それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

120話 親と子

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 ひらりとスカートがめくれ上がるのが見えた。
 大股を広げているのが見えたため、咄嗟に視線を逸らしたものの絹を裂くような悲鳴が上がったため、視線をアヤネの方へ移す。
 共にゴツッと床に頭を打ち付けたような鈍い音がした。
 視線を逸らさなければ、きっと下着が見えてしまっていただろう。
 しかし、視線を逸らさなければアヤネが床に頭部を打ち付ける前に助け出すことが出来た。

「大丈夫?」
 そっぽを向いてしまったことを早速後悔する。
 険しい表情を浮かべるユタカが問いかけた。
 アヤネの姿を捉えようとしてみるものの、視界に入るのは白いシーツと布団のみ。

「アヤネ?」
 娘の名前を呼ぶけれども返事はない。
 四つん這いになりベッドの上を素早く移動する。
 ベッド脇に手をついて、身を乗り出すことによりアヤネを視界に入れようとした。

 もしも、頭から落ちたのであれば治癒魔法を掛けなければならない。
 治癒魔法をかけるのなら早い方がいい。

 アヤネの姿を捉えようと、左手に体重を乗せてベッドの下に視線を移そうとしたユタカが
「あ……」
 ぽつりと声を漏らす。

「わっ、馬鹿!」
 咄嗟の事とは言え国を統べる王に悪態をついてしまったタツウミが、勢いよく口を覆うようにして手を押し当てた。
 手の平が勢い良く皮膚に打ち付けられて軽快な音が上がる。
 ベッド脇に手をついていたためユタカが手を滑らせて、身体のバランスを崩した。

「馬鹿と言ってしまった」
 反省を口にしているうちにユタカの体は大きく前のめりとなり、今にも頭から落下しそうになっている。
 手を滑らせたため支えを失った体は大きく傾き、視界が反転する。
 今にもベッドの上から落下しそうになっているユタカを、タツウミが掴もうとした。
 しかし、指先はユタカをかすめることなく空を切る。

 反転した視界の先。
 ほんの一瞬だけ見えた光景は、ユタカが予想していたものとは違っていた。
 床に仰向けに倒れているヒビキの姿を視界に入れる。

「え……」
 ぽつりと間の抜けた声が出る。
 ぐるんっと体が一回転する。
 大きく目を見開いたままベッドの上から滑り落ちたユタカが腰を下ろしたのは、仰向けに横たままピクリと反応を示さずにいたヒビキの腹の上だった。

 
「巻き添えを受けたのか」
 ユタカが小さな声で呟いた。

 ベッドから落下する瞬間、アヤネは悲鳴をあげながらも何とか側に佇んでいたヒビキの服に手をかけたのだろう。
 しかし、突然の出来事で反応の遅れたヒビキは踏み止まる事が出来ずに、アヤネの巻き添えを受けて倒れこんだってところだろうか。

「ゴツと鈍い音がしたから頭を打ち付けたのかもしれない」
 不安そうにしているアヤネがヒビキの腹部に手をそえる。

 ヒビキの体を揺らそうとするアヤネに
「動かしてはいけないよ」
 ユタカが慌てて声をかけた。
 ヒビキの額に手を押し当てて、治癒魔法をかけるために身を乗り出してから気がついた。
 僅かに開いた目蓋。
 隙間から水色の瞳が覗いている。
 すぐに目蓋を閉じてしまったけれども、ヒビキの意識がある事を知ったユタカが小さなため息を吐き出した。

 何故意識を失ったふりをしているのか。
 意識を失ったふりをすれば、アヤネが心配することなど分かるだろうに。
 心配をするアヤネを横目に見たユタカが膨れっ面を浮かべてヒビキの腹部に拳を下ろす。
 ポスッと何とも可愛らしい音がした。

「すぐに治癒魔法をかけるから安心してよ」
 落ち込んでいるアヤネを元気付けるため、ユタカが笑顔を浮かべて声をかける。
 しかし、普段とは全く雰囲気の違う父の姿を目の当たりにしたアヤネの表情が曇ってしまう。

「安心してよってお父様は人を気遣うようなことを言わない人よね」
 小声で呟いたアヤネは国王に対して一体どのようなイメージを抱いているのだろうか。
 ユタカが随分と穏やかな口調でアヤネに声をかけたため、アヤネが目の前にいる子供に対して疑問を抱いてしまう。
 本当に目の前にいる子供は父なのだろうかと。
 笑顔を浮かべて落ち着かせるつもりが、かえってアヤネを不安にさせてしまう。

「それに笑顔を浮かべる何てありえない。可愛いけどね。凄く可愛いんだけど、元の姿を知っているから怖いわ。私の目の前にいるのは、お父様の皮をかぶった化け物なんじゃないのかって思ってしまう」
 ヒビキの腹の上に腰を下ろしている幼い子供の愛らしい姿にアヤネが頭を悩ませる。
 散々な言われようである。

「化け物」
 キョトンとした表情を浮かべて、ぽつりと呟いたユタカは放心状態である。
 室内は静寂に包まれる。
 タツウミは頭を抱え込み、ヒビキは床に仰向けに横たわったまま冷や汗を流す。
 数分間の沈黙後、我にかえったユタカがピシッとアヤネを指差した。

「化け物とは失敬しっけいな。私にだって感情はあるんだからね! お人形さんじゃないんだから、化け物なんて言われたら傷ついちゃうからね」
 娘に化け物と言われては黙ってはいられない。
 プクッと頬を膨らませるユタカは、未だにヒビキの腹の上に腰を下ろしていることに気づいているのだろうか。
 ペシペシとヒビキの腹部に手の平を何度も打ち付ける。
 普段の落ち着き払った態度はどこへいったのやら、ピシピシとアヤネの顔を指差して膨れっ面を浮かべる今のユタカに、国王として振る舞っていたときの面影は無い。
 一体いつ腹の上から腰を上げてくれるだろうかと考えるヒビキのすぐ隣でアヤネが、あんぐりと口を開く。

「え、今お人形さんって言った?」
 唖然とするアヤネはユタカが怒っていることに対しては無反応である。
 幼い子供の口からお人形さんと思わぬ言葉が飛び出したため、ぽつりと考えを漏らす。
 王として振る舞っている頃の父を思い浮かべて、お人形さんと口にしている姿を想像してみる。
 しかし、すぐに顔面蒼白となったアヤネが表情を曇らせる。

「うん、駄目だった?」
 化け物と言われて怒っていたはずなのに、アヤネからの質問を受けたユタカの表情に笑みが浮かぶ。
 首を傾げるユタカを呆然と眺めていたアヤネが、ゆっくりとタツウミに視線を向けて呟いた。

「駄目だったなんて、お父様は言わないわよ。私を騙したの? お父様が生きていると知れば喜ぶと思って」
 思い浮かぶのは厳しい表情を浮かべて廊下を足早に突き進んでいる父の姿である。

「アヤネは私が嘘をつくような人間だと思っているの?」
 アヤネの問いかけに反応を示したタツウミが肩を落として見せる。

 笑顔だったタツウミの表情が曇る。

「ごめんなさい。お兄ちゃんが嘘をつくはずないよね。本当にごめんなさい、この子がお父様なのね。うん。どう見たってお父様には見えないけれど、お父様なのね」
 アヤネはタツウミが大好きであるため、タツウミの悲しむ姿を見て見事に意見を変える。タツウミに対して不信感を抱いたはずなのに、タツウミの落ち込む姿を見て罪悪感が芽生えてしまった。


「王として人の前に出ているときの父上は、威圧感が半端なかったと思う。感情を表に出さないし考えを口にする人でもないから、怖いと思っていたよ。でも、声をかけてみれば良く喋るし良く笑う。穏やかな雰囲気を醸し出す人だったよ」

 アヤネの訴えを耳にしてタツウミが考えを口にした。
 唖然とするアヤネがユタカの腹部に手を添えた。

「元の姿でいるときに一度でいいから話してみるべきだったわね」
 眉尻を下げて苦笑するアヤネは何だか寂しそう。無理に笑みを浮かべているようにみえる。
 
「名前は何て言うの?」
 小さな子供をあやすようにしてユタカの頭を撫でようとしたアヤネはユタカを子供扱いする。
 目の前にいる子供の性格は自分の知る父の性格とはほど遠い。別人であると思い直した様子。
 
「ユタカだよ」
 人懐っこい幼い子供は笑顔で名前を口にした。

「そう。ユタカ君って言うのね」
 父を名前呼びしたアヤネが苦笑する。

 
「ユタカ君は治癒魔法が得意なの?」
 笑顔で幼い子供に問いかけたアヤネの態度は父と話しをするような口調ではない。

 目の前の子供が父だと信じるよとタツウミに言っておきながら、内心では別人だと思っていることを知ったタツウミが小刻みに肩を揺らす。

「父の策略か。別人を演じるとは考えてもいなかった。アヤネはユタカを父と結びつけてはいないようだね」
 タツウミが、ぽつりと考えを口にする。
 ユタカはアヤネをいざこざに巻き込みたくはないようだ。
 国王が生きていると分かれば、アヤネは安堵するかもしれない。
 しかし、敵がどこに身を潜めているのかも分からない状況の中でアヤネを巻き込むことを拒んだユタカが満面の笑みを浮かべて見せる。

「うん、治癒魔法が得意だよ」
 随分と明るい口調でアヤネに返事をしたユタカがヒビキの額に両手をペシッと押し当てた。

 治癒魔法を唱えたユタカの指先が黄金色に輝きだしす。
 まばゆい光がヒビキの体を包み込む。
 瞬きをしている間の、ほんの一瞬の出来事だった。

「え、もう終わったの?」
 あんぐりと口を開いたまま、ヒビキを眺めていたアヤネが唖然とする。
「流石ですね」
 タツウミが父の能力を目の前にして感心する。
「うん、もう終わりだよ」
 笑みを浮かべたままアヤネに視線を向けたユタカが大きく頷いた。

「ヒビキ君に治癒魔法をかけてくれて有り難う。今ね、美味しいおやつを持ってくるから待っていて貰える?」
 ユタカを子供扱いするアヤネは友人であるヒビキを治してもらったお礼に、自分の寝室からおやつを持ってくる気満々である。ユタカの返事を待つこともなく身を翻すとタツウミの寝室を後にする。

「完全に子供扱いをしていましたね」
 パタンと音を立てて、扉がしまると同時にタツウミが苦笑する。
 口ではユタカが父上であると信じると言っていたけれども、内心では別人だと思っていることが丸わかりである。
 ゆっくりとその場に上半身を起こしたヒビキが寝室の扉に視線を移す。アヤネが室内から立ち去ったことを確認すると、一直線にタツウミの元へ足を進めて詰めよった。
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