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魔物の脚はタコの味②
しおりを挟む魔物との邂逅から30分ほど、私は5月にも関わらず汗だくになって座り込んでいた。床にはブルーシートが敷かれているが、いたる所に真っ黒な墨が吹き出している。シートが無ければ部屋が大変な事になっていただろう。
「と、とりあえずこれだけでいいかな」
隣に置かれたバケツには、切り取った大量の青い蛸足が詰められている。これを切断するのに、予想以上の体力と時間を費やしてしまった。時折動いているように見えるのは、きっと疲れているせいだろう。
栞は既に穴の中にクラーケンを戻しており、くたくたの私をよそに、昼の通販番組を眺めている。画面の中で、婦人が紹介しているホットプレートが気になるようだ。
「昼ごはん……アレにするか」
バケツを両手で抱え、私は早速台所に向かった。
☆材料(2人分)
・魔物クラーケンの脚 2本
・薄力粉 300g
・怪鳥の卵 150g
・出汁(昆布) 1200ml
・キャベツ 2枚
・紅ショウガ
・天かす
・サクラエビ
・ソース
・マヨネーズ
・かつおぶし
・青のり
まず、タコの脚を1cmほどの大きさに均等に切り分ける。先の細い方は太く、逆に手前の太い部分は中に包丁を薄く通して半分に。
次に今回の基盤になる生地作りに取り掛かった。昨晩の余った卵を入れ、泡立器でよくかき混ぜる。卵が良く混ざったら今度は出汁を入れるのだが、この時出汁は冷やしておいたものを使うのがポイント。
そして一度に全部を混ぜるのではなく、出汁と粉は全体の3分の1ほどを入れ、ダマができるだけ残らないようにかき混ぜる。これを3回繰り返し、生地の完成だ。これだけの作業なので、1人でも20分ほどで完了した。
「たしかここら辺に……あった、これだ」
シートはひとまず風呂場に追いやり、私は物置部屋からホットプレートを持ち出した。高校生の時に貰ったものだが、あまり使われる事無く、箱の中にしまわれていたのだ。
汚れもないので水洗いも軽めに、ホットプレートをテーブルの中央に置いた。電源を入れ、板が熱くなる前に全体に油を塗れば準備完了だ。
「栞、タコ焼きやるよ」
声をかければ栞は向かいに座り、先程までテレビで見ていた実物のプレートの迫力に目を輝かせた。至極おとなしい性格ではあるが、やはりまだ子供だ。新鮮な表情にどこか安堵し、つられて笑みをこぼしてしまった。天邪鬼なヒロインが、少し優しさをのぞかせたような感じ。
「そろそろかな……」
塗った油がぷつぷつ音を立て始めたところで、作った生地を全体に流し込んでいく。入れる目安は、穴から溢れて隣の穴へと流れ込むくらい。溢れたところで、後でひっくり返すので問題はない。
「じゃあ、こっからは一緒にやろうか」
生地が固まってしまう前に、私は手本を見せるようにして刻んでおいたタコ、もといクラーケンの脚を端から順に入れていく。栞もそれを見て、反対側から慎重に具を落としていった。最初はおずおずと入れていたが、次第に楽しくなったのかリズムよく切り身を入れていく。なかなか良いセンスだ。
次は刻んだキャベツ・天かす・サクラエビを全体にまぶし、締めに右半分にだけ紅ショウガを入れた。子供の舌は敏感で、栞が辛い物が苦手かわからないので、残り半分は紅ショウガなしだ。
「……………………」
「あとちょっと待ちなね」
うずうずと、机の縁に手をついて見守る栞に竹串を2本渡した。
それから数分で生地も固まってきたようなので、私も竹串を両手に構えた。そして作業に移る前に、全てのたこ焼きを穴に合わせて、四角に仕切った。たこ焼きのお店でよく見かけるこの作業は、となりの生地と完全に繋がるのを防くことができ、溢れた生地を穴に戻すことでよりボリュームが出るのだ。
「こうやって、穴の外に串を差し込んで……回転させながらひっくり返すの」
説明をしながら串を差し込み、くるりと反転させる。ほんのりとだがきつね色に焼けた生地が顔を見せ、久しぶりのたこ焼きに栞でけでなく、私もまた高揚感の様なものを感じた。
「………ぁ」
「気にしないで。他にもたくさんあるから」
栞も真似て挑戦したが、生地が中々ひっくり返らず、勢いよく串を差し込んだせいか中途半端に横に倒れ、中の生地があふれ出した。
よほどショックだったのか俯いてしまった少女の背中を、私はポンポンと優しくなでた。触れた背中は小さく、とても暖かい。
「今のはちょっと惜しかったね。でも筋は良いから、諦めないで」
「?」
「一緒にやろうか」
私は後ろに回って、少女の手に自分の手を重ねた。実際に触れた子供の手の小ささに、少し驚いた。少しでも強い力を入れたら、壊れてしまいそうな繊細な手だ。
タコ焼きのコツは大胆かつ丁寧にやるのも大事だが、最も重要なのは一度で返そうとしないことだ。180度返すのではなく、90度を意識すること。これくらいの角度から少しずつ回していくことにより、溢れた生地がタコを中心にしたまま、奇麗に包みあがる。
「外側に串を入れて、半分だけ返すようにしてみて」
「………ん」
「そうそう、上手ね。そこからゆっくり、丁寧に回してごらん」
一緒に串を握りながら回していけば、先程まで倒れていたものが、ゆるりと裏に帰った。すこし楕円形になってしまったが、味に変わりはないのでこれで良いのだろう。
栞も初めてのタコ焼きに顔を輝かせ、私に笑顔を向けてきた。
「うん、良かったね」
その表情に、自然と手が伸び、気付けば少女の頭を撫でていた。何故だか、自分が褒められたかのように嬉しく感じたのは、気のせいではないだろう。
一通り返し終わったら、あとは全体に焦げ目がつくように転がしていった。
小皿に最初に焼いたものを乗せ、上にソースとマヨネーズ、かつおぶしと青のりを1つまみ乗せれば手作りたこ焼きの出来上がりだ。
「はい、召し上がれ。熱いから気を付けてね」
午前中に買った子供用のフォークを渡せば、栞は初めて見たタコ焼きに感動しながら、ゆっくりと口に運んだ。
「~~~っ!」
「あぁそんな急に食べたら火傷するよ。ほら、ジュース」
一緒に買ったオレンジジュースを渡すと、一気に飲み干して『ぷはっ』と息を漏らした。ジュースも初めて飲んだのか、空になったコップをまじまじと見つめていた。
「もう1個、いる?」
「…………ん」
串に刺したタコ焼きを掲げれば、栞は恥ずかしそうにしながらも、小皿を差し出した。
それから2人で、心ゆくまでタコパならぬ、クラパを愉しんだ。
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