錬金術師のカルテ

おすし

文字の大きさ
上 下
2 / 2

No.001

しおりを挟む
「ここが…ローレンシア」

 夜明け前についた場所は、想像よりも荒れた雑木林だった。
 長い間、人による手入れがされていないせいで、草木が生い茂り腰の高さくらいまで成長している。ちらほら森の手前に民家が見受けられるが、どれも蜘蛛の巣がかかり今にも崩れそうだ。
 とりあえず拠点を確保するためにも、俺は近くの樹に馬を停めて森の方へと進んでいった。



 地図上では、ローレンシアはその大部分が森になっていて、奥に進んで森を出るとすぐそこには広大な海が広がっている。
 ただ今は一面が緑となって前に進むのも困難なので、ひとまず入口付近に生えている中で一番太い樹の側に荷物を下ろした。

「よし……錬金術アルケミア シックル

 荷物の中に入っていた鉄板を一枚取り出し、魔力を流して錬金術で板から手頃なナイフへと変形させる。
 錬金したナイフを使い、樹木の周りの草を刈り取る作業に取り掛かった。この世界の住人なら術で斬り飛ばすのかもしれないが、残念な事に俺は錬金術以外に仕える魔術がほとんど無い。
 そんな作業を2時間ほど続ければ、屋敷から持ってきた器具を広げ実験できるスペースが完成した。

「あぁ……腹減ったなぁ」

 ただ問題なのは、拠点はあっても食糧が少ないという事。屋敷から持ってきたのは水と味気ない保存食だけで、新鮮な野菜や肉類は一切ない。屋敷の厨房から持ってきたかったのだが、クーラーボックスなんてものは存在しないので諦めた。
 仕方なく水を一口飲んで森を探索していると、中腹部に白く細い樹が群生しているのに気が付いた。

「これは……」

 僅かな可能性にかけて自前のメスで樹の表面を深めに切り取ると、中から透明な液体が溢れてきた。慌てて手に取って口をつけると、控えめな甘さが口いっぱいに広がった。

「こんなところに白樺が生えてるのか」

 予想通り、この白い樹は白樺の仲間だった。
 白樺は本来、アジアやヨーロッパなど広範囲に分布している落葉樹で、樹皮が白い事からその名がついた。この樹は中に大量の樹液を含んでおり、樹液にはいくつかのメリットがある。
 まず、白樺樹液はたくさんの栄養分を含んでいる。例としてはアミノ酸やミネラル、糖やタンパク質などで飲んでも問題はない。
 またこのアミノ酸の中には保湿効果を持つものもあるため、化粧水としても名高いのだ。

錬金術アルケミア 細管チューブ

 点滴用のゴム管をイメージして、鉄板を細長い管へと変形させる。
 管が出来上がったら片方を穴に入れ、もう片方はカバンに入っていた手製フラスコの中へと入れた。すると樹液が管を通り、するするとフラスコ内へと溜まっていく。これでしばらくは栄養と肌の健康は守られるだろう。
 樹液を採集している間に、近場の白樺の生育度合いを確認しておく。あまり育っていない白樺からは採れる樹液も少ないので、高く育っている白樺だけに赤い布を巻いておいた。
 それと同時進行で森の木の実や食べれる草を採集を進めると、気付けば辺りは夕焼け色に染まっていた。

「こんなものか……」

 拠点に並べられたのは、フラスコ内に溜まった白樺樹液や、種類豊富な果実たち。魚や肉がないのは少々残念だが、初日の成果にしては十分だろう。
 この森は何年も人の手入れがされていなかったが、皮肉にも人の手が加わってないからこそ、植物は健やかに育ったようだった。

「まずは火だな」

 森から運んできた枝を小さくまとめ、中心に白樺の樹皮をそっと添える。白樺の樹皮は燃えやすいので、天然の着火剤にもなるのだ。白樺さまさまである。
 樹皮の上に火の魔石を置き、魔力を流すと魔石は熱を持ち始め、やがて樹皮に小さな火が付いた。
 火が付いたら、今度は太めのまきを少しずつ置いていく。この薪は、森の手前にあった民家の扉を外してばらしたものだ。

「そろそろだな……錬金術 鉄鍋ポット

 鉄板を鍋型へと変形させ、中に樹液を入れて火にかける。その間に、森で採ったグミの実の一種をすりつぶした。グミにはリコピンやカリウムなどが含まれており、味は少し渋いが甘酸っぱくもあるのだ。
 すりつぶしたグミは温めておいた樹液に混ぜ、程よく溶けたら沸騰する前にフラスコに移して作業は終わりだ。

「よし、完成だ」

 何も手の込んだことはしていないが、出来上がった桃色の液体を見て俺は頬が緩むのを感じた。
 このお手製グミジュースには、たくさんの栄養分が含まれている。味も樹液の控えな甘さとグミの甘酸っぱさがマッチしており、この環境下では必須アイテムといっても過言ではない。

(ソロキャンしてるみたいだ……)

 少し落ち着いたせいか、久しぶりに前世のことを思い出した。火が付くと少し興奮してしまうのは、前世での記憶が故だろうか。
 そんな呑気な事を考えながらジュースを飲んでいると、突然近くの茂みが大きく揺れ始めた。慌ててナイフを錬成して構えるが、正直魔物が来ても倒せる自信はない。

「ん……?」

 だが俺の予想に反して姿を現したのは、ボロボロの布を体に巻き付けた一人の少女だった。

「…………………ぁ」

 少女は何か小さく呟くと、ふっと力が抜けてその場に倒れこんだ。





しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

王族に転生した俺は堕落する

カグヤ
ファンタジー
高貴な身分に転生を果たしたジーク。 その身分はどうやら王族の第一王妃の次男のようだ。 第一継承権を持つ兄はイケメンで天才。俺の未来も兄を見ていれば安泰だ。身分と才能を活かしてスローライフを目指そう……  えっ、えっ、お兄様?   何やらお兄様は俺に魔改造を施したようで……  個性的な異母兄弟姉妹達も登場し、俺の王族スローライフは叶うのだろうか…… そして舞台は王族や優秀な貴族が集まる学園生活へと移っていく。

よくある転生だった!だが俺は勇者じゃなかった

ベルピー
ファンタジー
よくある異世界転生。俺こと、美波勇気もテンプレのように毎日毎日の残業残業で倒れてしまった。 ここでテンプレならチートを授かるモノだが、気づいたらゲームの世界にいた。 そう、昔少しだけ流行ったドラゴンファンタジーのゲームの世界だ。有名ロールプレイングゲームを真似て作られた為、そこまで人気はなかったが俺はこのゲームが好きでけっこうやりこんでいた。 勇者だったらハッピーエンドを迎えたのに、俺が転生したのは勇者とともに魔王を討伐する友人のキャラだった。 一緒に魔王を倒したならそこそこ良いキャラじゃね?と思うかもしれないが、このキャラ。魔王と戦う直前に好きな人を勇者に取られてそのままヤケクソになって魔王に向かって死んでしまうのだ。。。 俺は死にたくない。ゲームの知識を活かして生き残るしかない!!

転生特典:錬金術師スキルを習得しました!

雪月 夜狐
ファンタジー
ブラック企業で働く平凡なサラリーマン・佐藤優馬は、ある日突然異世界に転生する。 目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中。彼に与えられたのは、「錬金術師」としてのスキルと、手持ちのレシピブック。 素材を組み合わせてアイテムを作る能力を持った優馬は、錬金術を駆使して日々の生活を切り開いていく。 そんな彼のもとに集まったのは、精霊の力を持つエルフの少女・リリア、白くフワフワの毛並みを持つ精霊獣・コハク。彼らは王都を拠点にしながら、異世界に潜む脅威と向き合い、冒険と日常を繰り返す。 精霊の力を狙う謎の勢力、そして自然に異変をもたらす黒い霧の存在――。異世界の危機に立ち向かう中で、仲間との絆と友情を深めていく優馬たちは、過酷な試練を乗り越え、少しずつ成長していく。 彼らの日々は、精霊と対話し、魔物と戦う激しい冒険ばかりではない。旅の合間には、仲間と共に料理を楽しんだり、王都の市場を散策して珍しい食材を見つけたりと、ほのぼのとした時間も大切にしている。美味しいご飯を囲むひととき、精霊たちと心を通わせる瞬間――その一つ一つが、彼らの力の源になる。 錬金術と精霊魔法が織りなす異世界冒険ファンタジー。戦いと日常が交錯する物語の中で、優馬たちはどんな未来を掴むのか。 他作品の詳細はこちら: 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】 『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/270920526】

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...