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学園都市編
107話 会長とアヤネ
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指先に触れるようにして現れた手紙を手の平で包み込む。
用紙の色が白であれば兄から届いた手紙である。
黒であれば暗黒騎士団調査員を務める青年から届いたことになる。
茶色であれば差出人は妖精王。
しかし、妖精の記す文字は難しすぎて読むことが出来ない。
せめて手紙の色だけでも確認をしたい。
けれども、人通りの激しい食堂内で手紙を取り出すことは危険である。
人とぶつかり手紙を落とす可能性がないとは言い切れない。
やはり、ここは我慢をして手紙を懐へしまうべきだろう。
本当は手紙を今すぐにでも確認したい。
しかし、それを出来る状況ではない。
届いた手紙を、しっかりと握りしめたままの状態で葛藤に苛まれていたヒビキが小さなため息を吐き出した。
「部屋に戻ってから見よう」
独り言を呟くと共に渋々と手紙を懐へしまう。
ヒビキの隣で独り言を耳にしていた鬼灯が小刻みに肩を揺らして笑いだしたのは、ヒビキが懐に手紙をしまってから間もなくの事だった。
すぐに手は懐から取り出されるかと思ってれば、何とも中途半端な姿勢のまま身動きを止めてしまったヒビキの姿を見て鬼灯の笑い声が大きくなる。
手は懐へ突っ込んだまま、身動きを止めるヒビキの何とも中途半端な姿勢を再び横目でチラリと確認した鬼灯が激しく咳き込んだ。
やはり、用紙の色だけでも確認しておこうかと考えているのだろう。
しかし、人通りの激しい食堂内。
もしも、手紙に書き記されている内容がシエル先生に関しての情報だったら、それは人に見られてはいけない内容であり見られた場合自分達の身を危険に晒してしまう事になる。
懐へ手を入れたままの状態で身動きを取ることの無いヒビキの姿を横目に見ていた鬼灯が苦笑する。
「部屋に戻るまで我慢だな」
今にも手紙を懐から取り出して、読み出しそうだなと思ったのだろう。
ヒビキの懐を指差して先に釘をさした。
考えていることを見事に見抜かれたヒビキはというと、あんぐりと口を開き小刻みに肩を揺らして笑う。
「考えていることが表情に出てた?」
首をかしげて問いかけてみる。
「懐に手を突っ込んだまま取り出そうとしないから、表情ではなくて行動に出ていたな」
問いかけに対して、すぐに返事があった。
「とりあえず、突っ込んだままになっている手を取り出そうか。只でさえ編入生であるヒビキは目立つのに、悪目立ちしたくはないだろ?」
「うん」
鬼灯が言い終える前に懐へ突っ込んでいた手を取り出したヒビキが大きく頷いたことにより会話は終了する。
そんな二人のやり取りを周囲を取り巻く生徒達が眺めている。
仲が良いわねと言葉を続ける生徒が続出する。
場が和やかな雰囲気に包まれた頃。
食堂二階席。
「一体、何を話していたのかな?」
ヒビキと鬼灯が何を話していたのか、気になって仕方のないアヤネが副会長に問いかける。
どうやら、少し離れた位置にいるアヤネ達の耳までヒビキの声は届いていなかったらしい。
副会長からの返事を期待していたアヤネに対して、先に口を開き返事をしたのは呆然とアヤネの後頭部を見つめていた会長だった。
「手紙を懐にしまったように見えたが?」
淡々とした口調である。
横から口を挟んでも良いものだろうかと、考えてはみたものの自分から声をかけなければ視線も合わせてもらえないような気がして、アヤネに勇気を出して声をかけた会長の行動は吉と出るか凶と出るか。
「誰からの手紙よ」
やはり、横から口を挟んだことがいけなかったのだろう。
アヤネが副会長から視線を逸らして背後に佇む会長の方に振り向いたものの、その表情は曇っている。
誰からの手紙か問いかけられても、会長に分かるはずがない。
アヤネの問いかけに対して答えられるわけもなく、眉間にシワを寄せた会長が小さな声で呟いた。
「それを俺に聞くのかよ」
理事長室で父と話していた時とは一変して、随分と低い声を出す。
低い声を出したことにより、会長は機嫌が悪いのではないのではないのかとアヤネに思わせてしまう。
「気になるんだけど。中身を確認してきてよ」
ヒビキを指差して、手紙を確認してきてよと言葉を続けたアヤネの口調は喧嘩腰である。
まさか、中身を確認してきてよと言われるとは考えてもいなかった会長が返事に困って眉を寄せる。
素直に思ったことを言っても良いものだろうか。
既に喧嘩になりそうな雰囲気なのに、アヤネを刺激する事を言ってもいいのだろうかと悩んだ末、自分の中で結論を出した会長が吐き出すようにして考えを口にする。
「出会ったばかりの相手に気になるから手紙の中身を見せろと言うのか? 他人の私生活を穿鑿すんのかよ」
少し早口だっただろうかと考える会長の眉間にしわが寄る。
決して怒っていたわけでは無いのだけれども、アヤネには怒っているように見えたのかもしれない。
うっと声をつまらせて一歩足を引いたアヤネが苦笑する。
「後先も考えずに無理を言っちゃってごめんなさい」
会長の考えを聞いて素直に納得。
深々と頭を下げて謝罪をする。
「随分と素直な反応だな」
てっきり、何よと反抗的な態度を返されるかと思っていれば、素直に謝罪をするアヤネの態度に感心する。
勇気をだして言った言葉を素直にアヤネが受け入れてくれて安堵したのだろう。
会長の表情に笑みが浮かぶ。
しかし、ぽつりと会長の漏らした言葉を耳にしていたアヤネは冷やかされたと思ったようで、表情から笑みを取り外す。
「何が言いたいのよ」
会長にとっては誉め言葉であったはずなのに、何故か膨れっ面を浮かべるアヤネの態度に対して内心、戸惑っている会長が一歩足を引きアヤネから距離をとる。
会長が距離をとるために足を引いたため、むきになったのだろう。
アヤネが勢いよく掲げた手を振り下ろす。
手加減をすることなく振り下ろされた手は、会長の腕を見事に直撃した。
ざわざわと騒がしい食堂内に、パンッと乾いた音が上がると、今まで騒がしかった食堂内が一気に静寂に包まれた。
数秒間の沈黙後。
「ちょっと、何時ものように軽やかに避けなさいよ。痛じゃないの!」
アヤネが会長に向かって文句を言いう。
思わぬ攻撃を受けて被害にあったのは会長の方である。
「いってぇ。誰もが自分の思い通りに動くと思うな。あんな不意討ち避けられるわけねぇし」
あと少しアヤネの振り下ろした手が右へとそれていれば胸に直撃していた。
すれすれを通過したアヤネの指先に密かに肝を冷やしていた会長が言い返す。
このままだと喧嘩に発展しかねない。
アヤネと会長のやりとりを、最初のうちは微笑ましく見ていた副会長の表情が少しずつ変化する。
そろそろ口を挟まなければ、まずいだろうかと考えていた。
「本当に仲が良いですね。二人とも」
ぽつりと呟いた副会長にアヤネが透かさず切り返す。
「仲がいい? どこがよ」
肩幅に開いた足。
両手を腰にあて、ぷくっと頬を膨らませたアヤネがいち早く副会長の言葉に反応した。
「喧嘩するほど仲が良いと言うことですよ。アヤネさんの手紙を確認してきてよと言う無理な発言を聞いて、会長は素直に思ったことを口に出したでしょう? 会長の考えを聞き、アヤネさんは自分が後先考えずに無理を言ってしまったことを認めました。仲が良い証拠ですよ」
首をかしげた副会長がアヤネに同意を求めようとした。
「素直に肯定することが出来ない」
苦虫を噛み潰したような顔である。
無言のまま奇妙な表情を浮かべるアヤネに対して透かさず
「不愉快極まりない表情だな」
会長が声をかける。
「会長だって本当はアヤネさんの事が可愛くて仕方がないのに、あえて喧嘩になるようなことばかり言うのですから本当に素直じゃないですね」
小刻みに肩を揺らして笑う副会長に、今度は会長が真面目な顔をして何やら言い返そうとしたものの、口を開きかけたところで思い止まったのか口を閉ざしてしまう。
そして、会長から視線を逸らすようにして顔を背けたアヤネが無言を決め込んだ事により会話は終了する。
少し言い過ぎたかな。
内心ではアヤネに言い過ぎてしまっただろうかと後悔をしていた会長が、無言に耐えきれなくなって口を開く。
「夕食は何を食いたい?」
アヤネから副会長へ。
視線を移した会長の問いかけに対して
「グラタンが食べたいですね。アヤネさんは何を食べたいですか?」
副会長が即答する。
会長からアヤネへ視線を移した副会長の問いかけに対して
「私はイチゴのショートケーキ」
アヤネが小声で呟いた。
「主食は何を食いたいんだ?」
イチゴのショートケーキは、おやつである。
間髪を入れる事なく主食は何を食べたいのか、会長がアヤネに問いかける。
「今日はショートケーキだけでいいわよ。皆の分とってくる」
不機嫌ではあるけれど皆の夕食を頼んでこようとしているアヤネは、本当は会長の事が嫌いなわけではなくて素直になれないだけ。
「やっぱり会長も一緒に来て。夕食を取りに行くわよ」
ほんの一瞬だけヒビキの方に向いた会長の視線をアヤネは見逃さなかった。
アヤネの表情に一瞬ではあったけれどニヤリとした笑みが浮かぶ。
初対面の人間に対して気軽に話しかける事の出来る副会長とは違って会長は人見知りをする。
実は会長も密に危機的な状況から助け出してくれた少年の事が気になっているのではないのだろうかと考えたアヤネが、突然の誘いに驚き戸惑いを隠せずにいる会長に向かって手招きをした。
「間抜け面を浮かべてないで行くわよ。ほら、早く!」
日頃の仕返しである。
さりげなく会長の顔を指さして間抜け面と呟いた。
何故アヤネの態度が急に変わってしまったのか。
共に夕食を取りに行こうと誘ってくれた事は嬉しいけれど、アヤネの態度の変化が怖い。
大人しく後を追っても良いものだろうかと考えている会長の足は止まったまま、アヤネに呼ばれたにも拘わらず動き出そうとはしない。
「アヤネさんに重たいものを持たせるつもりですか? 早く追いかけてください」
神妙な面持ちを浮かべたまま佇んでいる会長の背中を押したのは、小刻みに肩を揺らして笑っている副会長だった。
「分かった」
渋々と頷き重たい足取りで歩きだす。
眉間にはシワが寄っている。険しい表情を浮かべる会長の背中を大人しく見送っていた副会長が小さなため息を吐き出した。
「会長はアヤネさんを警戒しているようですね。大丈夫でしょうか」
副会長は苦笑する。
ぽつりと考えを口にしたものの、すでに階段を下り始めていた会長の耳には届かない。
アヤネと共に会長が食堂一階フロアに足を踏み入れると突然、大歓声が沸き上がる。
沢山の生徒達が食堂の端へ移動すると、会長やアヤネの目の前に進路が出来る。
「私達がイベント事でも引き起こすと思っているのかな?」
生徒達の思わぬ反応を受けて、無意識のうちに会長の腕に手を絡ませようとしたアヤネが考えを口にする。
伸ばされた腕を避けるために会長が一歩、右へと体を動かすとアヤネの手は会長の腕に触れることなく空を切る。
「ちょっと、なに避けてんのよ」
いつもの事ではあるけれども自分からは触れてくるくせに、いざアヤネが触れようとすると足を引き逃れてしまう会長に対してアヤネはイライラとした態度を見せた。
一歩足を踏み込むことにより、素早く前進をしたアヤネが会長の懐へと入り込む。
「避けられたら触れたくなるのが人というものよね。会長もそう思うでしょう?」
満面の笑みを浮かべるアヤネに対して透かさず会長は言葉を返す。
「いや、何を言ってんのか分かんねぇ」
一歩足を引くことにより距離をとり、右へ体を移動させることによりアヤネの腕を避けた会長の動きは素早い事。
「いつも、会長からは私に触れて来るのに私がいざ触れようとすると避けるのよね。酷いと思わない?」
頬を膨らませて文句を口にするアヤネが、強引に食堂の一階フロア中央に佇んでいた少年を会話の中に巻き込むために話題をふる。
背後に佇むヒビキに気づくことなく、大きく後退をした会長がヒビキとぶつかり足を止めることになる。
人がいることに気づかなかった。勢いよく背後を振り向き焦った様子の会長が口を開く。
「悪い」
勢いに任せて謝罪をしようとした会長が、背後に佇んでいた少年を視界に入れるなり見事に身動きを止める事になる。
ヒビキと視線を合わせていた会長の表情が瞬く間に凍りついた。
用紙の色が白であれば兄から届いた手紙である。
黒であれば暗黒騎士団調査員を務める青年から届いたことになる。
茶色であれば差出人は妖精王。
しかし、妖精の記す文字は難しすぎて読むことが出来ない。
せめて手紙の色だけでも確認をしたい。
けれども、人通りの激しい食堂内で手紙を取り出すことは危険である。
人とぶつかり手紙を落とす可能性がないとは言い切れない。
やはり、ここは我慢をして手紙を懐へしまうべきだろう。
本当は手紙を今すぐにでも確認したい。
しかし、それを出来る状況ではない。
届いた手紙を、しっかりと握りしめたままの状態で葛藤に苛まれていたヒビキが小さなため息を吐き出した。
「部屋に戻ってから見よう」
独り言を呟くと共に渋々と手紙を懐へしまう。
ヒビキの隣で独り言を耳にしていた鬼灯が小刻みに肩を揺らして笑いだしたのは、ヒビキが懐に手紙をしまってから間もなくの事だった。
すぐに手は懐から取り出されるかと思ってれば、何とも中途半端な姿勢のまま身動きを止めてしまったヒビキの姿を見て鬼灯の笑い声が大きくなる。
手は懐へ突っ込んだまま、身動きを止めるヒビキの何とも中途半端な姿勢を再び横目でチラリと確認した鬼灯が激しく咳き込んだ。
やはり、用紙の色だけでも確認しておこうかと考えているのだろう。
しかし、人通りの激しい食堂内。
もしも、手紙に書き記されている内容がシエル先生に関しての情報だったら、それは人に見られてはいけない内容であり見られた場合自分達の身を危険に晒してしまう事になる。
懐へ手を入れたままの状態で身動きを取ることの無いヒビキの姿を横目に見ていた鬼灯が苦笑する。
「部屋に戻るまで我慢だな」
今にも手紙を懐から取り出して、読み出しそうだなと思ったのだろう。
ヒビキの懐を指差して先に釘をさした。
考えていることを見事に見抜かれたヒビキはというと、あんぐりと口を開き小刻みに肩を揺らして笑う。
「考えていることが表情に出てた?」
首をかしげて問いかけてみる。
「懐に手を突っ込んだまま取り出そうとしないから、表情ではなくて行動に出ていたな」
問いかけに対して、すぐに返事があった。
「とりあえず、突っ込んだままになっている手を取り出そうか。只でさえ編入生であるヒビキは目立つのに、悪目立ちしたくはないだろ?」
「うん」
鬼灯が言い終える前に懐へ突っ込んでいた手を取り出したヒビキが大きく頷いたことにより会話は終了する。
そんな二人のやり取りを周囲を取り巻く生徒達が眺めている。
仲が良いわねと言葉を続ける生徒が続出する。
場が和やかな雰囲気に包まれた頃。
食堂二階席。
「一体、何を話していたのかな?」
ヒビキと鬼灯が何を話していたのか、気になって仕方のないアヤネが副会長に問いかける。
どうやら、少し離れた位置にいるアヤネ達の耳までヒビキの声は届いていなかったらしい。
副会長からの返事を期待していたアヤネに対して、先に口を開き返事をしたのは呆然とアヤネの後頭部を見つめていた会長だった。
「手紙を懐にしまったように見えたが?」
淡々とした口調である。
横から口を挟んでも良いものだろうかと、考えてはみたものの自分から声をかけなければ視線も合わせてもらえないような気がして、アヤネに勇気を出して声をかけた会長の行動は吉と出るか凶と出るか。
「誰からの手紙よ」
やはり、横から口を挟んだことがいけなかったのだろう。
アヤネが副会長から視線を逸らして背後に佇む会長の方に振り向いたものの、その表情は曇っている。
誰からの手紙か問いかけられても、会長に分かるはずがない。
アヤネの問いかけに対して答えられるわけもなく、眉間にシワを寄せた会長が小さな声で呟いた。
「それを俺に聞くのかよ」
理事長室で父と話していた時とは一変して、随分と低い声を出す。
低い声を出したことにより、会長は機嫌が悪いのではないのではないのかとアヤネに思わせてしまう。
「気になるんだけど。中身を確認してきてよ」
ヒビキを指差して、手紙を確認してきてよと言葉を続けたアヤネの口調は喧嘩腰である。
まさか、中身を確認してきてよと言われるとは考えてもいなかった会長が返事に困って眉を寄せる。
素直に思ったことを言っても良いものだろうか。
既に喧嘩になりそうな雰囲気なのに、アヤネを刺激する事を言ってもいいのだろうかと悩んだ末、自分の中で結論を出した会長が吐き出すようにして考えを口にする。
「出会ったばかりの相手に気になるから手紙の中身を見せろと言うのか? 他人の私生活を穿鑿すんのかよ」
少し早口だっただろうかと考える会長の眉間にしわが寄る。
決して怒っていたわけでは無いのだけれども、アヤネには怒っているように見えたのかもしれない。
うっと声をつまらせて一歩足を引いたアヤネが苦笑する。
「後先も考えずに無理を言っちゃってごめんなさい」
会長の考えを聞いて素直に納得。
深々と頭を下げて謝罪をする。
「随分と素直な反応だな」
てっきり、何よと反抗的な態度を返されるかと思っていれば、素直に謝罪をするアヤネの態度に感心する。
勇気をだして言った言葉を素直にアヤネが受け入れてくれて安堵したのだろう。
会長の表情に笑みが浮かぶ。
しかし、ぽつりと会長の漏らした言葉を耳にしていたアヤネは冷やかされたと思ったようで、表情から笑みを取り外す。
「何が言いたいのよ」
会長にとっては誉め言葉であったはずなのに、何故か膨れっ面を浮かべるアヤネの態度に対して内心、戸惑っている会長が一歩足を引きアヤネから距離をとる。
会長が距離をとるために足を引いたため、むきになったのだろう。
アヤネが勢いよく掲げた手を振り下ろす。
手加減をすることなく振り下ろされた手は、会長の腕を見事に直撃した。
ざわざわと騒がしい食堂内に、パンッと乾いた音が上がると、今まで騒がしかった食堂内が一気に静寂に包まれた。
数秒間の沈黙後。
「ちょっと、何時ものように軽やかに避けなさいよ。痛じゃないの!」
アヤネが会長に向かって文句を言いう。
思わぬ攻撃を受けて被害にあったのは会長の方である。
「いってぇ。誰もが自分の思い通りに動くと思うな。あんな不意討ち避けられるわけねぇし」
あと少しアヤネの振り下ろした手が右へとそれていれば胸に直撃していた。
すれすれを通過したアヤネの指先に密かに肝を冷やしていた会長が言い返す。
このままだと喧嘩に発展しかねない。
アヤネと会長のやりとりを、最初のうちは微笑ましく見ていた副会長の表情が少しずつ変化する。
そろそろ口を挟まなければ、まずいだろうかと考えていた。
「本当に仲が良いですね。二人とも」
ぽつりと呟いた副会長にアヤネが透かさず切り返す。
「仲がいい? どこがよ」
肩幅に開いた足。
両手を腰にあて、ぷくっと頬を膨らませたアヤネがいち早く副会長の言葉に反応した。
「喧嘩するほど仲が良いと言うことですよ。アヤネさんの手紙を確認してきてよと言う無理な発言を聞いて、会長は素直に思ったことを口に出したでしょう? 会長の考えを聞き、アヤネさんは自分が後先考えずに無理を言ってしまったことを認めました。仲が良い証拠ですよ」
首をかしげた副会長がアヤネに同意を求めようとした。
「素直に肯定することが出来ない」
苦虫を噛み潰したような顔である。
無言のまま奇妙な表情を浮かべるアヤネに対して透かさず
「不愉快極まりない表情だな」
会長が声をかける。
「会長だって本当はアヤネさんの事が可愛くて仕方がないのに、あえて喧嘩になるようなことばかり言うのですから本当に素直じゃないですね」
小刻みに肩を揺らして笑う副会長に、今度は会長が真面目な顔をして何やら言い返そうとしたものの、口を開きかけたところで思い止まったのか口を閉ざしてしまう。
そして、会長から視線を逸らすようにして顔を背けたアヤネが無言を決め込んだ事により会話は終了する。
少し言い過ぎたかな。
内心ではアヤネに言い過ぎてしまっただろうかと後悔をしていた会長が、無言に耐えきれなくなって口を開く。
「夕食は何を食いたい?」
アヤネから副会長へ。
視線を移した会長の問いかけに対して
「グラタンが食べたいですね。アヤネさんは何を食べたいですか?」
副会長が即答する。
会長からアヤネへ視線を移した副会長の問いかけに対して
「私はイチゴのショートケーキ」
アヤネが小声で呟いた。
「主食は何を食いたいんだ?」
イチゴのショートケーキは、おやつである。
間髪を入れる事なく主食は何を食べたいのか、会長がアヤネに問いかける。
「今日はショートケーキだけでいいわよ。皆の分とってくる」
不機嫌ではあるけれど皆の夕食を頼んでこようとしているアヤネは、本当は会長の事が嫌いなわけではなくて素直になれないだけ。
「やっぱり会長も一緒に来て。夕食を取りに行くわよ」
ほんの一瞬だけヒビキの方に向いた会長の視線をアヤネは見逃さなかった。
アヤネの表情に一瞬ではあったけれどニヤリとした笑みが浮かぶ。
初対面の人間に対して気軽に話しかける事の出来る副会長とは違って会長は人見知りをする。
実は会長も密に危機的な状況から助け出してくれた少年の事が気になっているのではないのだろうかと考えたアヤネが、突然の誘いに驚き戸惑いを隠せずにいる会長に向かって手招きをした。
「間抜け面を浮かべてないで行くわよ。ほら、早く!」
日頃の仕返しである。
さりげなく会長の顔を指さして間抜け面と呟いた。
何故アヤネの態度が急に変わってしまったのか。
共に夕食を取りに行こうと誘ってくれた事は嬉しいけれど、アヤネの態度の変化が怖い。
大人しく後を追っても良いものだろうかと考えている会長の足は止まったまま、アヤネに呼ばれたにも拘わらず動き出そうとはしない。
「アヤネさんに重たいものを持たせるつもりですか? 早く追いかけてください」
神妙な面持ちを浮かべたまま佇んでいる会長の背中を押したのは、小刻みに肩を揺らして笑っている副会長だった。
「分かった」
渋々と頷き重たい足取りで歩きだす。
眉間にはシワが寄っている。険しい表情を浮かべる会長の背中を大人しく見送っていた副会長が小さなため息を吐き出した。
「会長はアヤネさんを警戒しているようですね。大丈夫でしょうか」
副会長は苦笑する。
ぽつりと考えを口にしたものの、すでに階段を下り始めていた会長の耳には届かない。
アヤネと共に会長が食堂一階フロアに足を踏み入れると突然、大歓声が沸き上がる。
沢山の生徒達が食堂の端へ移動すると、会長やアヤネの目の前に進路が出来る。
「私達がイベント事でも引き起こすと思っているのかな?」
生徒達の思わぬ反応を受けて、無意識のうちに会長の腕に手を絡ませようとしたアヤネが考えを口にする。
伸ばされた腕を避けるために会長が一歩、右へと体を動かすとアヤネの手は会長の腕に触れることなく空を切る。
「ちょっと、なに避けてんのよ」
いつもの事ではあるけれども自分からは触れてくるくせに、いざアヤネが触れようとすると足を引き逃れてしまう会長に対してアヤネはイライラとした態度を見せた。
一歩足を踏み込むことにより、素早く前進をしたアヤネが会長の懐へと入り込む。
「避けられたら触れたくなるのが人というものよね。会長もそう思うでしょう?」
満面の笑みを浮かべるアヤネに対して透かさず会長は言葉を返す。
「いや、何を言ってんのか分かんねぇ」
一歩足を引くことにより距離をとり、右へ体を移動させることによりアヤネの腕を避けた会長の動きは素早い事。
「いつも、会長からは私に触れて来るのに私がいざ触れようとすると避けるのよね。酷いと思わない?」
頬を膨らませて文句を口にするアヤネが、強引に食堂の一階フロア中央に佇んでいた少年を会話の中に巻き込むために話題をふる。
背後に佇むヒビキに気づくことなく、大きく後退をした会長がヒビキとぶつかり足を止めることになる。
人がいることに気づかなかった。勢いよく背後を振り向き焦った様子の会長が口を開く。
「悪い」
勢いに任せて謝罪をしようとした会長が、背後に佇んでいた少年を視界に入れるなり見事に身動きを止める事になる。
ヒビキと視線を合わせていた会長の表情が瞬く間に凍りついた。
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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