背けた。ユイトは目に涙をためているが、クスッと笑った。
「わ、笑うな…。恥ずかしいんだ。」
「そんな事ないです。お母さんは、世界で一番かっこいいです!」
「ありがとな。よし…行くか!」
「はい!」
親子は手を繋ぎ、次の場所へと歩いて行った。
『おまけ①』
「ユイト、フードに何か入っているぞ。」
「え?なんだろう…。」
旅を再開してすぐに、アンジュはユイトのフードに違和感を感じた。
ユイトが手を突っ込むと、入っていたのはお手製の本だった。タイトルは『君もこれで最強だ!魔法編』と書いてあり、本の間に小さな紙切れが挟まっている。
ユイトは歩きながら本を読み、アンジュは短い文に目を通した。
手紙には『ぜひ使ってください。2人とも、お元気で。』と書いてあり、アンジュは頰を緩ませた。
「いつの間に…。世話になってばっかりだな。」
「す、すごいです…!こんな魔法について詳しく書かれた本初めて見ました!」
「また今度、あの街に行って礼をしよう。」
「はい!わぁ…すごいなぁ…。」
本を夢中で読み漁るユイトを見て、アンジュは小さく笑った。
『おまけ②』
1週間ほど前、ダライアス学園では新入生の入学式があった。初々しい新入生が正門を通り講堂へ向かう中、1人の少女が正門の近くでオロオロしていた。
「ど、どないしよう…。みんな、うちなんかより頭良さそうな感じしはる…。」
少女は周りを見て、泣きそうになった。完全に地方から出てきた感丸出しである。
だが突然、そんな少女の頭に男の声が響いた。
『ったくテメェは相変わらず鈍臭い奴だなぁ。いいか?この俺がお前がガキの時から魔法は教えてやったんだ。お前より強い奴なんていやしねぇよ。』
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『んなこたぁどうでもいいんだよ。虐められたりでもすれば、消し炭にしちまえ!』
「ダ、ダメです!そないな事したら、友達もできなく…あ、うち友達出来ひんかも…。」
『あ〝あ〝ぁぁぁ!!ったくいつになったらその性格は治るんだ!さっきも言ったろ、お前は強いんだから胸張って歩け!俺を生かせる魔力も持ってるんだからよ!』
「お、おおきに。いつもえらい助かってます、ディアブロはん!」
『わかったから早く行け、遅刻しちまうぞ。』
「はい!」
少女は1人頷くと、講堂へ走って行った。
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