それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

106話 妖精王とアイリスとタツウミと

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 白い用紙に一定間隔を開けてずらりと書き連ねられている文字は、形が崩れないように時間をかけて書き込まれたのだろう。
 真剣に返事を考えて一文字一文字、丁寧に書き込んでいくヒビキの姿が思い浮かぶ。
 目を凝らして何度も内容を確認したタツウミの表情が瞬く間に明るくなった。
 手紙にはタツウミにとって嬉しいと思える内容が書き記されていたようで、喜びを誰かに伝えたいと思ったのだろう。
 すぐ隣に佇む妖精王の横腹に肘を打ちつける。
 ふにゃっと何とも奇妙な感触がした。

「ねぇ、柔らかすぎない?」
 手紙の内容を妖精王に見てほしいという思いと、思ったよりも肘に触れた感触が柔らかかった事実が入り交じりタツウミの表情が、きょとんとしたものに変化する。
 ヒビキが兄さんと呼んでくれた事を伝えようとしたはずなのに、口から飛び出した言葉は妖精王に対しての疑問だった。
 肘が深く皮膚に食い込んだのに、全く痛みを感じていない姿を不思議に思ったタツウミが妖精王の横腹に人差し指を食い込ませる。
 ぐいぐいと容赦なく力を込めるタツウミの表情からは、いつの間にか笑みが消えて真剣な眼差しを妖精王の横腹に向けていた。
 全く予想していなかったところでタツウミからの攻撃を受け、そして興味を持たれるという結果に妖精王が小刻みに肩を揺らして笑う。


「すみません。本来なら痛みを感じたふりをするのですが、咄嗟のことだったので反応することが出来ませんでした」
 表情を引き締めた妖精王が深々と頭を下げる。

「お祖父様の体が柔らかいのは私が作り出した器にお祖父様の魂が入っているためです。お祖父様の体は別にあります」
 ひょこっと妖精王の背後から顔だけを覗かせたアイリスがタツウミと視線を合わす。

「事情は追い追い説明します。それより宜しいのですか? ヒビキ君はタツウミ君からの手紙の返事を待っているかもしれませんよ?」
 話題の中心に自分がいることを照れくさいと感じた妖精王がタツウミの手にしている手紙を指差した。
 手紙に視線を移すなり、あんぐりと口を開いたタツウミが素直に考えを表情に表した。
 ピシピシとヒビキから届いた手紙に指先を打ち付ける。

「見てよ。ヒビキが兄さんって呼んでくれたんだよ」
 タツウミの見てよという指示に従って手にしっかりと握りしめられている用紙を覗きこもうとした。
 しかし、このタイミングでタツウミが思わぬ行動をとる。
 用紙を頭の上に掲げると、右足を軸にして一回転をした。
 タツウミの予想外の行動に驚いたのは、用紙を覗き込もうとしていた妖精王である。
 タツウミの突然の行動に驚き大きく肩を揺らす。
 
「よそよそしいと思っていたんだよね。タツ兄や兄貴とヒビキには呼んで欲しいと思っていたから本当に嬉しいな」
 独り言を漏らして小刻みに肩を揺らしたタツウミが、用紙を再び確認する。

 ニヤニヤと締まらない表情を浮かべてはいるものの、じっくりと用紙を眺めるだけの余裕を取り戻したようで小刻みに肩を揺らして笑っている。
 落ち着きを取り戻したであろうタツウミに驚かされることは、もう無いだろう。
 例えタツウミが予想外の動きをとったとしても、それは驚かされるほどの激しい動きではないだろうと高をくくった妖精王が、改めてタツウミの手にしている用紙を覗きこもうとした。

「父上を早く元の姿に戻して欲しいと伝えるように、用紙には記されているよ。どうしよう。何て返事をしようかな」
 タツウミの表情から笑みが消える。
 用紙に書き記されている内容を見て欲しいと思ったのだろう。
 妖精王の目の前に手紙を勢いよくつきだしたタツウミの行動は、妖精王を酷く驚かせた。

 用紙と妖精王との距離は僅か10㎝。
 大きく肩を揺らして後ずさった妖精王が、すぐ背後に佇んでいた孫のアイリスにぶつかることによって後退を阻まれる。
 祖父の背中に顔を埋めることになったアイリスもまた、急な祖父の行動に驚いたようで、打ち付けた鼻を両手で押さえて眉尻を下げる。
 その目には涙がたまり、アイリスが目蓋を閉じることにより大粒の涙が頬を伝う。

「ごめんなさい。私が妖精王を驚かせてしまったから驚いたね。こめんね」
 悪気はなかったものの勢いよく用紙を突き出した結果、妖精王とアイリスに迷惑をかけてしまった。
 手にしていた用紙を懐にしまうと同時に妖精王の体をアイリスの方に向けたタツウミが冷や汗をだらだらと流す。

「さりげなく私の体をアイリスの方へ向けないでくださいよ。タツウミ君に驚かされて一歩足を引きました。結果的に背後に佇んでいたアイリスとぶつかることになったのですから、その責任を取ってもらいますよ」
 どのように涙を流すアイリスを宥めれば良いのか分からずにいる妖精王がタツウミの腕をとり、引き寄せることによりアイリスの前に突きだした。

「ここは身内である妖精王が宥めた方がいいよ」
 すかさず妖精王の腕をつかみアイリス前に突きだしたタツウミが一歩足を引く。
 
「妹さんのいるタツウミ君には、今にも泣き出しそうな女の子に手をさしのべることぐらい簡単に出来るでしょう?」
 私は見守っていますと言葉を続けた妖精王は見物を決め込もうとしているらしい。
 タツウミの背後に回り込む。
 
「妹のアヤネは強がりな性格をしているから、宥めるような状況に陥ったことはないよ。身内なんだから貴方が宥めるべき。そのほうがアイリスさんも安心するから」
 妖精王の身に付けている服の裾を引っ張ることにより、妖精王をアイリスの前に突きだしたタツウミが一歩足を引く。

 タツウミの寝室は窓が全開である。
 妖精王とタツウミのやり取りを横目に見ていたユタカが耐えきれずに吹き出した。
 あははははと声を上げて笑うユタカが、ぺしぺしと腹に指先を打ち付ける。

「彼らは真剣なんだ。笑っては失礼だろ」
 ユタカに向かって言葉を続けた魔王の表情もニヤニヤと締まりがない。
 
「今の会話の中に笑う要素はあった?」
 唖然とするタツウミの問いかけに妖精王が口を開く。
「無かったと思いますが」
 真面目な顔をする妖精王とタツウミのやり取りを、すぐ近くで眺めていたアイリスが口を開く。
「二人とも落ち着いてください。痛みに驚いて涙が出ただけです」
 アイリスの涙はいつの間にか引いており、その表情は真顔である。

「ヒビキ君宛の手紙に、どのように返事をするのですか?」
 タツウミの懐を指差したアイリスが首をかしげて問いかける。
「そうだったね。ヒビキに対して、どのように返事をしようかな」
 タツウミが懐から手紙を取り出すと小さなため息を吐き出した。

 タツウミが落ち着きを取り戻した頃。
 妖精王は全く別のことに気をとられていた。
 腹を抱えて笑ったため魔王に距離を縮められて、焦るユタカが地を蹴り高く飛び上がった。
 庭に一定の間隔を開けて植えられた木の枝に足をかける。
 枝を蹴り後方宙返りを行うと、魔王の頭上を飛び越えて地面に着地。真剣な眼差しを浮かべて走り出す。
 
「お祖父様」
 妖精王の背中に手を添えて、ぐいぐいっと力を込めたアイリスが小さな声で妖精王を呼ぶ。
 妖精王の視線がユタカから外れてアイリスへ。
 アイリスからタツウミへ移動する。

 タツウミは妖精王とアイリスの視線が向けられた事に気づいてはいない。
 タツウミの視線はヒビキから届いた手紙に向けられていた。
 ずらりと会話が書き連ねられた手紙は一度、用紙を白紙に戻さなければ新たな文字が書き込めない状況だった。
 しかし、この手紙はヒビキと初めて行った日常的な会話であり、白紙に戻すことを躊躇っていたタツウミが小刻みに肩を揺らす。

「消すことは出来ないか」
 ぽつりと言葉を漏らすと、文字のかき連ねられた手紙を四つ折に戻す。
 俯かせていた顔を上げたところで、アイリスと妖精王の視線を受けていることに気づく。

「ヒビキに返事をしようと思うんだけど、どのように返せば良いのかな?」
 手紙を妖精王やアイリスの目の前につきだすと首をかしげて問いかける。

「ユタカは必ず元の姿に戻しますと書いてヒビキ君に送ってください。深く考える必要はないと思いますよ」
 淡々とした口調で呟いた妖精王の表情には満面の笑みが浮かんでいる。
 
「分かったよ」
 ぽつりと呟かれた言葉に力はない。
 それだと嘘をつくことになるんじゃないのか。ちゃんと、確実に父を元の姿に戻すことが出きるのだろうか。
 確証はあるのだろうかと考えては見たものの、それを言葉にすることが出来なかったタツウミの表情が曇る。
 ユタカが元の姿に戻るのは妖精界の問題が解決してからである。

「嘘をつくことにはなりませんよ。詳しくは、ヒビキ君が学園から戻ったら説明をすることにしましょうね」
 問いかけるようにして言葉を続けた妖精王に、考えを読まれているのではないのかと疑問を抱く。
 思っていることを見事に当てられてしまったタツウミが苦笑する。

「そうだね」
 小さく頷くと、過去にアヤネと交わした手紙。その中の一枚を手に取った。
 白紙に戻しても良い内容であるか確認をするために手紙を開く。
 内容を確認し終えると人差し指と中指で用紙を挟みこんだ。
 呪文を唱えだすと同時に、青白い光が用紙を包み込む。
 勢いよく腕を振り下ろしたタツウミの行動により、紙に書き連ねられていた文字が一瞬にして消えると、すぐ隣に佇んで様子を伺っていた妖精王の表情から笑みが消えた。
 覗き込むようにしてタツウミの手にしている用紙を見つめる。

「凄いですね。瞬く間に文字が消えてしまう魔法ですか」
 感心しているのだろう。
 タツウミの腕を掴み持ち上げた妖精王が白紙に戻った手紙を覗きこむ。
 用紙を指先でなぞった妖精王は文字が瞬く間に消えたことに対して疑問を抱いている様子。
 アイリスも瞬く間に白紙に戻った用紙が気になっているようで、タツウミの手にしている用紙を覗きこむ。
 指先で用紙をなぞると、タツウミの能力を欲しいと思ったのだろう。

「お祖父様、タツウミさんの能力は諜報員として役に立つと思いませんか? 妖精界に欲しい逸材だとは思いませんか?」

 本音を漏らしたアイリスが妖精王に同意を求める。

「確かに欲しい逸材ではありますが」
 チラッとユタカに視線を向けた妖精王が大きなため息を吐き出した。
「無理でしょうね」
 ユタカに問いかける前から答えは分かりきっている。
 無理でしょうねと言葉を続けた妖精王の返事を聞き、苦笑するタツウミもユタカが許してはくれないだろうと考えていた。
 
 妖精王は必ず元の姿に戻しますと言っていたよと手紙に書き込んでみる。
 手紙を四つ折にして魔力を込めると、手紙はタツウミの手を放れて瞬く間に学園都市にいるヒビキの元にたどり着いた。
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