それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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森の主編

147話 諦めないで

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もういっそうの事、自滅してしまおうかと怖い考えが頭の中に浮かぶ。
 なげやりな気持ちになりかけていたヒビキの耳に、ふとそれは入り込んだ。

「頑張って! ヒビキ君!」
 会場内に大きく響いた声はアヤネの声に似ていた。
 頑張ってと名指しで応援をしてもらえたような気がした。
 聞き間違えだったのだろうかと思い、恐る恐る目蓋を開けたヒビキの視線の先で両手を口元に添えて、座席を立ち観客席から身を乗り出しているアヤネの姿があった。ヒビキに向かって声をかける。

「100レベルのドラゴンから助けてもらったのに、ヒビキ君の事は苦手だって……知らなかったとは言え酷いことを言っちゃってごめんね!」
 この状況で、なぜ謝ろうと思ったのか。
 アヤネと洞窟内で会ったときに一番目のお兄ちゃんは大好きだけど二番目の兄の事を、その人と呼んだアヤネはその人の事を苦手だと口にした。
 兄と呼ぶことすら嫌なのかと、強い衝撃と共にショックを受けた事は記憶に新しい。
 
 その時にアヤネが一番目の兄であるタツウミの事は自慢のお兄ちゃんだと、会長や副会長に話していることを知った。

 二番目の兄であるヒビキの事をあの人と言ったアヤネは心底嫌そうな顔をして、どんな人なのか分からない。声をかけたこともないし声をかけてきてくれる事もなかったから、きっとつまらない人だと思うと言ったアヤネの言葉を忘れることが出来なかった。
 思い出しては落ち込んで、かと言って自分に非が無かったかと言えば、アヤネに対して苦手意識を持っていたのはヒビキも同じ。
 同じ建物の中にいても声をかけようとはしなかった事を後悔していた。

 しかし、一番上の兄タツウミと比較されていたことを知って悲しかったのは事実。
 口を塞がれているため、アヤネの声かけに対して返事をすることが出来ない。
 眉尻を下げて落ち込むヒビキの視線の先でヒビキの剣を両手に構えて空中に飛び上がる男子生徒が、掲げた剣を力任せに振り下ろした。
 決して男子生徒の機嫌は良くない。
 ヒビキの頬すれすれを通過した刃先はヒビキを拘束していた木のツルを見事に真っ二つにした。
 ヒビキの両腕が自由になったことにより男子生徒は強く握りしめていた剣をヒビキに向かって差し出した。

「貸し1つだよ」
 プクッと頬を膨らましている男子生徒はご機嫌斜め。
 しかし、チラッとアヤネの方に視線を向けるとヒビキの耳元に顔を寄せて小声で考えを口にした。

「アヤネ様と知り合いなら、そう言いなよ。そう易々と声をかけることの出来る相手ではないのだから。声をかけてもらえるなんて本当に羨ましい。彼女に僕の事も紹介してよね」
 ヒビキがアヤネと何らかの関わりがあると分かった途端、男子生徒の態度がコロッと変化する。
 
「君が思っているほど親しい間柄では無いんだけど」
 兄妹でありながら紹介することが出来るほどの間柄ではないのは事実。
 期待してもらっているところ悪いけれどと、言葉を続けようとしたヒビキの視線の先で、真面目な顔をした男子生徒が素直に思っていることを口にした。

「全く喋ったことがないって間柄でも無いよね。アヤネ様が謝っていたから、何か傷つくような言葉を投げ掛けられたんだよね。だったら問題はないよ。僕の事を紹介してくれるだけでいいんだから。紹介さえしてくれれば後は僕がアヤネ様に興味をもってもらえるように会話を続けるよ」
 ひそひそ話をするヒビキと小柄な男子生徒を不審に思ったアヤネが首をかしげる素振りを見せる。

「ん……あれ? と言うか、アヤネ様はあんたに100レベルのドラゴンから助けてもらったって言ってなかった?」
 沢山の観戦者が見ている前で、ふと疑問を抱いた男子生徒がキョトンとした表情を浮かべ首をかしげて問いかけた。

 虚栄心が人一倍強い男子生徒からの問いかけに対して正直に答えたくはない気持ちがまさってしまった。かと言って嘘をつくのも気が引けてしまって、何とも複雑そうな表情を浮かべたヒビキが、どう答えようかと考えながら口を開く。

「え、どうだったかな」
 何とも中途半端で曖昧あいまいな返事が口から飛び出した。
 頭の中で考えを纏めることが出来ないまま返事をしようとした結果とは言え、疑問の残る答え方だったと思う。
 慌てて言葉を続けようと試みた。

「無我夢中だったから正直何をしたのか、あまり覚えていないんだけど」
 普段から人とコミュニケーションを取ることを出来るだけ避けていた事があだとなる。
 
「えぇー。100レベルのドラゴンを相手にして、あまり覚えていないって流石に無理があるんじゃない? 言いたくないのなら言いたくないって、はっきり言ってくれた方がまだいいんだけど。まぁ、無理にでも事実確認をするけどさ」
 不貞腐ふてくされながらも、今の僕格好いいことを言ったよねと、小声で言葉を続ける男子生徒は別に言わなくてもいい言葉を続けてしまうあたり、素直な性格をしているのだろう。
 一体その自信は何処から来るのか、何を根拠に自分が格好いいことを言ったと思えたのか。
 その前向きな考え方を見習いたい。

 チームを組んでいるはずの男子生徒と話をしていると、ついつい自分達が戦いの真っ最中であることを忘れてしまいそうになる。
 完全に周囲の状況を確認することを忘れて、自分達の世界に入ってしまっているヒビキに声をかける人物がいた。

「まだ戦いは終わっていませんよ」
 木のツルから逃れたことにより、何故ヒビキは勝利をしたと勘違いをしたのか。
 普段は落ち着いた口調で辛辣しんらつな事を言うシエルは滅多に人前で声を荒らげることをしない。

 珍しく会場内に通るような大きな声を出したシエルに対して、真っ先に反応を示したのは観戦者である生徒達や教師陣だった。
 油断しきっているヒビキに注意を促すけれど、女子生徒の発動した木のツルがヒビキ横腹を掠め皮膚を切り裂くほうが早かった。
 破れたヒビキの制服は白を基調としているため、一ヶ所だけ血がにじみ出て真っ赤に染まった部分が良く目立つ。
 
 武舞台から少し離れた位置に腰を掛けていたアヤネの目には、ヒビキの体を木のツルが貫通したように映っていた。
 二番目の兄に対する苦手意識が、ちょっぴり薄れ掛けていた所で兄に向けられた鋭い攻撃に驚き甲高い悲鳴を上げる。
 アヤネはパニックに陥っているようで、今にも二階の観客席から落っこちそうなほど身を乗り出して喚く。
 興奮をしすぎているため何を言っているのか分からない。

 言葉にならない悲鳴を上げるアヤネの制服の裾をつかみ、何とか落ちることを阻止しようとしている会長や副会長の事などお構い無しに、ジタバタと手足を動かして抵抗をする。
 手すりに手を掛けて前のめりになるアヤネの視線はヒビキに釘付けとなっているため、自分が現在どのような姿勢を取っているのか分かっていないのだろう。

「大丈夫ですよ。貫通はしていませんから」
 取り乱しているアヤネを見兼ねた副会長が安心させるために憶測を言う。
 もしも木のツルが貫通したのであれば大量の血を流してヒビキは、その場に倒れ込むだろう。
 
「痛がっている様子はあるけど自らの足で立ってるから、かすり傷なのでは?」
 同じくアヤネを落ち着かせようとした会長が口を開く。
 会長が暴れるアヤネを落ち着かせようとする事は珍しい。
 普段は身体に触れられることを怖がり自らアヤネの身体に触れることを避けていたけれど、珍しく会長自らアヤネに身を寄せて頭を撫でる。

「見ていてヒヤヒヤする。あの人の事だから容赦することなく簡単に圧勝。女子生徒を半殺しにするくらいはやってのけると思っていたんだけど」
 何度も言うけどアヤネは二番目の兄であるヒビキに対して、一体どのようなイメージを持っているのか。
 ヒビキの事を、あの人と呼んだアヤネは明らかに動揺をしている。
 学生相手に手加減をしている兄は、もしかしたら優しい人なのかもしれないと考えているアヤネはヒビキの事をあの人と呼んでしまった。
 兄と分かる前はヒビキ君と名前を呼び普通に接することが出来ていた。
 しかし、兄と分かった時のショックと動揺が大きくて学校生活の中で、どのように兄と接していたのか、どのような話をしていたのか記憶が曖昧になってしまっていた。

 ヒビキの事をあの人と言ってしまったアヤネの言葉を耳にして、副会長が何やら考える素振りをする。
 以前アヤネは二番目の兄がいると言っていた。その兄をあの人と呼び苦手だと口にしていた事を思い出す。
 数分間の沈黙後に勘づいてしまった副会長は珍しく顔に張り付けていた笑みを取り外して、唖然としたまま呟いた。

「やはり身内だったのですか?」
 ヒビキは初対面でありながらアヤネの名前を知っていて、意識のないアヤネの事を心配していた。
 もしかしたら知り合いなのではないのかと、ずっと疑問に思っていた。
 頭の中で結論が出た副会長がアヤネに向かって問いかける。
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