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学園都市編

122話 ギルドへ

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「それは、私にずっとこのままの姿でいろということか?」
 ユタカの一人称が僕から私に変化した。
 穏やかだった口調が威圧的なものへ変化する。
 
「今の状況を打破するまでは、そのままの姿の方が良いと思ったのです」
「一生そのままの姿でいられては困るよね」
 父を怒らせてしまったのではないかと、不安になったのだろう。
 ヒビキが慌てて考えを口にする。ヒビキの言葉に同意するようにして兄のタツウミが、うんうんと何度も頷いた。
 父の雰囲気が変わったことから、恐怖心を抱いたのだろう。
 然り気無く弟であるヒビキの背後に移動する。
 タツウミが背後に隠れるのは、これで二度目である。

「別に怒っているわけではないのだから、身を隠す必要は無いと思うけど」
 冷静になってユタカを眺めると、中途半端に開かれた口を閉じることなく、服の裾を両手で握りしめたままの状態で身動きを止めている。
 タツウミがヒビキの背後に身を隠した事により、怖がらせるようなことをしてしまったのだろうかと疑問を抱いた様子。

「表情に感情が表れない人だと思っていたけど、案外そうではないのかもしれない。動揺してるようだし」
 幼い子供の変化に気づき、動揺を隠せずにいるユタカを指差した。

「え、怒っていないって?」
 タツウミがヒビキの視線の先を目で追った。
 しかし、タツウミは視力が良い方ではない。
 目を細めてみるものの、少し離れた位置にいるユタカの表情を確認することは出来なかったため、両手の平を布団の上につき前進しようと試みる。
 四つん這いのまま一歩、二歩と前進したタツウミの視界が大きく傾いた。
 傾いた視界に疑問を抱きつつ、無抵抗のまま流れに身を任せていたタツウミが浮遊感を感じる間もなく床に背中を打ち付ける。
 一体何が起こったのだろうと背中に痛みを感じながら視線をさ迷わせたタツウミが気がついた。
 ベッドの上に手をついたと思っていたけれども、ベッドは想像していた遥か手前で終わっていたのだと。
 どうやら、布団と共に床に落下したようで、その事実に気づいたタツウミが苦笑する。

「恥ずかしい」
 タツウミの発言を耳にしたヒビキが苦笑する。

「怪我をしなくて良かったよ。顔面から落ちるかと思ってひやひやした。本当に気をつけて」
 タツウミの身を案じて呟いた。
 どうやら、アヤネはタツウミが床に叩きつけられる音に反応をしたようで、タツウミが自らベッドの上から落下した場面を目撃してはいなかった様子。
 
「お兄ちゃんはか弱いんだから、あまり酷い事はしないでほしいんだけど」
 随分と早い口調だった。
 吐き捨てるようにして考えを口にしたアヤネの表情はひきつっている。
 視線は真っ直ぐヒビキに向けられていた。

 アヤネの視線と表情からヒビキがタツウミをベッドの上から突き落としたと勘違いしていることは、すぐに分かった。
 アヤネはタツウミがベッドから落ちた経緯を見ていなかったのだろうとヒビキは素早く判断をする。
 アヤネからの視線を受けてヒビキは項垂れた。
 アヤネはタツウミの事が大好きで、タツウミに対して危害を加える人物は全て敵と見なすのだろう。
   
「か弱い……」
 仰向けに横たわったまま、明らかにショックを受けた様子のタツウミが小声で呟いた。
 ヒビキに突き落とされたわけではないと、訂正するだけの余裕はなさそうだ。
 タツウミの独り言を耳にしたユタカが苦笑する。

「アヤネの中でタツウミは、病弱な体の弱いお兄さんだからな」
 そんなユタカの独り言に耳を傾けていたタツウミが苦笑する。

「アヤネの前では気丈に振る舞う優しいお兄ちゃんでいたつもりだったんだけどなぁ」
 一体いつ、か弱い印象を与えてしまったのか。
 予想もしていなかったアヤネの発言を耳にして落ち込んでしまう。
 タツウミとユタカの会話に耳を傾けていたヒビキが、ぽつりと呟いた。

「タツウミお兄さんはか弱いんだね。ごめんね。次から気を付けるよ」
 何やら考え込んでいた様子のヒビキが真面目な顔をする。
 一体どのような考えに至ったのか。
 か弱いと言われて落ち込んでいるタツウミに追い討ちをかける。
 か弱いと言葉を強調して口にしたヒビキの発言を耳にしたタツウミが項垂れる。

「タツウミお兄ちゃんが傷つくようなことがあれば、私お兄ちゃんを傷つけた人を一生許す事は出来ないからね」
 はっきりと言い切ったアヤネがヒビキを指差した。

「うん、ごめん」
 勘違いを訂正することなく深々と頭を下げるヒビキの考えは分からない。
 素直に謝ってしまったヒビキを見かねたタツウミが小さなため息を吐き出した。
 
「今のは……」
 アヤネが勘違いしたままの状態で話が進んでいるため、タツウミが訂正しようとする。
 しかし、ヒビキがタツウミの口を右手で封じこんだ事により訂正は失敗する。
 
「ヒビキの考えが分からない……」
 大人しく事の流れを見守っていたユタカが、ぽつりと呟いた。



 雲一つない青空が広がっている。
 城から少し距離をとり、離れた位置に浮かぶ妖精王と魔王が互いに顔を見合わせた。

「ヒビキはアヤネに好かれたいのか、それとも嫌われたいのか分からんな」
 タツウミの寝室から距離をとっているとはいえ、ヒビキやアヤネの会話はしっかりと魔王や妖精王の耳に入り込んでいた。
 ヒビキの行動に対して魔王が疑問を抱く。

「まるで妹さんに嫌われてもいいと考えているように思えますね」
 魔王の意見に妖精王が同意する。
 
「嫌われれば悲しい思いをするのは自分だというのにな」
 アヤネはヒビキがタツウミをベッドの上から突き落としたと思っているため、ヒビキに向ける視線は冷たい。
 妖精王と魔王が、自分達に視線を向けていることに気づいてはいないヒビキとタツウミは、呑気に手紙のやりとりを行っていた。

 今後アヤネとは、学園生活を送るにあたって顔を会わせる機会が増えるよね。気まずいままになってもいいと思っているのかな。
 口を塞がれてしまっているため、タツウミが紙と筆を取り出した。
 無言のまま紙に考えを書き記す。
 
 ヒビキの手元に用紙を移すと、片手で四つ降りにされた用紙を開いたヒビキが内容を確認する。
 黒幕が誰なのか分かっていない状況の中で、アヤネに後をついて回られていては動きづらくて仕方がありません。

 無言のまま用紙に考えを書き記したヒビキがタツウミの目の前に用紙を差し出した。
 ついて回られては困るなんて事を書き込めば、妹の事が大好きなタツウミの気分を害してしまうかもしれない事は分かっていた。
 案の定タツウミの鋭い視線がヒビキを捉える。
 今にも喧嘩になりそうな雰囲気に気づいたユタカが、ぽつりと呟いた。

「アヤネは兄であるタツウミのことが大切なんだね」

「うん。小さい頃から、ずっと話し相手になってくれてたのがお兄ちゃんだからね。大切だよ」
 アヤネが笑顔で即答する。

「そっか。兄妹で仲がいいのは良いことだよね」
 アヤネとタツウミは仲がいい。
 それは銀騎士達が話す会話の話題に何度も上がっていた。
 我が子の仲が良いことは嬉しいことである。
 無言のままアヤネに視線を向けるヒビキが苦笑する。

「二番目の兄の事も大切に思ってる?」
 しかし、ユタカが続けた問いかけに対して驚いたのだろう。
 ヒビキの鋭い視線がユタカに向けられる。
 ぽかーんとした表情を浮かべていたアヤネの眉間にしわがよる。
 その表情から、良い返事ではないだろうと考えたヒビキが小さなため息を吐き出した。

「そうね」
 随分と間をおいてからの返答だった。
 表情に笑みを浮かべているものの、アヤネの額を汗が伝う。
 ピクピクと小刻みに動く頬から、笑顔を浮かべているものの変なところに力が入ってしまっている事が分かる。
 幼いユタカを目の前にして本音を口にすることは出来なかった。
 きっと本音は、なんとも思っていない又は大切ではないだろう。
 嫌われていることは分かっている。
 
「ユタカ君は大切に思える仲の良い友人はいるの?」
 まさか、同じような質問を返されるとは思ってもいなかったユタカがキョトンとする。

「俺も聞きたい」
「私も聞きたいです」
 アヤネとユタカの会話に聞き耳をたてていたヒビキとタツウミが反応を示す。

「大切に思える仲の良い友人。いるよ!」
 すぐに仲の良い友人を思い浮かべたのだろう。
 笑顔で答えたユタカに対して、タツウミが本音を漏らすようにして呟いた。

「え、いるの?」
 随分とか細い声だった。
 タツウミが首を傾げて問いかける。

「いるよ! いないと思っていたの?」
 タツウミの思わず漏れ出た言葉を耳にして、ユタカが唖然とする。
 落ち着いた口調で話をしていたはずのユタカの声のトーンが一気に高くなった。
 ピシピシと何度もタツウミを指差す姿が愛らしい。

「落ち着いた態度をとっているかと思えば、急に子供のように膨れっ面を浮かべる。俺は一体、誰と話をしているのだろう」
 ユタカの目の前まで移動すると、その場でしゃがみこむ。
 タツウミは父上が幼い子供の姿になってしまったと言っていたけれども、あどけない顔立ちの子供を父と思うことが出来なくなってきた。
 ヒビキの独り言を耳にしたユタカが口を開こうとした。
 しかし、ユタカがヒビキに声をかける前にアヤネが行動を起こす。

「私、勝手にユタカ君って呼んじゃっているけど男の子よね?」
 ヒビキとユタカの間に割り込んだ。
 ユタカの肩をトントンと二度叩き、ユタカが振り向くと同時に声をかける。
 どうやら、ユタカの性別に対して疑問を抱いたようす。
 遠回しにすることなく考えを口にしたアヤネの態度は、ヒビキやタツウミをひどく驚かせた。

「このタイミングで、それを聞く?」
 タツウミが漏らすようにして考えを口にする。
 信じられないといった面持ちである。
 唖然とするタツウミとは違って、ヒビキはアヤネの予想外の質問をおかしく思ったのだろう。
 クスクスと笑いだしてしまっている。
 タツウミの問いかけと、ヒビキの笑い声を耳にしたアヤネが、膨れっ面を浮かべて呟いた。

「ヒビキ君もお兄ちゃんも意地悪! お兄ちゃんや、ヒビキ君は、この子の見た目から性別を判断することが出来るの?」
 拗ねていたはずのアヤネの視線の先で、ユタカが目蓋に人差し指を擦り付ける。
 顔を俯かせてみせた。
 一見泣き出してしまったように見えるユタカに対して、アヤネが慌てだす。

「え、ごめんなさい! 泣いちゃった?」
 顔をうつむかせてしまったユタカが泣き出してしまったと勘違いをした様子。
 
「まず、泣くことはないと思うけど」
 焦るアヤネとは対照的。
 落ち着いた様子のヒビキが、ユタカの顔を覗きこむ。

「眠たいのか。それとも、目にゴミでもはいったのか。泣くことはないと思うよ」
 ヒビキに続いて、タツウミがユタカの顔を覗きこむ。
 タツウミに続くようにしてアヤネがユタカの顔を覗きこんだ。目蓋を伏せてはいるものの涙を流しているわけではない。
 アヤネが安堵する。

「確かに泣いてはいないわね。でも、放心状態だわ。どうしよう。チョコレート菓子に意識を移せば良いのかしら」
 アヤネは考えていることが全て口に出てしまっている事に気づいているのだろうか。
 とりあえず幼い子供にはお菓子をあげれば喜ぶのではないのかと、安易な考えのアヤネがユタカの手にしているお菓子を手に取った。
 開いた袋からチョコレート菓子を取り出すと、ユタカの目の前に差し出してみる。
 
「距離は近いままか」
 人と話をするときの距離が近いと注意をしたばかりだと言うのに、アヤネは早速忘れてしまっている。
 目の前に迫った顔を、呆然と眺めていたユタカが呟いた。

「癖なのだろうね。そう簡単に直るものでもないよ」
 ユタカの独り言を耳にしたタツウミが苦笑する。
 
「学園に戻ったら気を付けるわよ」
 ふて腐れたように頬を膨らませるアヤネがユタカの目の前に素早く移動。
 なかなかチョコレート菓子を手に取ろうとはしないユタカにしびれを切らして、お菓子をユタカの口の中に突っ込んだ。
 
「美味しい?」
 にこやかに話しかける。
「甘い」
 しかし、ユタカにとってはチョコレート菓子は甘すぎた。

「甘いのは駄目なんだ?」
 アヤネとユタカのやり取りを眺めていたヒビキが問いかける。

「嫌いではないはずだが」
 どうやら、ユタカ自信甘いものが好きか嫌いか分かってはいない様子。
 
「コーヒーを持ってこようか?」
 ヒビキの問いかけに対して
「あるの?」
 ユタカが首をかしげて問いかける。

「部屋に……」
「ん?」
 腰をあげようとしたヒビキに向かってアヤネが首を傾げたところでヒビキが口を紡ぐ。
 危うく部屋にあると言ってしまいそうになった。
 自分の寝室に向かえば兄であることがばれてしまう。

 さて、どう言葉を続けようかと考えていれば
「うん、部屋にあるよ。冷たいのであれば冷蔵庫に、暖かいものであれば棚に」
 固まるヒビキにタツウミが声をかける。
 冷蔵庫と棚を指差した。

「今持ってくるから待ってて」
 ヒビキがホッと安堵する。
 タツウミが咄嗟に言葉を続けてくれなければ、無言のまま部屋の中央で佇む形になっていた。
 早足に冷蔵庫のもとに移動するヒビキの姿を呑気に眺めていたアヤネが気がついた。

「お兄ちゃん! ヒビキ君に甘えすぎ。ここは、部屋の主であるお兄ちゃんがユタカ君にコーヒーをいれてあげるところじゃないの?」
 タツウミを指差して疑問を口にする。

「確かに、そうだよね」
 呑気にヒビキが戻ってくるのを待とうとしていたタツウミが、慌ててその場に立ち上がった。

「私も一緒にコーヒーを入れにいこうかな」
 無邪気にタツウミの後に続こうとしたアヤネが、何を思ったのか勢い良く背後を振り向いた。

「ねぇ。まだ幼いのにコーヒーを飲めるの? そもそも、こんなに小さな子どもにコーヒーをあげても良いものなの?」
 ベッド脇に腰を掛けようとしていたユタカに向かって問いかける。

 てっきり、アヤネはタツウミと共にヒビキの元に向かったのだと思っていた。
 気を抜いていたユタカがベッドに腰を下ろす前の中途半端な姿勢のまま身動きを止める。
 
「あらやだ、放心状態じゃないの」
 幼い子供であるユタカに対して興味津々。
 口を半開きにしたまま固まっているユタカの元へ歩み寄る。
 
「どうしよう。小さい子を喜ばせるためには、あれがいいかしら」
 真面目な顔をしてアヤネが幼い子供の喜ばせかたを考える。
 顔を両手で覆い隠すと小声で呟いた。

「いないいない……」
 しかし、ユタカの反応は薄い。
 アヤネの予想外の行動に対して、状況が分からないと首を傾げてしまっている。
 アヤネはというと顔を両手で覆い隠しているためユタカの反応に気づけないでいる。
 
 1、2、3、4、5カウントを数えると共に
「ぶぁあああ!」
 両手を顔から離して見せる。
 アヤネの大声に驚きビクッと大きく肩を揺らしたもののユタカの反応は薄い。
 状況は読み込めたものの、見事に反応に困っていた。
 両目を大きく見開いて、口を三日月形にするアヤネの表情は恐ろしい。
 子供に向かってする表情ではない。

 しかし、本人はいたって真面目であり
「あれ? 不発だった?」
 ユタカの表情の変化が見られ無いことに対して疑問を抱く。

「全力でやったんだけどなぁ」
 アヤネが見るからに落ち込みだしたため、気を使おうと思ったのだろう。
 
「今のは笑うところだった? 笑った方がいい?」
 ユタカがタツウミの元へと歩みより、こっそりと相談する。
 
 ユタカの問いかけに対してタツウミが
「うん。笑うところだったようだね」
 小声で呟いた。

「今からでも遅くないと思うけど」
 コーヒーを手にしたヒビキがユタカの元へと歩み寄る。
 声を押さえることなく、ユタカに笑うように促したところでアヤネが口を挟む。

「恥ずかしいんだけど」
 全てが聞こえていた。
 照れたように顔を真っ赤に染めると、アヤネがタツウミの背中を力任せに叩いた。
 タツウミは病弱であるため、酷いことをしないで欲しいと言ったのはアヤネである。
 激しく咳き込むタツウミを横目に、ヒビキは笑を堪えきれずに肩を揺らして笑ってしまっている。
 タツウミの指がヒビキの横腹に深く食い込むのは、それからすぐ間もなくのことだった。
 横腹をさするヒビキの隣に腰を下ろしたアヤネが、胸ポケットの中からギルドカードを取り出した。
 カードに表示された時刻を確認すると、すぐにヒビキの肩に手を添える。

「そろそろ、学園に戻らないといけないわ。洞窟内を抜けるのに、どれだけの時間がかかるか分からないから。今朝はヒビキ君が突っ走ってくれたから良かったけど帰りはギルドで仲間を募集してから帰ろうと思うのだけど、どうかな?」
 
「ギルドで仲間を募集した方がいいよ。募集して仲間が集まってから学園都市を目指そうよ」
 アヤネの問いかけに対して、返事をしたのはユタカだった。

「私も仲間を募ってから学園都市へ向かうことを勧めるよ」
 ヒビキが本調子ではないことを知るタツウミがユタカの言葉に同意する。

「そうね。仲間がすぐに見つかるとは限らないし、洞窟を抜けるのに苦戦するかも知れないからヒビキ君、行きましょう」
 アヤネがヒビキの手を取った。

 狂暴なモンスターが時折、現れては冒険者達に悪さをする洞窟内。
 出入り口付近で簡単なクエストをこなす者は多い。
 洞窟の中央に屯するドワーフは集団で襲いかかってくるため四方八方を囲まれる。
 そのため、洞窟内を通過しようとする者は殆どいない。
 洞窟内を避けて洞窟に沿って森の中を抜ける手段もあるけれども、学園都市までの距離がありすぎる。

「出来れば範囲攻撃が可能な魔術師が二人欲しいわね」
 先を歩いていたアヤネが、考えを漏らすようにして小声で呟いた。
 夕暮れ時と言うこともあり、ギルド内は多くの冒険者で賑わっていた。
 冒険者の間を抜けて目的地へと向かって突き進むアヤネには迷いがない。
 受け付けカウンターに一直線に移動する。
 アヤネの後に続き、ギルド内へ足を踏み入れたヒビキは瞬く間に体を囲むようにして張り巡らされた透明な結界に驚き、その場で足を止めた。

 アヤネの向かった先。
 受け付けカウンターに佇む女性が笑顔でヒビキに向かって手を振っている。
 その見覚えのある顔に気づいたヒビキの表情に笑みが浮かぶ。

「お姉さん、久しぶり」
 アヤネの隣に素早く移動する。
 カウンターテーブルの上に両腕をのせたヒビキが嬉しそうに受付嬢に声をかける。

「本当に久しぶりね。ずっと、心配していたのよ」
 受付嬢が棚から木製の板を取り出した。
 板に貼り付けられた一枚の写真を手に取ると、ヒビキの目の前へ移す。

「魔界のギルドから送られてきた写真なんだけど、ヒビキ君に返すわね」
「魔界から?」
 笑顔を浮かべるヒビキが差し出された写真を手に取った。
 魔界から送られてきた写真とは一体、何なのか。
 裏返しになっている写真を表に向けたところで、全く予想もしていなかった中身に驚き危うく写真を投げ出しそうになった。
 投げ出しはしなかったものの、グシャッと勢い良く写真を握り潰す。
 無言のまま佇むヒビキの表情から笑みが消えた。
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