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学園都市編

103話 鬼灯の由来

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 食堂二階席。

「ヒビキ君が術を発動する所を見ることが出きるかもしれないわね」
 食堂内に浮かぶ食材を手に取るためには何かしらの術を発動しなければならない。
 ヒビキが扱う魔法の属性を知りたい。
 どのような攻撃魔法を扱うことが出来るのかと興味津々。ヒビキから視線を離すこと無く見つめるアヤネと、ふと食堂の二階にも席があることに気がついて視線を移したヒビキの目が合った。
 決して近い距離と言うわけではない。
 タイミング良く考えを漏らしたアヤネの独り言を耳にしたヒビキは、きょとんとする。

 周囲を取り囲んでいる生徒達の話し声にかき消されてしまうほど小さな声だったにも拘わらずアヤネの独り言は、しっかりとヒビキの耳に届いていた。

「俺が術を発動する事を期待しているのか?」
 無意識のうちに、ぽつりと考えを口にしたヒビキの独り言を耳にして鬼灯が反応を示す。
「ん?」
 ヒビキの言葉の意味を理解することが出来ずに首を傾けた。

「ごめん。今のは独り言」
 どうやらアヤネの声は、すぐ隣に佇んでいたはずの鬼灯の耳には入らなかったようで、ヒビキの独り言だけを耳にする形となった鬼灯は不思議そうな表情を浮かべて問いかける。
 ヒビキは鬼灯に独り言であることを伝えて苦笑した。
 毛先のはね上がった真っ赤な髪が小刻みに揺れ動く。
 表情に笑みを浮かべた鬼灯が肩を震わせる。

「随分と大きな独り言だな」
 ヒビキの言葉を耳にして、素直に思ったことを口にした。
 鬼灯の言葉を耳にして、確かに大きな独り言だったなと自分でも納得するヒビキが小刻みに肩を揺らして笑う。

「そう。だから気にしないで」
 鬼灯から天井へ視線を移したヒビキは、ふよふよと宙に浮かぶ茄子を指差した。

「茄子とニラは鬼灯が手にいれてくれる?」
 宙に浮かぶ茄子から鬼灯に、素早く視線を移したヒビキが首を傾げて問いかける。

「あぁ。魔法を発動するからヒビキは食材を受け止めてくれ。この人混みだ。人と人の間を通り抜けて食材の真下へ移動しなければならない。ヒビキにとっては人混みを抜けて食材を受けとることは朝飯前だよな? 茄子、ニラ、スパゲッティの順に次から次へと落としていくから宜しく」
 有無を言わせない態度である。
 
「うん。分かった」
 小さく頷いて素早く茄子の真下へ移動。両手を掲げたヒビキは茄子を受けとめる準備万端。
 トゲが手に刺さらないように気をつけて受け止めなければならないなと、考えているだけの余裕はある。
 
 両手を掲げて天井を仰ぐヒビキを、食堂二階席から眺めていたアヤネの表情に笑みが浮かぶ。

「両手を掲げたわね。いよいよ術を発動するのかしら?」
 すぐ隣で手すりに腕をかけてヒビキを眺めている副会長に声をかける。

「そのようですね。楽しみですね」
 鬼灯とヒビキの会話は副会長やアヤネの耳には入っていなかった。
 ヒビキが術を発動するものだと考えているアヤネが瞬きをすることも忘れて真剣に見入る。

 アヤネや副会長の視線を受けていることに気づいていながら敢えて、鬼灯に魔法の発動を頼んだヒビキは割れることの無い結界を眺めて首をかしげてしまう。
 両手を掲げたまま呆然と佇んでいたヒビキが、鬼灯を横目に見て確認する。
 何故魔法が発動されないのか。
 掲げている腕が少しずつ疲れて来た。
 疲労感と共にヒビキの腕が小刻みに震え始めてしまう。

 ヒビキがなかなか魔法を発動しようとはしない鬼灯に対して疑問を抱き始めた頃。
 鬼灯は業火か炎の刃どちらの魔法を発動しようかと考え込んでいた。

 人の多い食堂内で業火を唱えるとたちまち室内は炎に包みこまれる事になるだろう。
 力加減を間違えると食堂を燃やしてしまう可能性だってある。
 範囲攻撃である猛毒の雨は発動すると周囲に甚大な被害を与えてしまう。
 炎の刃には毒の効果がある。
 手元が狂えば炎の刃は空を切る。
 天井に突き刺さるとたちまち天井は腐敗するだろう。
 天井が腐敗すると建物が崩れる可能性だってある。

「業火を唱えるよりは炎の刃を放った方がより安全か。毒効果が発動して天井が腐敗して穴が開いてしまったら建物が崩れる可能性もあるけど万一やらかしてしまったら、その時に後の事を考えるか」
 悩んだ末に炎の刃を発動する事を決めた鬼灯が淡々とした口調で独り言を漏らす。

「え……」
 少し離れた位置にいる副会長の耳にも入りこむような声の大きさだった。鬼灯の独り言を耳にした副会長が、ぽつりと声を漏らす。

「ちょっと待ってください。天井に穴を開けられては困ります」
 食堂二階席で鬼灯の独り言を耳にした副会長が我にかえって口を開く。
 慌てて鬼灯に声をかけた。


「ねぇ。鬼灯君とヒビキ君って仲がいいよね。鬼灯君は数日前に編入して来たし、もしかして二人は以前から知り合いだったのかな?」
 慌てる副会長とは違って、アヤネは仲の良い鬼灯とヒビキの関係が気になっていた。
 
「どうでしょうね。鬼灯君がヒビキ君を学校案内する内に仲良くなったとも考えられますよ。私も意識さえ失っていなければ鬼灯君と共にヒビキ君を学校案内する事が出来て、もしかしたらヒビキ君と仲良くなれたかも知れないのにと心の中で思ってしまいました」
 ヒビキが鬼灯と以前から知り合いだったのか。それとも、出会ったばかりなのか副会長が知るよしもない。
 鬼灯に向かって中途半端に腕を伸ばしたまま、アヤネの問いかけに対して返事をした副会長の表情は険しい。
 ヒビキや鬼灯が副会長に声をかけられることにより、生徒達の視線を一身に集め始めた頃。

「注目の的だな」 
 理事長室から食堂へ向かって足を進めていた会長が食堂の出入り口にたどり着いた。
 生徒達の視線を一身に集めているヒビキの姿を視界に入れるなり眉間にしわを寄せる。
 扉に背中を預けて腕を組み、食堂中央に佇むヒビキを見つめていた。
 すぐ近くに生徒会会長がいる事にすら気づかないほど、生徒達の視線はヒビキに釘付けとなっている。

「アヤネ様や副会長が注目している人物はホヅキ君の隣に佇んでいる子よね?」
 ほんのりと赤みががった髪色の持ち主が、ぽつりと小声で呟いた。

「そうだな。術の発動を期待しているようだし、あの人達の目にとまるくらい強いって事だよな? 人は見かけにはよらないってことか」
 真後ろに視線を移したヒビキと、桃色の髪色を持つ男子生徒の目が合う。

「本当に、人は見た目によらないね。見た感じ強そうには見えないからね」
 桃色の髪を持つ男子生徒に続くようにして口を開いたのは、ヒビキの側で椅子に腰掛けて夕食をとっていた女子生徒だった。

「お世辞にも強そうとは言えねぇな」
 女子生徒と背中を向け合う形で椅子に腰掛けて食事をとっていた男子生徒がヒビキを、まじまじと見つめた後に素直な感想を口にする。
 四方八方から聞こえる会話を耳にしていた鬼灯がヒビキの隣で苦笑する。

「本当に見た目は弱々しいからドラゴンを倒してしまうような子には見えないわね」
 鬼灯とヒビキの会話を大人しく耳にしていたアヤネが苦笑する。
「そうですね。見た目は弱々しいです。呆然と佇んでいるヒビキ君の姿からは、ドラゴンの口の中に飛び込むような無茶をする子には見えませんね」
 副会長が笑顔で同意する。
 
「え?」
 笑顔で呟かれた言葉はアヤネにとっては衝撃的なものであり思わず声を漏らしたアヤネは、あんぐりと口を開いたまま目を見開き身動きを止めてしまう。

「え?」
 何か可笑しな事を言ったのだろうかとアヤネの反応に対して疑問を抱いた副会長が、ぽつりと声を漏らす。


 アヤネが副会長の言葉を理解するのに時間がかかったようで、数分間の沈黙後に身動きを止めていたアヤネの眉間にしわがよる。

 わなわなと体を震わせると
「ドラゴンの口の中に飛び込んだなんて、聞いていないわよ。危ないじゃないのよ!」
 勢いよく副会長の背中に手の平を打ち付けた。

「飛び込んだのは私では無くてヒビキ君ですよ」
 夕食を食べる前だったから良かったものの、もしも夕食をとった後だったら勢いよく食べたものを吐き出していただろう。力加減をする事無く背中を叩かれた副会長が激しく咳き込んだ。

「何て恐ろしい事をするのよ!」
 何を考えているのよ。危険じゃないのよと声を荒げるアヤネが勢いよくヒビキを指さした。
 人差し指の先端が小刻みに震えている。眉間にしわをよせるアヤネの姿を、あんぐりと口を開き眺めていたヒビキが後ずさる。

「副会長もヒビキ君がドラゴンの口の中に飛び込もうとした時に、何故止めに入らなかったのよ」
 腕を動かしてヒビキから副会長へ、人差し指を移したアヤネが頬を膨らませる。

「止めに入る事が出来れば良かったのでしょうけれども、あっという間の出来事でした。ヒビキ君は以前にもドラゴンを倒した事があるのだと思いますよ。でなければ、いきなりドラゴンの口の中に飛び込む何て真似は出来ないでしょうし」
 副会長が興奮するアヤネを落ち着かせようとする。

 ヒビキがドラゴンの口の中に飛び込んだのは他に手段がなかったため。固い鱗を剣で突くよりも柔らかい口内に剣を突き立てた方が刃がささるだろうと考えたためであり、決して倒す事が出来ると確信を持っていたわけではない。
 副会長とアヤネの会話を耳にしていたヒビキが苦笑する。
 食堂出入り口で腕を組み、扉に背中をあずけたまま佇んでいた会長が大きなため息を吐き出した。

「まさかドラゴンの口内に飛びこんでいたとは、一度でいいから共に狩りを行いたいな」
 ぽつりと考えを漏らした会長が、ゆったりとした足取りで歩き出すとヒビキに向けられていた生徒達の視線が一斉に会長へ向けられる。
 食堂内が瞬く間にざわめき立つ。

「会長を間近で見る事が出来るなんて、今日1日いい日になりそう!」
 両頬に手を添えて体を、くねくねと動かす女子生徒の言葉を耳にした彼女の友人が真面目な顔をして考えを口にする。
「後6時間ほどで一日は終わってしまうけどね」
 淡々とした口調だった。

 呆然と佇むヒビキの脇を通過した会長の表情は強ばっている。ヒビキの身に付けている制服の裾に指先が掠める程近い距離を通過している間、会長の視線は食堂二階席へ向けられたまま。

「会長の機嫌がすこぶる悪いわね」
 思うがままに考えを口にしたアヤネに対して
「本当ですね」
 副会長が同意する。

 二階席へと続く階段に足をかけると緊張が解けたのか、安堵した会長が一気に階段をかけ上がる。

 アヤネと副会長の会話を耳にしていた会長が苦笑する。
「頗るなんて難しい言葉を使えるんだな」
 アヤネの後頭部に優しく拳を打ち付ける。
 食堂二階席にたどり着いた会長の表情が、瞬く間に和らいだ。

 きょとんとしているアヤネに、ちょっかいをかけ始めた会長の表情に笑みが浮かぶ。

「何よ、バカにしてるの?」
 勢い良く背後を振り向いたアヤネの手が会長の腕に打ち付けられた。予想していたよりも、近い距離に佇む会長の手を悪気無く払ってしまう事になったアヤネの表情は険しい。
 パシッと音を立てて弾かれた会長の手は、すぐにアヤネの頭へ移動。

「バカにしてんじゃなくて、誉めてんだろ」
 手を弾かれるのはいつもの事。今回はアヤネに悪気が無かったとは言え、アヤネに腕を弾かれた事を気にした様子もなく会長は膨れ面を浮かべてしまったアヤネを宥めようとする。
 慣れた様子でアヤネの頭の上に指先を移動した会長が、勢いよくアヤネの頭を撫でる。
 激しく頭を左右に揺らしたアヤネが再び頬を膨らませると会長を睨み付けた。

 会長の登場により生徒達の視線がヒビキから外れる。
 生徒達の視線から解放されたヒビキは緊張が解けて安堵する。

「そろそろ列に並ばないといけないな」
 食材を手にしても、厨房へと続く列に並ばなければ何時まで経っても夕食を口にすることが出来ない。先ずは食材を手に入れることに専念しよう。

「鬼灯の発動する魔法は建物を壊しかねない。他に食材を手に入れる方法を考えよう」
 淡々とした口調で言葉を続けたヒビキが天井を仰ぐ。
 魔法やスキルを発動することによって空中に浮かんだ食材を手に入れなければならないのであれば、魔力の回復が不完全である状況の中でヒビキが食材を手に入れる事は出来ない。
 術や魔法以外で物理的な攻撃が通用するのであれば、他に食材を手に入れる方法はある。
 狐面を身に着ける事により空中に高く飛び上がって食材の元までたどり着く事が出来れば、拳を打ち付けることによって結界を破壊することが可能になる。
 しかし、食事をとっている生徒達の頭上を飛び越えるのは衛生的に良くない気がする。
 何より混雑した食堂内で着地する事が出来る場所を咄嗟に見つける事が出来なければ、生徒達の真上に落下する事になる。
 
 危険だ。


「そうだ、ずっと気になっていた事があったんだけど鬼灯のあだ名の由来って何?」
 何故このタイミングで問いかけようと思ったのか。
 ヒビキの予想外の問いかけに対して大きく目を見開いて驚きの表情を見せたものの、表情を引き締めた鬼灯が素早く頭の中を切り替えて口を開く。

「東の森には実の大きな鬼灯と言う名前の花が咲いている。中は空洞なんだけど偽りや、ごまかしって花言葉がつけられてるらしい。幻術魔法を使う俺に似てるねとサヤが言ったんだよな。それから、サヤが俺を鬼灯と呼ぶようになり、仲間にも気づいたら鬼灯と呼ばれるようになっていたんだ」
 
「そっか。サヤが付けてくれたあだ名なのか。偽りや誤魔化しは確かに幻術魔法を扱うホヅキを連想させる」
 ポツリと声を漏らしたヒビキの表情が曇る。
 鬼灯の言う仲間は、ボスモンスター討伐隊として共に狩りを行ってきた人達の事であり、その仲間達は既にこの世にはいない。もっと、一緒に長い人生を歩んでいけたら良かったなと考えるヒビキが眉尻を下げる。
 ヒビキの指先が小刻みに揺れているため、腕に力が入りすぎていることが分かる。
 
「ごめん。頭の中が真っ白になってしまって、断片的に過去の思い出が浮かぶんだ。皆と、もっと一緒にボスモンスター討伐隊として活躍したかった。けど、結局なにも出来ず守ることさえ叶わなかった」
 ヒビキは鬼灯の辛い記憶を呼び起こしてしまったと考えて焦っている。妹のサヤも含めて鬼灯はボスモンスター討伐隊の仲間達と仲が良かった。鬼灯に向かって深々と頭を下げたヒビキは口ごもる。

「俺に謝る必要はないだろ。守れなかったのは俺も同じ。ヒビキは仲間が襲われている間、何も出来なかった自分を責めているとユタカから聞いたけど、自分だけが何も出来なかったと思わないで欲しいな。俺だって何も出来なかったんだから。裏切りだと気づいたときには時すでに遅かったんだ」
 ヒビキの表情が曇ったことに気づいた鬼灯が咄嗟に頭上を見上げると茄子とニラが無くなっていることに気づく。

「茄子とニラが無くなっている」
 ヒビキの横腹を突っつくと、話の話題を変えるために頭上を指差して呟いた。
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