それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

109話 思い描いていた人物像

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 ふわりふわりと宙に浮かんでいるのは、スパゲッティと麻婆茄子である。
 力強く握りしめられた皿に乗っているのは、とろっとした玉子とチキンライスの間にチーズが挟み込んであるのだろう。
 ボリューム満点のオムライス。

「一度でいいから、オムライスも食べてみてよ。シェフが手に海苔をかけて作っているから、とても美味しいんだよ」
 満面の笑みを浮かべてオムライスを勧めた少年に対してヒビキは疑問を抱く。
「手にのりをかけて?」
 ヒビキが間髪を入れずに聞き返す。

「うん、そうだよ!」
 間違っていることに気づいていないのだろう。
 満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた少年が即答する。

「腕にりを掛けるだよな? 訂正するべきか?」
 鬼灯の問いかけに対して
「出会ったばかりの相手だし、ここは流してしまおう」
 首を左右に振って答えたヒビキが苦笑する。

「分かった」
 小声で話をする鬼灯とヒビキの声は、料理を運んできた少年の耳には届いてはいなかった。

「何か言った?」
 何故小声で話をする必要があるのだろうかと疑問を抱いたのだろう。
 にこやかな笑顔を浮かべたまま首をかしげた少年が声を漏らす。
 
「ごめんね。オムライス美味しそうだねって話をしてたんだよ。次に食堂を利用するときに是非、食べてみるよ。美味しいって教えてくれて有り難う」
 爽やかな笑顔である。
 大きく肩を揺らして、驚きの表情を浮かべた鬼灯が勢い良く視線を動かした。
 ヒビキの顔を凝視する。

「久々に見たな。違和感しか感じないが」
 眉間にシワを寄せ唇は半開きのまま、顔を強ばらせた何とも奇妙な表情を浮かべている鬼灯が素直な考えを口にした。
 ヒビキの視線が鬼灯に移ってから、鬼灯が横腹を両手で押さえるまで瞬く間の出来事だった。
 横腹への肘つきを警戒したのだろう。

「ちぇっ、まさか経路を塞がれるとは」
 鬼灯の素早い動きを見たヒビキが考えを漏らした後に鬼灯の素早い行動を思い起こしたのだろう。
 声を上げる事は無かったものの、腹部を押さえて小刻みに肩を揺らす姿に対して何を思ったのやら。
 周囲で夕食をとっていた生徒達の視線が釘付けになる。
 ざわめき立つ食堂内で、食事をとっていたはずの女子生徒が席を立つ。
 次から次へと椅子から腰を上げた生徒がヒビキの周りを取り囲み始めた。
 女子生徒の目にはヒビキが、どのように映し出されているのだろう。

 一歩足を引き後退を試みるものの、ヒビキの背後にも女子生徒がいるため身動きをとることが出来ない。
 困りきっていたヒビキを呆然と眺めていた人物がヒビキに向かって腕を伸ばす。

 パチンと指をならしたのは一体、誰だったのだろう。
 ヒビキの体を囲むようにして防御壁が出現した。
 迫り来る女子生徒から逃れるために、ヒビキの元から離れなければならない。
 後退した鬼灯の表情は見事に強ばっている。
 巻き込まれたくはないのだろう。
 同じくヒビキの元から離れるようにして一歩、二歩と足を引いた少年はオムライスを守るようにして腕の中に抱え込んでいる。
 どうやら少年はヒビキが女子生徒に囲まれ、あわてふためく姿をみて面白いと思ったのだろう。
 ケタケタと笑い声をあげて大爆笑。

「むせるほど笑わなくったって……」
 激しく咳き込む少年を見て、ぽつりと本音を漏らしたヒビキが肩を落とす。
 きっと、防御壁が体を取り囲んでいなければ、もみくちゃにされていただろう。
「防壁を張ってくれた生徒に後で、お礼をしなければ……」
 ぽつりと独り言を漏らしたヒビキが周囲を見渡した。
 女子生徒の突然の行動に驚き、あんぐりと口を開いたまま固まっていたのは男子生徒達である。

「良かった。巻き込まれなくて」
「怖ぇ」
「びびった」

 殆どの男子生徒が全く予想していなかった女子生徒達の行動に驚きケタケタと笑い声を上げている中、一部の生徒は顔面蒼白のまま恐怖心を抱いて後退する。
 恐怖心からかガクガクと小刻みに体を震わせていた。

 食堂の二階席。
 咄嗟に指をパチンと鳴らすことにより、防御壁を張り巡らせたのは副会長だった。
 顔を俯かせているのは、何とかこみ上げてくる笑いを堪えようとしているため。
 
「魅了効果のある術でも扱えるのか? 反応から見る限り意図して術を発動をしたようには思えない。まぬけ面を浮かべて固まってしまった所を見ると本人は何故、女子生徒に囲まれたのか分かってはいないって事になるか。本当に見ていて飽きない。予想外の出来事を見ることになるとは……まぁ、近寄ると巻き添えを食らうってことになるのか。生徒達の前で無闇に近づかないよう気を付けよう」
 考えていることを全て口に出して、自分で結論を出した副会長が何とか笑いを堪えることに成功する。

 顔を上げると既にヒビキは少年から夕食を受け取り深々と頭を下げている状況だった。
 どうやらヒビキは寮に戻ってから夕食をとるつもりでいるようで、小柄な男子生徒に笑顔を見せたヒビキは鬼灯と共に身を翻す。
 食堂を抜け出したヒビキを呆然と見届けると、副会長は爽やかな笑顔を浮かべてパチンと指を鳴らすことにより防御壁を解除する。
 防御壁が跡形もなく消えるのと、ほぼ同時だった。
 本当に小さな音だったにも拘わらず、耳を澄ましていたヒビキは素早く指を鳴らした音に反応を示して副会長を目で捉える。
 まさか、このタイミングで目が合うとは予想もしていなかった副会長は小刻みに肩を揺らして笑う。

 防御壁を張り巡らせていた人物を特定したヒビキが苦笑する。
 深々と頭を下げて一礼をすると、素早く身を翻して鬼灯の後を追いかける。
 パタパタと足音を立てるヒビキの姿を見送っていた副会長の元に、夕食を手にした会長とアヤネが戻ったのはヒビキが食堂を後にして間もなくの事だった。

 ヒビキが食堂を後にしたため、落ち着きを取り戻した食堂内は和やかな雰囲気に包まれる。
 席を立ちヒビキに釘付けとなっていた女子生徒達は放心状態に陥っている。
 ゆったりとした足取りで、それぞれの席に腰を下ろして夕食の続きを口にする女子生徒達は友人と目を合わせて笑顔を見せる。
 一度は静寂に包まれた食堂内で女子生徒達は再び興奮した様子を見せる。
 ヒビキを話題にして会話を弾ませる女子生徒達によって食堂内は騒がしさを取り戻した。

「魅了魔法ではないのか?」
 そんな女子生徒の様子を食堂二階席から眺めていた副会長が、ぽつりと考えを口にした。

「え?」
 どうやら副会長の独り言はアヤネの耳には部分的にしか入らなかったようで、疑問を抱いたアヤネは副会長に視線を向ける。
 会長は無言のまま夕食を口に運んでいるため、独り言が聞こえてしまったのか、それとも聞こえなかったのかを表情から判断する事は難しい。

「どうかしましたか?」
 副会長が普段、表情に張り付けている笑みを浮かべてアヤネに問いかけたことにより、アヤネは自分の耳を疑った。
「空耳かな? 何でもない、ごめんなさい」
 空耳が聞こえてしまったのだろうかと急に不安になったアヤネが謝罪することによって会話は終了する。
 
 アヤネや副会長が席についた頃には、ヒビキと鬼灯は寮に戻りリビングルームへ足を踏み入れていた。

「もしかして、俺達に夕食を奢ってくれた生徒って白い制服を身に付けていたけど実は、とても強かったりする?」
 少年が発動した術を見てから、ずっと疑問に思っていたことを口にしたヒビキに対して鬼灯が即答する。

「あぁ。重力を操る術は希少価値が高い。力加減を間違えれば人の命を奪いかねない危険な術だと俺は聞いている。出来れば敵に回したくはない相手だな」
 
「へぇ、そんな人物からカードを奪い取ろうとした生徒は、それ以上に強いってこと?」
 思っていた通りの返事を受けて、抱いた疑問を問いかけたヒビキに鬼灯が首を左右に振る事によって答える。

「知らなかったのか、それとも制服の色しか見ていなかったのか。いずれにせよ、もしもカードを奪われた生徒が動揺したままの状態で術を発動していれば奪った側の生徒は、ただでは済まなかっただろうな」
 命の危険もあったと言葉を続けた鬼灯の顔を見つめたまま、恐怖心を抱いたヒビキの顔から血の気が引いていく。
「怖っ」
 素直な感想を、ぽつりと一言呟いた。

 ヒビキの反応を見て面白いと感じたのだろう。
 肩を揺らして笑う鬼灯がヒビキの懐を指差した。

「今思い出したけど、いいのか? 返事をしなくて」
 食堂へ足を踏み入れてすぐに届いた手紙の存在を思い出す。

「あ……」
 思わず声を漏らしたヒビキは手紙が届いたことを、すっかり忘れていたようで懐から手紙を取り出すと、すぐさま内容を確認する。

 
「返事を書いて、兄に手紙を送ってから夕食をとることにするよ。先に食べていてよ」
 最後まで言い終える頃には部屋の片隅に移動をして腰を下ろしていた。
 ヒビキが懐からペンを取り出したところで鬼灯が、あることに気がついた。
「それ、俺が貸したペン」
 すらすらと文字を書き連ねるヒビキに鬼灯が声をかける。

「え?」
 全く予想外の反応だった。
 どうやらヒビキはペンを借りていたことを、すっかりと忘れていたようで手にしっかりと握りしめているペンを二度見する。
「ごめん」
 数秒間の沈黙後、深々と頭を下げたヒビキが素早く、腰を上げて立ち上がる。

「ペンを戻すのは手紙を送ってからでいい。いいのか? 手紙は書き終えてから60秒ほどで持ち主の元へ戻るものもあると聞くけど」
 鬼灯の言う通りである。
 今回タツウミがヒビキに宛てた手紙は、文字を書き終えてから60秒程でタツウミの元へ戻るものだった。

「え……」
 ぽつりと声を漏らしたヒビキが、足元に視線を移したのとほぼ同時だった。
 青白い炎を纏った手紙がパシュッと奇妙な音を立てて消える。

「あ……」
 思わず声を漏らしたヒビキが苦笑する。

「うん。ありがとう。ペンは返すよ」
 今頃、手紙は兄の手の平に包み込まれている状況だろうと考えるヒビキの予想通り、手紙は兄の元にたどり着いていた。
 早速、手紙を開き内容を確認したタツウミが吹き出した。

 兄さんへ。アヤネは俺が二番目の兄であることに気づいていません。それどころか別人と思い込んでいるアヤネに何故か、なつかれています。俺はどうすれば良いので
「うん。皆一度はやからすんだよね」
 手紙を書いている途中に何らかの理由で手を止めて、気づいたときには手紙は持ち主のところへ戻っている。

「ヒビキがやらかすとは思わなかったけど、何だろう。何故か安心してしまった自分がいる。親近感がわくなぁ」
 本音を漏らしたタツウミの独り言を耳にしていた妖精王が小刻みに肩を震わせた。

「ヒビキ君もユタカに似ている部分があると言うことですね。妹さんは編入生であるヒビキ君と、自分の兄のヒビキ君を別人だと思っているようですね。何故、気づく事が出来ないのでしょうかね。ヒビキ君は変装をしている訳でも無いですし、性格を偽っている訳でもありません。妹さんが気づく事が出来ない程ヒビキ君は家にいる時と家の外にいる時との性格に差があるのですか?」
 
 妖精王の表情には笑みが浮かんでいるものの、その口調はとても落ち着いていて淡々としたものである。
 何故、兄であるヒビキが編入して来たという事実を妹は受け入れる事が出来なかったのか。
 ヒビキからの相談事を真剣になって考えている。

「まさかアヤネがヒビキを兄と結びつける事が出来ずにいるとは全く予想していなかったな。名前もヒビキのまま編入をしたわけだし、何故アヤネが編入生と兄を同一人物と結びつけられずにいるのか私にも分かりません」
 妖精王の目の前にヒビキから届いた手紙を差し出したタツウミが苦笑する。
 タツウミにも何故、アヤネは編入生であるヒビキと兄が同一人物である事に気づく事が出来ないのか分からない。

「私の意見を書き連ねるよりは、皆の意見を聞いてまとめてから返事をした方が良いと思うんだけど」
 そして、ヒビキに相談事を持ち掛けられた事に対して素直に喜んでいるのだろう。
 返事を真剣に考えなければならないねと言葉を続けたタツウミが、すぐ隣に佇んでいる妖精王に視線を向ける。

「そうですね。ユタカやウィネラにも一度、相談をした方が良いですね」
 ユタカに視線を向けた妖精王が手紙を手に取った。

「ヒビキ君からタツウミ君宛に手紙が届きました。ユタカとウィネラにも共に返事を考えて頂きたいとのことですが……」
 妖精王が言葉を全て言い終える前に、素早く身を翻して目の前に迫り来る国王と魔王の素早い行動に驚いて妖精王は苦笑する。

「追いかけっこは、もう宜しいのですか?」
 魔王と国王の切り替えが、あまりにも早かったため疑問を抱いた妖精王が問いかける。

「あぁ、そうだな」
 肩で呼吸を繰り返す国王を横目に見て、落ち着いた様子で国王の元へ歩み寄った魔王が苦笑する。
 そっと手を伸ばして、無抵抗である幼い子供を軽々と持ち上げた。

「たった今、決着がついた」
 小さな体を纏っているのは、大人用の大きなローブであり、あれだけ走り回れば土や小石や水の上を通過する度に服は汚れることになる。

「服を泥だらけにして、まるで本物の子供のようだな」
 城の中を走り回ったため乱れてしまっていたクリーム色の髪の毛は、魔王が指先で撫でると元のストレートに戻る。
 肩で呼吸を繰り返す国王は汗だくだった。
 口を開いて何か言いたそうな表情を浮かべてはいるものの顔を上げているのも辛いのか、しまいには顔を俯かせてしまう。

「今のユタカには移動速度を著しく上げる術は体に大きな負担がかかってしまうようですね」
 無理に体を動かしていたため容赦なく疲れが押し寄せてきているようで、幼い子供はぐったりとしている。
 そんなユタカの姿を眺めていた妖精王が苦笑する。

「本当に疲れる。元の姿であれば息一つ乱すこともないのに」
 吐き出すようにして、言葉を返したユタカが俯かせていた顔を上げて妖精王を睨み付けた。

「ウィネラも笑ってる場合ではないよ。皆の前で突然、服を脱がそうとするから驚いて咄嗟に逃げちゃったけど、僕にはウィネラとは違って羞恥心があるんだからね」
 続けて魔王に視線を向けた国王が、ため息を吐き出した。
 言いたいことを全て伝えると眉間にしわを寄せる。

 魔王の考えていることは分からない。
 突然服を脱がされそうになって驚いて逃げ出せば、全力で追いかけ回された。
 捕らえられたと思っていれば、満面の笑みを浮かべる魔王の姿があり文句を言う気が失せてしまう。

「悪かった。一人では着替えることが出来ないだろうと勝手に決めつけていた」
 魔王に謝られてしまった。
 素直に謝られてしまうと何だかいたたまれない気持ちになる。
 魔王が良かれと思ってしてくれた事に対して驚き、全力で逃れようとしていたなんて悪いことをしたなと考えるユタカが苦笑する。

「私が4つの頃には既に一人で就寝をしていたし、起床した後は着替えも自分でしていたから一人でも大丈夫だよ。着替えよりも、狩りを手伝って欲しい。ヒビキとアヤネの学費を払っていくためにはお金が必要になってくるからね」
 悪い事をしたなと後悔をする国王が、着替えは自分一人で出来る事を魔王に伝えると、着替えよりもお金を貯めるために狩りを手伝って欲しい事を口にする。

「あぁ、分かった。容易い事だ。なぁ?」
 魔王は狩りに妖精王も巻き込むつもりのようで、妖精王に視線を向けると首を傾ける。
「私も誘ってくれるのですか?」
 魔王の問いかけに対して、妖精王は首を傾げて問いかける。

「リンスールも狩りに付き合ってくれると助かるのだけど、って言うか僕の体を小さくした張本人じゃん。拒否権はないよね。手伝ってよ」
 魔王の腕に腰をかける国王は、妖精王の顔を勢いよく指さした。

 拒否権は無いよねと言葉を続けるユタカは威圧的な態度をとる。
「そうですね。拒否権はありませんね。一度でいいからユタカとパーティを組んで狩りを行いたかったんですよね。氷柱魔法を自分の上に落として妖精の森を破壊するし、氷柱の魔法を制御しきれずに妖精の森の泉の中にある神殿は壊すし、一緒に居て飽きないのですよね」
 苦笑する妖精王は、ユタカが息子であるタツウミには知られたくは無かった過去にやらかしてしまった出来事を口にする。

「そう言えば、自分で神殿を破壊しておきながら流れ込んできた泉の水に流されて溺れていたな。魔王城の屋根にも大きな穴をあけるし、確かに見ていて飽きないな」
 妖精王に続くようにして言葉を続けた魔王の表情には笑みが浮かんでいる。

「人の失態をばらさないでよ。妖精の森を破壊してしまった事、神殿を倒壊させてしまった事、魔王城の屋根に大きな穴をあけてしまった事は本当にごめんなさい。何年かかったとしても必ず元通りにするから許してください」
 からかうつもりで国王の過去の失態を口にした妖精王と魔王が互いに顔を見合わせた。
 まさか、真剣な面持ちを浮かべた国王に深々と頭を下げられてしまう何て考えてもいなかったため、魔王と妖精王は顔を見合わせたまま苦笑する。

「冗談を真に受けないでください。ユタカが破壊した森は更地に戻しておきました。神殿は既に再建済みですし」
「魔王城の屋根はギフリードや、ユキノスや、アリアスによって既に元通りだ」
 冗談である事を伝えると国王が唖然とする。

「え、もう元通りになったの?」
 唇を半開きにしたまま首を傾げた父の姿を、呆然と眺めていたタツウミが苦笑する。

「森の一部を破壊? 泉の中の神殿を倒壊しておきながら流れ込んできた大量の水でおぼれた? 魔王城の屋根に穴を開けたって本当に色々と盛大にやらかしていますね」
 何をどう間違えたら、そのような事になるのですかと言葉を続けたタツウミが魔王や妖精王に向かって深々と頭を下げる。

「ご迷惑をおかけしました。人間界で起こったもめ事にも巻き込む形になってしまいましたし」

「迷惑だなんて私達は思っていませんよ。ユタカは見ていて飽きませんし、何より人間界の問題が解決した後には妖精界の問題の解決の手伝いをしてもらう約束でしょう?」
 タツウミの肩を叩き、頭を下げる必要は無いですよと言葉を続けた妖精王の表情は真剣なものだった。

「手伝い?」
 首をかしげて問いかけたのは、魔王の腕に腰をかけている国王である。

「タツウミ君には既に話したのですが、妖精の森には人間の子供が大好きな主様と呼ばれている化け物が住んでいます。神出鬼没な主様は獲物を見つけた時にしか姿を見せないと言われているのですが最近、人の子が妖精界に少人数とは言え出入りをするようになりました。それで、主様に目をつけられて被害にあって命を落としてしまう人の子が増えてきました。ヒビキ君が学園都市から戻ってきたらヒビキ君と共にユタカに妖精界へ来てもらって主様退治を手伝ってもらいたいと考えているのです」
 困ったように眉尻を下げるのは妖精界を統べる王様、妖精王である。
 何度も頷きながら妖精王の話を耳にしていたユタカが、ふと疑問に思う。


「ねぇ、人間の子供が好きな主様が出没するってことは、ヒビキが幼子に戻っていたときも突然、現れる可能性だってあったんじゃないの?」
 ユタカの顔から瞬く間に表情が消えると、醸し出す雰囲気が瞬く間に変化した。
 突然、険しい顔つきへと変わったユタカの表情に恐れを抱いた妖精王が足を引く。
 アイリスを背にかばうようにして国王と、孫の間に体を滑り込ませる。

「はい。ヒビキ君には、私に日頃仕えてくれている騎士を1000人ほど、密かに護衛につけていました。主様が現れたら私に知らせが来て倒しに向う予定でした」
 冷や汗が頬を伝う。緊迫した雰囲気の中で言葉を続けた妖精王がゴクリと息を飲む。

「そう言うことは私にも相談を持ちかけて欲しかったな。もしも、ヒビキの身に万一の事があったら絶対に許さないからね。今後はちゃんと相談をする事。分かった?」
 国王の表情が一変する。
 表情には笑みを浮かべて、口調は穏やかなものへと変化する。
 首を傾げて言葉を続けた国王に対して妖精王は安堵する。

「分かりました。今後、貴方の身内や人間界の人達を巻き込む時は必ず貴方に相談することを約束しますね」
 妖精王は今後は必ず実行する前に国王に相談することを約束する。
 
「うん、そうしてよ。私達人間の体は、とても脆くて壊れやすい。力も貴方、達妖精や魔族に比べると非力なんだからね」
 魔王の腕に腰かけている愛らしい姿の幼子が、胸元の高さまで腕を持ち上げると、ペシペシと音を立てて腕を叩いてみせた。非力なんからねと言葉を続ける父の姿を見て何を思ったのか。
 タツウミが声を上げることなく肩を揺らす。

「自分の事を僕と言ったり私と言ったり、緊迫した雰囲気を作り出したかと思えば、いきなり満面の笑みを浮かべるし。私が勝手に思い描いていた人物像が崩れていく。けれど、今の方がいいね。何を考えているのかちゃんと分かる」
 あまり表情をコロコロと変える人ではないと思っていた。自分の考えを口にすることが苦手な人だと思っていた。
 剣を教えてほしいと訪ねてみたことはあったものの、駄目だと言われて拒絶されて、てっきり自分は父親に嫌われているのだと思っていた。
 それが、全て間違いだったなんて思ってもいなかった。

「ヒビキもそうだけど、タツウミも私の性格を勝手に決めつけないで欲しいな。我が子が怪我をしたら心配だし、ヒビキが行方不明になっていた時は表情一つ変えない冷たい人だと周りからは言われていたようだけど、何度も城を抜け出して東の森に足を踏み入れた。ヒビキを見つけて持って帰らなければならないと思っていたからね。それに、私は無口なんじゃなくて、我が子に本当は話しかけたいし話しかけてほしいと思ってるよ。ただ、嫌われたくはなくて話しかけることが出来なかっただけなんだよね」
 考えを口にする父の腹部に手を添えて、空いた片手で泥だらけになった父の服を叩く。
 泥を払おうとしているのだろう。
 魔王の行動により、くの字に体を折り曲げた国王が苦しそうに身を捩る。

「それだったら私の事も勝手に決めつけて城の中に閉じ込めておくことはやめてほしいな。私も狩りを行ってみたいし、強くなるために戦いかたを教わりたいと思っているんだからね」
 お腹に腕が食い込んでると魔王の腕を、ペシペシと叩くユタカの耳にはタツウミの言葉は入っていない。
 
「聞いていますか?」
 タツウミの問いかけに対して答える余裕もないユタカが魔王の腕の中で暴れだす。
 たまらず魔王が腕を離すと地面に着地したユタカは、タツウミの問いかけを耳にして間の抜けた顔をする。

「へ?」
 ぽかーんとした表情を浮かべる父の反応は、見事にタツウミの予想を裏切った。
 魔王の腕から逃げることに必死になっていたためタツウミの言葉を聞いていなかったらしい。
 あはははと声を上げてタツウミが腹を抱えて笑いだすと唖然とするユタカが周囲を見渡した。
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