中庭の幽霊

しなきしみ

文字の大きさ
上 下
7 / 32
まねかれざる客

7・まねかれざる客

しおりを挟む
 彼女を怪力を持つ華奢な女性と呼ぶことにしよう。
 失礼な話になるけれど、同じ学年でありながら同じクラスではない彼女の名前を俺は知らない。

「ねぇ、確か九条君って九条先生の弟だったよね? これ、九条先生に渡しておいてよ」
 九条先生へと、ピンク色の文字で書き記されたメッセージ付きのクッキーを差し出してきた怪力を持つ華奢な女性は、続けて友達の腕の中からクッキーの袋を手に取ると
「これもお願いね」
 2つの袋を差し出した。

 なんだか妙子と似た性格をした女性だなと考えつつ、差し出されたクッキーを手に取った所で
「あらら?」
 満面の笑みを浮かべた妙子が、小走りで俺の元へとやって来た。
「なんだよ。奇妙な笑みを浮かべて」
 
 奇妙と言った事を怒ったのだろうか。コツンと頭に拳を打ち付けられる。
 プクッと頬を膨らませ、眉間に皺を寄せた妙子にピシッと顔を指さされ
「奇妙な笑み? 可愛い顔の間違えでしょう? 変な間違えをしないでよね」
 フンッと鼻を鳴らした妙子が言葉の間違えを訂正する。

「悪い悪い」
 左手を上げて呟くと
「感情がこもっていないわね」
 棒読みだったことが気にくわなかったようで、冷たい視線を向けられた。

「そんな事より、何よあんた。モテない可哀そうな奴って思っていたのにやるわね。女子からクッキーを貰ったの?」
 ニヤニヤと締まらない笑みを浮かべる妙子が横腹に肘を何度もうち付けてくる。
「いや、俺宛じゃない。兄貴に渡してくれと言われただけで」

 やるわね、このこの!と言葉を続けていた妙子に、素直に兄貴に渡すクッキーだと伝えれば
「あら、そうなの? 何か……ごめんね」
 何故だろう。あっ、しまった。聞いてはいけない事を聞いてしまったと、考えを表情にあらわした妙子のその表情に傷ついた。

「まぁ、落ち込まないで。あんたにもきっと時期にいい人が現れるわよ!」
 傷ついた気持ちが表情に現れていたのだろうか?落ち込まないでと言った妙子に
「時期にって何時だよ」
 問いかけると
「え」
 何故そこで口ごもる。ポツリと一言呟いたまま固まってしまった妙子をからかいすぎたらしい。
 
「いや、まぁ冗談だけどさ。ってか、兄貴を追いかけてここに来たんじゃないのかよ」
 冗談である事を伝え、妙子がこの場へやって来た目的を問いかけると
「あ、そうなのよ! 九条先生は?」
 妙子の表情がコロコロと変わる。

 目をぱっちりと見開き、首を傾げた妙子の問いかけに
「全速力で、駆け抜けて行った」
 兄貴が走り去った方向を指さし答えると
「有難う」
 コクッと頷いた妙子が、身を翻すと兄貴の走り去った方へ体の向きを変える。

「あぁ」
 この後、走り去るであろう妙子を大人しく見送ろうとしていると
「あんたも来るのよ」
 横目で俺を見た妙子に耳を掴まれ、グイッと引き寄せられる。

「いてて」
 痛みと共に、足を進め始めた俺は妙子と共に兄貴の元へ向け走り出す。
 扱いが酷いなと考えつつ、女子生徒達から兄貴に渡すようにと渡されたクッキーを落とさないように両手でしっかりと抱え込んた。



 兄貴のため全力疾走を行う妙子は普段体育の授業で見せる女の子走りはどこへやら、フォームが非常に格好いい。
 腕振りが早く、体幹がしっかり使えているため走るスピードも非常に早い。

 突き当たりの廊下を左へ曲がった兄貴を追いかけるため
「兄貴は左に行ったよ」
 兄貴の向かった方向を口にすると
「ありがとう!」
 妙子は、勢いのまま左へ進行方向を変えた。

 そして、妙子の後を夢中で追いかけていた俺は、急に視界から消えた妙子に頭の中を切り替えることが出来ずに、目の前に急激に迫った壁に激突する。

「グエッ」と、情けない声をあげて立ち止まれば
「何してんの?」
 首だけを動かして背後を見た妙子に冷静に突っ込みを入れられた。




 けれども、妙子さん。あなた、首が180度回転していますよ?
  
 体は進行方向を向いたまま。
 顔だけを妙子の真後ろで壁に激突している俺に向けたため額に冷や汗が伝う。

 
 
 兄貴が何から逃げていたのか、やっと理解することが出来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

地獄の上司

マーベル4
ホラー
美希25歳は新しい就職先が決まりなんとなくホッとしていたが 一つ気になることがあった 短期間でやめてしまう人が多いということだった 美希が思っていたことはそうかるいことではなかった 「まさか上司しなわけないか」とつぶきやく 美希は前の職場で上司に悪口やなんとなく合わなかった のでやめたのだ そのせいか上司との関係にトラウマができてしまった その原因がわかるにつれ美希は残酷な被害に襲われる 一体なにが原因なのか... 次は私の番なのかもしれない 怖いのはお化けてはなく人間 人間関係の怖さを描いた短編ホラー小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結済】僕の部屋

野花マリオ
ホラー
僕の部屋で起きるギャグホラー小説。 1話から8話まで移植作品ですが9話以降からはオリジナルリメイクホラー作話として展開されます。

かよい町奇譚

藍川 かの
ホラー
1話1話は短く、さくっと読めます。 同じ舞台の視点が変わる短編を集めたものだと思っていただければ良いです。 早くて1日に1作品、遅くて1ヶ月に1作品、追加更新していく予定です。 ※シリーズ要素を含んでいるので、上から順番に読んでいくことをオススメ致します。 ※軽度なグロ要素が含まれています。苦手な方はご注意ください。

フクロギ

ぽんぽこ@書籍発売中!!
ホラー
――フクロギを視たら、貴方も呪われる。 私の地元には、とある怪談がある。 それはフクロギという、梟の止まる木。 それを見た者は、数珠の様に次々と呪われてしまうらしい。 私は高校の友人に誘われ、フクロギのある雑木林へと向かったが……。 この物語は、実体験を元にしておりますが、フィクションです。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 表紙イラスト/ノーコピライトガール様より

処理中です...