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森の主編
136話 下に見た相手が悪かった
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チーム対抗戦は朝9時から開会式が行われた。
リング状の構築物は全校生徒が軽々と入ってしまえる程の大きさがある。
中央に設置された武舞台は正四角形。
四方八方から見下ろすことが出来る。
「それでは、第一試合を行います。1班と2班の選手は舞台に上がってください」
会場出入り口付近に設置された特設コーナーにて、司会進行を務めるのは生徒会副会長である。
入場と共に1班と2班の生徒に指示が出された。
早速試合が始まるようだ。
「ルールは簡単です。相手チームを打ち負かした方が勝ち上がっていくトーナメント形式となっております。場外へ出てしまった者、敗けを認めた者は例えチームが勝ち上がったとしても次の1試合は見学となりますので注意をしてください」
副会長のルール説明の直後に鳴り響いた金の音が、試合開始の合図のようだ。
金の音が鳴りやむ前に、一人の生徒が術を発動する。生徒を中心にして突風が発生した。
敵味方関係なく突風は生徒達を吹き飛ばして、場外に叩きつけた。
一瞬の出来事だった。
「あっという間の出来事でしたね。あっぱれです。続けて3班と4班の試合を開始いたします」
Sクラスの中でも飛び抜けて才能のある生徒が舞台に上がれば、先程のように四方八方から歓声が飛び交うようだ。
しかし、3班と4班の試合では歓声が上がらないところを見ると彼らの実力は驚くほどの実力ではないのだろう。
試合開始の合図と共に、生徒達は互いにぶつかり合うようにして接近戦を挑もうとする。
「馬鹿! 魔術師が最前線に出てどうすんだよ!」
黒を基調とした制服には所々赤のラインが入っている。どうやら、Sクラスの生徒が仲間の魔術師の行動に驚いて声を荒らげたようだ。
「下がれ! 下がれ!」
怒号が飛び交う中、指示通り足早に後退する女子生徒は目の前に迫り来る剣士に怯えて悲鳴をあげる。
3班と4班の試合は接戦だった。
AクラスからFクラスの生徒は舞台の上を逃げ惑い時折、生徒達が互いにぶつかり合って尻餅をつく様子が見てとれる。
降り注ぐ攻撃魔法。
鳴りやまぬ効果音は、互いの剣が何度もぶつかり合っていることが分かる。
死人が出ても可笑しくない状況の中で怪我人すら出さずに試合が進んでいくのは、致命傷となる攻撃には教師が咄嗟に防壁を張り巡らせる等の処置をとっているためである。
19班と20班による戦いが始まった。
アヤネの登場と共に沸き上がる歓声は、眠気に苛まれていたヒビキの頭を瞬時に覚醒させる。
ビクッと大きく肩を揺らしたヒビキは、今にも椅子から転げ落ちそうになっていることに気がついた。
「焼き尽くせ!」
アヤネの口から発せられた言葉と共に、舞台上を炎の渦が取り囲む。
逃げ場のない状況に追い込まれた生徒達は、敵味方関係なく両手を掲げて降参する。
勝敗が決まるのに、そう時間はかからなかった。
生徒同士の実力差が大きい場合は瞬時に勝敗が決まる。
互角に渡り合い接戦になるチームもあれば、瞬間に勝利が決まるチームもある。
昨晩起こった出来事の後、何故か興奮してしまって眠りにつけなかったヒビキは今頃になって激しい眠気に苛まれていた。
「続けて107班と108班による試合を行います」
自分達の番となったため、チームメートと共に舞台上へ移動する。
しかし、ヒビキの足取りはフラフラとしているため覚束ない。
「足元がフラフラのようだけど、自分の身は自分で守れそうか?」
会長はありったけの勇気を出してヒビキに声をかけた。
高鳴る心臓を落ち着かせるために胸元に手を添えた会長にとって、ヒビキは雲の上にいるような存在である。
会長は問いかけに対して返事はあるのだろうかと、不安にを抱いていた。
「ごめん。寝不足で……でも、足手まといにはならないようにするよ」
ヒビキは、はっきりとした口調で呟いた。
「そっか」
勇気を出した声かけも、あっと言う間に終わってしまう。
しかし、返事は貰えた。
ほんの少しでもヒビキと話すことが出来たため、嬉しさから会長の表情に笑みが浮かぶ。
相手チームと戦う準備は整った。
本気を出して戦う気は無いものの、ただ呆然と立ち尽くしている訳にもいかずにヒビキは剣を鞘から引き抜くと構えをとる。
狙うのは正面に佇んでいるFクラスの生徒である。
開始の合図と共に駆け出そうとした矢先の出来事だった。
「痛っ」
横腹に走った痛みと共に浮遊感に見舞われる。
状況を把握する間もなく身体は場外へ移動した。
呆然としたまま、ヒビキは芝生の上に尻餅をつく。
何が起こったのかヒビキが理解した頃には既に辺りは静まり返っており、観客者の視線を一身に集めていた。
「足手まといは要らないよ。FランクはFランクらしく見物でもしてなよ。因みに僕の兄は銀騎士団特攻隊のメンバーだからね。僕に逆らったら、銀騎士団特攻隊が放ってはおかないよ」
ヒビキに攻撃して場外に突き飛ばしたのは同じ108班の仲間であるはずの男子生徒だった。
「開始早々、仲間を場外へ追い出しますか。兄が銀騎士団だから、その弟である貴方に逆らう者がいたら銀騎士団が放ってはおかないですか。銀騎士団が一個人のために動くはずがないでしょう。見栄を張るのは構いませんが、他人を巻き込まないで欲しいですね」
声量があったため、ヒビキを突き飛ばした生徒にシエルの声は聞こえていただろう。
相変わらず無表情であるものの声や口調には、しっかりと怒りの感情がこめられている。
観客席の最前列に腰を下ろして、シエルはヒビキの試合を今か今かと待ちわびていた。
しかし、やっとヒビキが武舞台上に現れたと思った矢先に仲間であるはずの生徒に場外へ突き飛ばされてしまったため、ヒビキは戦うこともなく第一試合と第二試合の参加資格を奪われてしまう。
楽しみを奪われてしまったシエルは怒りを露にした。
シエルの発言を耳にした生徒は頬を膨らませている。
「一個人のために動くかどうか、その目で確認してみなよ。兄宛の手紙に、馬鹿にされたことを書き記して伝えてやるから」
生徒は怒りを露にしているものの、シエルの興味は既にヒビキに向いている。
「いつまで座っているつもりですか?」
未だに芝生に腰を下ろしているヒビキに向かって手招きをした。
「ヒビキのチームには会長がいるので勝ち上がりますよ。勝ち上がりさえすれば、また試合に出ることが出来ます」
シエルは男子生徒を見事にスルーした。
男子生徒のターゲットがヒビキから自分へ向いたため、それで満足してしまった様子。
突然の誘いに驚き、ヒビキは目を見開いたまま放心状態に陥っている。
視線の先には、観客席の最前列に腰を下ろしているシエルの姿があった。
シエルの周辺の席は空席となっている。
シエルの性格は気難しいため、教師や生徒達から嫌われているのかなという考えが浮かぶ。
ヒビキはシエルの元へ歩み寄ると、指示通り空席に腰を下ろす。
「それだけのレベルがありながら、Fランクに止まっているのは何か事情があるのですか?」
シエルはすぐに疑問に思っていたことを問いかけた。
「単にランクの更新が面倒だっただけです。Fランクであっても高レベルのモンスターを狩ることは出来るので更新は必要ないと思っていました」
ヒビキの返事を耳にしたシエルの表情が曇る。
「下に見られるのはヒビキにも問題がありますよ。カードの更新を怠らなければ見下されることも無かったでしょうし。東の森の通行が可能となった暁にはカードの更新を行わなければなりませんね」
シエルがヒビキの懐にしまってあるカードを指差した。
「無駄な争い事を避けるためにカードの更新は随時、行っていかなければなりませんね」
シエルの意見はごもっとも。
ヒビキが小さく頷いた。
「一つ質問してもいいですか? 何故シエル先生の周囲の席は空席だらけなのですか?」
シエルを中心に半径2メートルは空席になっている。
シエルは学園内でどのような立ち位置にいるのか、疑問を抱いて問いかけてみる。
「透明な結界を張ってます」
どうやら生徒達がシエルを避けている訳ではなく、シエルが生徒達を避けているようで悪びれた様子もなく結界を張り巡らせていることを口にする。
「俺は受け入れて貰えたってことは、少しは気を許して貰えたって事になりますね。しかし、何故透明な結界を?」
ヒビキの緊張は完全に解けていた。
頬を綻ばせて呟くと、すぐにシエルが口を開く。
「ひ孫であるヒビキと話しをしたいのですが、人に聞かれたくはない内容を話す事になるかもしれませんし念のために結界を張り人を遠ざけています。それに、気を許すもなにもヒビキに関しては身内ですし。私が恐れているのは新たな出会いです。失った時が辛いですし」
シエルが小さく頷いた。
盗賊によって息子を殺された過去を持つシエルは、新たな人との出会いを極端に恐れていた。
「私は親馬鹿と言われるほど我が子が可愛くて可愛くて仕方がなかったのですよ。息子が産んだ子供も可愛いですし、孫が産んだ子供も可愛いと思うじゃありませんか」
恐れているのは新たな出会いであって、曾孫を可愛いと思う気持ちはあるわけで、シエルが真面目な顔をして言葉を続ける。
真面目な顔をして言葉を続けたシエルに対して、息子である先代の国王や孫である父上は子供は産みませんと、危うく言葉を返してしまいそうになった。
しかし、先々代の国王の見た目が鬼灯やユタカと、そう変わらない所を見ると世の理を曲げるような力が働いているのかもしれない。
「先代の国王や父上が子を産むことも、あるのかもしれませんね」
思わず考えを中途半端に口に出してしまう。
「え? あ、可笑しな言い間違えをしました。ヒビキも素直に納得しないでくださいよ」
自分の言い間違えに気付き、シエルは慌てて言葉を訂正する。
「すみません。曾祖父の見た目と年齢が比例していないものですから、世の理を曲げるような力が働いているのだと思いまして、だったら父や祖父が子を産むこともあるのかなと思ってしまいました」
吹き出して笑うヒビキにシエルは困ったように眉尻を下げる。
「私の成長が止まってしまったのは、妖精王による呪いのせいですよ。私の代では、妖精王は人間を酷く嫌っていましたから年を取らなくなれば周囲からは化け物扱いされますので、私は30代後半で国王の座を降りる形となりました」
全く予想外の回答だった。
ここで、リンスールの話題が上がるとは思ってもいなかったヒビキは唖然とする。
「そっか。妖精王が人と距離をつめたのは先代の国王に変わってからでしたね」
何故シエルが曾祖父でありながら見た目が若いのか理由が分かった。
「そう言う事ですね」
シエルの表情が穏やかなものへ変化する。
「因みにですが、洞窟内で俺と共にいたクリーム色の髪をツインテールにしてた女子生徒がいたのを覚えていますか?」
シエルはアヤネがひ孫であることを知っているのだろうか。ふと、疑問を抱いて問いかける。
「炎属性の魔法を操る魔術師でしたよね」
「うん。俺の妹だよ」
やはり、気づいてはいなかったようで、シエルは首をかしげている。
妹であることを口にした。
「それは、初耳です。まさか孫が学園に通っているとは思わず気づきませんでした。どこにいます? 声をかけましょうか」
シエルは嬉しさを隠しきれず、今すぐアヤネの元に向かおうとする。
「今すぐ声をかけに行くのはやめておいた方がいいと思うよ。昨日シエル先生に化けていた黒幕は、最初アヤネを人質にとり、その首筋にナイフを突きつけていたんだ。フードを深く被っていたとは言え、拘束されていたアヤネからシエル先生に変装した術者の顔が見えていたかもしれないし。恐怖に怯えてアヤネは泣いていたから近寄っても怯えられてしまうだけだと思うよ」
しかし、ヒビキが昨夜の出来事を口にすることにより、今すぐ行動を起こすことを諦める。
「そのような事があったのですね。許せませんね」
シエルの眉間にシワがよる。
少しずつシエルの無表情が崩れてきている。感情が表情に現れていた。
リング状の構築物は全校生徒が軽々と入ってしまえる程の大きさがある。
中央に設置された武舞台は正四角形。
四方八方から見下ろすことが出来る。
「それでは、第一試合を行います。1班と2班の選手は舞台に上がってください」
会場出入り口付近に設置された特設コーナーにて、司会進行を務めるのは生徒会副会長である。
入場と共に1班と2班の生徒に指示が出された。
早速試合が始まるようだ。
「ルールは簡単です。相手チームを打ち負かした方が勝ち上がっていくトーナメント形式となっております。場外へ出てしまった者、敗けを認めた者は例えチームが勝ち上がったとしても次の1試合は見学となりますので注意をしてください」
副会長のルール説明の直後に鳴り響いた金の音が、試合開始の合図のようだ。
金の音が鳴りやむ前に、一人の生徒が術を発動する。生徒を中心にして突風が発生した。
敵味方関係なく突風は生徒達を吹き飛ばして、場外に叩きつけた。
一瞬の出来事だった。
「あっという間の出来事でしたね。あっぱれです。続けて3班と4班の試合を開始いたします」
Sクラスの中でも飛び抜けて才能のある生徒が舞台に上がれば、先程のように四方八方から歓声が飛び交うようだ。
しかし、3班と4班の試合では歓声が上がらないところを見ると彼らの実力は驚くほどの実力ではないのだろう。
試合開始の合図と共に、生徒達は互いにぶつかり合うようにして接近戦を挑もうとする。
「馬鹿! 魔術師が最前線に出てどうすんだよ!」
黒を基調とした制服には所々赤のラインが入っている。どうやら、Sクラスの生徒が仲間の魔術師の行動に驚いて声を荒らげたようだ。
「下がれ! 下がれ!」
怒号が飛び交う中、指示通り足早に後退する女子生徒は目の前に迫り来る剣士に怯えて悲鳴をあげる。
3班と4班の試合は接戦だった。
AクラスからFクラスの生徒は舞台の上を逃げ惑い時折、生徒達が互いにぶつかり合って尻餅をつく様子が見てとれる。
降り注ぐ攻撃魔法。
鳴りやまぬ効果音は、互いの剣が何度もぶつかり合っていることが分かる。
死人が出ても可笑しくない状況の中で怪我人すら出さずに試合が進んでいくのは、致命傷となる攻撃には教師が咄嗟に防壁を張り巡らせる等の処置をとっているためである。
19班と20班による戦いが始まった。
アヤネの登場と共に沸き上がる歓声は、眠気に苛まれていたヒビキの頭を瞬時に覚醒させる。
ビクッと大きく肩を揺らしたヒビキは、今にも椅子から転げ落ちそうになっていることに気がついた。
「焼き尽くせ!」
アヤネの口から発せられた言葉と共に、舞台上を炎の渦が取り囲む。
逃げ場のない状況に追い込まれた生徒達は、敵味方関係なく両手を掲げて降参する。
勝敗が決まるのに、そう時間はかからなかった。
生徒同士の実力差が大きい場合は瞬時に勝敗が決まる。
互角に渡り合い接戦になるチームもあれば、瞬間に勝利が決まるチームもある。
昨晩起こった出来事の後、何故か興奮してしまって眠りにつけなかったヒビキは今頃になって激しい眠気に苛まれていた。
「続けて107班と108班による試合を行います」
自分達の番となったため、チームメートと共に舞台上へ移動する。
しかし、ヒビキの足取りはフラフラとしているため覚束ない。
「足元がフラフラのようだけど、自分の身は自分で守れそうか?」
会長はありったけの勇気を出してヒビキに声をかけた。
高鳴る心臓を落ち着かせるために胸元に手を添えた会長にとって、ヒビキは雲の上にいるような存在である。
会長は問いかけに対して返事はあるのだろうかと、不安にを抱いていた。
「ごめん。寝不足で……でも、足手まといにはならないようにするよ」
ヒビキは、はっきりとした口調で呟いた。
「そっか」
勇気を出した声かけも、あっと言う間に終わってしまう。
しかし、返事は貰えた。
ほんの少しでもヒビキと話すことが出来たため、嬉しさから会長の表情に笑みが浮かぶ。
相手チームと戦う準備は整った。
本気を出して戦う気は無いものの、ただ呆然と立ち尽くしている訳にもいかずにヒビキは剣を鞘から引き抜くと構えをとる。
狙うのは正面に佇んでいるFクラスの生徒である。
開始の合図と共に駆け出そうとした矢先の出来事だった。
「痛っ」
横腹に走った痛みと共に浮遊感に見舞われる。
状況を把握する間もなく身体は場外へ移動した。
呆然としたまま、ヒビキは芝生の上に尻餅をつく。
何が起こったのかヒビキが理解した頃には既に辺りは静まり返っており、観客者の視線を一身に集めていた。
「足手まといは要らないよ。FランクはFランクらしく見物でもしてなよ。因みに僕の兄は銀騎士団特攻隊のメンバーだからね。僕に逆らったら、銀騎士団特攻隊が放ってはおかないよ」
ヒビキに攻撃して場外に突き飛ばしたのは同じ108班の仲間であるはずの男子生徒だった。
「開始早々、仲間を場外へ追い出しますか。兄が銀騎士団だから、その弟である貴方に逆らう者がいたら銀騎士団が放ってはおかないですか。銀騎士団が一個人のために動くはずがないでしょう。見栄を張るのは構いませんが、他人を巻き込まないで欲しいですね」
声量があったため、ヒビキを突き飛ばした生徒にシエルの声は聞こえていただろう。
相変わらず無表情であるものの声や口調には、しっかりと怒りの感情がこめられている。
観客席の最前列に腰を下ろして、シエルはヒビキの試合を今か今かと待ちわびていた。
しかし、やっとヒビキが武舞台上に現れたと思った矢先に仲間であるはずの生徒に場外へ突き飛ばされてしまったため、ヒビキは戦うこともなく第一試合と第二試合の参加資格を奪われてしまう。
楽しみを奪われてしまったシエルは怒りを露にした。
シエルの発言を耳にした生徒は頬を膨らませている。
「一個人のために動くかどうか、その目で確認してみなよ。兄宛の手紙に、馬鹿にされたことを書き記して伝えてやるから」
生徒は怒りを露にしているものの、シエルの興味は既にヒビキに向いている。
「いつまで座っているつもりですか?」
未だに芝生に腰を下ろしているヒビキに向かって手招きをした。
「ヒビキのチームには会長がいるので勝ち上がりますよ。勝ち上がりさえすれば、また試合に出ることが出来ます」
シエルは男子生徒を見事にスルーした。
男子生徒のターゲットがヒビキから自分へ向いたため、それで満足してしまった様子。
突然の誘いに驚き、ヒビキは目を見開いたまま放心状態に陥っている。
視線の先には、観客席の最前列に腰を下ろしているシエルの姿があった。
シエルの周辺の席は空席となっている。
シエルの性格は気難しいため、教師や生徒達から嫌われているのかなという考えが浮かぶ。
ヒビキはシエルの元へ歩み寄ると、指示通り空席に腰を下ろす。
「それだけのレベルがありながら、Fランクに止まっているのは何か事情があるのですか?」
シエルはすぐに疑問に思っていたことを問いかけた。
「単にランクの更新が面倒だっただけです。Fランクであっても高レベルのモンスターを狩ることは出来るので更新は必要ないと思っていました」
ヒビキの返事を耳にしたシエルの表情が曇る。
「下に見られるのはヒビキにも問題がありますよ。カードの更新を怠らなければ見下されることも無かったでしょうし。東の森の通行が可能となった暁にはカードの更新を行わなければなりませんね」
シエルがヒビキの懐にしまってあるカードを指差した。
「無駄な争い事を避けるためにカードの更新は随時、行っていかなければなりませんね」
シエルの意見はごもっとも。
ヒビキが小さく頷いた。
「一つ質問してもいいですか? 何故シエル先生の周囲の席は空席だらけなのですか?」
シエルを中心に半径2メートルは空席になっている。
シエルは学園内でどのような立ち位置にいるのか、疑問を抱いて問いかけてみる。
「透明な結界を張ってます」
どうやら生徒達がシエルを避けている訳ではなく、シエルが生徒達を避けているようで悪びれた様子もなく結界を張り巡らせていることを口にする。
「俺は受け入れて貰えたってことは、少しは気を許して貰えたって事になりますね。しかし、何故透明な結界を?」
ヒビキの緊張は完全に解けていた。
頬を綻ばせて呟くと、すぐにシエルが口を開く。
「ひ孫であるヒビキと話しをしたいのですが、人に聞かれたくはない内容を話す事になるかもしれませんし念のために結界を張り人を遠ざけています。それに、気を許すもなにもヒビキに関しては身内ですし。私が恐れているのは新たな出会いです。失った時が辛いですし」
シエルが小さく頷いた。
盗賊によって息子を殺された過去を持つシエルは、新たな人との出会いを極端に恐れていた。
「私は親馬鹿と言われるほど我が子が可愛くて可愛くて仕方がなかったのですよ。息子が産んだ子供も可愛いですし、孫が産んだ子供も可愛いと思うじゃありませんか」
恐れているのは新たな出会いであって、曾孫を可愛いと思う気持ちはあるわけで、シエルが真面目な顔をして言葉を続ける。
真面目な顔をして言葉を続けたシエルに対して、息子である先代の国王や孫である父上は子供は産みませんと、危うく言葉を返してしまいそうになった。
しかし、先々代の国王の見た目が鬼灯やユタカと、そう変わらない所を見ると世の理を曲げるような力が働いているのかもしれない。
「先代の国王や父上が子を産むことも、あるのかもしれませんね」
思わず考えを中途半端に口に出してしまう。
「え? あ、可笑しな言い間違えをしました。ヒビキも素直に納得しないでくださいよ」
自分の言い間違えに気付き、シエルは慌てて言葉を訂正する。
「すみません。曾祖父の見た目と年齢が比例していないものですから、世の理を曲げるような力が働いているのだと思いまして、だったら父や祖父が子を産むこともあるのかなと思ってしまいました」
吹き出して笑うヒビキにシエルは困ったように眉尻を下げる。
「私の成長が止まってしまったのは、妖精王による呪いのせいですよ。私の代では、妖精王は人間を酷く嫌っていましたから年を取らなくなれば周囲からは化け物扱いされますので、私は30代後半で国王の座を降りる形となりました」
全く予想外の回答だった。
ここで、リンスールの話題が上がるとは思ってもいなかったヒビキは唖然とする。
「そっか。妖精王が人と距離をつめたのは先代の国王に変わってからでしたね」
何故シエルが曾祖父でありながら見た目が若いのか理由が分かった。
「そう言う事ですね」
シエルの表情が穏やかなものへ変化する。
「因みにですが、洞窟内で俺と共にいたクリーム色の髪をツインテールにしてた女子生徒がいたのを覚えていますか?」
シエルはアヤネがひ孫であることを知っているのだろうか。ふと、疑問を抱いて問いかける。
「炎属性の魔法を操る魔術師でしたよね」
「うん。俺の妹だよ」
やはり、気づいてはいなかったようで、シエルは首をかしげている。
妹であることを口にした。
「それは、初耳です。まさか孫が学園に通っているとは思わず気づきませんでした。どこにいます? 声をかけましょうか」
シエルは嬉しさを隠しきれず、今すぐアヤネの元に向かおうとする。
「今すぐ声をかけに行くのはやめておいた方がいいと思うよ。昨日シエル先生に化けていた黒幕は、最初アヤネを人質にとり、その首筋にナイフを突きつけていたんだ。フードを深く被っていたとは言え、拘束されていたアヤネからシエル先生に変装した術者の顔が見えていたかもしれないし。恐怖に怯えてアヤネは泣いていたから近寄っても怯えられてしまうだけだと思うよ」
しかし、ヒビキが昨夜の出来事を口にすることにより、今すぐ行動を起こすことを諦める。
「そのような事があったのですね。許せませんね」
シエルの眉間にシワがよる。
少しずつシエルの無表情が崩れてきている。感情が表情に現れていた。
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アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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