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学園都市編
116話 ほのぼのとした雰囲気である
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モンスターが消滅したことにより、落ち着きを取り戻した学園内。
送り込んだモンスターを通して、一部始終を見ていたリンスールの表情が奇妙なものに変化する。
なんとか込み上げる笑いを押さえようとしたのだろう。
口元に右手を添えると顔を俯かせる。
しかし、堪えきれずに笑いだしてしまったってところだろうか。
「盛大にやらかしてしまいました」
あははははと珍しく声を上げて笑い出したリンスールの身に一体、何が起こったのか。
状況を把握していない魔王とユタカが互いに顔を見合わせた。
「何をやらかしたんだ?」
タツウミのベッドに腰かけて、くつろいでいた魔王が首を傾げて問いかける。
いきなり笑いだした理由を知りたいのはユタカも同じ事。
魔王から妖精王に移った視線は揺らぐことなく、妖精王の顔を見つめている。
「ヒビキ君の魔力が少しでも回復するようにと思って、学園にドワーフとトロールを送り込んでみました。レベルが上がれば魔力は全快しますし、まずはトロールが投げつけた斧が理事長の張り巡らせた結界に弾かれてしまい、それが額に突き刺さったことによりトロールが自滅。続けてリーダーを務めていたドワーフが戦いが始まった直後に前線に出すぎて、ヒビキ君に捕らえられることにより自滅。ヒビキ君に少しでも魔力を回復してもらうようにと考えて回復魔法を扱うモンスターも送り込んだのですが、回復を扱うモンスターが回復したのはトロールを自滅に追い込み魔力を使い果たしてしまった理事長と、アヤネさんと、生徒会長の3名。ヒビキ君の回復を始めた頃には殆ど魔力は残っていない状況でしたので、すぐに回復系のモンスターは消滅してしまったのです」
学園に送り込んだモンスターを通して、一部始終を見ていた妖精王が失態を口にする。
ようするに、送り込んだモンスターは殆ど役割を果たさないまま消滅したことになる。
「あぁ。確かに盛大にやらかしたな」
事情を知った魔王が苦笑する。
「次からモンスターを送り込む時は理事長に許可を取ろうよ」
首を傾げたユタカはタツウミのベッドの上にゴロンと横たわり、体力の回復に努めている。
ユタカはリンスールに、次から先に理事長に許可をとることを提案する。
「えぇ。次からはそうします」
滅多に声を上げて笑う人物ではないから、きっと笑い疲れたのだろう。
腹を抑えたまま乱れた呼吸を繰り返す妖精王が小さく頷いた。
壁に背を預けたまま天井を仰ぐと、ゆっくりと床に腰を下ろす。
「少し魔力を使い過ぎましたか」
妖精界を統べる王様であっても、魔力を無限大に使う事が出来るわけではない。
魔力を使いすぎたことを素直に認めた妖精王が苦笑する。
「あまり無茶をするなよ」
魔王の声かけに対してリンスールは小さく頷いた。
「えぇ。気を付けます」
乱れた呼吸を整え終えたリンスールが落ち着きを取り戻して深呼吸をする。
「学園にモンスターを送り込む時は事前にユタカに相談する事にします。理事長に手紙を送って下さいね……って」
整った呼吸を繰り返すユタカは熟睡中である。
一体いつの間に眠りについたのか。
「人前で熟睡するような人では無かったはずなんだけど魔王が追いかけまわしたから、きっと疲れてしまったんだね」
チラッと魔王に視線を向けたのはタツウミである。
魔王は幼い頃の姿に変化を遂げたユタカに興味を抱いて散々、追いかけまわしていた。
「普段、全力で走り回るような人ではないから」
国王としてふるまっていたユタカは早歩きはしても、全速力で走りまわる機会は無かったはず。
そう言葉を続けたタツウミに対して魔王は小刻みに肩を揺らして笑う。
「追いかけまわした事は謝らないぞ。ユタカを幼く戻したリンスールが悪い」
魔王は見事に言い切った。
「え、そこで私に話をふりますか?」
妖精王が苦笑する。
「少し強引すぎたか? しかし、話をふらなければ今にも眠りについてしまうだろ?」
魔王は妖精王が眠たそうにしていることに気づいていた。
「えぇ。確かにそうですが……」
ほのぼのとした雰囲気である。
魔王が妖精王に絡むことにより、妖精王は眠りにつくことが出来ずうとうとする。
タツウミは妖精王と魔王のやり取りを眺めて状況を楽しんでした。
穏やかな雰囲気の中で、やがて妖精王は意識を飛ばして眠りについてしまうだろう。
目蓋を伏せている時間が少しずつ長くなっている。
しかし、予想は見事に外れてしまった。
次に眠ってしまったのは、話している最中にも拘わらず倒れこむようにしてベッドの上に転がったタツウミである。
何の前触れもなくベッドの上に突然、倒れ込んだタツウミに驚いて慌てた魔王が手の平をタツウミの腹部に押し当てた。
「本当に自由な家族だな」
魔王の心配をよそに、タツウミは整った寝息を繰り返す。
「確かヒビキ君も宴会の真っ最中に熟睡してしまった事がありましたね」
魔界のギルドの2階にある部屋を貸しきって行われた宴会にはドワーフの塔の2階層でトロールの討伐にあたった冒険者達が集められた。
ヒビキと共に宴会に参加していたリンスールが、過去を思い起こして苦笑する。
「あぁ。ギフリードから聞いた。トロールにとどめを刺したヒビキに興味を抱き声をかけようとしたが熟睡中だったらしい。室内は騒がしかったにも拘わらず、朝まで全く起きなかったと聞いた」
魔界で名を馳せている冒険者が、情報を手に入れるため宴会に参加していた。
ギルドランクSSSクラスのギフリードである。
暗黒騎士団隊長を務めるギフリードから情報を得ていた魔王が苦笑する。
「すみません。魔力を使いすぎて、そろそろ限界です」
気を抜けば瞬く間に意識が飛んでしまう状況の中で魔王やタツウミと会話を続けていたリンスールが力尽きた。
壁に背中を預けて全く身動きを取らなくなったリンスールは整った呼吸を繰り返す。
「リンスールも人のことを言える立場ではないな。私が話している最中に眠りについてしまったんだからな」
想像通りリンスールからの返事は無い。
うとうとしていた事には気づいていた。
魔族である魔王は夜行性である。
しかし、周囲が眠りについてしまった以上、一人だけ起きているわけにもいかずに考える。
「寝るか」
ぽつりと一言呟いた。
床に腰を下ろすとベッドの上に腕を乗せて、頭を預ける事により体を固定する。
魔王は夜行性とはいえ、しばらくのあいだ目蓋を閉じていると自然と深い眠りにつく事が出来る。
城の中は沢山の銀騎士が交代制で警備を行っているため、そう簡単に侵入者が訪れることは無いだろう。
魔王が眠りについてしまったため、室内は静寂に包まれる。
一夜明けて日の光が室内を照らし始めた頃。
今まで身動き一つ取ること無く眠りについていたユタカが大きく寝返りを打ったため、魔王の頭に額を強く打ち付ける事になる。
ごつっと鈍い音が上がるのと同時に、額に痛みを感じたユタカが両手で額を抑え込む。
対する魔王は衝撃を受けて目を覚ましたものの、額を押さえてベッドに顔を伏せているユタカの姿を見るなりケタケタと声を上げて笑う。
ゆっくりと上半身を起こして、魔王を見つめるユタカの表情は険しい。
魔王は痛みを感じていないのか。
眉間にしわを寄せていたユタカが深々と頭を下げる。
「ごめん」
悪いのは寝返りを打った自分であるため、ぽつりと一言呟いた。
表情と行動が見事に釣り合っていない。
「痛かっただろ?」
「痛くて一気に目が覚めた」
魔王の問いかけに対してユタカが即答する。
魔王とユタカが騒がしくしたため、妖精王が目を覚ました。
ゆっくりと腰を上げて、その場に立ち上がると窓の外を確認する。
銀色の鎧を身に纏っている騎士団が資料を片手に、街へ向かって足を進めている。
銀騎士団調査隊か。
太陽の位置から時刻を確認する。
「寝過ごしましたか」
妖精王の独り言を耳にして、返事をする者がいた。
「うん。そうだね。ちょっと慌てないとまずいかも……」
どうやら、タツウミも目を覚ましたようだ。
上半身を起こして、届いた手紙を確認している最中である。
「どうやらヒビキがアヤネと共に一時帰宅するために城に向かっているらしい。今は東の洞窟を抜けた所だと手紙が届いたよ」
まだ目蓋が開ききっていない所を見ると、完全には頭は覚醒していない様子。
それでも、ヒビキから届いた手紙を開いて中身を確認したタツウミが状況を魔王や、妖精王や、国王に手紙の内容を知らせる。
その後は、あっと驚いている間の出来事だった。
「一度、魔界へ避難するか」
魔王が妖精王に声をかける。
「そうですね」
妖精王が即答すると、魔王と共に素早く身を翻す。
「ごめん、頼みたいことがあるんだ。銀騎士団にヒビキとアヤネが城に向かっている事を伝えて欲しい。城の中でヒビキと銀騎士団が鉢合わせになれば、銀騎士団の方達は絶対ヒビキ様と呼ぶでしょう? そうしたら、ヒビキが兄である事がアヤネに知られてしまう。気の強いアヤネがヒビキを兄と知ったら、どのような反応を示すのか予想することが出来ない。正直アヤネは二番目の兄であるヒビキに対して、あまり良い印象を持っていないから。黒幕を突き止める前にギクシャクすることを避けたいんだ」
今にも室内から抜け出しそうな勢いの魔王と妖精王に向かって、タツウミは自分の考えを全て口にする。
驚くほど早口だったけれど、タツウミの考えを全て聞き取った魔王と妖精王が互いに顔を見合わせる。
「そうだな。銀騎士団にも身を隠すように伝えた方が良いな。よし、ユタカも行くぞ」
そうと決まれば話は早い。
ユタカの腹部に腕を回した魔王が、その小さな身体を軽々と持ち上げた。
「私は城の外にいる騎士達に声をかけて回りますね」
室内から足を踏み出す魔王に声をかけたのは、窓枠に足をかけて今にも城の外へ飛び出そうとしている妖精王だった。
「頼む」
ぽつりと一言頷いた魔王がパタンと音を立てて扉を閉めると、同時に妖精王は窓枠を蹴りつける。
城の外に飛び出した妖精王は地面に向かって一直線。
両手を掲げることにより身体のバランスを取り、着地姿勢に入る。
風属性の魔法を発動することにより、軽々と地面に着地した。
城の庭では銀騎士団特攻隊が魔術を発動。
仲間と共に訓練を行っていた。
「整列」
特攻隊隊長を務める女性が妖精王の存在にいち早く気付きいて仲間に指示を出す。
騎士達が妖精王に気付き手を止めた頃。
魔王は城の南側を駆け抜ける。
ユタカは北側をパタパタと慌ただしい足音を立てて走り回っていた。
時が経つにつれて慌ただしくなり始めた城内を駆け回っているのは事情を聞き、他の仲間にも情報を伝えようとしている騎士達である。
「見た? ヒビキ様とアヤネ様が帰宅すると教えてくれた子!」
きゃっきゃっと、はしゃいでいるのは特攻隊か。
「見たよ! 誰の子かなぁ?」
話題に上がっているのはユタカだろう。
慌ただしく部屋の前を通りすぎていく騎士団の話し声を聞きタツウミが苦笑する。
あっと驚いている間に魔王や妖精王が部屋から飛び出していった。
見事に出遅れてしまったタツウミは窓の外を眺めている。
窓から見える正門をくぐり抜ければ城の敷地内に足を踏み入れることが出来る。
アヤネやヒビキが姿を現せばすぐに分かるだろう。
銀騎士団が姿を隠して魔王や妖精王が魔界へ避難する方が先か、それともアヤネやヒビキが帰還する方が先か。
送り込んだモンスターを通して、一部始終を見ていたリンスールの表情が奇妙なものに変化する。
なんとか込み上げる笑いを押さえようとしたのだろう。
口元に右手を添えると顔を俯かせる。
しかし、堪えきれずに笑いだしてしまったってところだろうか。
「盛大にやらかしてしまいました」
あははははと珍しく声を上げて笑い出したリンスールの身に一体、何が起こったのか。
状況を把握していない魔王とユタカが互いに顔を見合わせた。
「何をやらかしたんだ?」
タツウミのベッドに腰かけて、くつろいでいた魔王が首を傾げて問いかける。
いきなり笑いだした理由を知りたいのはユタカも同じ事。
魔王から妖精王に移った視線は揺らぐことなく、妖精王の顔を見つめている。
「ヒビキ君の魔力が少しでも回復するようにと思って、学園にドワーフとトロールを送り込んでみました。レベルが上がれば魔力は全快しますし、まずはトロールが投げつけた斧が理事長の張り巡らせた結界に弾かれてしまい、それが額に突き刺さったことによりトロールが自滅。続けてリーダーを務めていたドワーフが戦いが始まった直後に前線に出すぎて、ヒビキ君に捕らえられることにより自滅。ヒビキ君に少しでも魔力を回復してもらうようにと考えて回復魔法を扱うモンスターも送り込んだのですが、回復を扱うモンスターが回復したのはトロールを自滅に追い込み魔力を使い果たしてしまった理事長と、アヤネさんと、生徒会長の3名。ヒビキ君の回復を始めた頃には殆ど魔力は残っていない状況でしたので、すぐに回復系のモンスターは消滅してしまったのです」
学園に送り込んだモンスターを通して、一部始終を見ていた妖精王が失態を口にする。
ようするに、送り込んだモンスターは殆ど役割を果たさないまま消滅したことになる。
「あぁ。確かに盛大にやらかしたな」
事情を知った魔王が苦笑する。
「次からモンスターを送り込む時は理事長に許可を取ろうよ」
首を傾げたユタカはタツウミのベッドの上にゴロンと横たわり、体力の回復に努めている。
ユタカはリンスールに、次から先に理事長に許可をとることを提案する。
「えぇ。次からはそうします」
滅多に声を上げて笑う人物ではないから、きっと笑い疲れたのだろう。
腹を抑えたまま乱れた呼吸を繰り返す妖精王が小さく頷いた。
壁に背を預けたまま天井を仰ぐと、ゆっくりと床に腰を下ろす。
「少し魔力を使い過ぎましたか」
妖精界を統べる王様であっても、魔力を無限大に使う事が出来るわけではない。
魔力を使いすぎたことを素直に認めた妖精王が苦笑する。
「あまり無茶をするなよ」
魔王の声かけに対してリンスールは小さく頷いた。
「えぇ。気を付けます」
乱れた呼吸を整え終えたリンスールが落ち着きを取り戻して深呼吸をする。
「学園にモンスターを送り込む時は事前にユタカに相談する事にします。理事長に手紙を送って下さいね……って」
整った呼吸を繰り返すユタカは熟睡中である。
一体いつの間に眠りについたのか。
「人前で熟睡するような人では無かったはずなんだけど魔王が追いかけまわしたから、きっと疲れてしまったんだね」
チラッと魔王に視線を向けたのはタツウミである。
魔王は幼い頃の姿に変化を遂げたユタカに興味を抱いて散々、追いかけまわしていた。
「普段、全力で走り回るような人ではないから」
国王としてふるまっていたユタカは早歩きはしても、全速力で走りまわる機会は無かったはず。
そう言葉を続けたタツウミに対して魔王は小刻みに肩を揺らして笑う。
「追いかけまわした事は謝らないぞ。ユタカを幼く戻したリンスールが悪い」
魔王は見事に言い切った。
「え、そこで私に話をふりますか?」
妖精王が苦笑する。
「少し強引すぎたか? しかし、話をふらなければ今にも眠りについてしまうだろ?」
魔王は妖精王が眠たそうにしていることに気づいていた。
「えぇ。確かにそうですが……」
ほのぼのとした雰囲気である。
魔王が妖精王に絡むことにより、妖精王は眠りにつくことが出来ずうとうとする。
タツウミは妖精王と魔王のやり取りを眺めて状況を楽しんでした。
穏やかな雰囲気の中で、やがて妖精王は意識を飛ばして眠りについてしまうだろう。
目蓋を伏せている時間が少しずつ長くなっている。
しかし、予想は見事に外れてしまった。
次に眠ってしまったのは、話している最中にも拘わらず倒れこむようにしてベッドの上に転がったタツウミである。
何の前触れもなくベッドの上に突然、倒れ込んだタツウミに驚いて慌てた魔王が手の平をタツウミの腹部に押し当てた。
「本当に自由な家族だな」
魔王の心配をよそに、タツウミは整った寝息を繰り返す。
「確かヒビキ君も宴会の真っ最中に熟睡してしまった事がありましたね」
魔界のギルドの2階にある部屋を貸しきって行われた宴会にはドワーフの塔の2階層でトロールの討伐にあたった冒険者達が集められた。
ヒビキと共に宴会に参加していたリンスールが、過去を思い起こして苦笑する。
「あぁ。ギフリードから聞いた。トロールにとどめを刺したヒビキに興味を抱き声をかけようとしたが熟睡中だったらしい。室内は騒がしかったにも拘わらず、朝まで全く起きなかったと聞いた」
魔界で名を馳せている冒険者が、情報を手に入れるため宴会に参加していた。
ギルドランクSSSクラスのギフリードである。
暗黒騎士団隊長を務めるギフリードから情報を得ていた魔王が苦笑する。
「すみません。魔力を使いすぎて、そろそろ限界です」
気を抜けば瞬く間に意識が飛んでしまう状況の中で魔王やタツウミと会話を続けていたリンスールが力尽きた。
壁に背中を預けて全く身動きを取らなくなったリンスールは整った呼吸を繰り返す。
「リンスールも人のことを言える立場ではないな。私が話している最中に眠りについてしまったんだからな」
想像通りリンスールからの返事は無い。
うとうとしていた事には気づいていた。
魔族である魔王は夜行性である。
しかし、周囲が眠りについてしまった以上、一人だけ起きているわけにもいかずに考える。
「寝るか」
ぽつりと一言呟いた。
床に腰を下ろすとベッドの上に腕を乗せて、頭を預ける事により体を固定する。
魔王は夜行性とはいえ、しばらくのあいだ目蓋を閉じていると自然と深い眠りにつく事が出来る。
城の中は沢山の銀騎士が交代制で警備を行っているため、そう簡単に侵入者が訪れることは無いだろう。
魔王が眠りについてしまったため、室内は静寂に包まれる。
一夜明けて日の光が室内を照らし始めた頃。
今まで身動き一つ取ること無く眠りについていたユタカが大きく寝返りを打ったため、魔王の頭に額を強く打ち付ける事になる。
ごつっと鈍い音が上がるのと同時に、額に痛みを感じたユタカが両手で額を抑え込む。
対する魔王は衝撃を受けて目を覚ましたものの、額を押さえてベッドに顔を伏せているユタカの姿を見るなりケタケタと声を上げて笑う。
ゆっくりと上半身を起こして、魔王を見つめるユタカの表情は険しい。
魔王は痛みを感じていないのか。
眉間にしわを寄せていたユタカが深々と頭を下げる。
「ごめん」
悪いのは寝返りを打った自分であるため、ぽつりと一言呟いた。
表情と行動が見事に釣り合っていない。
「痛かっただろ?」
「痛くて一気に目が覚めた」
魔王の問いかけに対してユタカが即答する。
魔王とユタカが騒がしくしたため、妖精王が目を覚ました。
ゆっくりと腰を上げて、その場に立ち上がると窓の外を確認する。
銀色の鎧を身に纏っている騎士団が資料を片手に、街へ向かって足を進めている。
銀騎士団調査隊か。
太陽の位置から時刻を確認する。
「寝過ごしましたか」
妖精王の独り言を耳にして、返事をする者がいた。
「うん。そうだね。ちょっと慌てないとまずいかも……」
どうやら、タツウミも目を覚ましたようだ。
上半身を起こして、届いた手紙を確認している最中である。
「どうやらヒビキがアヤネと共に一時帰宅するために城に向かっているらしい。今は東の洞窟を抜けた所だと手紙が届いたよ」
まだ目蓋が開ききっていない所を見ると、完全には頭は覚醒していない様子。
それでも、ヒビキから届いた手紙を開いて中身を確認したタツウミが状況を魔王や、妖精王や、国王に手紙の内容を知らせる。
その後は、あっと驚いている間の出来事だった。
「一度、魔界へ避難するか」
魔王が妖精王に声をかける。
「そうですね」
妖精王が即答すると、魔王と共に素早く身を翻す。
「ごめん、頼みたいことがあるんだ。銀騎士団にヒビキとアヤネが城に向かっている事を伝えて欲しい。城の中でヒビキと銀騎士団が鉢合わせになれば、銀騎士団の方達は絶対ヒビキ様と呼ぶでしょう? そうしたら、ヒビキが兄である事がアヤネに知られてしまう。気の強いアヤネがヒビキを兄と知ったら、どのような反応を示すのか予想することが出来ない。正直アヤネは二番目の兄であるヒビキに対して、あまり良い印象を持っていないから。黒幕を突き止める前にギクシャクすることを避けたいんだ」
今にも室内から抜け出しそうな勢いの魔王と妖精王に向かって、タツウミは自分の考えを全て口にする。
驚くほど早口だったけれど、タツウミの考えを全て聞き取った魔王と妖精王が互いに顔を見合わせる。
「そうだな。銀騎士団にも身を隠すように伝えた方が良いな。よし、ユタカも行くぞ」
そうと決まれば話は早い。
ユタカの腹部に腕を回した魔王が、その小さな身体を軽々と持ち上げた。
「私は城の外にいる騎士達に声をかけて回りますね」
室内から足を踏み出す魔王に声をかけたのは、窓枠に足をかけて今にも城の外へ飛び出そうとしている妖精王だった。
「頼む」
ぽつりと一言頷いた魔王がパタンと音を立てて扉を閉めると、同時に妖精王は窓枠を蹴りつける。
城の外に飛び出した妖精王は地面に向かって一直線。
両手を掲げることにより身体のバランスを取り、着地姿勢に入る。
風属性の魔法を発動することにより、軽々と地面に着地した。
城の庭では銀騎士団特攻隊が魔術を発動。
仲間と共に訓練を行っていた。
「整列」
特攻隊隊長を務める女性が妖精王の存在にいち早く気付きいて仲間に指示を出す。
騎士達が妖精王に気付き手を止めた頃。
魔王は城の南側を駆け抜ける。
ユタカは北側をパタパタと慌ただしい足音を立てて走り回っていた。
時が経つにつれて慌ただしくなり始めた城内を駆け回っているのは事情を聞き、他の仲間にも情報を伝えようとしている騎士達である。
「見た? ヒビキ様とアヤネ様が帰宅すると教えてくれた子!」
きゃっきゃっと、はしゃいでいるのは特攻隊か。
「見たよ! 誰の子かなぁ?」
話題に上がっているのはユタカだろう。
慌ただしく部屋の前を通りすぎていく騎士団の話し声を聞きタツウミが苦笑する。
あっと驚いている間に魔王や妖精王が部屋から飛び出していった。
見事に出遅れてしまったタツウミは窓の外を眺めている。
窓から見える正門をくぐり抜ければ城の敷地内に足を踏み入れることが出来る。
アヤネやヒビキが姿を現せばすぐに分かるだろう。
銀騎士団が姿を隠して魔王や妖精王が魔界へ避難する方が先か、それともアヤネやヒビキが帰還する方が先か。
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