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学園都市編
121話 喧嘩に発展しそうな雰囲気である
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「泣きそう。状況が分かんなくなっちゃった」
くしゃりと表情を歪めて顔を俯かせたアヤネが、か細い声で呟いた。
パタンと音を立てて閉まった寝室の扉から距離をとるようにして一歩、二歩と後ずさる。
「お父様の安否を知るために一時帰宅したのに、お父様の姿どころか騎士の姿まで無いなんて、まるで悪い夢を見ているようだわ」
グスッと鼻をすする素振りを見せると弱音をはく。
兄の前では笑顔で振る舞って見せていた。
しかし、内心穏やかではなかったアヤネが鼻を啜る。
「妖精が攻めてきたと言うわりには街中の建物が壊れた様子はない。人々も活気に満ち溢れている」
扉を背にして佇むと、すぐ目の前はガラス張りとなっている。
窓から見える街の景色は普段と変わらず、アヤネが表情を曇らせる。
「国を統べる王様が死んでしまったら少しは動揺や戸惑いを見せる人がいると思うんだけど」
誰に問いかけるわけでもなく独り言を漏らす。
情報と事実は異なるのか、それとも国民が顔色一つ変えることのない程に国王は国民達から嫌われていたのか。
一人で考えていても結果が出るわけではない。
「お菓子を持ったら早くお兄ちゃんのところに戻ろう。一人で考えていたら不安に押し潰されてしまいそうだわ」
このままグズグズしていても状況が変わるわけではないため、アヤネが気持ちを切り替えた。
「少し落ち着かないといけないわね」
深く深呼吸をする。
寝室を抜け出すまでアヤネは不安な気持ちを一切口にしていなかった。
それどころか、表情にも出さなかったためタツウミはアヤネの不安定な気持ちに気づいたけれども、ヒビキとユタカはアヤネが情緒不安定になっていることに気づいていない。
「何故アヤネに事実を伝えたのですか? アヤネを巻き込むつもりですか?」
アヤネが寝室から退出したため、ヒビキがタツウミのベッドに膝をつく。
タツウミの腰かけているベッドに膝をついて身を乗り出したヒビキの勢いは止まることなく、深く沈んだベッドに身体のバランス感覚を奪われる。
しかし、傾いた視界など気にもとめることなく腕を突き出すと、タツウミの胸ぐらをつかみ取ろうとした。
アヤネが寝室から退出したと同時に、攻撃的な一面を見せたヒビキ対して恐怖心を抱いたのだろう。
タツウミが後ずさったため、ヒビキの手はタツウミの服を掠る事なく空を切る。
「父上の一報を耳にしたアヤネが、どんな思いで一時帰宅をしたのかと思ったら黙ってはいられなくてね。ヒビキはアヤネの悲しむ姿を見ていられるの?」
学園から自宅へ帰宅するには、強いモンスターが出現する東の洞窟を抜けるのではなく、遠回りにはなるけれども森を抜けるほうがいい。
しかし、今回国王の訃報を耳にしたアヤネは迷わずに洞窟を抜けて一時帰宅する事を選んだ。
「わざわざ危険な洞窟を抜けて一時帰宅するくらいだから、一刻も早くアヤネは父の安否を自分の目で見て確認したかったんだと思うよ?」
真面目な顔をして首を傾げて見せたタツウミの問いかけに対してヒビキが渋い顔をする。
「情に流されないでください。黒幕を捕まえてからアヤネに父上が生きているという事実を伝えればいい」
妹を悲しませたくはないタツウミと、妹を危険な目に合わせたくないヒビキが対立する。
「黒幕を捕まえるまでの間アヤネを悲しませる形になるんだよ?」
唖然とするタツウミはヒビキの考えを耳して驚いている。
すぐに表情を引き締めると、真面目な顔をして問い掛けた。
「それは、仕方のない事だと思いますが?」
タツウミの問いかけに対してヒビキが即答する。
何のためらいもなく仕方のないことだと言い切った。
「仕方のない事って、随分と冷たいんだね」
険しい表情を浮かべるタツウミがヒビキに向かって手を伸ばす。
感情的になっているタツウミがヒビキを突き飛ばそうとした。
しかし、伸ばされた腕に素早く反応を示したヒビキがタツウミの腕を払い反撃に出る。
「ちょっと待って! 口喧嘩はいいけど暴力は駄目だよ」
我が子が喧嘩を始めた。
兄弟喧嘩を初めて目の当たりにしたユタカが慌て出す。
呆然と事の流れを見守っている場合ではなくなってきた。
今にも殴りあいに発展しそうな雰囲気に気づいたユタカが暴力は反対だと口にしてみるものの、
ヒビキやタツウミの耳には入っていないのか。
ヒビキの伸ばした手がタツウミの頬を掠める。
「事実を知らせると言う事は学園に戻った後アヤネは、国王が生きている事を隠して学園生活を送らなければなりません。表情が豊かなアヤネに演技をする事が出来ると思いますか?」
「アヤネは確かに表情が豊かではあるけれども父上を思い浮かべてみてよ。国王として振舞っていた父は感情の欠落した、表情の乏しい威圧感のある人ってイメージだったでしょう?」
さりげなく父であるユタカを貶した事にタツウミは気付いているのだろうか。
我が子の喧嘩をどうやって止めようか、頭を悩ませていたユタカの顔から表情が消えた。
何の感情もない顔に変化をする。
しかし、タツウミは父の表情の変化に気づいていない。
「そんな父上とアヤネは親子なんだよ。血がつながっているんだよ。それでも、アヤネに演技をする事は出来ないと思う?」
タツウミの表情に笑みが浮かび始めた。
王として振る舞う父の姿を思い浮かべたヒビキが苦笑する。
「それを言われてしまっては納得せざるおえないけどさ」
困ったように眉尻を下げて項垂れる。
ヒビキの視線の先で、口元を両手で覆い隠して見事に身動きを止めてしまったタツウミが冷や汗を流す。
タツウミがユタカの表情の変化に気がついた。
「兄上?」
タツウミの態度がおかしいことにヒビキが気がついた。
問いかけに対して返事はない。
疑問を抱いたヒビキの視線がタツウミからユタカに移る。
そして気がついた。
真顔のまま自分達を眺めている幼い子供と目があうと、ビクッと大きく肩を揺らしたヒビキが明らかに動揺を見せる。
顔から血の気が引く。
「気はすんだか?」
淡々とした口調だった。
戸惑いを見せるタツウミと、黙りこんでしまったヒビキが互いに顔を見合わせる。
「本人がいる前で感情が欠落しているとか、表情が乏しいっていっちゃった。どうしよう」
ユタカの表情や声のトーンから、怒っていると判断をしたタツウミがヒビキの腕をつかみとった。
ヒビキの背後に体を移動させるとユタカの視線から逃れようとする。
しかし、ヒビキが咄嗟に兄の腕をつかみとると、ユタカの目の前につきだした。
「弟の背に身を隠そうとしないでください」
「とか言いながら、私の背後に身を隠しているのは誰かな?」
父と正面向き合うことが出来ない。
互いに顔を向き合わせるタツウミとヒビキが冷や汗を流す。
「父の感情が欠落していると言ったのは兄上ではありませんか」
「一人だけ逃れようとしてる? ヒビキだって、納得してたじゃん」
ヒビキの発言を耳にしたタツウミが唖然とする。
「思っていても、俺は口に出してはいない」
「思っていたんじゃん!」
あたふたと落ち着かない様子のタツウミとヒビキの態度は初めて目にするものであり、どうやら笑いをこらえきれなくなったのだろう。
ユタカが小刻みに肩を揺らして笑う。
「少し落ち着こうか。動揺しすぎだからタツウミもヒビキも、アヤネの事を大切にしていることは分かったよ」
威圧的な態度から、コロッと態度を変えたユタカの問いかけに対してヒビキとタツウミが互いに顔を見合わせる。
「例え嫌われていても。大事な妹であることにはかわりないから巻き込みたくはないんだよ」
ユタカの問いかけに対して、淡々とした口調で答えたヒビキの表情が曇る。
兄としてのヒビキはアヤネに嫌われている。その事実を口にしたヒビキがショックを表情に表したため、タツウミがブフッと吹き出した。
「自分の発言でダメージを受けてんじゃん」
ヒビキの表情の変化に気づいたタツウミが言葉を続けると、ユタカの表情が変化する。
「編入生としてのヒビキは好かれているけど、兄としてのヒビキは嫌われているんだよね。実は兄だと知られた時が怖いね。アヤネが騙されたと感じて逆上しなければいいけど」
悪気はないのか、それともあえての発言か。
ヒビキが不安になるような発言をする。
意地の悪い笑みを浮かべているため、きっと悪気があっての発言なのだろう。
ユタカの発言を耳にしてヒビキが、あんぐりと口を開く。
しかし、ヒビキがユタカに対して言葉を発する前にガチャッとドアノブを回す音がして扉が開かれる。
お菓子の入った袋を手にしたアヤネが戻ってきた。
「ユタカ君、チョコレート菓子は好き? それとも焼き菓子にする?」
表情に笑みを張り付けるアヤネが、ユタカの元へと一直線に歩み寄る。
「お兄ちゃんは甘いものが好きなんだよね? 飴ちゃんでもいい?」
ユタカの目の前に膝をつくと、必然的にユタカの隣に腰を下ろしているタツウミが視界の片隅に入り込む。
アヤネにはタツウミが物欲しそうな顔をしているように見えたのだろう。
問いかけておきながら返事を聞くこともなく、タツウミが口を開く前にキャンディの入った小袋を手渡した。
アヤネがタツウミに気をとられているうちに怯えた様子のヒビキが、そろりそろりとタツウミの背後に身を隠す。
実は兄だと知られた時が怖いね。
アヤネが騙されたと感じて逆上しなければいいけどと、ユタカの言った言葉を気にしているのだろう。
しかし、すぐに見つかった。
「ヒビキ君?」
タツウミの肩に手を添えて、その背後を覗きこんだアヤネの問いかけに対して
「え……」
間の抜けた声を出す。
ビクッと大きく肩を揺らして、明らかに動揺する素振りを見せた。
「気がついたのね。良かったぁ!」
ヒビキに急接近して身を寄せたアヤネが嬉しそうに声をかける。
腕を伸ばせば届く距離まで近づいたものの、まだ距離があると思ったのだろう。
ヒビキの手をとり引き寄せたアヤネが顔を寄せる。
アヤネの急接近に驚いて、見事に身動きを止めてしまったヒビキの反応を面白いと思ったようでタツウミがブフッと吹き出した。
「今にも抱きつきそうな勢い……」
小刻みに肩を揺らしながら笑うタツウミの隣に腰を下ろして、あたふたとするユタカがアヤネに向かって声をかける。
「誰に対しても、その距離で接しているの? 近すぎないか?」
勢いに任せて身を寄せてしまったか、それともアヤネにとってはこの距離感が普通なのか。
ヒビキに接近するアヤネに対して疑問を抱いたユタカが問いかける。
「アヤネは誰に対してもこうだよ。異性である会長や副会長を務める生徒と話をするときも、この距離感だったから」
キョトンとしたまま、身動きを止めてしまったアヤネの代わりにヒビキが頷いた。
今まで人と会話をする時に距離が近いと指摘を受けることは無かった。
会長と行動を共にするようになってからは、距離が近いと怒られることが度々あったけれども冗談だと思っていた。
「距離が近い?」
真面目な顔をしたユタカの問いかけに対して、アヤネが首を傾げて見せる。
キョトンとした反応である。
「無意識にしていたの?」
ユタカが困ったように眉尻を下げる。
ユタカの問いかけに対してアヤネは笑うしかない。
「うん、この距離が普通だと思ってた」
アヤネが大きく頷いた。
「それだけ近いと、距離が近いと言って嫌がる生徒もいるんじゃない?」
アヤネの急接近を受けて固まるヒビキに向かってユタカが問いかける。
「生徒会長が、とても嫌がっていたよ。何度もアヤネの手を振り払っているのを見たから」
首を傾げるアヤネとは違ってヒビキが即答する。
「会長は本気で嫌がっているようには見えなかったのよ。冗談だと思っていたのよね」
どうやらアヤネは会長が、会話をするときに嫌がっている事に気づいていないかった様子。
驚いたように目を見開くと、過去の行動を反省しているのだろう。
アヤネは項垂れてしまう。
「会長が嫌がっていると分かったのなら、今度から気をつけなきゃいけないね」
穏やかな表情を浮かべるユタカがアヤネに声をかける。
「そうね。もう少し距離をとって話をするようにするね」
距離が近すぎることを会長が嫌がっていたと、事実を耳にしたアヤネが見るからに落ち込んでしまう。
落ち込み始めたアヤネを目の前にして、あたふたと慌て出したユタカが背後を振り向いた。
タツウミやヒビキに助けを求めようと試みるものの
「見た目に加えて性格までこうも変わってしまうと、例え黒幕が城に乗り込んで来たとしても、まさかこの幼い子供が国王とは気づかないのでは?」
タツウミはヒビキと小声で話し込んでいる最中のため、ユタカの視線に気づいてはいない。
「うん、気付かれないと思う」
ヒビキがタツウミの考えに同意した。
くしゃりと表情を歪めて顔を俯かせたアヤネが、か細い声で呟いた。
パタンと音を立てて閉まった寝室の扉から距離をとるようにして一歩、二歩と後ずさる。
「お父様の安否を知るために一時帰宅したのに、お父様の姿どころか騎士の姿まで無いなんて、まるで悪い夢を見ているようだわ」
グスッと鼻をすする素振りを見せると弱音をはく。
兄の前では笑顔で振る舞って見せていた。
しかし、内心穏やかではなかったアヤネが鼻を啜る。
「妖精が攻めてきたと言うわりには街中の建物が壊れた様子はない。人々も活気に満ち溢れている」
扉を背にして佇むと、すぐ目の前はガラス張りとなっている。
窓から見える街の景色は普段と変わらず、アヤネが表情を曇らせる。
「国を統べる王様が死んでしまったら少しは動揺や戸惑いを見せる人がいると思うんだけど」
誰に問いかけるわけでもなく独り言を漏らす。
情報と事実は異なるのか、それとも国民が顔色一つ変えることのない程に国王は国民達から嫌われていたのか。
一人で考えていても結果が出るわけではない。
「お菓子を持ったら早くお兄ちゃんのところに戻ろう。一人で考えていたら不安に押し潰されてしまいそうだわ」
このままグズグズしていても状況が変わるわけではないため、アヤネが気持ちを切り替えた。
「少し落ち着かないといけないわね」
深く深呼吸をする。
寝室を抜け出すまでアヤネは不安な気持ちを一切口にしていなかった。
それどころか、表情にも出さなかったためタツウミはアヤネの不安定な気持ちに気づいたけれども、ヒビキとユタカはアヤネが情緒不安定になっていることに気づいていない。
「何故アヤネに事実を伝えたのですか? アヤネを巻き込むつもりですか?」
アヤネが寝室から退出したため、ヒビキがタツウミのベッドに膝をつく。
タツウミの腰かけているベッドに膝をついて身を乗り出したヒビキの勢いは止まることなく、深く沈んだベッドに身体のバランス感覚を奪われる。
しかし、傾いた視界など気にもとめることなく腕を突き出すと、タツウミの胸ぐらをつかみ取ろうとした。
アヤネが寝室から退出したと同時に、攻撃的な一面を見せたヒビキ対して恐怖心を抱いたのだろう。
タツウミが後ずさったため、ヒビキの手はタツウミの服を掠る事なく空を切る。
「父上の一報を耳にしたアヤネが、どんな思いで一時帰宅をしたのかと思ったら黙ってはいられなくてね。ヒビキはアヤネの悲しむ姿を見ていられるの?」
学園から自宅へ帰宅するには、強いモンスターが出現する東の洞窟を抜けるのではなく、遠回りにはなるけれども森を抜けるほうがいい。
しかし、今回国王の訃報を耳にしたアヤネは迷わずに洞窟を抜けて一時帰宅する事を選んだ。
「わざわざ危険な洞窟を抜けて一時帰宅するくらいだから、一刻も早くアヤネは父の安否を自分の目で見て確認したかったんだと思うよ?」
真面目な顔をして首を傾げて見せたタツウミの問いかけに対してヒビキが渋い顔をする。
「情に流されないでください。黒幕を捕まえてからアヤネに父上が生きているという事実を伝えればいい」
妹を悲しませたくはないタツウミと、妹を危険な目に合わせたくないヒビキが対立する。
「黒幕を捕まえるまでの間アヤネを悲しませる形になるんだよ?」
唖然とするタツウミはヒビキの考えを耳して驚いている。
すぐに表情を引き締めると、真面目な顔をして問い掛けた。
「それは、仕方のない事だと思いますが?」
タツウミの問いかけに対してヒビキが即答する。
何のためらいもなく仕方のないことだと言い切った。
「仕方のない事って、随分と冷たいんだね」
険しい表情を浮かべるタツウミがヒビキに向かって手を伸ばす。
感情的になっているタツウミがヒビキを突き飛ばそうとした。
しかし、伸ばされた腕に素早く反応を示したヒビキがタツウミの腕を払い反撃に出る。
「ちょっと待って! 口喧嘩はいいけど暴力は駄目だよ」
我が子が喧嘩を始めた。
兄弟喧嘩を初めて目の当たりにしたユタカが慌て出す。
呆然と事の流れを見守っている場合ではなくなってきた。
今にも殴りあいに発展しそうな雰囲気に気づいたユタカが暴力は反対だと口にしてみるものの、
ヒビキやタツウミの耳には入っていないのか。
ヒビキの伸ばした手がタツウミの頬を掠める。
「事実を知らせると言う事は学園に戻った後アヤネは、国王が生きている事を隠して学園生活を送らなければなりません。表情が豊かなアヤネに演技をする事が出来ると思いますか?」
「アヤネは確かに表情が豊かではあるけれども父上を思い浮かべてみてよ。国王として振舞っていた父は感情の欠落した、表情の乏しい威圧感のある人ってイメージだったでしょう?」
さりげなく父であるユタカを貶した事にタツウミは気付いているのだろうか。
我が子の喧嘩をどうやって止めようか、頭を悩ませていたユタカの顔から表情が消えた。
何の感情もない顔に変化をする。
しかし、タツウミは父の表情の変化に気づいていない。
「そんな父上とアヤネは親子なんだよ。血がつながっているんだよ。それでも、アヤネに演技をする事は出来ないと思う?」
タツウミの表情に笑みが浮かび始めた。
王として振る舞う父の姿を思い浮かべたヒビキが苦笑する。
「それを言われてしまっては納得せざるおえないけどさ」
困ったように眉尻を下げて項垂れる。
ヒビキの視線の先で、口元を両手で覆い隠して見事に身動きを止めてしまったタツウミが冷や汗を流す。
タツウミがユタカの表情の変化に気がついた。
「兄上?」
タツウミの態度がおかしいことにヒビキが気がついた。
問いかけに対して返事はない。
疑問を抱いたヒビキの視線がタツウミからユタカに移る。
そして気がついた。
真顔のまま自分達を眺めている幼い子供と目があうと、ビクッと大きく肩を揺らしたヒビキが明らかに動揺を見せる。
顔から血の気が引く。
「気はすんだか?」
淡々とした口調だった。
戸惑いを見せるタツウミと、黙りこんでしまったヒビキが互いに顔を見合わせる。
「本人がいる前で感情が欠落しているとか、表情が乏しいっていっちゃった。どうしよう」
ユタカの表情や声のトーンから、怒っていると判断をしたタツウミがヒビキの腕をつかみとった。
ヒビキの背後に体を移動させるとユタカの視線から逃れようとする。
しかし、ヒビキが咄嗟に兄の腕をつかみとると、ユタカの目の前につきだした。
「弟の背に身を隠そうとしないでください」
「とか言いながら、私の背後に身を隠しているのは誰かな?」
父と正面向き合うことが出来ない。
互いに顔を向き合わせるタツウミとヒビキが冷や汗を流す。
「父の感情が欠落していると言ったのは兄上ではありませんか」
「一人だけ逃れようとしてる? ヒビキだって、納得してたじゃん」
ヒビキの発言を耳にしたタツウミが唖然とする。
「思っていても、俺は口に出してはいない」
「思っていたんじゃん!」
あたふたと落ち着かない様子のタツウミとヒビキの態度は初めて目にするものであり、どうやら笑いをこらえきれなくなったのだろう。
ユタカが小刻みに肩を揺らして笑う。
「少し落ち着こうか。動揺しすぎだからタツウミもヒビキも、アヤネの事を大切にしていることは分かったよ」
威圧的な態度から、コロッと態度を変えたユタカの問いかけに対してヒビキとタツウミが互いに顔を見合わせる。
「例え嫌われていても。大事な妹であることにはかわりないから巻き込みたくはないんだよ」
ユタカの問いかけに対して、淡々とした口調で答えたヒビキの表情が曇る。
兄としてのヒビキはアヤネに嫌われている。その事実を口にしたヒビキがショックを表情に表したため、タツウミがブフッと吹き出した。
「自分の発言でダメージを受けてんじゃん」
ヒビキの表情の変化に気づいたタツウミが言葉を続けると、ユタカの表情が変化する。
「編入生としてのヒビキは好かれているけど、兄としてのヒビキは嫌われているんだよね。実は兄だと知られた時が怖いね。アヤネが騙されたと感じて逆上しなければいいけど」
悪気はないのか、それともあえての発言か。
ヒビキが不安になるような発言をする。
意地の悪い笑みを浮かべているため、きっと悪気があっての発言なのだろう。
ユタカの発言を耳にしてヒビキが、あんぐりと口を開く。
しかし、ヒビキがユタカに対して言葉を発する前にガチャッとドアノブを回す音がして扉が開かれる。
お菓子の入った袋を手にしたアヤネが戻ってきた。
「ユタカ君、チョコレート菓子は好き? それとも焼き菓子にする?」
表情に笑みを張り付けるアヤネが、ユタカの元へと一直線に歩み寄る。
「お兄ちゃんは甘いものが好きなんだよね? 飴ちゃんでもいい?」
ユタカの目の前に膝をつくと、必然的にユタカの隣に腰を下ろしているタツウミが視界の片隅に入り込む。
アヤネにはタツウミが物欲しそうな顔をしているように見えたのだろう。
問いかけておきながら返事を聞くこともなく、タツウミが口を開く前にキャンディの入った小袋を手渡した。
アヤネがタツウミに気をとられているうちに怯えた様子のヒビキが、そろりそろりとタツウミの背後に身を隠す。
実は兄だと知られた時が怖いね。
アヤネが騙されたと感じて逆上しなければいいけどと、ユタカの言った言葉を気にしているのだろう。
しかし、すぐに見つかった。
「ヒビキ君?」
タツウミの肩に手を添えて、その背後を覗きこんだアヤネの問いかけに対して
「え……」
間の抜けた声を出す。
ビクッと大きく肩を揺らして、明らかに動揺する素振りを見せた。
「気がついたのね。良かったぁ!」
ヒビキに急接近して身を寄せたアヤネが嬉しそうに声をかける。
腕を伸ばせば届く距離まで近づいたものの、まだ距離があると思ったのだろう。
ヒビキの手をとり引き寄せたアヤネが顔を寄せる。
アヤネの急接近に驚いて、見事に身動きを止めてしまったヒビキの反応を面白いと思ったようでタツウミがブフッと吹き出した。
「今にも抱きつきそうな勢い……」
小刻みに肩を揺らしながら笑うタツウミの隣に腰を下ろして、あたふたとするユタカがアヤネに向かって声をかける。
「誰に対しても、その距離で接しているの? 近すぎないか?」
勢いに任せて身を寄せてしまったか、それともアヤネにとってはこの距離感が普通なのか。
ヒビキに接近するアヤネに対して疑問を抱いたユタカが問いかける。
「アヤネは誰に対してもこうだよ。異性である会長や副会長を務める生徒と話をするときも、この距離感だったから」
キョトンとしたまま、身動きを止めてしまったアヤネの代わりにヒビキが頷いた。
今まで人と会話をする時に距離が近いと指摘を受けることは無かった。
会長と行動を共にするようになってからは、距離が近いと怒られることが度々あったけれども冗談だと思っていた。
「距離が近い?」
真面目な顔をしたユタカの問いかけに対して、アヤネが首を傾げて見せる。
キョトンとした反応である。
「無意識にしていたの?」
ユタカが困ったように眉尻を下げる。
ユタカの問いかけに対してアヤネは笑うしかない。
「うん、この距離が普通だと思ってた」
アヤネが大きく頷いた。
「それだけ近いと、距離が近いと言って嫌がる生徒もいるんじゃない?」
アヤネの急接近を受けて固まるヒビキに向かってユタカが問いかける。
「生徒会長が、とても嫌がっていたよ。何度もアヤネの手を振り払っているのを見たから」
首を傾げるアヤネとは違ってヒビキが即答する。
「会長は本気で嫌がっているようには見えなかったのよ。冗談だと思っていたのよね」
どうやらアヤネは会長が、会話をするときに嫌がっている事に気づいていないかった様子。
驚いたように目を見開くと、過去の行動を反省しているのだろう。
アヤネは項垂れてしまう。
「会長が嫌がっていると分かったのなら、今度から気をつけなきゃいけないね」
穏やかな表情を浮かべるユタカがアヤネに声をかける。
「そうね。もう少し距離をとって話をするようにするね」
距離が近すぎることを会長が嫌がっていたと、事実を耳にしたアヤネが見るからに落ち込んでしまう。
落ち込み始めたアヤネを目の前にして、あたふたと慌て出したユタカが背後を振り向いた。
タツウミやヒビキに助けを求めようと試みるものの
「見た目に加えて性格までこうも変わってしまうと、例え黒幕が城に乗り込んで来たとしても、まさかこの幼い子供が国王とは気づかないのでは?」
タツウミはヒビキと小声で話し込んでいる最中のため、ユタカの視線に気づいてはいない。
「うん、気付かれないと思う」
ヒビキがタツウミの考えに同意した。
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悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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