それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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森の主編

142話 光と炎二属性を操るドラゴン

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 リンスールの肩に触れた指先から直接、膨大な量の魔力が注ぎ込まれる。
 加減をすることなく自らの持つ全ての魔力をリンスールに分け与えたシエルは、全身の力が一度に抜けるような脱力感に襲われてくずおれた。

「え? 何をしているのですか?」
 倒れ込むようにして両膝をついたシエルの予想外の行動に対して妖精王は間の抜けたような声を出す。
 ドラゴンが迫りくる危機的な状況の中で、危うく人間界で過去に国王を務めたことのある偉い人物に対して正気ですかと失礼な疑問を投げ掛けてしまうところだった。

「加減を間違えました」
 シエルが顔を俯かせたまま、か細い声を出す。

「へ?」
 リンスールは素っ頓狂な声を上げる。
 しっかりしているようで、何処か抜けている王族達。ヒビキやユタカとは違って神経質な性格をしているシエルは例外であると思っていた。
 人に魔力を分け与える経験を過去に一度もしたことがないとはいえ、まさか自らの魔力を全て譲渡してくるとは思ってもいなかったため、リンスールは二つの選択肢をせまられる事になる。

 シエルから譲渡された魔力を一度持ち主に戻すか。
 それとも迫りくるドラゴンを取り囲むための結界をより強力なものにするために譲り受けた魔力を全て注ぎ込んでしまうか。
 もしも、ドラゴンが目の前に迫ってきている状況でなければ一度シエルに魔力を戻して、再び必要な分の魔力を分け与えてもらう事も出来ただろう。
 しかし、目の前にドラゴンが迫りくる危機的な状況の中で選択するべきなのは後者か。
 結論を出したリンスールは苦笑する。

「有り難とうございます。頂いた魔力を全て使わせてもらいますね」
 両手、両膝を地面につき立ち上がる事が出来ずにいるシエルを横目に見てリンスールは笑顔で感謝する。

「自業自得なので文句は言えませんが、くれぐれも失敗しないでくださいね。無事にドラゴンを封じてください」
 既に顔を上げる体力さえ残されてはいない。
 信用していますよと素直に思いを伝えれば良いのに、素直ではないシエルがリンスールに向かって憎まれ口をたたく。

「ご期待に応えられるか分かりませんが精進しょうじんします」
 穏やかな口調で言葉を続けると、両手を天に向けて掲げる。
 腕を伸ばしたまま勢いよく両手の平を合わすと、パンッと軽快な音が鳴った。
 リンスールの視線の先。
 ドラゴンの目と鼻の先に一筋の光が現れる。
 目映い光を放つ物体は一体、何の属性に分類されるのか。
 リンスールが発動したものであるのだから、木属性か風属性のどちらかなのだろうけれども一見、光属性のようにも思える。

 既にシエルの考えの中では光と炎、二つの属性を持つドラゴンがリンスールの発動した結界の中に閉じ込められる事により決着がついていた。
 勝利を確信してゴロンと仰向けに横たわったシエルは魔力回復の魔法を自らに使用する。
 ヒビキに向かって手招きをすると、首をかしげつつシエルの元に移動をしたヒビキから、魔力全回復の魔法を発動することが出来るだけの魔力を強引に奪い取った。

「少々お借りしますね」
 ヒビキからの返事を待つことなく、伝えたい言葉だけを早い口調で伝えるとシエルは右手の人差し指と中指に魔力を集めにかかる。

「まさか、この場で魔力全回復の魔法を使うつもりですか? 私の持ちうる能力を過信しすぎではありませんか? 発動が失敗してしまったら共倒れになりますよ」
 自らの額に指先を押し付けるシエルはリンスールに視線を移すと小さな声で呟いた。

「この場で魔力全回復魔法を使うつもりですよ。身動きが全くとることが出来ませんし。貴方ほどの化け物じみた能力の持ち主が張り巡らせた結界です。それを破られてしまっては私達人間に勝ち目などありません。自分で引き連れてきたドラゴンです。責任を持ってどうにかしてください」
 淡々とした口調だった。

 言いたいことだけを口にして、目蓋を閉じたシエルは指先に魔力を集める。
 リンスールからの返事を待つ気は全く無いようでシエルの指先を伝い額に黄金色に輝く光が移動する。
 光は瞬く間にシエルの身体を覆い、やがて光りは膜となりシエルの体を包み込んだ。
 シエルの体が宙に浮かぶと、リンスールは唖然とする。

「いくらなんでも無防備過ぎませんか?」
 結界により身動きを封じられているとは言え、直ぐそばに光と炎2つの属性を持つドラゴンがいる状況の中で自らの身動きを封じる魔法を発動するなんて、正気の沙汰とは思えない。
 リンスールが伸ばしたままの右手を左から横へ素早くスライドさせると、一筋の光が瞬く間に広がりを見せる。
 結界から逃れようとドラゴンが身を翻したものの、リンスールが発動した結界魔法がドラゴンを取り囲む方が早かった。
 
「上手くいった?」
 ヒビキの問いかけに対してリンスールが首を左右にふる。
「強引に力で結界を壊されてしまいそうです」
 リンスールの表情から笑みが消えた。
 余裕を失ったリンスールの視線の先で、力任せに結界を破壊しようとするドラゴンは身体強化の魔法を扱うことが出来るようで、内側から圧力をかけられた結界はミシミシと不気味な音を立てる。

「不味い状況ですか?」
 一体いつの間に側に来ていたのだろうか。
 離れた位置に佇んでいたはずの副会長が、気づけばすぐ隣に佇んでいて小声で問いかけられる。

「うん。不味い状況だよ。結界を強引に破壊されそうになっているらしい」
 今にも壊されそうになっている結界を凝視したまま、身動きをとれずにいるヒビキは考える。
「副会長の魔法で、この状況をどうにか出来ないかな?」
 副会長に助け船を求めて問いかける。

「ドラゴンに私の魔法が何処まで通じるのか分かりませんが試してみたい魔法があります」
 駄目は元々である。
 両手をかざして何やら呪文を唱えた副会長が両手を勢いよく合わせて、軽快な音を立てた途端ドラゴンを囲む結界の中を翡翠色の水が埋め尽くす。

「翡翠色の水は睡眠効果があります。ドラゴンを窒息させる事が出来れば良いのですが、きっとそう上手くは行きませんね」
 やる前から結果を決めつけることは良くないことではあるものの2000レベルを越えるドラゴン相手に、たった数十レベルの自分の魔法が通用するとは到底思えない。

 身体をくねくねと動かしているドラゴンは、結界の中から抜け出す事を諦めてはいない。
 ドラゴンの様子から睡眠魔法の効果は発揮しなかったことが分かる。
 リンスールはドラゴンとの力比べが続いているため汗だくとなっていた。
 
「どうやら、睡眠魔法は効果を発揮する事が出来なかったようですね。しかし、窒息させることは可能かもしれませんね」
 落ち着いた口調で呟いてはいるものの、リンスールの伸ばした腕は小刻みに震えている。体力が激しく消耗しているのだろう。呼吸が乱れているようにも思える。

「ドラゴンが窒息するのが先か、私が力負けするのが先か」
 息も絶え絶えに言葉を続けたリンスールが力負けして意識を失えば人間界は壊滅。2000を越えるレベルのドラゴン相手に成す術もなく敗北する事になるだろう。

「軽い気持ちでドラゴンを連れてくるからだよ。せめて連れてくるのなら自分の対処出来る範囲のドラゴンを連れてきてくれれば良かったのに、やはりドラゴンの力にはリンスールであっても敵わないの?」
 リンスールの言葉に続くようにして疑問を投げ掛けた声は随分と幼く中性的な声だった。
 一体いつの間に側に来ていたのか。
 リンスールの術により幼い姿へ変貌を遂げた鬼灯が首を傾げて問いかける。

「力は互角ですが持久力はドラゴンの方が上です」
 普段涼しい顔をしているリンスールが汗だくとなっている。
 今にも膝をついてしまいそうなほど中腰になっているため、体力的に限界が近づいているのだろう。
 みっともなくても良い。
 情けなくてもいい。
 この際このまま地べたに勢い良く腰を下ろしてしまおうかという考えが浮かんでいるリンスールは少しでも楽な姿勢をとりたいという誘惑にかられていた。

「危機的な状況なのは分かった。俺の姿を元に戻してくれないか?」
 緊迫した状況の中で鬼灯がリンスールに問いかけてみる。
 駄目元ではあったけれども思わぬ問いかけが返ってくる。

「策はあるのですか?」
 リンスールの問いかけに対して鬼灯は、もしかしたら元の姿に戻してくれるかもしれないと期待する。

「あぁ」
 ポツリと一言呟いた。
「分かりました」
 リンスールは深く考えることもなく、あっさりと許可を出す。

 後の事を考えているだけの余裕は無いのだろう。
 今この場で鬼灯を元に戻してしまうと、側にいる副会長が鬼灯の姿が瞬く間に変化するのを目の当たりにする事となる。

 幸いアヤネや会長は銀騎士団に釘付けとなっており、遠くはなれた場所にいるため気づかれることはないだろうけど、側にいる副会長には誰が状況を説明する事になるのか。
 鬼灯に向かって手招きをすると、元の姿に戻ることが出来るため上機嫌となった鬼灯は足早にリンスールの元へ移動する。

「失礼します」
 随分と弱っているのだろう。
 か細い声で一言ぽつりと呟いて鬼灯の額に指先を押し当てる。
 尖った爪が鬼灯の額に食い込んでいるけれども、上機嫌となっている鬼灯は気にする様子もなく爽やかな笑みを浮かべている。
 額から血が出ている事に鬼灯は果たして気づいているのだろうか。
 力加減を間違えたと、内心で焦っているリンスールの顔から血の気が引く。
 鬼灯は気にした様子もなく笑顔を浮かべているけれども、もしかしたら額から血が出ていることに気づいていないのかもしれない。
 気づかれる前に回復魔法を施して失態を無かったことにしてしまいたいけれど、ドラゴンを封じることでいっぱいいっぱいとなっている状況の中で回復魔法を使っている余裕がない。

 人の年齢を自由に操る術はリンスールの生命を削る。
 生命がすり減っていくのが分かっていても今回、鬼灯に若返りの術をかけたのは国王であるユタカに頼まれたため。
 娘を密かに守ってくれる同じ年頃の護衛が欲しい。
 学園都市にいる黒幕を捕まえるまでの間で良いと言った国王の頼みを聞いて恩を売っておくためだった。
 鬼灯の額の傷は、そろそろ意識を取り戻すであろうシエルに任せるとして、自分は鬼灯を元の姿に戻すことに専念をしよう。
 ドラゴンを封じる結界に流し込む魔力の量はそのままに、鬼灯の額に触れる指先に自らの生命力を魔力へ変換して流し込む。

 術を発動すると目を開けていられないほどの目映い光が辺り一面を照らし出し、突然の目眩ましを受けたヒビキや副会長が目蓋を閉じる。
 ギシギシと急な身体の成長と共に鬼灯の骨が不気味な音をならす。
 身体が若返った時よりも痛みが激しい気がする。
 しかし、この痛みも数秒間我慢をすれば、やがて身体は元の姿を取り戻すだろう。

 急な身体の成長は痛みをともない、よろめく鬼灯の身体が瞬く間に変化を遂げる。
 何とか痛みを耐えきることに成功した。
 情けない声を上げることなく変貌を遂げることに成功をした鬼灯は小さくガッツポーズをして見せる。
 目映い光が少しずつ弱まっていき、ヒビキや副会長が目蓋を開けられる頃には、床に片膝をつき乱れた呼吸を繰り返す鬼灯の姿があり、元の姿へ変化を遂げた鬼灯を指差して副会長が間の抜けた声を出す。

「誰?」
 混乱しているのだろう。
 丁寧な言葉遣いを、すっかりと忘れてしまっている副会長が首を傾げて呟いた。
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