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第7章
第123話
しおりを挟むあれから子供は泣き止むと、その場で意識を失った。どうするか迷ったが、とりあえず子供を抱え村を後にした。
「どうしたものか…」
アンジュは焚き火の火を見つめて、1人つぶやいた。横には、スヤスヤ眠る子供がいる。
魔族に両親を殺された身としては、子供といえど殺してしまおうかと思った。だが、この子には何の罪もないのは確かだった。
とりあえずその日は疲れていたので、火を消してアンジュも眠りについた。
「………ん……。」
木漏れ日の眩しさで、アンジュは目を覚ました。
だが、すぐに異変に気がついた。あの子供がいなくなっていたのだ。
「一体どこに…あ。」
アンジュの疑問はすぐに解決した。近くの木から、あの子供がこっそり覗いていた。バレてないつもりなのか、やめる気配はない。
「何をしているんだ?」
「っ!」
昨日の感じからすると、殺されてもおかしくなかったが子供は素直に姿を現した。
「私を恨んでいるだろ?なぜ寝込みを襲わなかった。」
「………?」
子供は不思議そうに首を傾けた。アンジュも子供の反応が腑に落ちず、ゆっくりと近づいてしゃがんみ目線を合わせた。
「どうかしたか?」
「その……お姉さんは、だれですか…?」
「……え?」
少年の言葉に、アンジュは耳を疑った。
とりあえず焚き火をしていた近くに、2人で座った。
(まずい…どうすればいいんだ。真実を話すべきか、いや…。)
アンジュは少年を盗み見た。少年は火を見つめてじっとしている。
もし今全てを話せば、昨日と同じような状況になる恐れがある。幼い子に、あの事実は重すぎる気がした。
「あの…。」
「な、なんだ?!」
「僕は…誰なんでしょうか?」
「えっと…その…」
今までずっと1人で過ごしてきたアンジュにとって、子供の相手は魔物討伐より難しいものだった。
「あー…なんだ…お、お母さんだ!」
「お母さん…?」
(や、やってしまった…。)
アンジュはとっさに出た言葉を後悔した。なぜそこでそんな単語が出て来たのかわからなかったが、時間を戻すことは不可能なのでもう引き下がれない。
少年はそれを信じたようで、少し距離を詰めて来た。
「お母さんだったんですね!良かったぁ…」
「……っ!」
少年は心の底から嬉しそうな表情で、アンジュに寄り添った。アンジュはどうして良いかわからず、固まってしまった。
「あ、僕の名前はなんて言うんですか?」
「えっと…そうだな…ユ、ユイトだ。」
「ユイト…。それが、僕の名前。」
「ど、どうかしたか?」
「いえ…。とてもいい名前だなと思って。」
「そうか…。」
アンジュはそれから少し嘘の話をした。昔から一緒に旅をしていたり、仲が良かったなどだ。
ユイトは全ての話を嬉しそうに聞き、その顔を見るたびにアンジュは罪悪感を感じた。
「そうだったんですね。あれ、お父さんはどこですか?」
「…ぁ。」
(しまった…どうすれば…。)
「えっとな…そうだ、お父さんは私達と同じように旅に出てるんだ。だから、当分会うことは出来ないかもしれない。」
「そうなんですね、じゃあいつか旅の途中で会えるかもしれませんね!」
「そう、かもな…。」
ユイトの笑顔を見て、アンジュは胸が苦しくなった。同時に、自分の嘘を知ったり真実を知ったら、ユイトが壊れてしまうのではないかと恐怖も感じていた。
「正直、今までよくこの関係が続いたと思う。ただ、私は幼い頃に目の前で魔族に親を殺されてな。私のような思いはして欲しくなかったんだ。でもどっちが正しかったんだろうな…。」
「どちらにせよ、ユイトはアンジュさんの事を信頼してる感じですよね。」
「どうだろうな…。本当の事を知れば、私の事を殺す可能性が高いだろう。親を殺して、その上長い間騙していたんだからな。」
アンジュさんは少し俯いて、悲しそうな顔で話していた。
それからの日々は、実に楽しいものだった。最初はぎこちなさがあったが、いつしか2人は本当の親子のように過ごしていた。
一緒に狩りをして食事をし、水浴びをして寄り添って寝る。そんな生活が、当たり前のようになっていた。
ある日、小さな街に寄った時だった。
「お母さん、あれは何ですか?」
「ん?」
ユイトは出店のレターセットを見て不思議そうにしていた。
「あれは手紙を書く道具だな。」
「手紙?」
「なんて言えばいいんだろうか…離れた所にいる人に、自分の身辺の事や気持ちを伝えたい時に使うものだな。」
「そうなんですか…」
ユイトはアンジュの説明を聞き、キラキラした目でレターセットを眺めた。
「あれが欲しいのか?」
「え、いや…。」
「遠慮するな、あれくらい買ってやる。この前の狩りで、金も割と貰ってるしな。」
アンジュはそう言って、レターセットをユイトに渡した。だがすぐにその事を後悔することになる。
「何を書くんだ?」
「お父さんに書くんです!」
「……え。」
「ずっと会えていないので、僕やお母さんの事を伝えてあげるんです!」
「そ、そうか…。」
ずっと2人きりだったので忘れていたが、ユイトの父親は生きているという事になっている。嘘をつく事のツケが回って来たのを、初めて実感した。
ユイトはその街の宿で手紙を書き終え、アンジュのところに持って来た。
「手紙は書いたらどうすればいいんですか?」
「あー…私が郵便という所に出して来てやる。」
「わかりました!お母さんは書かなくていいんですか?」
「私は…あまり字が綺麗じゃないからな。それに、強い父さんの心配はしていない。」
「わかりました!じゃあお願いします。」
ユイトは嬉しそうに手紙を渡し、すぐにベットに入った。
ユイトが眠りについたのを確認し、アンジュは街の近くの森まで歩いて行った。
そして倒木に座り、手紙を読んだ。手紙には、ユイトの子供らしい字で短い文章が書かれている。
『お父さんへ
げんきですか?ボクとおかあさんはげんきです。いつか会えるのをたのしみにしています。からだにきをつけてね。
ユイト』
「あれ…?」
気づけば、手紙に書かれた文字が滲んでいた。自分の瞳から、小さな雫がこぼれ落ちているのがわかった。
「ぅぅっ……すまない、ユイト……私は……」
あふれた涙は、しばらく止まることはなかった。
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