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No.000
しおりを挟む15歳になってから数日、雨風の吹き荒れる夜の事だった。
「お前を除名することにした」
「…………」
金の長髪に鋭い眼と深く刻まれた皴。伯爵<ルーデンヴァング>家の当主であり、俺の第二の父でもあるガゼルは至極冷静に告げると、向けていた冷たい視線を外して小さく切ったステーキを口に運んだ。既に俺たち以外には使用人しかおらず、彼らは全員静かに佇んでいる。
「先日、アルバタ公爵からシエラに縁談の話が来た。お前のような不安要素を失くすいい機会だと思ってな」
「……そうですか」
「ただ何も与えず除名するほど、私も鬼ではない。ローレンシアは知っているな?」
ローレンシア。別名『死した大地』とも呼ばれるそこは、大昔に農作や漁業で発展した街だが、今は国から見捨てられた人のいない廃れた地の事である。一応、この家の領地の一部になっていたはずだ。
頷く俺を見て父は控えていた使用人に指示をすると、小さな袋と一枚の誓約書がそっと置かれた。
「お前にはローレンシアの領主権を譲ってやる。その金は、好きに使って構わん」
父はそれだけ言うと席を外し、別れの挨拶もなく書斎へと戻って行った。
「……ありがとう、ございました」
冷遇されていたとはいえ、15年もの間この家に住まわせてもらった恩義はある。
そのことに感謝を述べて、俺は自室へと戻って荷物の準備に取り掛かった。
伯爵の爵位を持つルーデンヴァング家に、何の因果か俺は『ノア・ルーデンヴァング』として第二の生を受けた。俺はそれまで、別世界の小さな島国の医大生だった。大学5年の春に持病で死んでしまったのだが。
転生した俺は、魔術で築かれてきたこの世界で『錬金術』という魔術を授かった。この術は、魔力であらゆる金属・物質の純度を高め、意のままに操り創造することが出来るというもの。
錬金術と生前での知識を活かし、俺は貴族の忙しい日々の合間で前世の医療器具などを錬成し、独自に研究をしていた。だが10歳のころ、自室にあったメスや剪刀、その他研究日誌諸々が使用人に見つかってしまい、報告を受けた父や親族たちはそれ以来、俺を気味の悪い存在として扱うようになる。
それもそのはず、国教のアフェリア教の聖典には『生命は神の創られし最高傑作である』という記述がある。そのため、この国において生物の身体を故意で傷つけるというのは禁忌に値するのだ。
「……こんなもんかな」
一通りの道具をまとめた俺は、日も沈んだ真夜中に裏庭の馬小屋へと荷物を運んだ。
屋敷からローレンシアまでは徒歩だと5時間近く要するが、馬であれば途中休憩を挟んでも夜明け前には到着するだろう。
「お待ちください!」
静かに去ろうとしていたところで、聞き慣れた凛とした声に引き戻された。振り返れば、寝間着姿の少女が1人。
少女はよほど慌てていたのか、靴を履くことも忘れて裸足のまま俺の元まで走ってくると、服を掴んで慌てた表情を見せた。母親譲りのスカイブルーの瞳は、雨に濡れている。
「使用人たちが話しているのを耳にしたのですが、お屋敷を離れるというのは本当ですか?」
妹ーシエラ・ルーデンヴァングーはいつもの冷たい表情を崩してやや食い気味に、ただ深夜だからか少し控えめな声で訪ねてきた。
「本当だよ」
「……何故、お兄様がそのような仕打ちを受けねばならないのですか?お兄様には、誰も持っていない素晴らしい知識や技術がー」
「シエラ、それ以上は言っちゃいけない」
いつからか、俺に対しては殆ど話しかけてくれることはなかったのでてっきり嫌われているのかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。そのことは素直に嬉しいが、縁談前の女性に異端者と密接な関りがあるという噂がたってしまうのは御法度だろう。
シエラはそれでも何か言いたげだったが、俺は着ていたコートをシエラの肩に乗せて馬の手綱を取った。
「早く部屋に戻った方がいい。女性は体が冷えやすい」
「お兄様、やはり私は……」
「君の幸せを、心から願っている」
別れを手短に済ませ、俺は馬を目的地へと進めた。
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