それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

110話 一報

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 事情がのみこめないでいる国王の姿を見る事は珍しい。
 思わずクスッと笑ってしまった妖精王が小さく咳き込んだ。
 どうやら予想外のユタカの反応を目の前にして、思わず笑ってしまった事実を咳払いをすることにより隠そうとした様子。

「タツウミ君。腹を抱えて笑うのは失礼だと思いますよ」
 腹を抱えて笑うタツウミに声をかける事によりユタカの気をタツウミに移そうとした。

「何故、大爆笑?」
 妖精王の思惑通りユタカの気がタツウミに逸れる。
 腹を抱えて笑うタツウミの姿は珍しい。
 息苦しいのか、乱れた呼吸を繰り返している。
 眉尻を下げて息苦しそうにする。
「ごめんなさい。きょとんとする姿を見る日が来るとは思っていなかったので、予想外の反応だったから驚いてしまって」 
 思っていることを口に出したタツウミが呼吸を整えようとする。
 小さなため息を吐き出した。

「確かに予想外の反応だったな。加減は行ったのだが、一言声をかけるべきだった。悪かった」
 急に背中を叩かれればユタカで無くとも驚き衝撃から逃れようとするだろう。
 素直に自分に非があったことを認めて真面目な顔をして呟いた。
 深々と頭を下げた魔王を凝視するユタカは腹部に両手を添えたまま唖然とする。
 どうやら、思考は未だに停止したままのようだ。
 きょとんとするユタカの姿は珍しい。
 タツウミの視線はユタカに釘付けである。

「唖然としている姿もまた愛らしいな。どうだ? 死後、私のコレクションの一つに加わるつもりは無いか?」
 一歩足を踏み出すことによりユタカに身を寄せた魔王の表情はニヤニヤと締まりがない。
 突然何を言いだすのか。
 きょとんとしていたはずのユタカの表情が瞬く間に強ばった。
 タツウミが魔王からユタカを隠すように体を移動させる。
 真剣な眼差しをユタカに向ける魔王が冗談を言っているわけではない事は、その表情から判断する事が出来る。

「魔王が気に入った物または人をコレクションとして集めている事は有名です。どうやら、ユタカの事を大層気に入ったようですね」
 妖精王の表情には笑みが浮かんでいる。
 どうやら魔王のターゲットになっているのはユタカであるため、自分には関係の無いことだと思っているようで表情には笑みが浮かんでいる。

「良かったですね」
 ユタカの肩に手を置いた妖精王は小刻みに肩を揺らしている。
 状況を楽しんでいるのだろう。
 ユタカの強ばった表情から、このままだと首を縦に振ってはくれないだろうと考えた魔王が再び口を開く。

「ユタカを飾っている間は報酬として金品を息子達に渡しても良いぞ。人間界で問題が起こった時には率先して人間界へ赴き問題を解決するよう努める事にする。どうだ?」
 随分と魅力的な提案をユタカに持ち掛けた。

「とても魅力的な提案である事は認めるけど魔王は私が命尽きる時まで、この姿でいると思っている? 私は、この姿のまま一生を終えるつもりはないのだけど、それでも良いのなら魔王の提案に乗るよ」
 淡々とした口調で考えを口にしたユタカは至って冷静だった。
 魔王がケースの中に閉じ込めておきたいのは幼い姿の自分であって、元の姿に戻ってしまえば魔王の申し出は無効になるだろうと考えての発言だった。

「では、交渉は成立したという事だな」
 しかし、魔王はユタカの申し出を悩む事無く受け入れる。
 予想外の返事を受けて、ぽかーんとした表情を浮かべるユタカは度肝を抜かれた様子を見せる。

「え……」
 ぽつりと声を漏らしたユタカが妖精王と魔王を交互に見る。
「ユタカが提案を受け入れてくれて良かったですね」
「あぁ。駄目元ではあったが頼んでみるものだな。まさか受け入れてくれるとは思わなかったぞ」
 喜ぶ魔王の姿を目にしたユタカは口ごもってしまう。
 言葉を訂正出来る雰囲気ではない。
 今の言葉は無かった事にして欲しいと伝えると考えを、すぐに覆す奴として魔王に軽蔑される事になるだろうか。

 まさか、大人の姿でもいいと言い出すなんて思ってもいなかった。
 命つきる頃には、おじいちゃんになっている可能性だってあるのに、魔王の考えを甘く見ていた自分に今回は落ち度があるわけで
「やむを得ないか」
 渋々と訂正を諦めたユタカが苦笑する。

「え、それでいいの?」
 ユタカの独り言を耳にしたタツウミが反応を示す。
 やむを得ないと口では言っているものの、何だか流されるがままに物事を決めてしまったような気がするため問いかけてみる。
「死後に子供達の役に立てるって事だからね。魔王が味方になってくれるのは嬉しいことだよ」
 ユタカは悩むことなく頷いた。
 満面の笑顔である。

 ほのぼのとした雰囲気を、少し離れた位置に佇み眺めていたアイリスが口を開く。
「そろそろ、真剣に手紙の返事を考えた方が良いと思います。もしかしたら返事を待っているかもしれませんし」
 随分とか細い声だった。
 皆の視線が向けられると、大きく肩を揺らして素早く妖精王の背後に移動をしたアイリスがタツウミの手にしている手紙を指差した。

「返事をしなければならないね。ヒビキから宛てられた手紙には何て書いてあるの?」
 タツウミの背後から顔を覗かせるのは両手を伸ばして、つま先立ちをするユタカである。
 タツウミの手にしている手紙を覗きこみたい気持ちはあるものの、ユタカの伸ばした手は用紙に触れることなく空を切る。
 背筋を伸ばして両手を掲げたままの姿勢は体力の消耗が激しい。
 一歩、二歩と前進すると続けて三歩、四歩と後退する。
 膝を折りまげて、その場に腰を下ろしたユタカが力尽きた。
 決して悪気があったわけではない。
 父が手紙に向かって手を伸ばしている事に気づいた時には既に膝を折り、その場に腰を下ろす瞬間だった。

 父の珍しい姿を目の当たりにしたタツウミが、笑ってはいけない場面であることは分かっているものの、堪えきれずに吹き出した。
 ケタケタと声をあげて笑うタツウミにチラッと視線を向けたユタカが眉尻を下げる。
 足元に転がっていた小石に人差し指を押しあてる。
 コロコロと指先で転がす姿は幼い容姿だからこそ、よく似合う。
 もしも、元の姿のままであれば気持ち悪いの一言で片付けられてしまうだろう。

「どうやらアヤネが編入生であるヒビキと兄を同一人物だとは思っていないようで、その相談を私にして来たようです。どうすればよいのかと」
 ユタカの目線に視線を合わせると手紙の内容を説明する。
 手紙をユタカの目の前にさしだした。 

「まさか、アヤネが編入生と兄を同一人物だと見抜くことが出来ないとはな」
 唖然とするユタカの表情が険しいものに変化する。
 何故兄と気づくことが出来なかったのか。

「会えば兄だと分かると思ったんだけど本当に予想外だよね」
 タツウミが苦笑する。

 あの人は絶対、私のことを妹だとは思っていないのよ。
 以前アヤネが愚痴を漏らしていた事を思い出す。
 初めて、あの人を見かけたけど視線すら合わなかったのよ。
 ぷくっと頬を膨らませたアヤネは怒りに任せてものを言っていた。
 もしかしたら気づかなかっただけなんじゃないかなと声をかけて見たけれど、アヤネは首を左右に振る。

 そんなはずないわよ。距離は遠かったけど向い合わせで、あの人は大広間の方向へ私はタツウミお兄ちゃんの部屋から寝室へ向かって歩いていたんだから。あの人は100メートル手前で右に曲がったから、すれ違うことはなかったけど普通は気づくよね。
 アヤネはヒビキの事をあの人と呼び、そっちがその気なら私だって他人のふりをするんだからと言っていたアヤネの姿を思い出す。

「まさか、アヤネが学園に編入してきたヒビキを兄と気づかずに懐いているとはね」

「気づかれていないのは好都合じゃないのか? 妹を争いには巻き込みたくはないだろ?」
 苦笑するタツウミの反応を、事情を知らない魔王が不思議そうに眺めている。

「今は好都合なのかもしれないけど、後のことを考えるとね。ヒビキにとってはアヤネに身元を明かさないって事は嘘を付き続けているのと同じことになるからね。後々になってアヤネに何故、兄であることを言わなかったのかと不信感を抱かせる事になると思うのだけど」
 魔王の問いかけに対して好都合なのかなと首を傾げるタツウミの表情は真剣な面持ちである。

「それもまぁ、致し方あるまい」
 即答だった。
 真面目な顔をしているものの、魔王の視線はユタカに釘付けである。
 幼いユタカが気になって気になって仕方がない様子。
 
「ヒビキには辛い思いをさせることになるな。代われるものなら代わってやりたいが……」
 魔王の伸ばされた両手に気づいたユタカが急いで、その場に立ち上がり素早い動きでタツウミの背後に移動する。身を潜めると淡々とした口調で呟いた。

「代われるものなら代わってあげたいです」
 タツウミが同意する。

「頬に泥をつけているようではユタカがヒビキの代わりをするのは、どう足掻いたとしても無理だろうな。今のユタカは頼りない」
 泥で汚れたローブと乱れた髪。手足に擦り傷を作ったユタカの姿を、まじまじと見つめていた魔王が小刻みに肩を揺らして笑う。

「走り回ったからボロボロになってしまったね。元の姿であれば絶対に、このようなへまはしないのにね」
 タツウミが苦笑した。

「そうか? 全く代わり映えしていないように思えるが」
 魔王が透かさずタツウミの言葉に疑問を抱く。
 どちらかといえば、ユタカはボロボロの格好でいる時のほうが多い気がすると言葉を続ける。

「そうですね。私達の前に現れた時は、今よりもボロボロでしたから」
 妖精王が魔王に同意した。

「タツウミ君は覚えていますか? サヤちゃんの放った落雷をタツウミ君の代わりに受けた青年がいたことを」
 妖精王は一体タツウミに何を言うつもりでいるのやら、その青年が実は父ユタカである事を伝えるつもりでいるのなら間に割って入ってでも止めに入らなければならない。
 身構えるユタカをタツウミが横目に見る。

「覚えているよ。落雷を受けてボロボロになってしまった青年の事でしょう?」
 みすぼらしい格好をした青年を思い起こす。

「そう。その青年が……」
「言わなくていいことだってあるんだからね。 分かった?」
 言葉を続けようとした妖精王とタツウミの間に割って入るようにしてユタカが両手を広げて飛び込んだ。

「えぇ。分かりましたよ」
 ユタカの言いたいことを素早く理解した妖精王が笑顔で頷いた。

「そう? 分かってくれたのならいいんだけど……」
 満足そうに笑みを浮かべたユタカが足を引く。
 
「落雷に打たれた、その青年とユタカが同一人物だったのですが気づきましたか?」
 安堵したのもつかの間の出来事だった。
 人を安心させるだけ安心させて。
 妖精王が笑顔で続けた言葉にユタカが大きく肩を揺らして反応を示す。
 あんぐりと口を開き、妖精王の顔を指差した。

「今のフェイントは無しでしょう。言わないでよ。タツウミを突き飛ばして格好良く、でんぐり返しをして落雷を避けるつもりだったのに間に合わなかったんだよ。カッコ悪いじゃん。無かったことにしたかったのに……」
 ユタカは自分の考えていることを全て口に出してしまっている事に気づいているのだろうか。
 戸惑っている父の姿を見る機会は今後あるかどうか分からない。
 しっかりと脳裏に焼き付けておこうと考えたタツウミが父の姿を凝視する。

「タツウミ君がユタカに対して、どの様な印象を持っているのかは分からないです。人の心を持たない冷たい人だと思っている国民が大勢いるようなのでタツウミ君も、そのように思っていたかもしれませんね。しかし、本当は我が子に構いたくて仕方がない。国民のことも気になってしかたがないから、時たまに城を抜け出して街へ出掛けてみるような人ですよ」
 
「ねぇ、街へこっそりと出掛けていたことは銀騎士団にも秘密にしている事だから言っちゃ駄目だよ」
 なに暴露しちゃってんのと言葉を続けたユタカの顔から血の気が引くと、大人しく妖精王とユタカのやり取りを眺めていたタツウミが声を上げて笑いだす。
 小刻みに肩を揺らして笑うタツウミは息苦しそうにする。

 ユタカにとっては、我が子に知られたくはなかった事実だったのだろう。
 唇に人差し指を添える素振りを見せたものの、後の祭りだった。
 妖精王はそっぽを向いてはいるものの、小刻みに肩を揺らしているため笑っていることが分かる。
 何より咄嗟に、そっぽを向いたものの直前に吹き出している姿を目撃した。
 ペシッと妖精王の太股を手で叩いたユタカが冷たい眼差しを向ける。
 両手で顔を覆い隠すと小さなため息を吐き出した。



 夕食を食べる生徒達で賑わいを見せていた食堂内に、どうやら動きがあったようだ。
 パタパタと慌ただしい足音を立てて校内を全速力で駆け抜けていた男子生徒が勢いを抑える事無く食堂内に飛び込んだ。
 
「おい、国王が死ん……お亡くなりになった!」
 バンッと扉が勢い良く開かれる音が室内に響き渡る。

「うわっ! 何だよ突然、びっくりした」
 驚きと共に椅子から転げ落ちたのは大柄な男子生徒である。

「本当に何なのよ。国王が亡くなったってあんたねぇ」
 急な出来事に戸惑い、その場に立ち上がった女子生徒は何とも中途半端な姿勢のまま佇んでいる。

「何だよ。突然、笑えない冗談を言うなよ。意味わかんねぇ」
 夕食の乗った皿を両手に抱えた青年は白い制服にデミグラスソースが、べっとりとついてしまっている事に気付いているのだろうか。

「嘘じゃない! 国王暗殺を企む人物が妖精達を引き連れて人間界へ押し入ったらしい。国王は街の人達を逃すために全ての銀騎士団に住人の避難を命令した。妖精達が人間界へ侵入する事を食い止めようと国王は最前線で戦っていたけど多くの妖精達に四方八方を囲まれている訳で、捉えられ大量の魔力を強制的に体内に入れられる事により爆死したと用紙に書いてあるんだよ」
 ほらと用紙を広げて見せた男子生徒の元へ、ぞろぞろと生徒達が集まりだす。
 どうやら、国王の訃報が国民達に知らされたらしい。
 食堂の二階席で夕食を口に運ぼうとしていたアヤネが息を呑む。
 夕食の乗った皿を凝視したまま見事に身動きを止めて固まってしまった。
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