それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

123話 国王の最後を見た人がいたようです

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 見間違えでなければ、こてんぱんにやられた時の情けない姿が写真には写し出されていた。
 過去に一度だけランテに見せてもらった事のある写真が何故、人間界にあるのか。
 ユキヒラの裏切りにあって、魔界の住人であるランテに助け出された時の写真である。
 念写したのは念写能力を持つヒナミなのだろうけど
「処分していなかったんだ」
 ヒビキが力無く呟いた。
 
「勿体無い。必要なければ私が預かることも可能よ。さぁ、こっちへ。早く」
 思わず漏れ出た言葉は受付嬢の本音か。
 高速で、写真に向かって手招きをする。
 いつも明るく元気な口調で話をする受付嬢の素の一面を垣間見た。
 早くと急かされたこともあり、折れ曲がり歪んだ写真を急いで手渡した。

「俺が持っていては、学園へ向かうまでの道中で落としかねないので処分して欲しいな」
 希望を口にしてみる。

「勿体無いわよ。念写能力を持っていたサヤちゃんが亡くなってしまったから現在、人間界には念写能力を持つ人はいないのが現状よ。記念にとっておきましょう。透明なケースに入れて保管しておきますね」
 保管すると言っている受付嬢が写真を処分するとは到底思えない。透明なケースを棚から取り出している。
 やはり、自ら学園に持ち帰って処分するべきか。
 考えてみるものの、受付嬢は手にした写真を丁寧に伸ばして木製の板に張り付けている。
 透明なケースの中へ移そうとしているため、返して欲しいと言える雰囲気ではない。
 笑顔を張り付けたまま、固まるヒビキを不思議そうに眺める少女の姿に受付嬢が気づいた。

「あらあら、お人形さんのような子ね。髪の色と瞳の色がヒビキ君とお揃いじゃないの。もしかして兄妹? それとも姉弟かしら?」
 受付嬢の声のトーンが高くなる。

「ヒビキ君と血の繋がった兄妹だったら良かったんだけどね。残念ながら、ヒビキ君とは血は繋がっていないの。お友達だよ」
 アヤネにとってヒビキは一つ上の学年に編入をしてきた編入生であり、まさか兄であるとは思いもしていないため笑顔で受付嬢の問いかけに友達だと答えている。

「顔つきだって似ているのに、血が繋がっていないなんて不思議ね」
 まじまじとアヤネを見つめていた受付嬢が、気の抜けた表情を浮かべて考えを口にした。
 兄であるとは疑ってもいないアヤネの言葉を耳にしてヒビキはショックを受ける。
 受付嬢との会話を側で聞いていたヒビキは素直な気持ちを表情に表すことも出来ずに苦笑する。
 兄と知られた時が怖い。
 何故勘違いを訂正しなかったのかと問い詰められることになるだろうか。
 口も聞きたくないと思われるほど嫌われてしまう可能性だってある。
 しかし、シエルがどのような人物なのか分かってもいない状況の中でアヤネを危険に巻き込むような事はしたくはない。
 損な役回りを引き受けてしまったと今更ながらに思う。
 しかし、タツウミを黒幕のいる危険な学園に教師として潜り込ますわけにもいかないため、適任なのは自分なのだろうと考えを改める。
 一人で考え込んで、そして結論を出していたヒビキは受付嬢とアヤネの会話の続きを全く耳にしてはいなかった。
 
「ヒビキ君、聞いてる?」
 横腹に鈍い痛みを感じて声のした方に振り向いた。

「え、あ……ごめん。聞いていなかった」
 人差し指が食い込むほど強く、ツンツンと指先をヒビキの横腹に押し付ける。

「あのね、受付のお姉さんが私達にお勧めのクエストを選んでくれたのだけど、ヒビキ君はクエストの登録をする?」
 アヤネの問いかけに続くようにして受付嬢が口を開く。

「もう一つ、お勧めのクエストがあるわよ!」
 クエストの詳細が細かく記された用紙を手に取るために、勢い良く背後をふり向いた。
 勢いがあったため、身に纏うレース付きのスカートがひらりと捲れあがる。
 受付嬢は捲れ上がったスカートを気に止めることなく、速やかにクエスト一覧が記載されている資料を棚から取り出した。

「洞窟を抜けるのでしょう? ゴブリン討伐とドワーフ討伐があるわよ!」
 ヒビキの目の前にクエストの詳細が書き記された資料を一つずつ手に取って並べ始める。
 差し出されたクエストの難易度は、FランクからEランクの冒険者が受けるような簡単なものだった。
 
「レベル上げを行いながら洞窟内を通過しましょう。洞窟へ向かうまでの道中でゴブリンを倒してクエストをこなす。洞窟内のドワーフを倒してクエストをこなす。一石二鳥だと思わない?」 
 私は受けるわよ。
 そう言葉を続けるアヤネに受付嬢が先回りをする。
 両手をアヤネに向かって差し出した。

「ゴブリン討伐とドワーフ討伐のクエストの登録をお願いします」
 懐から取り出したギルドカードを受付嬢の手の平に乗せたアヤネを見習って、ヒビキが懐からギルドカードを取り出した。
 
「俺もゴブリン討伐とドワーフ討伐の登録をお願いします」
 受付嬢にカードを差し出そうとした所で、ふと気がついた。

「お姉さん、ちょっといい? 相談事があるんだけど人には聞かれたくないから、別室に行きたいのだけど……」
 中途半端に伸ばしていた手を引っ込めて受付嬢に声をかける。

 ヒビキの持つギルドカードには、白峰ヒビキとフルネームで名前が記載されている。
 アヤネのカードにも、白峰アヤネと名前が記載されているため、兄妹である事に気づかれるだろう。
 口止めが必要だ。

「少し待っていてもらってもいいかな? すぐ終わるから」
 アヤネの前から勝手に立ち去るわけにはいかないため、声をかける。

「うん、待ってるわ」
 受け付けカウンターに肘を付き、だらけているアヤネが笑顔で頷いた。
 
「いってらっしゃい」
 笑顔で手をふり、ヒビキを見送っていたアヤネの表情から少しずつ笑みが消えていく。
 高鳴りだした心臓を落ち着かせるために、深く深呼吸をする。
 
「答えてくれるかしら」
 ギルドに着いたら父についての情報を聞き出そうと決めていた。
 初対面の冒険者や街の人達が答えてくれるかは、彼ら次第ではあるけれど問いかけなければ始まらない。
 騒がしいギルド内で大声を出す勇気が必要である。
 受け付けカウンターに背を向けるようにして背後を振り向くアヤネは表情に笑みを張り付ける。
 
「お兄さんや、お姉さん達に聞きたいことがあるのだけど、国王の最後を見た人はいませんか?」
 高鳴る心臓は収まるどころか、ますます速さを増す。
 笑顔ではあるものの顔面蒼白である。
 冷や汗を流すアヤネは、ギルドに赴いたら必ず国王の最後を知るために情報収集を行おうと考えていた。
 気づけば騒がしかった室内は静まり返っていた。
 テーブルを囲む者、掲示板を眺めていた者、クエストの登録を行うために一列に並んでいる冒険者達の視線がアヤネに集中する。

「私達は戦いの間、街の外に避難していたからね。最後を見た人はいるのかな?」
 アヤネの問いかけに一人の女性が問いかけで返す。

「街から離れた場所にいたから飛び交う魔法は見たけれど、国王や銀騎士の姿は見ることが出来なかったわね」
 ビールを高々と掲げる女性が言葉を続ける。
 
「俺は知っているぞ。国王の最後を見た方に話を聞いたが、妖精の少女に捕まり身動きのとれなくなった国王の体に、その少女が無理やり魔力を流し込んだそうだ。国王の体は大量の魔力に耐えきれずに眩い光を放ち、やがて爆発した。最後には国王の首を両手に抱えた少女の姿があったそうだよ」
 沢山のクエストが貼り付けられた掲示板。
 用紙をじっくりと眺めていた魔術師の青年が、友人から聞いた事実を伝えるとアヤネの表情が引きつった。
 
「相手は少女だったのでしょう? 何故、強引にでも引き離して逃げなかったの?」
 アヤネの身体が小刻みに震え始める。
 泣き出しはしていないものの、唇を強く噛み締めているため唇は紫色に変色してしまっている。

「少女といっても相手は妖精だよ。妖精の力は人とは比べ物にならないほど強いよ。国王を片手で持ち上げることが出来る程にね。私も見たよ。国王の首を少女が掴み掲げていた。鳥に意識を移して空から状況を見ていたけど、あなたと一緒にギルドに来た少年。彼も戦いの場にいたわよ」
 珍しい紫の髪色を持つ女性がギルド2階へと続く階段を指差した。

「へ?」
 今にも泣き出しそうな表情を浮かべていたアヤネが、間の抜けた声を出す。

 アヤネが予想だにしない事実を知った頃。
 ヒビキはアヤネとは兄妹である事や、兄妹である事実を隠している事を伝えていた。

「自分の兄であれば見た目で気づきそうなものだけど、アヤネちゃんに兄であることは隠しているのね。事情は分かったわ」
 事情を深く追求することなく受付嬢は納得をしてくれる。

「私からも一ついいかしら?」
 有り難うと呟いて、ソファーから腰をあげようとしていたヒビキを受付嬢は呼び止めた。

「ヒビキ君は学園に通っているのよね? 討伐隊の再結成はしないつもりなの?」
 ボスモンスター討伐隊副隊長を務めていたユキヒラが裏切り行為を働いたため、ボスモンスター討伐隊は壊滅に追い込まれた。
 事実は街中に広がっているため、討伐隊の隊長を務めていたヒビキを責めるものはいない。
 しかし、ヒビキは責められて当然だと考えていた。
 
「仲間を守ることの出来なかった俺に、討伐隊を再結成する事はできないよ。街の人達が許してはくれないよ」
 受付嬢の問いかけに対して驚いたように、あんぐりと口を開き表情を変えたヒビキが本心を口にする。

「我が子や、旦那さん、妻を亡くした人達が再結成を願っているのよね。副隊長が隊長を裏切ったことは号外として人々に広く知れわたったわ。銀騎士団だけでは出現する強いモンスターを全て討伐する事が出来ていないのが現状よ。大金を出してでも強いモンスターを倒して欲しいって方は沢山いるわ」
 常に狐面をつけていた隊長が何処の誰なのか、その姿を知る者は少ない。

「悲劇を繰り返さないためにも討伐隊隊長は俺ではない方がいいよ。俺は仲間と話をするどころか視線を合わせることすらしなかった。交流をとっていなかったんだ。裏切りを企んでいるユキヒラの存在にも気づけずに、好き放題されて仲間を失ってから気がついた」

「言葉を返すようだけど、気を悪くしないでね。ユキヒラと仲が良くて、交流をとっていた隊員達でもユキヒラが裏切り行為を働こうとしている事に気づけなかったのよ。ヒビキ君が人の心を読むことの出来る人物であるのなら話は別だけど言葉や口調、態度や表情に出すことのなかったユキヒラから裏切り行為を先読みする事は誰であったとしても出来なかったと思うわよ」
 受付嬢は思ったままを伝えてみるものの、ヒビキは首を縦にふりそうにはない。
 困り顔である。

「挙げ句の果てには、彼女が妖精を引き連れて国を襲った。その戦いの中で国王が犠牲になったこと。ボスモンスター討伐隊隊長は魔力が尽きるほど全力で戦って、終いには刺されて意識不明になって療養中であることは皆にしれわたっているわ。最強と言われていた国王が命を落とすほどの強い相手だったのよね。今は療養中だから無理かもしれないけど今後の事も考えてみてよ」
 説得を試みる受付所に対してヒビキは困ったように眉尻を下げる。
 
「今は学園に通っている身だから、今すぐに再結成って訳にはいかないけど考えてみる。有り難う」
 小声ではあったものの、考えてみると口にしたヒビキの言葉を信じて待つことにした。

「いい返事を期待して待っているわね」
 受付嬢が笑顔で頷いた。
 コンコンコンと扉をノックする音が聞こえて、受付嬢とヒビキが部屋の出入り口に視線を移す。
 一体いつからアヤネは、その場所に居たのだろうか。
 開いた扉に右半身を預けているアヤネとヒビキの視線が合う。
 疲れきっているように見えるのは気のせいだろうか。
 ぐったりとしているアヤネがヒビキに声をかける。

「お話は終わった?」
 穏やかな口調を心がけて、ぽつりと呟いた。
 アヤネの中でヒビキが戦いの場にいた理由が疑問となっていた。その答えが出る。
 ボスモンスター討伐隊の隊長を務めていたのだから、戦いの場に居ても可笑しくはない。

「今から隣街の学園都市に戻るために洞窟を通過しようと思っているんだけど、洞窟内を通過しようとしているパーティはないかな?」
 アヤネはヒビキが戦いの中で魔力をすべて使いきってしまった事実を知る。
 ヒビキを初めて洞窟内で見かけてから、現在まで彼が一度も魔法やスキルを使わなかったわけを理解したため、例え洞窟内を通過するパーティが無かったとしても、ヒビキと二人で洞窟内を通過するという選択肢はなくなった。

「魔力切れなら魔力切れだと先に言ってよね。今朝は無理をさせちゃったじゃないの」
 頭を抱えこむアヤネは体調が良くないのか顔色が悪い。

「ごめん」
 ヒビキは深々と頭を下げたまま謝罪をする。

「顔色が悪いけど大丈夫?」
 受付嬢の問いかけを耳にして、ヒビキがアヤネの様子が可笑しいことに気がついた。

「具合が悪いの?」
 ヒビキの問いかけに対してアヤネは首を左右にふる。
 素直に首を縦にふる気は無さそうだ。

「具合が悪いわけではないの。心配しないで。洞窟内を通過しようとしている人達がいたら教えてほしいの。いるかな?」
 引きつった笑みを浮かべるアヤネが受付嬢に再び問いかける。
 
「今後もしも体調が悪くなったらヒビキ君に言うのよ」
 弱音を吐こうとはしないアヤネを心配する受付嬢が声をかけた。

「洞窟内を通過しようとしている冒険者が数名いるわよ。案内するわね」
 アヤネの隣に移動。
 その背中に腕を回した受付嬢がアヤネを連れてギルド1階に向かって足を進める。
 後に続くようにして足を進めたヒビキは、心配しないでと強がりを見せたアヤネを心配そうに眺めている。
 



 ギルド1階は沢山の冒険者で賑わっていた。
 酒をみ交わす者。
 クエストの発行を行う者。
 受付嬢に絡むも者。
 沢山の冒険者の間をすり抜けて、受付嬢は一つのパーティグループの前へ移動する。

「ほんの少し口の悪い人もいるけれど、悪い人ではないからね」
 刃先が折れてしまっている古びた剣を片手に、テーブルの上に並んだ用紙を指差す男性。知的な印象を人に与える男性を指差して淡々とした口調で呟いた。
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