錬金術師のカルテ

おすし

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No.001

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「ここが…ローレンシア」

 夜明け前についた場所は、想像よりも荒れた雑木林だった。
 長い間、人による手入れがされていないせいで、草木が生い茂り腰の高さくらいまで成長している。ちらほら森の手前に民家が見受けられるが、どれも蜘蛛の巣がかかり今にも崩れそうだ。
 とりあえず拠点を確保するためにも、俺は近くの樹に馬を停めて森の方へと進んでいった。



 地図上では、ローレンシアはその大部分が森になっていて、奥に進んで森を出るとすぐそこには広大な海が広がっている。
 ただ今は一面が緑となって前に進むのも困難なので、ひとまず入口付近に生えている中で一番太い樹の側に荷物を下ろした。

「よし……錬金術アルケミア シックル

 荷物の中に入っていた鉄板を一枚取り出し、魔力を流して錬金術で板から手頃なナイフへと変形させる。
 錬金したナイフを使い、樹木の周りの草を刈り取る作業に取り掛かった。この世界の住人なら術で斬り飛ばすのかもしれないが、残念な事に俺は錬金術以外に仕える魔術がほとんど無い。
 そんな作業を2時間ほど続ければ、屋敷から持ってきた器具を広げ実験できるスペースが完成した。

「あぁ……腹減ったなぁ」

 ただ問題なのは、拠点はあっても食糧が少ないという事。屋敷から持ってきたのは水と味気ない保存食だけで、新鮮な野菜や肉類は一切ない。屋敷の厨房から持ってきたかったのだが、クーラーボックスなんてものは存在しないので諦めた。
 仕方なく水を一口飲んで森を探索していると、中腹部に白く細い樹が群生しているのに気が付いた。

「これは……」

 僅かな可能性にかけて自前のメスで樹の表面を深めに切り取ると、中から透明な液体が溢れてきた。慌てて手に取って口をつけると、控えめな甘さが口いっぱいに広がった。

「こんなところに白樺が生えてるのか」

 予想通り、この白い樹は白樺の仲間だった。
 白樺は本来、アジアやヨーロッパなど広範囲に分布している落葉樹で、樹皮が白い事からその名がついた。この樹は中に大量の樹液を含んでおり、樹液にはいくつかのメリットがある。
 まず、白樺樹液はたくさんの栄養分を含んでいる。例としてはアミノ酸やミネラル、糖やタンパク質などで飲んでも問題はない。
 またこのアミノ酸の中には保湿効果を持つものもあるため、化粧水としても名高いのだ。

錬金術アルケミア 細管チューブ

 点滴用のゴム管をイメージして、鉄板を細長い管へと変形させる。
 管が出来上がったら片方を穴に入れ、もう片方はカバンに入っていた手製フラスコの中へと入れた。すると樹液が管を通り、するするとフラスコ内へと溜まっていく。これでしばらくは栄養と肌の健康は守られるだろう。
 樹液を採集している間に、近場の白樺の生育度合いを確認しておく。あまり育っていない白樺からは採れる樹液も少ないので、高く育っている白樺だけに赤い布を巻いておいた。
 それと同時進行で森の木の実や食べれる草を採集を進めると、気付けば辺りは夕焼け色に染まっていた。

「こんなものか……」

 拠点に並べられたのは、フラスコ内に溜まった白樺樹液や、種類豊富な果実たち。魚や肉がないのは少々残念だが、初日の成果にしては十分だろう。
 この森は何年も人の手入れがされていなかったが、皮肉にも人の手が加わってないからこそ、植物は健やかに育ったようだった。

「まずは火だな」

 森から運んできた枝を小さくまとめ、中心に白樺の樹皮をそっと添える。白樺の樹皮は燃えやすいので、天然の着火剤にもなるのだ。白樺さまさまである。
 樹皮の上に火の魔石を置き、魔力を流すと魔石は熱を持ち始め、やがて樹皮に小さな火が付いた。
 火が付いたら、今度は太めのまきを少しずつ置いていく。この薪は、森の手前にあった民家の扉を外してばらしたものだ。

「そろそろだな……錬金術 鉄鍋ポット

 鉄板を鍋型へと変形させ、中に樹液を入れて火にかける。その間に、森で採ったグミの実の一種をすりつぶした。グミにはリコピンやカリウムなどが含まれており、味は少し渋いが甘酸っぱくもあるのだ。
 すりつぶしたグミは温めておいた樹液に混ぜ、程よく溶けたら沸騰する前にフラスコに移して作業は終わりだ。

「よし、完成だ」

 何も手の込んだことはしていないが、出来上がった桃色の液体を見て俺は頬が緩むのを感じた。
 このお手製グミジュースには、たくさんの栄養分が含まれている。味も樹液の控えな甘さとグミの甘酸っぱさがマッチしており、この環境下では必須アイテムといっても過言ではない。

(ソロキャンしてるみたいだ……)

 少し落ち着いたせいか、久しぶりに前世のことを思い出した。火が付くと少し興奮してしまうのは、前世での記憶が故だろうか。
 そんな呑気な事を考えながらジュースを飲んでいると、突然近くの茂みが大きく揺れ始めた。慌ててナイフを錬成して構えるが、正直魔物が来ても倒せる自信はない。

「ん……?」

 だが俺の予想に反して姿を現したのは、ボロボロの布を体に巻き付けた一人の少女だった。

「…………………ぁ」

 少女は何か小さく呟くと、ふっと力が抜けてその場に倒れこんだ。





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