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龍の長女の昔話

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「な、なんじゃこりゃ…。」

 夕焼けが海を照らす中、俺は目の前の光景が信じられなかった。
 海牛と海羊を囲むエリアが既にできており、海牛たちは既に柵の中に入れられている。中心には、たくさんの木が並べられていた。

「どんだけ持ってきたんだ…。」

「主人よ、どうじゃあの木の数は。」

 目が点になってる俺のところへ、リヴェルガが嬉しそうに話しかけてきた。

「なんというか…持ってきすぎかな。」

「なに、1つの街を作るんだ。あれくらいあって当然だろ!」

「いつから街になったんだ…。」

 リヴェルガは俺の言葉を無視して、豪快に笑いながら戻っていった。




「みんな、出来たわよ!」
「自信作ですわ!」

 声のした方を向くと、一姫と五十鈴が即席のテーブルの前にいた。テーブルには、美味しそうな肉などが並んでいる。

「いい匂いがします!ほら、ナギサさんもいきましょう!」

 木を運ぶ作業をしていた俺たちは、夜食をとることにした。二葉が俺の手をぐいぐい引っ張ってくる。

 テーブルのところまで行くと、そこにはたくさんの料理が並んだいた。海牛と海羊の厚切りやスライス、昼間買った食材で作られたサラダなど彩も豊かだ。

「すごい美味しそう!」

「さぁ、どんどん食べてね!はい。」

 迷っている俺に、一姫が大きな海牛肉を差し出してきた。ありがたく受け取り頬張ると、肉汁がジュワッと溢れて最高の味わいだった。

「や、やばい…海牛サイコーすぎる…。」

「喜んでもらえて良かったわ。」

「まだ沢山ありますから、遠慮なく食べてくだいね。」

 最初はみんなゆっくり食べていたが、誰かが持ち出したお酒で半分近くは酔っ払って宴会のようになっていった。

「ほらぁ~ナギサも飲みなんしぃ。わっちが買った酒はなかなかうまいぞぉ?」

「ちょっ…ち、近いから。」

 完全に出来上がった澪凜が、抱きつきながら酒の瓶をぐいぐい俺に押してくる。俺は酒が大好きというわけでもないので少しだけ飲んだいたが、グラスが空になると澪凜がどんどん注いできて困っていた。

「おい、どけふしだら女!ナギサは我と飲み比べをするんだ!」

 今度は大きな酒樽を持ったリヴェルガがずかずか歩いてきて、俺の前に酒樽を置いた。

「いや、やるなんて一言も言ってー。」

「なぁに言ってるんだ!我らの主人だぞ?これくらい飲めるはずだ!」

 完全に2人とも話が通じないようで困っていると、2人の顔に水がぶっかけられた。見ると、一姫がニコリと笑っている。

「悪酔いはダメよ、2人とも。」

 水をかけられた2人は、さっきまでの状態が嘘かのように眠りについた。

「何したの?」

「『睡眠水』よ。さ、行きましょ!」

「うわっ、ちょっと!」

 一姫は俺の制止も無視して、空壁の外へと俺を連れ出した。




「どこまで行くんだ?!」

「ちょっと散歩よ!」

 あれから、空壁からだいぶ離れた珊瑚礁のあたりに連れていかれた。一姫は大きな岩に座り、俺も近くの海底に腰を下ろした。

「どうかした?」

「別に何もないわよ。ただ少し2人で話がしたくてね。」

「話?」

「うん、私達のことをね。」

 一姫は少し遠くの方を見つめて話し始めた。



 昔々、ある所に1匹の巨大な龍がいました。大陸の人に龍は神様と崇められ、毎日お供え物をされるほどでした。


 ある年、大陸のある国と国で戦争が起きました。片方の国の王に、龍は力添えを頼まれました。最初は断りましたが、あまりにもしつこかったので少しだけ協力するという事になりました。

 龍は戦争に参加し、圧倒的な力を見せました。向かってくる人や魔物を焼き殺し、その姿はまるで悪魔の化身とも言われ恐れられました。


 
 結局、敵国は降参して戦争は終わりました。さすがの龍も、体に傷を負い疲れ果てていました。
 そんな龍の元に、王がある魔道具を持ってきました。王が持ってきた魔道具は人や魔物の首につけるもので、つけられたものは奴隷となり服従させる禁忌の道具でした。
 抵抗する力もなく、龍は8つの首輪をつけられ王の奴隷となりました。戦争の目的は表向きは他国との争いで、本当の目的は龍を戦いの道具にする事だったのです。


 それからは、龍にとって地獄のような日々が続きました。
 王は気に入らない国に攻める時にはいつも龍を連れていき、最前線に置いて敵を殺させたのです。龍は涙を流しながら、炎をはき大地を震わせていきました。
 時が経つにつれ、龍の目から光は消えていきました。


 ある日の事、毎度のように王が別の大陸の国を攻めに向かった時です。
 海の上に、1人の若者が立っていたのです。船に乗っていた兵士たちは驚きながらも、若者に尋ねました。

『キサマは何者だ。』

『…………。』

 兵士が問うても、若者は何も言いません。若者は船の進路を塞いでいたので、兵士たちは大砲で殺そうとしました。
 ですが、砲弾は若者の前に突如現れた水の壁にあっさり塞がれました。兵士たちはおどろき、弓矢などで殺そうとしましたが全て簡単に塞がれてしまいます。

 見兼ねた王が、龍に若者を殺すように命令しました。龍は海に潜り、若者を喰らい尽くそうとしました。
 瞬間、若者は手に三叉槍を造り、目にも留まらぬ速さで龍の首輪を全て壊したのです。
 驚いている龍に向かって、若者は言い放ちました。

『お前たちはもう自由だ。好きなところへ行け。』

 怒った王が兵士たちに龍ごと殺すよう命令しましたが、若者は三叉槍を船に投げつけました。三叉槍は船を真っ二つにし、王もろとも海の底へ沈めてしまいました。


 龍は自由の身となり、海の中で静かに暮らしましたとさ。


                  お終い



 ゆっくり昔話をしていた一姫は、視線を俺に戻して小さく笑った。

「っていう伝説があったのよね。」

「………そうだったのか。それで、その若者っていうのは誰なんだ?」

「わからないわ。ただ、どこかナギサに似ていた気がするわね。顔や体格じゃなくて、なんて言うんだろう…雰囲気かな?」

「そんな事言われても…。」

 困る俺の元に、一姫はゆったり泳いできた。そして俺の向かいに座り、まっすぐな瞳で俺を見た。

「私達はね、数え切れないくらいの人達を殺したの。命令されていたとはいえ、許される事じゃないわ。」

「………。」

「今でも忘れない。私達を見て怯える人、助けを乞う人…全員の顔が焼き付いているわ。そんな私達を、ナギサ君は受け入れてくれる?」

「…一姫は、自分達のした事に対して罪の意識を持ってるんだよな?」

「…そうね、謝って赦されるものじゃないと思ってるわ。」

「そうか…なら、その罪は一緒に償おうか。」

「………え?」

 俺の言葉に、一姫は目を見開いた。

「なんていうか…自分の間違いを悪い事と認めて、心の底から素直に謝れるって簡単なようで実は難しい事だと思ったんだよね。俺の育ちのせいもあるかもしれないけど、少なくとも俺の周りの人は悪い事をしても謝る人なんて殆どいなかった。だから、一姫たちのような人を凄いと思ったというか…。間違ってるかもしれないのに、偉そうにごめん。」

「ううん、いいの…。その言葉だけでも充分嬉しいわ。」

 一姫の瞳からこぼれた涙は、海の一部となって静かに消えていく。

「まぁだから、その…俺が生きている間は、そんな自分を責めないでほしい。毎日1つでも善行を積めばいいんじゃないかな?ほら、なんかそんな言葉あったでしょ?」

「なにかしら、あったような気がするけど、お酒が回って…。」

 肝心なところで決まらない俺たちは、2人して吹き出してしまった。

「ナギサ、改めてお願いするわ。私達をよろしくね。だって、あなたの魔力はとても美味しいもの。」

「またそれかよ…。こちらこそ、好きなだけ吸ってくれ。」

「ふふっ、冗談よ。ちょっと待ってね…。」

 そう言うと、一姫は俺の頰に軽い口づけをした。赤くなって固まる俺を見て、一姫はいたずらが成功した子供のように笑った。

「今はこれで我慢するわ。今度はわからないけど。」

「は、はぁ?!それってどういう…」

「さ、帰るわよ!明日も忙しいんだし。」

「あ、おい!全く…。」

 一姫は嬉しそうに笑い、みんなの所へ戻っていった。
 その姿は、海の中を舞う妖精のように美しかった。
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