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学園都市編
129話 シエルVSトロール
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シエルの召喚した聖騎士はトロールと同等の巨体を持つ。
きっと、都市中央から見て南にある辺境の地で捕らえた騎士なのだろうけれど。
確か辺境の地へ挑むための推奨レベルは250以上。6人以上のパーティで、やっと攻略できるような場所だったはず。
彼らには自らの意思があるようで、トロールを囲むようにして四方八方に散らばり各々で陣形を整える。
そのうち1体は、どうやら別行動のようで素早くヒビキと崖の間に移動する。
ランスを持った手と盾を持った手を黄金色に輝く膜に添える事によって、ヒビキの崖下転落の阻止に成功する。
「ほぉ。言葉を交わさずとも、自らの考えで動き回る事が出来るのか」
聖騎士による一連の行動を眺めていたトロールが、感心したように呟いた。
レベル1320ともなると、戦闘経験が豊富なのか。
過去にシエルと同じような術を扱う人物に出会ったことがあるのか。
関心はしているけれど戸惑っている様子ではない。
動揺するどころか聖騎士に四方八方を囲まれてもなお、余裕があるようでニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべている。
「随分と余裕があるようですね」
鋭い視線をトロールに向けたまま、構えをとっていたシエルは小さなため息を吐き出した。
「まぁ、お主と我ではレベルに差がありすぎる。警戒して欲しければ、それ相応の力を見せるが良い」
聖騎士を指差して言葉を続けたトロールは、ニヤニヤが止まらない。
トロールの人を馬鹿にした態度に今まで、あまり感情の変化を見せなかったシエルが怒りを露にする。
切れ長の目でトロールを睨み付けて、眉間には深くシワが刻まれる。
血が滲み出るほど唇を強く噛みしめる。
「おっと……急に喜怒哀楽を表情に出さないで欲しいな。驚くではないか」
両手の平をシエルに見えるようにして、胸元の高さまで持ち上げたトロールが飄々とする。
人の世界では両手の平を見せる行為は何も武器を手にしていない、攻撃を加えるつもりはありませんと言う意味である。
しかし、トロールは両手の平を見せつつ、地面に転がっていたハンマーをシエルに向かって蹴りつける。
容赦なく蹴りつけられたハンマーが、シエルの元まで到達するのは一瞬の出来事だった。
シエルの髪をかすめて、岩壁に打ちつけられたハンマーは鈍い音を立てて地面に落下する。
元々トロールは投げつけたハンマーを、シエルが避ける事を前提に考えていたのだろう。
顔面すれすれを通過したハンマーに気を取られて、トロールに背を向けてしまったシエルの元へ素早く移動する。
振り上げていた拳を、シエルの後頭部目掛けて容赦なく振り下ろす。
「背後からの攻撃ですか。卑怯ではありませんか?」
右足に重心を移動。素早く姿勢を低くしたシエルが振り下ろされた拳を避けると、背後からの攻撃に対して卑怯だと文句を言う。
「自ら背を向けておいて何を言うか」
勢い余って前のめりとなっていた体の重心を戻して、背後へ大きく飛びのいたトロールは死角からの聖騎士による攻撃を避ける。
すぐさま、トロールに攻撃を仕掛けるためシエルが駆け出した。
向かう先には、1体の聖騎士が佇んでいた。
ランスの先端をシエルに向け突き出している。
地面を強く蹴りつけて前方宙返りを行った。
空中で姿勢を正しつつ、シエルはランスの上へ着地をする。
円錐形の武器を足場にするには、平衡感覚を必要とする。
「ほぅ」
再びシエルの予想外の行動にトロールは関心を示した様子を見せる。
シエルがランスに足をかけたことを確認した聖騎士は、武器を勢いよく薙払う。
遠心力によってシエルは瞬く間にトロールの懐に入り込み、その胸元に剣を突き立てようとした。
しかし、シエルの先制攻撃に気づいたトロールが足を引いたことにより剣は空を切る。
宙に浮かんだままのシエルは、カウンター攻撃を避けることが出来ない。
頭から地面に叩きつけられそうになっているシエルの腹部を、聖騎士は鷲掴みにする。
シエルの目と鼻の先を通って、振り下ろされた拳は勢いのまま地面に打ち付けられて岩肌を砕く。
大きく前のめりとなったトロールは姿勢を崩しているため、その背後を陣取っていた聖騎士は透かさずランスを突きだした。
死角からの攻撃だったにもかかわらず、トロールは体を捻る事によりランスを避けることに成功する。
左腕すれすれを通過したランスを素早く掴み取り、引き寄せた。
咄嗟に武器を手放せば良かったものの、急なカウンター攻撃に驚き武器を強く握りしめてしまった聖騎士は大きく前のめりとなる。
相手の武器を奪い取り、ランスを聖騎士に突き刺そうとしたトロールよりも先に聖騎士の持ち主であるシエルが動く。
丁度シエルに背を向ける形となったトロール目掛けて剣を振り下ろした。
シエルの放った一撃は、トロールの首筋をかすめる。
皮を引き裂き赤黒い血がコポッと音を立てて流れ出す。
「かすり傷ですか」
渾身の一撃は、あっさりと避けられてしまった。
捕らえたと思っていたこともあり、ショックが大きかったようで肩を落とす。
しかし、落ち込んでいる暇などなかった。
すぐにトロールが右腕をがむしゃらに振り回したため、避けきることの出来なかったシエルの横腹に直撃する。
横一線に薙払われたシエルは、空中で姿勢を正す間もなく頭から壁に激突する。
重力にしたがって地面に落下。
俯せ状態のまま口や耳から血を流すシエルは激しく咳き込んでいる。
すかさず背後を陣取っていた聖騎士が、トロールに向かって武器を突き刺そうとした。
四方八方を聖騎士に囲まれているため、身動きが制限されるはずなのにトロールはランスが体に突き刺さることなどお構いなし。
ハンマーを横一線に薙払う。
鎧が砕けるような大きな音と共にハンマーの直撃を受けた聖騎士が、折り重なるようにして地面に倒れこむ。
トロールの放った一撃は、聖騎士達のヒットポイントを瞬く間に0にしたようで、騎士達は次々と淡い光を放ちながら消えていく。
一度に7体もの聖騎士が消えてしまった。
苦しさから表情を歪めつつ、シエルは何とか上半身を起こそうと試みる。
自らに回復魔法をかけようとした所で気がついた。
現在ヒビキに回復魔法をかけているため、自らに回復魔法を施すことが出来ない状況である。
ヒビキに発動している全回復魔法を解くためには、ヒビキの元まで歩みより黄金色に輝く膜に触れなければならない。
しかし、頭部に激しい怪我を負ったシエルは、ヒビキの元まで歩み寄るだけの力が残されていない。
「う……」
喋る事もままならないシエルが盛大に血を吐き出した。
トロールの腕力はすさまじく本来ならシエルのように一度、攻撃を食らってしまえば身動きが取れなくなる。
拳を受け地面に叩きつけられてもなお、けろっとしていたヒビキが例外なだけであって
「人間とは脆いものよ」
トロールは力尽きたようにして、地べたに体を倒したシエルを見てあざ笑う。
「ん? 例外もおったのぉ」
トロールの視線がシエルからヒビキに移る。
少しの時間差でヒビキに施していた回復魔法は解けた。
シエルがトロールの攻撃を受けるのが少し遅ければ、自らに回復魔法を施すことが出来たかもしれない。
全回復魔法により、魔力の回復に成功したヒビキは惨状と化した洞窟内を見渡していた。
洞窟内の悲惨な光景を目の当たりにして、顔面蒼白になっている。
トロールの集中がシエルや、彼の召還した聖騎士に向いているうちに装着したのだろう。
顔を覆い隠すようにして身につけられた狐面。
狐耳付きの服を身に纏った少年は髪を覆い隠すようにして、深々とフードをかぶっている。
学園の寮内に置き去りにしてきたはずの黒色のブーツが、何故ヒビキの元にあるのか。
まさか、呼び寄せたのだろうか。
狐面を呼び寄すことの出来るヒビキが、魔界で手にした狐耳の服やブーツを呼び寄せていたとしてもおかしくは無い。
魔界で手にした服を身につけるその姿は、まるで魔族のようである。
「まさか、人の中に魔族が混ざっていようとはのぉ。おかしいと思ったんだ。いくら攻撃が通ってもダメージを受けたそぶりが無かったからな」
ヒビキの見た目に、すっかりと騙されているトロールが眉をひそめて呟いた。
「ねぇ……そんなことより、クリーム色の長い髪をツインテールにしていた女の子の姿が見えないんだけど、何処?」
魔族と間違われていることに対して、そんなことよりと言葉を続けたヒビキは間違いを訂正するつもりはないようで、周囲を見渡している。
ヒビキの頭の中は、姿の見えないアヤネの事でいっぱいなのだろう。
血や肉片が床一面に散らばっている。
どの肉片が誰のものなのか分からない状況の中でヒビキは必死に妹の姿を探す。
アヤネが愛用していたはずの杖は洞窟の端にあるにもかかわらず、アヤネの姿が見当たらない。
トロールに向かって鋭い視線を向ける。
「姿が見えぬのなら、その中だろうな」
トロールは悪びれた様子もなく肉片を指差した。
「そんな、不確かな情報をもらっても……」
瞬く間にヒビキの顔から血の気が引く。
肉片の中にクリーム色の髪の毛は見当たらない。
血で赤く染められてしまった可能性もあるけれど、じっくり見たところで見分けることは出来ない。
トロールは肉片を指差したけれども確証は無いようだ。
もしかしたら、気配を殺して何処かに身を隠しているかもしれない。
しかし、身を隠していると言う確証もなくて不安が募る。
「何度も踏みつけてしまったからな、形すら残ってはいないか」
まるで他人事のように言葉を続けるトロールは、ヒビキの神経を逆撫でするような振る舞いをする。
何度もその場で足踏みをする素振りを見せた。
ヒビキの頭に血が上る。
知能を持つトロールは人を煽る事が上手い。
しかし、ここで我を失いトロールに挑めば、攻撃は単調になり、それこそ勝ち目は無くなってしまう。
ヒビキは自らを落ち着かせようとして深呼吸をする。
ヒビキの足元に現れた水色の魔法陣は、瞬発力を上げる働きを持つ。
狐面に加えて瞬発力上昇の魔法を使えば、トロールを翻弄する事が出来るだろう。
しかし、自らのスピードを操りきれずに自滅する可能性もある。
スピードや瞬発力をあげなければ、トロールに攻撃を通すことは出来ないだろう。
一か八か、やらざるを得ない状況である。
剣を右手に握りしめて、刃に左手の平を添えたヒビキは刃に青白い炎を纏わせる。
青色の炎は刃を中心に螺旋を描く。
左手をつきだすと、手の平に添うようにして真っ赤な炎を纏った剣が現れる。
続けて小さく呪文を唱えると、真っ赤な炎は黄色へと変化を遂げる。
黄色から白色へ。
最終的に青色に変化をすると、やがて青色の炎が出現し刃を中心に螺旋を描き出す。
「二刀流か」
大人しく剣の変化を眺めていたトロールが呟いた。
トロールが何を思ったのかは分からないけれど、ヒビキから距離をとるようにして大きく後退する。
ハンマーに炎を纏わせると、両手で握りしめて構えをとる。
どうやら、魔力が回復して本来の力を発揮することが可能になったヒビキに対して警戒心を抱いた様子。
続けて過去に魔界の暗黒騎士団隊長を務めるギフリードが操っていたブラックボールを真似る。といっても、ヒビキが扱うことのできる魔法は炎属性であるため、ファイヤーボールになるのだけど。
ヒビキが呪文を唱えると、頭上一面を埋め尽くすほどの大量のファイヤーボールが現れる。
頭上に現れた炎の塊は握り拳ほどのサイズ。
トロールの表情から見事に笑みが消えた。
攻撃の合図は無かった。
ヒビキが駆け出すと同時に、頭上を埋め尽くしていた炎の塊がトロールに向かって急降下する。
しかし、全ての炎をコントロール出来ている訳ではないようで、ヒビキの頭上に降り注ぐ炎は剣の側面を打ち付けることにより軌道を変化させる。
1320と桁外れのレベルを持つトロールに、攻撃術を避けられることを前提に考えていたヒビキは、トロールの死角に回り込む。
「もしや、洞窟内の隠しダンジョンを通過して魔界へ行った青年の身内か?」
後退後すぐに身を翻したトロールは、間近に迫ったヒビキの剣をいなす。
降り削ぐ炎の塊にハンマーを打ち付けて、ヒビキのいる方向へ軌道修正をかける。
「そうだよ」
淡々とした口調だった。
炎の塊を体を右に移動させることにより避けたヒビキは再びトロールの死角に入り込む。
振り上げられた剣はトロールが前進することにより避けられてしまった。
トロールは巨体のわりに小回りが利く。
すぐに背後に佇むヒビキを視界に入れると、踏みつけようとした。
シエルの召喚した聖騎士がヒビキの服の裾を掴み、その身体を片手で持ち上げる。
ヒビキの目と鼻の先をトロールの足が通過した。
「あ……有り難う」
地面に下ろされたヒビキは背後を振り向き礼を言う。
しかし、トロールを目の前にしてのんきに礼を言っている場合ではなかった。
トロールの薙払ったハンマーが手からすっぽ抜ける。
時折へまをするモンスターを見かけていたけれど、高レベルであっても、やらかす時はあるらしい。
何てことを考えていれば、ハンマーの向かう先を確認したヒビキが全速力で駆け出した。
シエルの意識があるのか、無いのかピクリとも身動きをとらないため分からない。
勝手に身体に触れれば警戒心の強い人だ。
嫌がる可能性もある。
しかし、場所を移さなければ間違いなく巨大なハンマーに身体を押し潰される形となるだろう。
シエルの腹部に腕を回して力任せに肩に担ぐ。
「まだ死なれては困ります。聞かなければならない事があるので……」
地を蹴り高く飛び上がった。
シエルからの返事がないところを見ると、意識は無いようで
「参ったな……魔界へ行ったときに飛行術と共に回復魔法の取得をしておけば良かった」
ヒビキは大きなため息を吐き出した。
きっと、都市中央から見て南にある辺境の地で捕らえた騎士なのだろうけれど。
確か辺境の地へ挑むための推奨レベルは250以上。6人以上のパーティで、やっと攻略できるような場所だったはず。
彼らには自らの意思があるようで、トロールを囲むようにして四方八方に散らばり各々で陣形を整える。
そのうち1体は、どうやら別行動のようで素早くヒビキと崖の間に移動する。
ランスを持った手と盾を持った手を黄金色に輝く膜に添える事によって、ヒビキの崖下転落の阻止に成功する。
「ほぉ。言葉を交わさずとも、自らの考えで動き回る事が出来るのか」
聖騎士による一連の行動を眺めていたトロールが、感心したように呟いた。
レベル1320ともなると、戦闘経験が豊富なのか。
過去にシエルと同じような術を扱う人物に出会ったことがあるのか。
関心はしているけれど戸惑っている様子ではない。
動揺するどころか聖騎士に四方八方を囲まれてもなお、余裕があるようでニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべている。
「随分と余裕があるようですね」
鋭い視線をトロールに向けたまま、構えをとっていたシエルは小さなため息を吐き出した。
「まぁ、お主と我ではレベルに差がありすぎる。警戒して欲しければ、それ相応の力を見せるが良い」
聖騎士を指差して言葉を続けたトロールは、ニヤニヤが止まらない。
トロールの人を馬鹿にした態度に今まで、あまり感情の変化を見せなかったシエルが怒りを露にする。
切れ長の目でトロールを睨み付けて、眉間には深くシワが刻まれる。
血が滲み出るほど唇を強く噛みしめる。
「おっと……急に喜怒哀楽を表情に出さないで欲しいな。驚くではないか」
両手の平をシエルに見えるようにして、胸元の高さまで持ち上げたトロールが飄々とする。
人の世界では両手の平を見せる行為は何も武器を手にしていない、攻撃を加えるつもりはありませんと言う意味である。
しかし、トロールは両手の平を見せつつ、地面に転がっていたハンマーをシエルに向かって蹴りつける。
容赦なく蹴りつけられたハンマーが、シエルの元まで到達するのは一瞬の出来事だった。
シエルの髪をかすめて、岩壁に打ちつけられたハンマーは鈍い音を立てて地面に落下する。
元々トロールは投げつけたハンマーを、シエルが避ける事を前提に考えていたのだろう。
顔面すれすれを通過したハンマーに気を取られて、トロールに背を向けてしまったシエルの元へ素早く移動する。
振り上げていた拳を、シエルの後頭部目掛けて容赦なく振り下ろす。
「背後からの攻撃ですか。卑怯ではありませんか?」
右足に重心を移動。素早く姿勢を低くしたシエルが振り下ろされた拳を避けると、背後からの攻撃に対して卑怯だと文句を言う。
「自ら背を向けておいて何を言うか」
勢い余って前のめりとなっていた体の重心を戻して、背後へ大きく飛びのいたトロールは死角からの聖騎士による攻撃を避ける。
すぐさま、トロールに攻撃を仕掛けるためシエルが駆け出した。
向かう先には、1体の聖騎士が佇んでいた。
ランスの先端をシエルに向け突き出している。
地面を強く蹴りつけて前方宙返りを行った。
空中で姿勢を正しつつ、シエルはランスの上へ着地をする。
円錐形の武器を足場にするには、平衡感覚を必要とする。
「ほぅ」
再びシエルの予想外の行動にトロールは関心を示した様子を見せる。
シエルがランスに足をかけたことを確認した聖騎士は、武器を勢いよく薙払う。
遠心力によってシエルは瞬く間にトロールの懐に入り込み、その胸元に剣を突き立てようとした。
しかし、シエルの先制攻撃に気づいたトロールが足を引いたことにより剣は空を切る。
宙に浮かんだままのシエルは、カウンター攻撃を避けることが出来ない。
頭から地面に叩きつけられそうになっているシエルの腹部を、聖騎士は鷲掴みにする。
シエルの目と鼻の先を通って、振り下ろされた拳は勢いのまま地面に打ち付けられて岩肌を砕く。
大きく前のめりとなったトロールは姿勢を崩しているため、その背後を陣取っていた聖騎士は透かさずランスを突きだした。
死角からの攻撃だったにもかかわらず、トロールは体を捻る事によりランスを避けることに成功する。
左腕すれすれを通過したランスを素早く掴み取り、引き寄せた。
咄嗟に武器を手放せば良かったものの、急なカウンター攻撃に驚き武器を強く握りしめてしまった聖騎士は大きく前のめりとなる。
相手の武器を奪い取り、ランスを聖騎士に突き刺そうとしたトロールよりも先に聖騎士の持ち主であるシエルが動く。
丁度シエルに背を向ける形となったトロール目掛けて剣を振り下ろした。
シエルの放った一撃は、トロールの首筋をかすめる。
皮を引き裂き赤黒い血がコポッと音を立てて流れ出す。
「かすり傷ですか」
渾身の一撃は、あっさりと避けられてしまった。
捕らえたと思っていたこともあり、ショックが大きかったようで肩を落とす。
しかし、落ち込んでいる暇などなかった。
すぐにトロールが右腕をがむしゃらに振り回したため、避けきることの出来なかったシエルの横腹に直撃する。
横一線に薙払われたシエルは、空中で姿勢を正す間もなく頭から壁に激突する。
重力にしたがって地面に落下。
俯せ状態のまま口や耳から血を流すシエルは激しく咳き込んでいる。
すかさず背後を陣取っていた聖騎士が、トロールに向かって武器を突き刺そうとした。
四方八方を聖騎士に囲まれているため、身動きが制限されるはずなのにトロールはランスが体に突き刺さることなどお構いなし。
ハンマーを横一線に薙払う。
鎧が砕けるような大きな音と共にハンマーの直撃を受けた聖騎士が、折り重なるようにして地面に倒れこむ。
トロールの放った一撃は、聖騎士達のヒットポイントを瞬く間に0にしたようで、騎士達は次々と淡い光を放ちながら消えていく。
一度に7体もの聖騎士が消えてしまった。
苦しさから表情を歪めつつ、シエルは何とか上半身を起こそうと試みる。
自らに回復魔法をかけようとした所で気がついた。
現在ヒビキに回復魔法をかけているため、自らに回復魔法を施すことが出来ない状況である。
ヒビキに発動している全回復魔法を解くためには、ヒビキの元まで歩みより黄金色に輝く膜に触れなければならない。
しかし、頭部に激しい怪我を負ったシエルは、ヒビキの元まで歩み寄るだけの力が残されていない。
「う……」
喋る事もままならないシエルが盛大に血を吐き出した。
トロールの腕力はすさまじく本来ならシエルのように一度、攻撃を食らってしまえば身動きが取れなくなる。
拳を受け地面に叩きつけられてもなお、けろっとしていたヒビキが例外なだけであって
「人間とは脆いものよ」
トロールは力尽きたようにして、地べたに体を倒したシエルを見てあざ笑う。
「ん? 例外もおったのぉ」
トロールの視線がシエルからヒビキに移る。
少しの時間差でヒビキに施していた回復魔法は解けた。
シエルがトロールの攻撃を受けるのが少し遅ければ、自らに回復魔法を施すことが出来たかもしれない。
全回復魔法により、魔力の回復に成功したヒビキは惨状と化した洞窟内を見渡していた。
洞窟内の悲惨な光景を目の当たりにして、顔面蒼白になっている。
トロールの集中がシエルや、彼の召還した聖騎士に向いているうちに装着したのだろう。
顔を覆い隠すようにして身につけられた狐面。
狐耳付きの服を身に纏った少年は髪を覆い隠すようにして、深々とフードをかぶっている。
学園の寮内に置き去りにしてきたはずの黒色のブーツが、何故ヒビキの元にあるのか。
まさか、呼び寄せたのだろうか。
狐面を呼び寄すことの出来るヒビキが、魔界で手にした狐耳の服やブーツを呼び寄せていたとしてもおかしくは無い。
魔界で手にした服を身につけるその姿は、まるで魔族のようである。
「まさか、人の中に魔族が混ざっていようとはのぉ。おかしいと思ったんだ。いくら攻撃が通ってもダメージを受けたそぶりが無かったからな」
ヒビキの見た目に、すっかりと騙されているトロールが眉をひそめて呟いた。
「ねぇ……そんなことより、クリーム色の長い髪をツインテールにしていた女の子の姿が見えないんだけど、何処?」
魔族と間違われていることに対して、そんなことよりと言葉を続けたヒビキは間違いを訂正するつもりはないようで、周囲を見渡している。
ヒビキの頭の中は、姿の見えないアヤネの事でいっぱいなのだろう。
血や肉片が床一面に散らばっている。
どの肉片が誰のものなのか分からない状況の中でヒビキは必死に妹の姿を探す。
アヤネが愛用していたはずの杖は洞窟の端にあるにもかかわらず、アヤネの姿が見当たらない。
トロールに向かって鋭い視線を向ける。
「姿が見えぬのなら、その中だろうな」
トロールは悪びれた様子もなく肉片を指差した。
「そんな、不確かな情報をもらっても……」
瞬く間にヒビキの顔から血の気が引く。
肉片の中にクリーム色の髪の毛は見当たらない。
血で赤く染められてしまった可能性もあるけれど、じっくり見たところで見分けることは出来ない。
トロールは肉片を指差したけれども確証は無いようだ。
もしかしたら、気配を殺して何処かに身を隠しているかもしれない。
しかし、身を隠していると言う確証もなくて不安が募る。
「何度も踏みつけてしまったからな、形すら残ってはいないか」
まるで他人事のように言葉を続けるトロールは、ヒビキの神経を逆撫でするような振る舞いをする。
何度もその場で足踏みをする素振りを見せた。
ヒビキの頭に血が上る。
知能を持つトロールは人を煽る事が上手い。
しかし、ここで我を失いトロールに挑めば、攻撃は単調になり、それこそ勝ち目は無くなってしまう。
ヒビキは自らを落ち着かせようとして深呼吸をする。
ヒビキの足元に現れた水色の魔法陣は、瞬発力を上げる働きを持つ。
狐面に加えて瞬発力上昇の魔法を使えば、トロールを翻弄する事が出来るだろう。
しかし、自らのスピードを操りきれずに自滅する可能性もある。
スピードや瞬発力をあげなければ、トロールに攻撃を通すことは出来ないだろう。
一か八か、やらざるを得ない状況である。
剣を右手に握りしめて、刃に左手の平を添えたヒビキは刃に青白い炎を纏わせる。
青色の炎は刃を中心に螺旋を描く。
左手をつきだすと、手の平に添うようにして真っ赤な炎を纏った剣が現れる。
続けて小さく呪文を唱えると、真っ赤な炎は黄色へと変化を遂げる。
黄色から白色へ。
最終的に青色に変化をすると、やがて青色の炎が出現し刃を中心に螺旋を描き出す。
「二刀流か」
大人しく剣の変化を眺めていたトロールが呟いた。
トロールが何を思ったのかは分からないけれど、ヒビキから距離をとるようにして大きく後退する。
ハンマーに炎を纏わせると、両手で握りしめて構えをとる。
どうやら、魔力が回復して本来の力を発揮することが可能になったヒビキに対して警戒心を抱いた様子。
続けて過去に魔界の暗黒騎士団隊長を務めるギフリードが操っていたブラックボールを真似る。といっても、ヒビキが扱うことのできる魔法は炎属性であるため、ファイヤーボールになるのだけど。
ヒビキが呪文を唱えると、頭上一面を埋め尽くすほどの大量のファイヤーボールが現れる。
頭上に現れた炎の塊は握り拳ほどのサイズ。
トロールの表情から見事に笑みが消えた。
攻撃の合図は無かった。
ヒビキが駆け出すと同時に、頭上を埋め尽くしていた炎の塊がトロールに向かって急降下する。
しかし、全ての炎をコントロール出来ている訳ではないようで、ヒビキの頭上に降り注ぐ炎は剣の側面を打ち付けることにより軌道を変化させる。
1320と桁外れのレベルを持つトロールに、攻撃術を避けられることを前提に考えていたヒビキは、トロールの死角に回り込む。
「もしや、洞窟内の隠しダンジョンを通過して魔界へ行った青年の身内か?」
後退後すぐに身を翻したトロールは、間近に迫ったヒビキの剣をいなす。
降り削ぐ炎の塊にハンマーを打ち付けて、ヒビキのいる方向へ軌道修正をかける。
「そうだよ」
淡々とした口調だった。
炎の塊を体を右に移動させることにより避けたヒビキは再びトロールの死角に入り込む。
振り上げられた剣はトロールが前進することにより避けられてしまった。
トロールは巨体のわりに小回りが利く。
すぐに背後に佇むヒビキを視界に入れると、踏みつけようとした。
シエルの召喚した聖騎士がヒビキの服の裾を掴み、その身体を片手で持ち上げる。
ヒビキの目と鼻の先をトロールの足が通過した。
「あ……有り難う」
地面に下ろされたヒビキは背後を振り向き礼を言う。
しかし、トロールを目の前にしてのんきに礼を言っている場合ではなかった。
トロールの薙払ったハンマーが手からすっぽ抜ける。
時折へまをするモンスターを見かけていたけれど、高レベルであっても、やらかす時はあるらしい。
何てことを考えていれば、ハンマーの向かう先を確認したヒビキが全速力で駆け出した。
シエルの意識があるのか、無いのかピクリとも身動きをとらないため分からない。
勝手に身体に触れれば警戒心の強い人だ。
嫌がる可能性もある。
しかし、場所を移さなければ間違いなく巨大なハンマーに身体を押し潰される形となるだろう。
シエルの腹部に腕を回して力任せに肩に担ぐ。
「まだ死なれては困ります。聞かなければならない事があるので……」
地を蹴り高く飛び上がった。
シエルからの返事がないところを見ると、意識は無いようで
「参ったな……魔界へ行ったときに飛行術と共に回復魔法の取得をしておけば良かった」
ヒビキは大きなため息を吐き出した。
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そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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