それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

128話 シエルの本気

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 所々手足の色が変色して爛れている。
 レベル1320のトロールは痛みに鈍感なようで、やけどの跡を一切気にする様子はない。
 
「我を崖下へ突き落としたと思い込んだか。気を抜くのが早すぎたな」
 勝利を確信して油断していたヒビキは気を抜いていた。
 身近に迫っていたトロールに驚き、咄嗟に足を引こうとする。
 しかし、自らの左足に右足を絡ませたため大きく仰け反り姿勢を崩していた。
 重力にしたがったまま、地面に倒れ込もうとしているヒビキを馬鹿にして嘲笑う。

「気になる逸材ではありましたが残念です」
 シエルが早々にヒビキを諦める発言をした。
 拳が勢いよく振り下ろされ、ヒビキの腹部に直撃。
 勢いのまま地面に叩きつけられる。
 背中から地面に食い込むような、不思議な感覚と共に背中に激痛が走る。
 腹部を強く押し潰されて呼吸が乱れる。
 背中を強く地面に打ち付けたため激痛は走っている。
 しかし、意識を失うほどではなくて……。



 仰向け状態のまま、ヒビキはピクリとも反応を示さなくなってしまった。
 目蓋を閉じているため既に事切れているようにも見える。
 恐怖で足がすくんで、佇んでいる事しか出来ない冒険者達が息を呑む。

「もろ直撃かよ」
 男性魔術師がか細い声で呟いた。

「見事に隙をつかれてしまったわね」
 女性魔術師が項垂れる。
 
 流石に1320レベルとなると手も足も出ない。
 しかし、倒さなければ洞窟内にいる人々は全滅することになるだろう。
 どうすればいいのだろうか。
 いつトロールが、ヒビキの事切れたフリに気づくのか分からない状況の中で考える。
 生命を削れば王家ならではの術が扱える。
 発動すればトロールを倒すことが出来るかもしれない。
 しかし、国王暗殺を企てているシエルに第二王子だと気づかれてしまえば、その場で首を落とされることになるだろう。
 考えている間にもトロールは暴れまわっているようで、子供達の甲高い悲鳴や大人達の怒号が洞窟内に響き渡る。 
 母親が子供達の後頭部に腕を巻き付けて抱え込む。
 母親に抱きつく形となった子供達は周囲を見渡すことが出来ない状況である。 

 顔面蒼白となったアヤネは手で両耳を塞いで、音を遮断する。
 目蓋を閉じて目の前に広がる光景から逃れようとする。
 支えを失った杖が音を立てて地面に転がった。
 膝から力なく崩れ落ちたアヤネは、顔を俯かせて体を丸め込む。

「拘束魔法や炎攻撃魔法が効かず、すばしっこい動きをみせるボスモンスターですか。困りましたね」
 シエルが小さなため息を吐き出した。
 現在トロールのターゲットになっているのは、幼い子供達である。
 仰向けに倒れこんでいるヒビキを横目に見たシエルが全力で駆け出した。
 洞窟中央に横たわるヒビキの生死の確認と共に、回復魔法を施すつもりでいるようだ。

 地面に膝をつきヒビキの生死を確認する。
 シエルは相変わらずの無表情を貫き通しているけれど、恐怖心からか恐る恐る差し出された手は小刻みに震えていた。
 整った呼吸を繰り返すヒビキの顔色は良い。
 脈拍も正常である。

「普通なら即死するような攻撃を受けてなお、生き延びますか。本当に何者なのでしょうね」
 指先をヒビキの額に押し付けて呪文を唱える。
 光属性を扱う冒険者の数は少ない。
 シエルは剣士でありながら、魔法を扱うことも出来る人物である。

 光属性を操る人は高度な回復魔法を得意とする。
 ヒビキの魔力が枯渇している事を知ったため、シエルはヒビキに対して、難易度の高い魔法である全回復魔法を施そうと考えていた。
 シエルの差し出した指先が黄金色に輝きだす。
 
「今から全回復魔法を施します。黄金色に輝く幕に身を包み込まれている間は、身動きをとるどころか目蓋を開く事さえ不可能となります。どれ程の時間がかかるかは分かりません。貴方の魔力次第です」
 ヒビキの額に、そっと指先を押し付ける。
 シエルの指先を伝い、ヒビキの額に黄金色に輝く光が移動する。
 光は瞬く間にヒビキの身体を覆う。
 やがて光りは膜となってヒビキの体を包み込んだ。
 ヒビキの体が宙に浮かぶ。

「本来なら許可を得なければならない所ですが」
 何を思ったのか、シエルがヒビキの懐に手を差し込んだ。

「失礼します」
 ヒビキが身動きをとる事が出来ない状況であることを分かっていながら、ギルドカードを手に取った。
 ギルドカードにはヒビキのフルネームが記載されている。
 ギルドランクやレベル。
 所持金や扱うことの出来るスキルを確認することが出来る。
 ギルドカードに記載されているレベルに指先を添えると、防御力や攻撃力や魔力が表示される仕組みとなっている。
 ヒビキから取り上げたカードを見つめたまま固まってしまったシエルは、いったい何を思っているのか。
 相変わらずの無表情である。
 しばらくの間、身動きを止めていたシエルは大きなため息を吐き出すと共にヒビキのカードを自らの懐にしまう。

 気づけば騒がしかった洞窟内が静寂に包まれていた。
 静けさに対して疑問を抱いたシエルは、俯かせていた顔を上げる。
 
「やっと顔をあげたか。その少年といい、お主といい気を抜くのが早すぎるのではないのか?」
 どうやら、シエルが顔を上げるまで仁王立ちのまま背後で待っていたらしい。
 シエルに対して問いかけておきながら返事を期待してはいなかったのか、炎を纏ったハンマーが勢いよく振り下ろされる。

「っ!」
 ハンマーがシエルの頬すれすれを通過して、地面に叩きつけられた。
 咄嗟に足を引いたため、身体のバランスを崩したシエルが勢いよく地面に腰を打ち付ける。
 にちゃっと、なんとも表現のしづらい感触と共に手のひらに付着した赤黒い血。
 肉片を握りしめて持ち上げたシエルは無言のまま、ため息を吐き出した。

「酷い有様ですね」
 切り裂かれて地面に散らばった衣服が真っ赤な色に染まっていた。
 所々にヒビが入り折れてしまっている武器は一体、誰が手にしていたものなのか。
 今となっては分からない。

「生存者は……」
 周囲を見渡してみるものの、あたり一面血の海である。
 トロールは力任せに何度もハンマーを振り下ろしたのだろう。
 どの肉片が、どの冒険者のものなのか確認することも叶わない状況の中でシエルが弱音を吐く。

「何故私達が、このような目に合わなければならないのでしょうか。本来ならこの洞窟内で緊急クエストの発生などあり得ないでしょうに」
 シエルが下ろしていた腰を上げる。
 思わず本音が漏れ出てしまったようだ。

「うむ。原因は魔界にあるドワーフの塔が閉鎖されたため。ドワーフの塔と東の洞窟は隠しダンジョンによって繋がっておる。本来ならドワーフの塔で発生するはずの緊急クエストが、ドワーフの塔が閉鎖したことにより東の洞窟で発生するようになっただけのこと」
 トロールがシエルの質問に対して返事をする。

「隠しダンジョンですか。初耳ですね」
 トロールからの返事はシエルの理解の範疇はんちゅうを越えていたようで、珍しく戸惑いの感情を表情に出す。

「隠しダンジョンは細く長い一本道でな、先へ進めばボスの間へと到着する。まず始めは100レベル代のボスが待ち構えておる。そのボスを倒すことが出来れば、次なる部屋へと続く道が現れてな。ボスのレベルは200代、300代、400代、500代と次第に上がっていく。レベル500以上の我々は変異種ってことになるのか。時折ドワーフ達によって通常ダンジョンへと召喚される。それが緊急クエストになるのだろうな」
 けたたましい笑い声が上がると共に、大人しく隠しダンジョンについて語っていたはずのトロールが武器を持ち上げる。
 どうやら彼は、気分屋のようで先の行動を予測することは難しい。

「因みに隠しダンジョンを見つけ挑戦した者は、人間界からは2人。そのうち一人は、隠しダンジョンを抜け魔界へと到達しているな。氷属性と珍しい属性を操る青年だった」
 シエルに向かってハンマーを叩きつけつつも、話はそのまま続けている。
 大きく後退することによりシエルはハンマーを避けることに成功する。
 ハンマーが打ち付けられた衝撃によって、地面が砕けて破片がシエルに襲いかかった。
 
「氷属性を扱うことの出来る人は、人間界で一人しかいなかったと思います。といっても、つい先日亡くなったと囁かれています」
 足を引くことにより破片を避けたシエルは小さなため息を吐き出した。

「それは、惜しい人物を亡くしたのぉ。人間界で唯一魔界へたどり着き魔界のギルドへ忍び込み、飛行術や回復魔法を取得した人物だった」
 続けてトロールの薙払ったハンマーが、膜に包まれた状態で宙に浮かぶヒビキに直撃する。

「あ……」
 驚いたようにシエルは目を見開きハンマーの先へ視線を移す。
 黄金色の膜には弾力があるようで、ヒビキを包み込んだまま勢いよく地面を転がっていく。
 ヒビキの向かう先には底の見えない崖がある。
 
「崖下に落ちてしまっては、生死の確認すら出来なくなりますね」
 まるで、独り言のように考えを漏らしたシエルは周囲を見渡すと、地面に転がっている杖を見つけて手に取った。

「少々お借りします」
 アヤネが手にしていたはずの杖は、破損どころか傷一つついていない状況である。
 肝心のアヤネは一体、何処へ消えてしまったのか。
 シエルが床一面に広がる血の海を、じっくりと眺めてから首を左右にふる素振りを見せた。
 自らの考えを否定するようにして、頭をふり表情を引き締める。

 カンッと音を立てて杖の底を床に打ち付けると足元に黄金色に輝く巨大な魔法陣が現れた。
 目映い光を放つ魔法陣から金色の衣を纏った聖騎士が現れる。
 その数10体。
 細長い円錐えんすいの形をしたランスを手にしている。

「ほぅ。剣士でありながら召喚術を扱うのか」
 悠然たる態度をとるトロールは、感心するだけの余裕はあるようだ。
 落ち着いた口調で考えを口にする。
 召喚術を扱っている間は、攻撃系魔法を発動することは出来ない。
 しかし、シエルの本職は剣士であり杖をゆっくりと地面に戻して剣を手に取った。
 トロールに向かって構えをとる。
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