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学園都市編
134話 シエルの行く末1
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食堂内。
屋上から食堂へ移動したヒビキの顔から瞬く間に血の気が引く。
「悪巧みをしたから早速バチがあたったみたい」
懐に手を入れたまま真っ青な顔をして呟いた。
「カードを無くしたっぽい」
ここに来て、やっとギルドカードを紛失した事に気がついた。
ヒビキが頭を抱え込む。
「一度来た道を戻るか?」
ギルドカードは生活必需品である。
無くてはならないものであって
「探してくる。その前に理事長室に寄らなければならない用事があったから、用事を終わらせてからカードを探しに行ってくる」
しかし、カードを無くした事実に気づいたこのタイミングで父に頼まれた理事長への伝言を思い出す。
ギルドカード紛失よりも国王から理事長宛の伝言の方が重要だとヒビキは考えた。
ヒビキは早々に食堂を後にする。
空腹を訴えていた鬼灯を食堂内に残して、一人でギルドカードを探しに行こうとしていれば
「俺は屋上を見てくるから、ヒビキは理事長室へ行きその足で体育館へ向かってくれ。学校正門前に集合な」
どうやら、鬼灯は一緒にギルドカードを探してくれるらしい。
鬼灯はヒビキの返事を待つことなく、全速力で屋上へ向かって駆け出した。
「うん」
ヒビキは返事を漏らすようにして苦笑する。鬼灯の行動力に驚き完全に足が止まっていた。
しかし、すぐに我にかえると理事長室へ向かって走り出す。
もしも、ギルドカードが見つからなければカードの機能を停止して、新しいカードを発行してもらわなければならなくなる。
「新たなカードの発行手続き何て、面倒だから出来ればしたくない。何としても見つけ出さないと」
真っ青な顔をしたまま、ヒビキは理事長室に続く階段をかけ上がる。
ヒビキは何としてもギルドカードを見つけ出そうとしているけれど、カードは何処を探しても見つかるはずがない。カードはシエルの元にあるのだから。
ヒビキはシエルに身元がばれてしまったこと。
レベルや扱える術まで把握されてしまっていることに、気づいてはいなかった。
ヒビキや鬼灯がギルドカードを探して校内を走り回っている頃。
城内に設置された治療施設。
それまで、何の呼び掛けに対してもピクリとも反応を示さなかったシエルが目を覚ました。
体の傷はユタカの施した回復魔法により癒えている。
しかし、召喚魔法で呼び寄せた聖騎士を出現させたままの状態で意識を失ってしまったため、魔力を激しく消費した状態に陥っていた。
ベッドに仰向けに横たわったまま、視線だけを動かして周囲を確認する。
「ここは……」
白を基調とした建物は天井や壁の所々に金粉がちりばめられている。
「城内ですか」
室内は見るからに高級そうな壺や掛け軸で飾り付けがしてある。ここが何処であるのかすぐに理解をした。
「私がこの場所にいるということは、トロールを倒せたのか、それとも全滅してしまって強制的に緊急クエストが解けたのか。状況が知りたいですね」
瞬きをする事なくシエルを見つめる少年は水色の瞳を持つ。
クリーム色の髪の毛はストレート。
少年は一体、何を思っているのか。
国王暗殺を企てたシエルを目の前にして、相手の出方を伺っている。
ユタカはシエルに対して返事をする気は無さそうだ。
シエルは上半身を起こそうと試みる。
「無理に起き上がらなくてもいいよ。横になったまま話を聞かせて?」
幼い子供を前にしてシエルは一体、何を思っているのか。
「私に答えられることであれば何なりと」
起こしかけていた上半身を、ゆっくりと戻す。
疲れきった様子のシエルの体力は全く回復していない様子。
立ち上がるどころか上半身を起こすことも出来ずに項垂れる。
「隣街で教師を務めていたはずの貴方が何故、王国側にいたのか目的は?」
ユタカによる事情聴取が始まった。
「妖精達が王国や街を襲ったとの情報得たので、真偽のほどを確認するために街のギルドへ足を運びました」
隠すほどの情報でもなかったのだろう。シエルは迷うことなく事実を口にする。
「確認の結果は?」
ユタカは質問を重ねていく。
「妖精が襲ってきたと言うわりに、破壊された建物はなく街は相変わらず活気付いていました。しかし、国王が街を守るようにして張り巡らせていた結界は解け、城内の活気は無く静まり返っているようでした。情報を掴むことが出来ずに学園へ戻る所でした」
身動きがとれない以上、答えられるべき所は素直に答える気でいるようだ。
しかし、当たり障りの無い返事である。
「そう……因みに、さっきの質問だけど。トロールは倒されて緊急クエストは解除されたよ」
ふとユタカがシエルにトロールとの決着がついたと事実を口にする。
トロール討伐の成功を伝えるとシエルは安堵する。
「そうですか」
しかし、すぐに気を引き締める。
「被害はどれ程のものでしたか?」
ユタカが質問に返事をするかは分からない。スルーされることを覚悟して問いかける。
「尋常ではない被害だったよ。数日から数ヶ月間は東の森は閉鎖されることになると思う」
被害の殆どはヒビキが放った術によるものだけど、敢えて事実を伝えない。
「困りましたね。学園に戻るには東の森を通らなければなりませんし」
「暫くは学園に戻れないよ。シエル先生の身柄を拘束させてもらうからね」
ユタカがシエルの元へ歩み寄ろうとした瞬間。瞬く間に起こった出来事だった。
シエルがユタカの腹部に腕を回して小柄な身体の身動きを封じ込む。
「死滅の情報にすっかりと惑わされましたよ。まさか、幼い頃の姿に戻っていようとは考えてもいませんでした。見た目は変えられたとしても扱う魔法属性。そのオーラまでは変えることは出来なかったようですね。氷属性を操るのは国王ただ一人です」
シエルがユタカの腹部に手の平を添える。
素早く黄金色に輝く魔法陣を発動した。
「魔力が枯渇した状態じゃ……」
ユタカが焦ったように声を上げる。
シエルの魔力が枯渇した状態であると、勝手に判断をしていた。
「いえ。少量ではありますが残っていますよ」
上半身を起こせずにいたのも演技だったようで、素早い動きを見せる。
黄金色に輝く魔法陣はユタカの魔力を奪う働きをする。
シエルに魔力を奪われてしまったユタカは、強引に魔力を奪われて意識を失ってしまった。
ベッドの上に力なく倒れこむ。
「さて、急がなければなりませんね」
シエルの目的が何なのか。
現段階では分からない。
しかし、ユタカを手にかけないところを見ると狙いは第二王子であるヒビキの命か。
魔力を奪ったことにより、身軽となったシエルは深呼吸をする。
ユタカの身体を抱えこむと、寝室の窓から飛び降りた。
ユタカを人質にとるつもりか。
レベルが350を越えるヒビキに真っ正面から対抗したとしても到底、敵わないとでも思っているのか。
調査隊が寝室にたどり着いたのはシエルが寝室から抜け出した直後。
見事に入れ違いとなる。
瞬く間に城の中が騒がしくなった。
「もう駄目だ。一歩も動きたくない」
力なく食堂のテーブルに突っ伏して弱音を吐いたヒビキの顔面は、血の気が引き真っ青になっていた。
「カードを停止しないと、もしも悪用する人物が現れたらどうするんだ。カードを更新したときに残高が0になっていたら笑い話にもならないぞ」
面倒見のいい鬼灯は、カードを停止することをヒビキにすすめてみる。
「残高が0になっていたら新たに貯めなおすよ。どのみち東の森が閉鎖された今、隣街のギルドまでたどり着く術はないから。飛行するにしても空を飛ぶドラゴンと戦うことになれば勝ち目はない」
ヒビキは諦めモードである。
「もしも、東の森や洞窟内でカードを落としたのであれば、東の森の被害状況の把握のため騎馬隊が走り回っている。見つけてもらえる可能性が高いから、暫く様子を見ることにするよ」
カードはシエルが手にしていることを知らないヒビキは悠長な事を言っている。
「まぁ、体育館や屋上や東の森へと続く道。通ってきた道を戻っても見つからなかったって事は東の森の中、あるいは洞窟内にあるだろうな。暫く待ってみるか」
東の森が閉鎖されている今、鬼灯やヒビキになすすべはない。
「それまでは、金銭面は心配しなくてもいい。奢るから」
今日も、鬼灯に夕食をご馳走になっている。
爽やかな笑みを見せる鬼灯には迷惑をかけてばかりである。
「うん。有り難う」
ヒビキは苦笑する。
「何を話しているのかな」
食堂の二階席で手すりに手を添えて、一階広場を眺めていたアヤネは小声で呟いた。
「さっきから、真剣な顔をして何を見ているのかと思えば。随分と編入生の事を気に入ったんだな」
夕食のハンバーグ定食を口にしていた会長が、アヤネの元に歩み寄る。一定の距離を開けて手すりに手をかけると、食堂一階フロアを覗きこむ。
「ん?」
会長の視線の先。クリーム色の髪色を持つヒビキはよく目立つ。
「テーブルに突っ伏したな。体調でも悪いのか?」
ギルドカード紛失により、ヒビキは激しく落ち込んでいる。
しかし、塩チーズ味の餡掛け焼きそばがテーブルへ届くと、ヒビキの表情に笑みが戻る。
店員から小皿を受けとると、焼きそばを皿に取り分けて、鬼灯の前へ差し出した。
「油でうっすらと焦げ目がつくまで焼き上げた焼きそばに、ベーコンやもやし、キャベツや玉ねぎを乗せて塩こしょうで味付けしたんだって。細かく四角にカットされたチーズをちりばめて完成。店員にすすめてもらった料理だよ」
料理が届いた途端、態度の一変したヒビキは華奢な体つきではあるものの食い意地を張っている。
ヒビキが小皿を差し出したように、鬼灯もたらこ味のスパゲッティーを小皿に取り分けてヒビキの目の前に差し出した。
「俺からも、たらこスパゲッティーをどうぞ。味付けは牛乳とバターとマヨネーズと醤油。クリーミーな味わいになっているらしい」
互いの料理を少量ずつ取り分けて交換する、ヒビキと鬼灯の姿を交互に眺めていた会長は苦笑する。
「本当に仲がいいな。テーブルに突っ伏したと思っていれば急に元気そうだな」
小さな声で考えを呟いた。
ヒビキが鬼灯と共に夕食をとっている頃。
張り巡らせていた結界を強引に破壊して、半ば強引に東の森を突き進むシエルの姿があった。
背後を追いかけるのは騎馬隊達。森の中をけたたましいサイレン音が鳴り響く。
「国王を人質にとってるんだ。攻撃は仕掛けるな! 拘束魔法を発動しろ」
普段はおっとりとした口調が印象的な騎馬隊隊長が声を荒らげる。
既に時刻は午後8時を回っていたため、周囲は暗く足元が見ずらい状況になっていた。
明かりを灯せば自らの位置を知らせる事になる。
シエルは当然のことながら、騎馬隊も明かりを灯すことなく暗闇の中を全速力で駆け抜ける。
地を強く蹴りつけることにより飛び上がり、空中で一回転。軽々と巨大な岩を飛び越えるシエルに続き、騎馬隊が岩を避けるようにして迂回する。
巨大な岩を避けるたびにシエルと騎士の距離が開く。
「駄目だ。追い付けない」
騎馬隊は馬を使っているにも拘わらず、シエルの走るスピードに全く追い付けずにいた。
それほどまでに、シエルの全力疾走は早く大岩を軽々と飛び越える姿から身軽であることが分かる。
少しずつシエルと騎馬隊との距離が開く。
このまま、距離が開き続ければ時期に見失うことになるだろう。
焦りを見せる騎士達を嘲笑うように、シエルは指をパチンと鳴らす。
共に黒いローブがユタカの身体を巻き込みつつ、シエルの身を包み込んだ。
シエルの姿が暗闇と同化して騎士達の視界から消えてしまう。
「駄目だ。完全に見失ってしまった」
国王が人質にとられているため、絶対に見失ってはいけない状況の中で、騎士達はシエルを見失った。
「四方八方に散らばって隈なく探すぞ。1班のうち2人は、ヒビキ様やタツウミ様に国王が人質にとられたこと。黒幕であるシエルを取り逃がしてしまったことを伝えてくれ」
「かしこまりました」
「承知いたしました」
隊長の指示通り1人はヒビキの元へ。
1人はタツウミの元へ向かって駆け出した。
屋上から食堂へ移動したヒビキの顔から瞬く間に血の気が引く。
「悪巧みをしたから早速バチがあたったみたい」
懐に手を入れたまま真っ青な顔をして呟いた。
「カードを無くしたっぽい」
ここに来て、やっとギルドカードを紛失した事に気がついた。
ヒビキが頭を抱え込む。
「一度来た道を戻るか?」
ギルドカードは生活必需品である。
無くてはならないものであって
「探してくる。その前に理事長室に寄らなければならない用事があったから、用事を終わらせてからカードを探しに行ってくる」
しかし、カードを無くした事実に気づいたこのタイミングで父に頼まれた理事長への伝言を思い出す。
ギルドカード紛失よりも国王から理事長宛の伝言の方が重要だとヒビキは考えた。
ヒビキは早々に食堂を後にする。
空腹を訴えていた鬼灯を食堂内に残して、一人でギルドカードを探しに行こうとしていれば
「俺は屋上を見てくるから、ヒビキは理事長室へ行きその足で体育館へ向かってくれ。学校正門前に集合な」
どうやら、鬼灯は一緒にギルドカードを探してくれるらしい。
鬼灯はヒビキの返事を待つことなく、全速力で屋上へ向かって駆け出した。
「うん」
ヒビキは返事を漏らすようにして苦笑する。鬼灯の行動力に驚き完全に足が止まっていた。
しかし、すぐに我にかえると理事長室へ向かって走り出す。
もしも、ギルドカードが見つからなければカードの機能を停止して、新しいカードを発行してもらわなければならなくなる。
「新たなカードの発行手続き何て、面倒だから出来ればしたくない。何としても見つけ出さないと」
真っ青な顔をしたまま、ヒビキは理事長室に続く階段をかけ上がる。
ヒビキは何としてもギルドカードを見つけ出そうとしているけれど、カードは何処を探しても見つかるはずがない。カードはシエルの元にあるのだから。
ヒビキはシエルに身元がばれてしまったこと。
レベルや扱える術まで把握されてしまっていることに、気づいてはいなかった。
ヒビキや鬼灯がギルドカードを探して校内を走り回っている頃。
城内に設置された治療施設。
それまで、何の呼び掛けに対してもピクリとも反応を示さなかったシエルが目を覚ました。
体の傷はユタカの施した回復魔法により癒えている。
しかし、召喚魔法で呼び寄せた聖騎士を出現させたままの状態で意識を失ってしまったため、魔力を激しく消費した状態に陥っていた。
ベッドに仰向けに横たわったまま、視線だけを動かして周囲を確認する。
「ここは……」
白を基調とした建物は天井や壁の所々に金粉がちりばめられている。
「城内ですか」
室内は見るからに高級そうな壺や掛け軸で飾り付けがしてある。ここが何処であるのかすぐに理解をした。
「私がこの場所にいるということは、トロールを倒せたのか、それとも全滅してしまって強制的に緊急クエストが解けたのか。状況が知りたいですね」
瞬きをする事なくシエルを見つめる少年は水色の瞳を持つ。
クリーム色の髪の毛はストレート。
少年は一体、何を思っているのか。
国王暗殺を企てたシエルを目の前にして、相手の出方を伺っている。
ユタカはシエルに対して返事をする気は無さそうだ。
シエルは上半身を起こそうと試みる。
「無理に起き上がらなくてもいいよ。横になったまま話を聞かせて?」
幼い子供を前にしてシエルは一体、何を思っているのか。
「私に答えられることであれば何なりと」
起こしかけていた上半身を、ゆっくりと戻す。
疲れきった様子のシエルの体力は全く回復していない様子。
立ち上がるどころか上半身を起こすことも出来ずに項垂れる。
「隣街で教師を務めていたはずの貴方が何故、王国側にいたのか目的は?」
ユタカによる事情聴取が始まった。
「妖精達が王国や街を襲ったとの情報得たので、真偽のほどを確認するために街のギルドへ足を運びました」
隠すほどの情報でもなかったのだろう。シエルは迷うことなく事実を口にする。
「確認の結果は?」
ユタカは質問を重ねていく。
「妖精が襲ってきたと言うわりに、破壊された建物はなく街は相変わらず活気付いていました。しかし、国王が街を守るようにして張り巡らせていた結界は解け、城内の活気は無く静まり返っているようでした。情報を掴むことが出来ずに学園へ戻る所でした」
身動きがとれない以上、答えられるべき所は素直に答える気でいるようだ。
しかし、当たり障りの無い返事である。
「そう……因みに、さっきの質問だけど。トロールは倒されて緊急クエストは解除されたよ」
ふとユタカがシエルにトロールとの決着がついたと事実を口にする。
トロール討伐の成功を伝えるとシエルは安堵する。
「そうですか」
しかし、すぐに気を引き締める。
「被害はどれ程のものでしたか?」
ユタカが質問に返事をするかは分からない。スルーされることを覚悟して問いかける。
「尋常ではない被害だったよ。数日から数ヶ月間は東の森は閉鎖されることになると思う」
被害の殆どはヒビキが放った術によるものだけど、敢えて事実を伝えない。
「困りましたね。学園に戻るには東の森を通らなければなりませんし」
「暫くは学園に戻れないよ。シエル先生の身柄を拘束させてもらうからね」
ユタカがシエルの元へ歩み寄ろうとした瞬間。瞬く間に起こった出来事だった。
シエルがユタカの腹部に腕を回して小柄な身体の身動きを封じ込む。
「死滅の情報にすっかりと惑わされましたよ。まさか、幼い頃の姿に戻っていようとは考えてもいませんでした。見た目は変えられたとしても扱う魔法属性。そのオーラまでは変えることは出来なかったようですね。氷属性を操るのは国王ただ一人です」
シエルがユタカの腹部に手の平を添える。
素早く黄金色に輝く魔法陣を発動した。
「魔力が枯渇した状態じゃ……」
ユタカが焦ったように声を上げる。
シエルの魔力が枯渇した状態であると、勝手に判断をしていた。
「いえ。少量ではありますが残っていますよ」
上半身を起こせずにいたのも演技だったようで、素早い動きを見せる。
黄金色に輝く魔法陣はユタカの魔力を奪う働きをする。
シエルに魔力を奪われてしまったユタカは、強引に魔力を奪われて意識を失ってしまった。
ベッドの上に力なく倒れこむ。
「さて、急がなければなりませんね」
シエルの目的が何なのか。
現段階では分からない。
しかし、ユタカを手にかけないところを見ると狙いは第二王子であるヒビキの命か。
魔力を奪ったことにより、身軽となったシエルは深呼吸をする。
ユタカの身体を抱えこむと、寝室の窓から飛び降りた。
ユタカを人質にとるつもりか。
レベルが350を越えるヒビキに真っ正面から対抗したとしても到底、敵わないとでも思っているのか。
調査隊が寝室にたどり着いたのはシエルが寝室から抜け出した直後。
見事に入れ違いとなる。
瞬く間に城の中が騒がしくなった。
「もう駄目だ。一歩も動きたくない」
力なく食堂のテーブルに突っ伏して弱音を吐いたヒビキの顔面は、血の気が引き真っ青になっていた。
「カードを停止しないと、もしも悪用する人物が現れたらどうするんだ。カードを更新したときに残高が0になっていたら笑い話にもならないぞ」
面倒見のいい鬼灯は、カードを停止することをヒビキにすすめてみる。
「残高が0になっていたら新たに貯めなおすよ。どのみち東の森が閉鎖された今、隣街のギルドまでたどり着く術はないから。飛行するにしても空を飛ぶドラゴンと戦うことになれば勝ち目はない」
ヒビキは諦めモードである。
「もしも、東の森や洞窟内でカードを落としたのであれば、東の森の被害状況の把握のため騎馬隊が走り回っている。見つけてもらえる可能性が高いから、暫く様子を見ることにするよ」
カードはシエルが手にしていることを知らないヒビキは悠長な事を言っている。
「まぁ、体育館や屋上や東の森へと続く道。通ってきた道を戻っても見つからなかったって事は東の森の中、あるいは洞窟内にあるだろうな。暫く待ってみるか」
東の森が閉鎖されている今、鬼灯やヒビキになすすべはない。
「それまでは、金銭面は心配しなくてもいい。奢るから」
今日も、鬼灯に夕食をご馳走になっている。
爽やかな笑みを見せる鬼灯には迷惑をかけてばかりである。
「うん。有り難う」
ヒビキは苦笑する。
「何を話しているのかな」
食堂の二階席で手すりに手を添えて、一階広場を眺めていたアヤネは小声で呟いた。
「さっきから、真剣な顔をして何を見ているのかと思えば。随分と編入生の事を気に入ったんだな」
夕食のハンバーグ定食を口にしていた会長が、アヤネの元に歩み寄る。一定の距離を開けて手すりに手をかけると、食堂一階フロアを覗きこむ。
「ん?」
会長の視線の先。クリーム色の髪色を持つヒビキはよく目立つ。
「テーブルに突っ伏したな。体調でも悪いのか?」
ギルドカード紛失により、ヒビキは激しく落ち込んでいる。
しかし、塩チーズ味の餡掛け焼きそばがテーブルへ届くと、ヒビキの表情に笑みが戻る。
店員から小皿を受けとると、焼きそばを皿に取り分けて、鬼灯の前へ差し出した。
「油でうっすらと焦げ目がつくまで焼き上げた焼きそばに、ベーコンやもやし、キャベツや玉ねぎを乗せて塩こしょうで味付けしたんだって。細かく四角にカットされたチーズをちりばめて完成。店員にすすめてもらった料理だよ」
料理が届いた途端、態度の一変したヒビキは華奢な体つきではあるものの食い意地を張っている。
ヒビキが小皿を差し出したように、鬼灯もたらこ味のスパゲッティーを小皿に取り分けてヒビキの目の前に差し出した。
「俺からも、たらこスパゲッティーをどうぞ。味付けは牛乳とバターとマヨネーズと醤油。クリーミーな味わいになっているらしい」
互いの料理を少量ずつ取り分けて交換する、ヒビキと鬼灯の姿を交互に眺めていた会長は苦笑する。
「本当に仲がいいな。テーブルに突っ伏したと思っていれば急に元気そうだな」
小さな声で考えを呟いた。
ヒビキが鬼灯と共に夕食をとっている頃。
張り巡らせていた結界を強引に破壊して、半ば強引に東の森を突き進むシエルの姿があった。
背後を追いかけるのは騎馬隊達。森の中をけたたましいサイレン音が鳴り響く。
「国王を人質にとってるんだ。攻撃は仕掛けるな! 拘束魔法を発動しろ」
普段はおっとりとした口調が印象的な騎馬隊隊長が声を荒らげる。
既に時刻は午後8時を回っていたため、周囲は暗く足元が見ずらい状況になっていた。
明かりを灯せば自らの位置を知らせる事になる。
シエルは当然のことながら、騎馬隊も明かりを灯すことなく暗闇の中を全速力で駆け抜ける。
地を強く蹴りつけることにより飛び上がり、空中で一回転。軽々と巨大な岩を飛び越えるシエルに続き、騎馬隊が岩を避けるようにして迂回する。
巨大な岩を避けるたびにシエルと騎士の距離が開く。
「駄目だ。追い付けない」
騎馬隊は馬を使っているにも拘わらず、シエルの走るスピードに全く追い付けずにいた。
それほどまでに、シエルの全力疾走は早く大岩を軽々と飛び越える姿から身軽であることが分かる。
少しずつシエルと騎馬隊との距離が開く。
このまま、距離が開き続ければ時期に見失うことになるだろう。
焦りを見せる騎士達を嘲笑うように、シエルは指をパチンと鳴らす。
共に黒いローブがユタカの身体を巻き込みつつ、シエルの身を包み込んだ。
シエルの姿が暗闇と同化して騎士達の視界から消えてしまう。
「駄目だ。完全に見失ってしまった」
国王が人質にとられているため、絶対に見失ってはいけない状況の中で、騎士達はシエルを見失った。
「四方八方に散らばって隈なく探すぞ。1班のうち2人は、ヒビキ様やタツウミ様に国王が人質にとられたこと。黒幕であるシエルを取り逃がしてしまったことを伝えてくれ」
「かしこまりました」
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潮ノ海月
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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